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第1章 第45話 どうやら初恋が芽生えたらしい

- 魔素の世界 -

《ポルファス王国 西部 ヤークション》


時は少し戻る。


ケイルとヒーロは、身を隠しながら動いていた。

ひたすらに街中を走る。


しかし、ヒーロこと、ヒーロスト・フォン・フクダンの屋敷には、全くといって良いほど近づいていない。

2人はまだ子供であり、屋敷の正確な位置を知っているわけではなかった。


とにかく捕まらないように。

とにかく逃げなければならない。


城壁の方からは、激しい音や怒鳴り声が聞こえてくる。


ドゴーンッ!


何かが崩れた音が響き聞こえてきた。


さすがに2人は、自分たちの命を狙う“嘘つきマルカー”の企みだけではなく、何か途方もない問題が起きているのだと認識していた。


ドガーンッ!


また何かが崩れた音が響き聞こえてくる。


「ケイル、怖いよ。」

「大丈夫だヒーロ。ここから動こう。」


ケイルは焦っていた。

自分の父親であるマルカーの脅威だけなら、ヒーロを守り通す自信がある。


しかし、いまは別の“何か”が起こっているのだ。

それは、きっと恐ろしいことに違いない。


ケイルもまだ子供だ。

不安でたまらない。

それでも、その不安をヒーロには見せまいと、すすで汚れた真っ黒な汗を袖で拭った。


先程までは、街中で全く姿を見なかった領民たちが、慌てふためきながら走っている。

その数はどんどん増えていった。

何かから逃げるように、人という人が至る場所から溢れ出てくる。


街中は、すぐに大混乱に陥った。

転ぶ者、泣き叫ぶ者、怒鳴る者、全てがぐちゃぐちゃになっていく。


2人は、その状況を見ながら物陰に隠れて震えていた。


ケイルが自分を奮い立たせる。

そして、小さな子供を連れた女性に声を掛けた。


「あの。何かあったのですか?」


その女性は足を止めると、すすで全身が真っ黒に汚れたケイルに対して、怪訝そうな目を向けた。

そして、ぶっきらぼうに答える。


「モンスターが襲撃してきたのよ!あんたも早く逃げなっ!」


女性はそう言うと、すぐに自分の子供を連れて走り去っていった。


この女性が普段のケイルを見れば、ケイルが貴族の子供であると認識できたであろう。

しかし、いまのケイルは全身が真っ黒に汚れている。

物乞いの子と思われても不思議ではなかった。


街中がパニック状態となっている中、逃げ惑う人々の中から避難誘導を指示する者が現れだした。

自警団ヴィジランテである。



いまにも泣きそうなヒーロを励ましながら、ケイルは自警団ヴィジランテの男に尋ねた。


「みんな、どこに向かっているのですか?」

「どうしたんだ君は!? 真っ黒じゃないか!? とにかく逃げなさい。この先にマルカー男爵のお屋敷がある。」


ケイルは失望した。

2人は、そこから逃げて来たのである。


「そこ以外で、どこか逃げる場所はありますか?」

「何を言ってるんだ!早く行きなさい!」


ケイルは、これ以上質問しても無駄だと悟った。

自警団ヴィジランテの男に礼を伝えて、その場を後にする。


「ねえケイル、僕たちはどうすればいいのかな?」


ヒーロは、必死で涙を堪えているようだ。


「大丈夫。行こう!」


そのヒーロの様子を見て、ケイルは歯だけが真っ白な真っ黒な顔で笑顔をつくった。

そして2人は、マルカーの屋敷とは反対の方向を目指して走り続けたのであった。


****************


《ポルファス王国 西部 ヤークション フクダン伯爵邸》


その頃。


フクダン伯爵の屋敷では、フクダンが忙しく指示を出していた。

そこに次々と、新たな報告が入ってくる。


フクダン伯爵夫人は、その様子をしばらく見守っていた。

そして、その部屋を静かに後にする。


そこに老齢で身なりの整った執事バトラーがどこからともなく現れ、伯爵夫人の後ろをついて歩く。


「どう?」


伯爵夫人は、後ろを振り向きもせずに執事バトラーに問い掛けた。


「奥様、大変お待たせしました。いま“使い”からの情報が入りました。」

「そう。それで?」


「どうやら、副官マルカーの仕業のようです。」

「そう。」


「すぐに行かれますか?」

「もちろん。すぐに行くわ。供はあなただけで十分でしょう。」


「かしこまりました。お供させて頂きます。」


そう言って2人は、そのすぐ横にある部屋に入った。


「奥様~!」


そこに使用人が走って追いかけて来る。


「奥様、失礼致します。」


2人が入った部屋の扉をノックして、中に入った。


「あれ? いない・・・おかしいな。この部屋に入られたと思ったのに。」


その使用人は首を傾げた。


部屋の中には誰もいない。

窓が全開となっており、夜風が吹き込んでいるだけであった。


****************


《ポルファス王国 西部 ヤークション》


展開は、ケイルとヒーロに戻る。


自警団ヴィジランテの誘導によって、街中で起きた危機的なパニック状態は収束している。

しかし、混乱が完全に収まった訳ではない。


人々が避難する波の流れを横切ると、2人はそのまま走り続けた。


しばらく走ると、2人とも見たことがない場所に辿り着いた。

どこか寂しさが漂う場所である。


「ここ、どこかな?」

「僕も初めてだ。こんな場所が街にあったなんて知らなかった。」


少し傾いた石造りの小屋がポツポツと立っている。

その小屋から、フードを深く被った女の子が、手に桶を持って出てきた。


2人は、その女の子に駆け寄った。


「みんな逃げてるよ。何で君はここにいるの?」


女の子は何も答えない。

そして、手入れがされているとは言い難い井戸から水を汲もうとする。


「どうしたの?逃げようよ。」


ヒーロが女の子の肩に手をあてた。


「やめて!」


女の子は、その手を嫌がって払いのけた。

すると、深く被っていたフードが外れてしまう。


その女の子は、“獣人”であった。


「ごめん。」


ヒーロが素直に謝る。

それを見た獣人の女の子は、少し不思議そうに首を傾げた。

そして口を開く。


「何か用?」

「いまモンスターが街を襲ってるらしい!だから一緒に逃げよう!」

「ありがとう。でも、私には行くところなんてないの。」


今度は2人が首を傾げた。


「何で?何で行くところがないの?」

「私は獣人だから、私を受け入れてくれるところなんてないわ。」


「そんなことないさ!」

「そんなことない!」


「そんなことあるのよ・・・。」


そう言うと、獣人の女の子は、石造りの小屋に戻ろうとする。


「待って!」

「待つんだ!」


ヒーロとケイルは、慌ててそれを追いかけた。


「まだ何か?」

「ぼ、僕の名前はヒーロスト・フォン・フクダン、僕の家に一緒に行こう。」

「そ、そうさ。家族も一緒に、みんなで逃げよう。」


ヒーロとケイルは少し緊張していた。

それは、獣人の女の子を見て“可愛い”と思ってしまったからである。


2人にとっての初恋が、ここに芽生えていた。


獣人の見た目は、人間とあまり変わらない。

大きな違いといえば、ケモミミと尻尾があることだろうか。


しかし、人間ではない。

このポルファス王国では、獣人の扱いは好ましいものではなかった。


ヒーロとケイルはまだ子供である。

そのような王国民の差別意識とは無縁であった。


「家族はいないわ。」


「え?」

「え?」


「私一人よ。」


ヒーロとケイルは、声を出せなかった。

この女の子は、どうやって一人で生きているのだろうと・・・・。


「心配してくれて、ありがとう。」


獣人の女の子は寂しく笑う。

そして、また家に向かって歩こうとする。


待って・・・と2人が引き留めようとした。


その時。


獣人の女の子が、井戸から水を汲んだ桶を地面に落とした。


その目の前には、複数の影が立っている。

不死系-スケルトンである。


***************


《ポルファス王国 西部 ヤークション マルカー男爵邸》


一方。


マルカーの屋敷には、次々と避難する領民が押し寄せていた。


マルカーは、それを2階の窓から見下すように見る。

そして爪を噛んでいた。


「まだか。まだなのか。」


マルカーが呟く。


ヒーロは見つけ次第、すぐに始末するよう命令を下している。

最悪、自分の息子であるケイルが邪魔となれば、それも手を下して構わない。


しかし、かなりの時間が経っているにも係らず、始末したという報告はまだない。

そんな時に民が押し寄せているのである。


マルカーにとっては、これらが邪魔で仕方なかった。


マルカーの使用人たちは、民の受け入れの為に全員が忙しく動いている。


フクダンの命で、マルカーの屋敷は避難所に指定されている。

そのことも、マルカーにとっては癪であった。


同じ部屋の中には、子飼いの部下たち4人もいた。


その4人は考えていた。

最悪、自分たちの身の振り方を考えなければならない。

この“嘘つきマルカー”と心中など、もっての外である。


「まだか。まだなのか。」


マルカーは、もう一度呟いた。


「何がまだなのかしら?」


すると、自分たちしかいないはずの部屋の中で、女性の声がした。

マルカーと子飼いの部下たちは、驚いて一斉にそちらを振り向く。


そこには、フクダン伯爵夫人と執事バトラーが立っていた。


「なっ!?」


マルカーは慌てたものの、急いで冷静を取り繕う。


「これはこれは、伯爵夫人。なぜ我が屋敷に。というよりも、我が使用人たちはお出迎えしませんでしたかな?」

「その必要はないわ。ヒーロを連れて帰るだけだから。」


「は、はっ? ご子息殿ですか? こ、ここにはおりませんが?」

「どうやら、本当にいないようね。」


「ええ。もちろんですとも・・・。」


マルカーの額に脂汗が浮かぶ。

なぜか、この伯爵夫人から感じる“威圧感”をマルカーは苦手としていた。


「嘘つきマルカーも、こういう時は本当のことを言うものなのね。」

「はっ?うそつ・・。そ、それは失敬ではありませんか?」


「では、それは何?」


伯爵夫人が指を差した。

そこには、フクダンの執務室にあるはずの大きな布がある。


「こ、これは・・・。」


焦りを隠せないマルカー達。

それをよそに、伯爵夫人の後ろに控えている執事バトラーが、伯爵夫人に耳打ちをした。


「奥様、“使い”が坊ちゃまの居所を見つけました。」

「そう。」


「ただ、少し危険な状況にあるようでして、すぐにお迎えに行かれた方が良いかと。」

「それは大変。じゃあ、ここはあなたに任せるわ。」


「かしこまりましてございます。」

「この“嘘つき”だけは、例の場所に運んでおいて頂戴。生かしておいてね。」


「承知仕りました。」


老齢で身なりの整った執事バトラーが、深々と綺麗なお辞儀をする。


その話し声は聞こえないが、このまま2人を帰すのは非常にまずい。

そうマルカーは判断した。


「殺れっ!」


マルカーが、子飼いの部下たちに指示を出す。

その命を受けた子飼いの部下たちは、しぶしぶ腰の剣を抜いた。


伯爵夫人は、それを気にも留める様子はない。

剣を抜いた子飼いの部下たちの間を平然と歩く。

そして、窓を開けると・・・消えた。


「はっ!?」

「えっ!?」

「ど、どこに行った!!」


マルカー達は狼狽えた。

その後ろから、執事バトラーの恐ろしく穏やかな声が聞こえた。


「懺悔の時です。」


一瞬怯んだ子飼いの部下たちであったが、一斉に執事バトラーに斬りかかっていく。

その剣は執事バトラーの身体を貫いた。


そう思われたが、執事バトラーは無傷である。

そして、子飼いの部下たちが、その場で息絶えて倒れ込んでいくのであった。


「はっ?ななな?なぜ?」


目の前の状況が、マルカーには全く理解できない。


「それでは、“嘘つき”殿。参りましょうか。」


どこからともなく、大量の蝙蝠こうもりが集まってきた。

それらが、マルカーの身体に覆い被さって包み込んでいく。


「なっ!離せっ!おいっ!おっ・・・。」


執事バトラーは、フクダン伯爵の執務室にあるべき大きな布を手に取った。

そして、大量の蝙蝠こうもりとともに、その姿を消した。


フクダン伯爵夫人とこの執事バトラーは人間ではない。

“ヴァンパイア”である。

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