第1章 第35話 どうやらそれぞれの選択らしい
- 魔素の世界 -
《ポルファス王国 南部 シキニ山地の戦い》
すでに夜が訪れていた。
王国軍の初戦勝利から膠着していた戦場であったが、イバラン国とマイラン国の連合軍に動きが出始める。
「今日の夜襲はないと踏んだのだがのう。」
カモットは、シキニ山の中腹にある丘から、敵軍の動きを目を凝らして見ていた。
「これは、想定していた最悪のパターンになりそうな気配ですな。」
王国騎士軍団の常駐隊長と私兵騎士隊長が、カモットの横に並び立った。
「あれは、どっちの兵かのう?」
「恐らくは、敵左翼が動いていることを見ると、イバランでしょうな。」
常駐隊長が答えた。
「念の為、近くまで斥候隊を行かせましょう。」
私兵騎士隊長は、そう言うとすぐに部下に指示を出した。
「同じ共和制の国でも、国の決定にこうも早さの違いがあるとはのう。」
「本来であらば、敵軍の足並みが乱れることは喜ばしいところですが。」
「これは嬉しくない乱れですな。」
イバラン国とマイラン国は、両国とも共和制の国である。
しかし、その国家の決定に関するスピードは全く違っていた。
初戦敗戦の一報を受けた両国は、すぐに“評議会”で議論が交わされた。
イバランでは、すぐさま夜襲を仕掛けるという方針が決定する。
それに対して、マイランの評議会ではまだ長々と議論が続いていた。
国家の決定を指示受けたイバラン兵は、動きがとれないマイラン兵に見切りをつけた。
そして、独自に動き出す。
それは、結果的にカモット辺境伯率いる王国軍にとっては、最悪の形となってしまったのである。
【動き出した戦況】
王国軍6千5百
□□□
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山 ↑
■
■
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平原 ↑■
↑■■■■ ■■■■■■■
イバラン兵 マイラン兵
9千5百 9千5百
数的に圧倒的な不利にある王国軍にとっては、地の利を活かして戦うことが常套。
それには、敵がひと塊になっていた方が防戦しやすい。
しかし、それが2方向に対しての防戦を余儀なくされる状況に変化しつつあった。
「これは、ボヤボヤしている場合じゃございませんな。」
「事前の対策通りで行きますか。」
「うむ。選択は一つじゃ。」
「すでに準備は整っております。」
「うむ。全軍に“迅速なる静寂”を伝えよ。出るぞ!」
「はっ。」「はっ。」
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《ポルファス王国 西部 ヤークション》
その頃。
マルカーの屋敷から逃げ出したヒーロとケイルは、屋敷の地下から地上に通じる抜け道を走っていた。
「ケイル、何で君は、こんな抜け道を知ってるの?」
「へっ。僕は何度もあの部屋に閉じ込められたことがあるのさ。」
ケイルは、真っ黒に煤で汚れた鼻の下を指でなぞった。
「ここは昔、母上に教えてもらったんだ。」
「じゃあ、地上に出たら、ケイルの母上に助けてもらうの?」
「それは違うよ。僕の母上は父上に殺されたんだ。」
「え?」
「あいつに・・・殺されたのさ。」
ケイルはそう呟くと、ようやく辿り着いた地上に繋がる梯子を登った。
梯子を登った先は、マルカーの屋敷の裏庭に通じていた。
ケイルは、そこから顔を出して慎重に辺りの様子を窺う。
マルカーの手下や使用人たちが、何かを探すよう慌ただしく動いている。
どうやら、ヒーロがあの部屋から抜け出したことが、すでにバレているようだ。
「ヒーロ、僕らにはいま、2つの道がある。」
「何?」
「1つはここにずっと隠れていること。でも、見つかるかもしれない。」
「うん。もう1つは?」
「ここから飛び出して、ヒーロの屋敷まで走って逃げることさ。どうする?」
ヒーロはしばらく考え込んだ。
そして、決心すると言った。
「ケイル、君に任せるよ。」
「わかった。逃げよう。急いで!」
煤で真っ黒に全身が汚れた2人の影は、夜の闇に紛れて走り出したのであった。
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《ポルファス王国 西部 ヤークション近郊》
一方、その頃。
王国騎士軍団常駐隊の隊長であるマトバンは、手勢500騎を引き連れてヤークションを出ていた。
フクダン伯爵の命により、こちらに向かっているワクニ村の生存者及び護衛の騎士たちと合流する為である。
無事に合流した一行は、ヤークションまでの帰路についていた。
馬車の中では、精神的にも体力的にも疲れ切った村人たちが眠っている。
マトバンは、顎から長く伸びた白髪交じりの髭を触りながら、空を見上げた。
すでに闇に覆われた空には、雲の隙間から月明かりがこぼれている。
徐々にヤークションの城壁が近づいてきた。
そこでマトバンは、ふと気づいた。
暗闇の中、ヤークションの城壁に向かって“蠢く”何かがある。
それも、かなりの数だ。
「こりゃ、鬼も蛇も両方でたようじゃのぅ。」
マトバンは呟いた。
他の騎士たちも、蠢く何かに気づいた。
その雰囲気は明らかに人ではない。
何かだ。
「このままでは、城壁の前で鉢合わせになるのぅ。」
「そうなると、村人を無事に街に入れることが難しくなります。どうなさいますか?」
マトバンは、髭に手をあてながらしばらく考えた。
「そうじゃのぅ。一度交戦して足止めした方が、色々と時間を稼げて良いかのぅ。」
「その方が、敵の事情も知れましょうな。」
「うむ。このまま敵の側面を1度叩く。そしてワシらもすぐに街の中に撤退じゃ。」
「はっ。」
「はっ。」
マトバンは、ワクニ村の生存者を護衛する為に騎士を50騎を残すと、大量の蠢く何かに向けて進路を変えた。
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《ポルファス王国 西部 マリブ村》
一方、その頃。
生き残った村人たちは、ジーニャが作った光の鎖の輪の中で震えていた。
女性と幼子ばかりの僅か十数人である。
その村人の膝元で、気を失っていたミズナが目を覚ました。
「こ、これは?」
「ミズナ様!」「ミズナ様っ!」
ミズナは、ゆっくりと身体を起こした。
その時、左腕に少しの痛みが走ったが、失ったはずの自分の左腕があることに気付く。
「なぜ・・?」
村人たちは、全員がミズナにすがりつくと泣き喚いた。
ミズナは静かに目を閉じる。
村人たちから聞くところによると、若い女の子がデススペクターを倒したらしい。
そして、太った男が死の騎士を全て倒して、金髪の女性が村人を回復してくれたそうだ。
ミズナは驚きであった。
自分では全く歯が立たなかったデススペクターを“若い女の子”が倒した?
あれだけの数がいた敵を“1人の太った男”が全部倒した?
瀕死の重傷を負った村人を次々と“金髪の女性”が救った?
どれも現実とは思えないことばかりである。
「ミズナ様、それで・・・私たちは、どうすれば良いのでしょう?」
村人たちより、この不安な状況にはもう耐えられないという怯えが感じられた。
まずミズナは、生き残った村人をどう守るかを考えた。
ここから動くにも、女性と子どもだけでは危険が大きい。
このまま“ここ”にいるか。
ヤークションまで“いまから”移動するか。
ミズナは覚悟を決めて立ち上がった。
「みんな!ヤークションに行きましょう!」
村人たちは不安気な顔をしながらも頷いた。
ミズナは自分の腰に下げた鞘に剣があることを確認して、それを抜いた。
大丈夫。
まだ使える。
すると、村人たちを守るように囲っていた光の鎖が、ミズナが手にする剣に吸収されていく。
「これは・・・光の魔法剣?」
ミズナが己の剣を空にかざすと、剣はほのかに光り輝いた。




