第1章 第26話 どうやら不退転の戦いらしい
野営地では混乱が広がっていた。
ここに到着して、すぐに事前の周辺確認は行っている。
周辺に異常がなかったことから、私兵騎士たちは全員が装備を外して、野営地設置の作業に取り掛かっていた。
そこに敵が唐突に出現し、大量に押し寄せてきたのである。
敵を察知した私兵騎士の1人が、急いで半鐘を鳴らす。
「何だ!何なんだ!こいつらはっ!」
「知らぬ!とにかく武器だ!武器を手に取れっ!」
私兵騎士たちは、混乱の最中でも体制を整えようと必死に動く。
唐突に現れた敵は、300を超える死の騎士であった。
そして、その死の騎士の群れの中には、“奇異なる姿”をした存在がいる。
その存在は、宙に浮いていた。
その身体は歪んで幾重にも重なって見え、手には大きな鎌を携えている。
「あれは!デススペクター!?」
私兵騎士の1人が、悲鳴に近い声で叫んだ。
「なっ!」
「もしやっ!ま、魔族か!?」
私兵騎士たちは、敵の数と不気味さに恐怖を感じていた。
そこに次々と死の騎士が襲い掛かっていく。
「落ち着けっ!まずは陣形を整えるっ!」
野営地に駆けつけるなり、ミズナが大声で叫んだ。
ミズナは下馬すると、近くにいた死の騎士に剣を突き刺し、そのまま敵を蹴り飛ばした。
「偃月を組む!私の後ろに回れっ!」
“偃月の陣”とは“Λの形”に兵を配置して、その先頭に大将が立って敵と戦う陣のことである。
先頭に立つことでミズナの身の危険は高くなるが、兵は大将の姿を見て奮起し士気が上がるのだ。
この混乱した状況では、これしかないとミズナは咄嗟に思った。
「オマエタチハ、ポルファスカ?」
デススペクターが、不気味な低い声で言葉を発した。
「我は!ポルファス王国ヤークション領騎士隊!ミズナ!」
ミズナは全体を鼓舞する為にも大声を上げた。
「ポルファスカ?チガウノカ?」
「ポルファス王国だっ!」
デススペクターが不気味に高らかに笑う。
ミズナは私兵騎士隊の陣形が整うのを待つ。
もう少し、もう少しだけ時間を稼ぎたい。
それにしても、この死の軍団は何なのであろうか。
ミズナは過去に魔王の手下の軍と戦ったことがある。
しかし、このような死の軍団ではなく“魔獣”が相手であった。
死の騎士が着用している鎧は、モルカット王国の騎士のものに違いない。
すると、モルカットの騎士の亡者たちであろうか。
デススペクターは、何かぶつぶつと言っている。
「シモンサマニ、イケニエヲ。シモンサマニ、イケニエヲ。シモンサマニ、イケニエヲ。」
ミズナの背後から、私兵騎士が声を掛けた。
「ミズナ様、陣形が整いました。」
「よし!」
「シモンサマニ、イケニエヲォォォォォォ!」
デススペクターが叫んだ。
それと同時に死の騎士が一斉に襲い掛かってきた。
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《ポルファス王国 南部》
その頃。
ポルファス王国南部では、今まさに大きな戦が始まろうとしていた。
山側には、カモット辺境伯が率いる私兵騎士隊が5千。
山裾には、隣国イバランとマイランの連合軍が2万である。
イバランとマイランは、両国共に共和制の国である。
その為、徴兵が主であり職業軍人たる騎士は少ない。
その士気は決して高くはなかった。
カモットはそれを見抜いてはいるものの、圧倒的な数的不利にあることに違いはない。
連合軍側から“銅鑼”の音が響く。
連合軍は右翼と左翼に大きく分かれると、ゆっくりと動き始めた。
その様子を確認したカモットが私兵騎士隊に告げる。
「良いか!こちらには“地の利”がある!」
「そして我には“策”がある!」
「そして我らには“力”があるっ!」
「ここに“勝利”を!民に“希望”を!ポルファスに“栄光”を!」
「おおぉぉぉぉぉっ!!!」
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一方、その頃。
南部に向かっているポルファス王国の援軍3万にも動きがあった。
先陣の貴族私兵騎士隊から、後方を行く王国騎士軍団に伝令が来たのである。
「シーラオス侯爵閣下より伝令!我ら“貴族騎士”は先に行く。とのことです。」
この援軍の中で、王国騎士軍団を率いている王国騎士軍団副長のゴダイは首を傾げた。
「何故だ?」
「王国騎士軍団は、後詰めの補給支援部隊と合流してから進軍するように。とのことです。」
「なるほどな。この大軍だ。確かに補給支援部隊に何かあれば元も子もない。」
副長ゴダイの横にいた初老の騎士が、ゴダイに小声で話し掛けた。
「まあ“裏切りシーラオス”のことだ。先に到着して手柄を独り占めしたいのだろう。」
「しかし、一理ある。」
「普通は、補給支援部隊が整ってから出立するのが定石だがの。急いで出たからじゃ。」
「ふっふっふっ。まあ、そう言うな。」
ゴダイは、伝令に承知を伝えた。
「承った!」
前を進軍するシーラオスが乗った豪華な馬車の中では、シーラオスと一部の貴族がワイングラスを片手に早くも祝杯を挙げている。
「ククク。まずは、カモットの拠点都市に入る方が先決かの。」
「しかし閣下、到着した時には、すでに敵の手に落ちているやもしれませんぞ。」
「ククク。落ちていたとはいえ、敵もその数を大きく減らしておろう。」
「まあ、カモットの働きぶりを応援しましょうぞ。」
「せめて半分にでもしてくれておれば、王国騎士軍団の到着を待たずして、我々貴族だけで落とせるでしょうな。」
酒に酔った貴族たちの不敵な笑い声が、豪華な馬車の中で響くのであった。
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《マリブ村 野営地》
場面はミズナの戦いに戻る。
ミズナを先頭とした偃月の陣は、“背水の陣”でもある。
混乱を立て直す為とはいえ、選択の余地がない苦肉の策であった。
ミズナと私兵騎士隊は奮闘する。
しかし、多勢に無勢であり、その数を大きく減らしていたのであった。
敵を切り伏せながら、ミズナは何とか打開策を探ろうと必死に考える。
本来であれば、即座に撤退を判断するところだ。
しかし、自分たちの後ろにはマリブ村の村人たちがいる。
ここで撤退を指示すれば、この敵は村を襲うことに間違いはない。
「ミズナ様!村人を連れてお逃げ下さい!」
私兵騎士の1人が、ミズナの横に駆け寄ってきて言った。
村長の家でマッスルポーズをした騎士の1人である。
「馬鹿を言うな!私がおらねば、誰がここを抑えることができる!」
「しかし!このままでは全滅します!」
確かにその通りだ。
敵の数が多い。
そして、デススペクターが桁外れの脅威となっている。
デススペクターが手に持つ大きな鎌が振り回されるごとに、私兵騎士が次々と身を割かれて倒れていくのであった。
ミズナは考えた。
奴が敵の大将であれば、奴を倒すことができれば敵が引くのではないか・・・。
確証はない。
しかし、この不利な状態を大きく変えるには、それしか道はない。
ミズナは覚悟を決めた。
「私がデススペクターを討ち取る!みんな!援護して!」
「はっ!」「はっ!」
ミズナの前に立ちはだかる死の騎士を私兵騎士たちが抑える。
そして、デススペクターまでの道を見事に切り拓いた。
ミズナは自身にスキル“加速”をかけた。
こんな窮地であっても、自分が目標とする王国騎士軍団長のオルタスであれば、きっとこの状況を打破できるはずだ。
しかし、自分はまだその高みではない。
それでも、私が奴を討ち取ってみせる。
ミズナは走りながら剣を真横に構えた。
そして叫ぶ。
「音速斬!」




