第1章 第21話 どうやら緊張の初仕事らしい
屋根付きコロッセオのような巨大な教室・漆の中では、大きな声量が響き渡っていた。
どうやら“料飲の世界”について、何やら説明が行われているようである。
中央にはステージが見える。
そのステージには、背中に大きな亀の甲羅を背負ったタヌキのような姿をした者が立っており、真剣な表情で説明をしていた。
「ここテストに出るネ~。もう一度言うヨ~。ここでは電気が主で~魔素が少ないネ~。」
天井の近くでは、2羽の色違いの梟が空中に大きく絵を描いている。
僕は受講者席を見渡してみた。
「どう?ミライ?怖い?」
ミアがニヤケながら僕を見てくる。
「あー。そうだね・・・怖くはないね。」
僕は、受講者たちの姿を見て安堵していた。
その姿は、大きなてるてる坊主に短い手足がついているような姿であった。
顔には黒目のない“ただの丸”が2個ついている。
そして受講者は、全員が全く同じ大きさで同じ姿形をしているようだ。
受講者席は何段にもなっており、受講者たちはギュウギュウになってそこに立っている。
どうやら、テキストといったものは手に持っていないようだ。
全員が、天井近くで絵を描く梟を見上げており、その雰囲気からは感情といったようなものを持ち合わせているようには見受けられない。
それは異様な光景に見えた。
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- 魔素の世界 -
その頃。
降り注がれている雨は、その雨脚が弱まりつつあった。
ポルファス王国の西部に位置するヤークション領。
その都市であるヤークションでは、騎士たちが慌ただしく動いていた。
この地を治める領主は伯爵家のフクダンであり、ポルファス王国の建国より何代にもわたって統治している。
このヤークションは“城郭都市”であり、都市のまわりは高い城壁で囲まれた堅固な防御が特徴となっている。
それにより、約50年前に起こった領地を争う国同士の戦争が激化した時でも、ここヤークションは全く揺るぐことはなかった。
そのヤークションに動揺が走っていた。
現領主のフクダン伯爵は、齢50と貴族領主の中では比較的若い。
その精悍な顔つきに短く切りそろえた黒髪がとても似合っており、貴族が好む髭は蓄えていない。
善政で領地を治めていることで評価が高いだけではなく、その剣の腕は王国騎士並みの実力である。
そのフクダン伯爵の下には、3人の私兵騎士隊長クラスと王国騎士軍団の“常駐隊長”が集まっていた。
動揺の発端は、もちろん隣国モルカットに起きた何らかの異変である。
モルカットに異変ありとの知らせが昨夜入り、すぐに斥候を飛ばしていた。
しかし、その斥候が1人たりとも帰ってきていない。
円卓を囲んで座っている5人は、静かに考え込んでいた。
「斥候が誰も戻ってこないとは・・・解せませぬな。」
この地に常駐している王国騎士軍団の隊長が口を開いた。
その姿は、高齢であるも“歴戦の猛者”といった風格を備えている。
「このまま情報を待つというのは、些か危険を感じまする。」
「ひとまず、モルカットに少数の兵を入れてでも、“探り”を入れてみるべきでしょう。」
続けて発言したのは、フクダン伯爵が抱える私兵騎士隊の隊長2人だ。
この2人も高齢の騎士であり、隊長に相応しい風格が備わっている。
そしてもう1人、同じく円卓に座っているのは、若き女性騎士であった。
「“ミズナ”、そなたはどう思う?」
フクダン伯爵は、その若き女性騎士に意見を求めた。
「恐れながら、私も探りを入れるべきだ“とは”思います。」
「うむ。それで、“とは”とはどういうことかね?」
「誰が探りを入れるのかによると思われます。」
「ほう。」
全員がミズナに視線を向けた。
「もし、常駐隊長殿が動かれれば、王国騎士軍団が動いたとして“事は大ごと”になるでしょう。」
「うむ。」
「我が騎士隊の隊長お二方も同様ですし、何よりも都市の防備を整えて頂かねばなりません。」
「なるほど。隣国に領土侵略と誤解されたない探り方が重要ということだな。」
「左様でございます。」
それを聞いた3人は、腕を組んで黙り込む。
ミズナが手を挙げた。
「恐れながら、ここは私が適任かと存じます。」
ミズナは、その剣の確かな実力が認められたことにより、若くして要職に抜擢されている。
その立場は隊長代理であるも隊長格と同等に扱われており、500の私兵騎士隊を預かる立場でとなっている。
しかし、まだ若いこともあって、他国にはミズナの名は知られていない。
「万が一、侵略の意図ありと誤解された場合は、君は極めて危険な立場となるぞ。」
「承知の上です。」
ミズナは強く頷くと、その長く赤い髪を揺らしながら立ち上がった。
そのミズナの姿を見たフクダン伯爵が、心を決めて指示を出す。
「まずは、王宮に“使い鳩”を出して、指示を仰ぐことにする。」
「はっ。」
「ミズナ、そなたは100の騎兵隊を連れて出よ。但し、領内の“マリブ村”まで行ったら待機するのだ。そこで指示を待て。」
「はっ!」
「都市の防備は厳戒態勢に切り替える。皆はいつでも臨戦態勢が取れるように整えてくれ。」
「かしこまりました。」
マリブ村とは、ポルファス王国の中でも隣国モルカットに最も近い村である。
地理的には、ポルファスの王宮よりも隣国モルカットの王城の方が近い。
モルカットの領土内の様子を探る拠点とするには、マリブ村かもっと南に位置するワクニ村が、最も適した場所だと判断できるのであった。
そう、この時までは。
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- 異世界免許教習所 -
「八つ刻になったわね!」
ミアが目を輝かせて言った。
僕らは教室・漆から外に出ていた。
MAPを見ると、15時のちょっと手前となっている。
コマゾーが、急に何かを思いついたかのような仕草をした。
そして、笑顔で僕らに言った。
「ふむ。せっかくだから、4人に仕事を出そうかにゃ。」
「げっ。」
「うぇ。」
ミアとポランが嫌そうな顔をする。
「仕事って、どこかの場所で指示を受けとるものじゃないんだ?」
僕はポランに聞いた。
「上席教官以上の立場であれば、その場で仕事を指示することができるでやんス。」
「へえ、そうなんだ。」
「ちょっと大賢者!今から仕事を受けたら、終わるのは夜になるじゃない!」
「ふむ。頑張れば早く終わるにゃ。」
「でも、ミライとぜー坊は、仕事を受けたことがないでやんス。」
「ふむ。そこで、だにゃ。」
そう言うとコマゾーは空中に文字を書いた。
【仕事】
●ミア、ポラン
→ミライ及びゼフェルが“初仕事”を達成するまで、責任をもってその面倒を見ること。
尚、ミライ及びゼフェルの仕事ぶりによって、経験値は更に加点される。
●ミライ、ゼフェル
→“秘宝の世界”に存在する“導きの迷宮”に行き、そこの一層で入手できる“灯石”を各自5個以上持ち帰ること。
尚、灯石よりも希少価値の高い石を持ち帰った場合は、経験値は更に加点される。
「まあ、初めての仕事としては、こんなもんかにゃ。」
「ちょっ!導きの迷宮だと、モンスターが出るじゃない!」
「だから、お主らがフォローするのにゃ。」
「まあ、一層なら、そんな危険はないでやんスけど・・・。」
「でも、ミライとぜー坊って、あの“泥仕合”なのよね・・・。」
ミアとポランが、遠い目をしながら僕とゼフェルを見てくる。
「ふむ。ちゃんと装備は整えて行くのだにゃ。」
コマゾーはそう言うと、手に持つ杖を僕らに向けた。
すると、僕のMAPに“仕事進行中”という文字が表示されたのであった。
「ふむ。じゃあワシは昼寝の時間だから帰るにゃ。」
そう言って、コマゾーは僕らの目の前からパッと消えた。
「ほんと、わがまま大賢者よね。」
「絶対、自分が昼寝したいから、オイラ達に押し付けたでやんス。」
「初仕事かあ~。何だか緊張してきたよ。」
時刻はすでに15時を過ぎていた。
教室・漆で行われていた授業が終わったようで、中からはぞろぞろと受講者たちが出てきている。
その受講生たちは、全員が前を向いて規律正しく列を作って歩いていた。
足音などは全く聞こえない。
やはり異様な光景だ。




