恐れ
「ウウアアアアァ……!」
上空の怪人は呻き、頭の双角を振り上げる──そのまま、ロムルスめがけ落下した。
「ふんっ!ぐうっ……!」
ロムルスは落下する怪物を受け止める。その体格から想定していた何十倍もの衝撃が襲い、足元の地面がひび割れる。
「くっ……うおりゃああああ!」
落下の勢いを失った怪物の両角をがっちりと掴んだまま、ロムルスはハンマー投げのようにぐるぐると回転する。
足元の地面がえぐれ、回転の勢いは増していく。
ロムルスは回転の軸を徐々に斜めにし──何十度の加速によって生まれた勢いのまま、怪物を地面に叩きつけた。
地面が割れ、角を離したロムルスは反動で空中へと打ち上げられる。
「必殺っ!空中踵落としっ!」
ロムルスは空中で体勢を立て直し、落下の勢いのままの踵落としが怪物の頭に直撃し地面にめり込ませる。
「どうだ!」
華麗に着地を決めた蒼は、勝利を確信し怪物を指差す。
──が。
怪物は、ゆっくりと立ち上がる。
そしてゆっくりと、ロムルスに近づく。
その足取りに、ダメージの蓄積は感じられなかった。
「ちっ、無傷かよ……思ったより硬いな……」
「ウウアアアアァ……」
怪物は呻き、また一歩近づく。ロムルスの後ろにはタタラがいる。下がるわけにはいかない。
「てりゃあああ!──!?危ねっ!」
ロムルスは蹴ろうとした足を引く。
ガチン、と何かが噛み合うような音とともに、生臭い突風が吹き抜けた。
ロムルスには見えていた。魚の口のように広がり、蹴った足を食いちぎらんとする怪物の顎が。
「一筋縄じゃいかなさそうだな……石でも食わせてみるかな……?」
蒼は足元の石を蹴り上げ、手に握った。 冷や汗が背を伝うのを感じる。
タタラはギアを持ち、しかし怪人の姿にはなれず震えていた。
──私がシルバーマナになって加勢すれば、蒼の助けになれるかもしれないんだ、だから……
変身しなければならない。だが。
怖い。あの姿になるのが。また正気を失って、蒼を、他の人を傷つけてしまうかもしれないことが。
「誰か、お願い……助けてよ……このままじゃ、蒼が……!」
その誰かに、自分がならなくてはいけないとわかっている。それでも。
眼の前には紺の戦士と戦う、悪魔の姿。
──私もあんなふうになってしまったら、蒼は……
タタラの脳裏に、かつて自分が正気を失い成った銀色の怪物がフラッシュバックする。
タタラは身震いする。恐怖が、前に進むことを拒ませていた。