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55話




 『鮫殴り粉砕傭兵団』の団長、つまり、私掠船団のお頭であるイングヴァーにとって幸運だったのは、このオープン前のダンジョンのモンスターに事前に会っていた、ということだった。


 通常なら外敵どころか、原住のモンスターの対処でやっとの時期であるはずのダンジョンモンスターにしては桁違いの迫力を持ったサハギン種の戦士達、あれを見ていたことにより、このダンジョンがどこか普通とは違うという考えがあったのだった。


 『青塩党』の頭目ヴィゴも『夜鳴き妖鳥女ハーピー』の“勇敢なる”ボルグヒルドも、イングヴァーの警告には耳を貸さなかった。

 イングヴァーも逆の立場なら一笑に伏しただろうから、あの二人を強く責める気にはなれないが。


 イングヴァーは、相手方の戦力の一端を知っていてなお油断するような性格の持ち主ではなかった。

 相手が少数精鋭で、こちらは海賊団3つからなる大船団。相手からすれば正面からぶつかり合うのは下策。ならば、搦め手か、もしくは一気に頭を狙う奇襲か、相手は搦め手よりも戦いを望むような気高さが見えたので、恐らく後者で来ると思われる。


 ならば、とイングヴァーは一計を案じた。

 といっても、旗艦の位置を変えるだけである。

 

 矢じり型の陣形の先端には通常、部下を統率するために司令官が座す旗艦が置かれることが多い。

 通常、イングヴァーが居るとすればそこだ。

 だがそれは、自分の居場所が相手に丸分かりということでもある。


 海上では奇襲を警戒する必要が薄いので、司令官が目立っても、陸軍程の問題はないのだが、ここは相手に地の利がある海上ダンジョン。

 恐らく、旗艦のみを狙った奇襲も容易にやってのけるだろう。


 そこまで考えて、旗艦の位置を目立たない後方に配置していたのだが、イングヴァーは目の前の光景に自分は間違っていなかったと確信していた。


 引き吊った笑いが漏れる。冗談だろうと思いたい。


 船の真下からギロチンのように鋭く巨大な波が勢いよく盛り上がり、本来ならば旗艦が置かれていただろう矢じり型の先端を破壊したのだから。


「こりゃ駄目だわ、だから来たくなかったってのに……」


 部下の士気を削ぐような物言いだが、誰もイングヴァーを責めるものはいない。

 何故なら、皆同じ気持ちだったからだ。


「全艦帰投、と言いてぇが、アーミテイジの旦那が許しちゃくれねぇだろうなぁ」

「お頭、先頭に置いてた2番艦の奴等はどうします?」

「あぁ、遠眼鏡で見てたが、どうやらあのサハギンの旦那達が救出してくれてるみたいだな。全く、こっちは挑戦者ってより侵略者だってのに、随分お優しいダンジョンマスターだこって」 

「ですが……、2番艦の連中、捕虜になっちまうってことですよね? オープン前のダンジョンを攻めてる手前、それはマズいんじゃ……」

「あ? 知らねぇのか? ダンジョンに捕虜って概念はねぇ。捕まったら最後、ダンジョンに食われちまうんだよ。救助してるんだから、交渉の余地はあるんだろうけどな……」

「あー……最悪見捨てて、無かったことにするって腹ですね」

「だから今回2番艦には不穏分子を詰め込んだんだしな。2番艦長は『傭兵団』乗っ取りの計画を企てていた疑いもあったし、一石二鳥だろ」

「はー……、えげつない手を使いますねぇ」

「これでも犯罪集団のトップだからな」


 イングヴァーは肩を竦め、沈没していく2番艦を見つめていた。


 そのまま船室に戻ろうとするが、突如として周囲の空気を塗り替えるような殺気に片手剣カトラスを構え、辺りを警戒する。


「……ッ、そりゃ、そう簡単に逃がしちゃくれねぇか」


 呟いたイングヴァーの前に、海中から飛び出してきたサハギンの男が降り立つ。

 相変わらず戦士として羨望を覚えるほどの立派な体格であり、まともに戦えば勝ち目はかなり薄いだろうと窺える。


 手には先端に鋭い巻き貝のような穂先を持った槍を装備し、切っ先を油断なくイングヴァーに向けていた。


「忠告はしたはずだが」

「すいませんねぇサハギンの旦那。こっちにも都合やしがらみってのがありまして、断れない仕事だったんでさ」


 部下達が視線で開戦の合図を求めてくるが、イングヴァーは首を横に振った。

 このサハギン一人ならば討ち取れるだろうが、このレベルの個体がただ一体だけではないことは先日目の当たりにしている。


「貴殿は先頭の船に乗っていると思っていた。まさか後方で隠れているとは意外だったな」

「へっへ、これも旦那達と出会えたお陰でね」

「以前も言ったが、ここは未だオープン時を迎えていないダンジョン領域。早々に立ち去ることだな」


 相手は屈強な戦士だが、自分達は海賊、わざわざ戦士の流儀に付き合う必要はない。

 配下の船の振りをして後方に潜んでいた『鮫殴り粉砕傭兵団』の旗艦には、歴戦の猛者が揃っている、海賊の搦め手や騙し討ちにも精通した連中だ。


 戦えば被害は大きいだろうが、口八丁手八丁でうまく誤魔化してアーミテイジへの土産にできないだろうか?


 イングヴァーは頭の中で算盤を弾く。

 明らかに強化進化したサハギン種の男戦士、奴隷としての価値は低くはあるまい。

 周囲の海中に居るであろうサハギンの戦士を更に騙せれば、傭兵団の全員が報酬で半年は遊んで暮らせるかもしれない。


 ちらりとサハギンの戦士を横目で伺う。

 一部の隙も無く、こちらを警戒している。


 以前ならば恐怖と威圧感で一も二もなく従ってしまったが、2度目の今はそうでもない。

 彼らは屈強で、主に対する忠誠が深いが、そこを突けば……。


「……今日は旦那の兵隊が少ないようですが、人手不足ですかい?」

「そうだな、ドルフィンライダー部隊は少数精鋭。人数は常に不足している。だが今は十分なようだ。この旗を掲げた船は既に我々が占拠している。残っているのはここだけだ」

「へ?」

 

 思わずイングヴァーから間抜けな声が漏れた。

 1隻失ったとはいえ、それは半ば予定していたこと

。真の戦力は残りの4隻に結集してある。

 それがたった数十秒の会話の間に占拠されてしまったなどいうことが有り得るのだろうか?


「ま、まさか、流石に旦那達でも……、今回は前回と比べ物にならない練度の戦士達を積んでいるんですぜ!?」

「だがそれも我らが仲間の前には勝てなかった、というだけののとだ」

「はは、は、旦那も冗談が上手いな」


 イングヴァーは自身の望みも込めてそう言うが、サハギンは重々しく首を振った。


「いや、冗談ではない。見るがいい」


 サハギンが槍を掲げる。

 それを合図に、旗艦を除いた『鮫殴り粉砕傭兵団』の船全ての帆が燃え上がった。


「…………」


 イングヴァーはその光景に唖然とし、言葉もでない。

 最低限とは言え、他の海賊仲間より情報を持ち、対策を練り、戦力を揃えてきたというのに、まるで相手になっていない。

 いや、敵とさえ認識されていないのかもしれない。

 でなければ、わざわざダンジョン領域である海に落ちた挑戦者を回収する理由がない。

 何の準備も無かった前回も、用意周到に立ち回った今回も、彼らにとってほぼ変わらない。せいぜい迷い込んだ人間が増えた程度の認識でしかないのだろう。


「今のは忠告ではない、警告だ。三度目は見逃さぬ。命がある内に疾くと帰るがいい」


 何度目か分からない驚愕に、イングヴァーは目を剥いた。

 帰るがいい? 今このモンスターは自分達に帰ってもいいと言ったのか?

 モンスターが言うということは、それがダンジョンマスターの意思なのだろう。にわかには信じがたいことではあるが、圧倒的に優位に立っているダンジョン側が譲歩するなど、それ意外に考えられない。


 試してみるか?

 相手に害意が無いのなら、まだ手はある。


 捨て駒にするつもりだったとは言え船一隻は決して安い損害ではない。

 ここで何も成果を出せなければ、アーミテイジにどうケジメを取らされるか分かったものじゃない。


「いや……帰るって……、帆が燃えちゃ船は動かねぇですし、櫂で漕ごうにも、帆がなきゃキリがねぇですよ、旦那」

「なに? そうなのか?」


 そう返されるのは予想外だったのか、サハギンは困ったように顔を歪めた。

 その表情を見て、イングヴァーは内心ほくそ笑む。


 やはりダンジョン側はこの期に及んでもこちらを無事に帰してくれるつもりでいたらしい。

 何故そうまでしてマナー違反の挑戦者側に慈悲を見せるのかは分からないが、これはチャンスだった。

 甘さを見せるなら、そこに付け込まれても仕方がない。

 とにかく優先なのは、失敗を補填するだけの成果を持ち帰ることだ。

 強力なダンジョンモンスターの捕獲・隷属化など、敵の多いアーミテイジ商会には充分な旨味と言えるだろう。


「泳いで帰ればいいだろう」

「人間にゃちと無理ですぜ、そこで申し訳ねぇんですが、人足をお借りできねぇですかね? いやいや、人手不足ってのは重々承知なんですがね? 旦那方ほどの御力があれば、船を海中から押して運ぶ、なんて事も出来ちまうんじゃないですかい?」


 質問の形だが、目の前のサハギン達ならば可能だろうと確信している。

 そもそもサハギンは海中を戦闘位置とするモンスター。船の上でこれだけの威圧感があるが、海中では更に強化されるのだ。

 数人で船を押し運ぶくらいはやってのけるだろう。


「お頭、流石にそれはやべぇんじゃねぇですか?」

「バカ野郎、黙ってろ。お優しく聡明なダンジョンマスターの配下足るサハギン殿であれば、俺たちを無事に港まで送り届ける程度、容易にやってのけるに違いない」


 推測するに、挑戦者を無事に帰してやれ、というのがダンジョンマスターの指示。

 恐らくだが、人間に敵意の無いタイプのダンジョンマスターなのだろう。それは決して珍しいものではない。

 現存するダンジョンの中にも、人間と友好関係を結び、産業や観光の中心となっているものがある。

 ……大体が有力者に騙され、搾取されているのではあるが、騙されている方が悪いのだ。


 オープン前の新しいダンジョン。友好的なダンジョンマスター。甘さの目立つ指示。

 この情報だけでもアーミテイジは小躍りして喜ぶだろう。

 ましてや、船がなければ容易には辿り着けないダンジョンときた。海運に大きな力を持つアーミテイジの為のダンジョンのようなものだ。


 じっとサハギンの様子を観察するが、サハギンは困った表情とは一変し、鉄面皮となっていた。


「あ、あの……、旦那?」


 やはり露骨過ぎたか? とイングヴァーが戦々恐々していると、サハギンの鋭い目がイングヴァーを貫いた。

 一瞬、自分の思惑が看破されているのかと思うほどだった。


 いや、あり得ない。

 新規ダンジョンにそこまでの知識が有るわけがない。


「主と連絡を取っていた。帆を燃やしたのはこちらの失態だ」

「へ、へぇ、それじゃ……!」

「ついては船を修理する期間のみ、ダンジョンでの逗留を許可するとのことだ。喜ぶがいい」

「へぁ!?」


 流石にそこまでされるとは思っていなかったイングヴァーから変な声が漏れた。

 話を聞いている周囲の船員達も同じ表情だ。


 ダンジョンの余りの無防備さに、それって大丈夫なの? と挑戦者ながら心配したくなる。


 話が上手すぎる。自分が望んだ以上の結果が得られ過ぎると、人は逆に警戒するものだ。


「いや、あっしらは別にダンジョンに入りたい訳じゃあねぇんです、そちらも機密がおありでしょうから、その、あっしらが行くのに問題があるでしょう?」

「主は寛大だ。安心しろ、捕虜ではなく、客分として扱う」


 これは、人間に友好的なダンジョンの中でも、特大級の馬鹿を引いたのかもしれない。


 イングヴァー頭の中では、モンスター奴隷どころではない規模の金が動くだろうという予測と、思い付く限りの利用法が渦を巻き、算盤を弾きまくっていた。


「きゃ、客分、そんな、マジですかい……」


 船員の一人が気後れして嫌そうにしているが、これはまたとないチャンスだった。

 これを逃せば、金塊を産み出すダンジョンをみすみす誰かに譲ってやることになりかねない。


 上手く立ち回れば、アーミテイジすら出し抜けるかもしれない。


 イングヴァーの頭の中には既に黄金の椅子に座り上等のワインを飲む自分の姿が幻視されているほどだった。


「へっへ、恐縮ですがね、喜んで誘いに乗らせて頂きますよ。なァに、決してご迷惑はおかけしません」


 まずはどんな金儲けの話が転がっているのか、そこを見極めることから始めなければなるまい。


 イングヴァーは黄金色に輝く未来を思って舌舐めずりするのだった。



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