第4話 糸
三日間、鋼二は動かなかった。
食う。
寝る。
考える。
それだけだった。
コンビニの飯を食い、シャワーを浴び、写真の端に映る輪郭を何度も見た。
脇腹の傷は、少しずつ塞がってきている。
体は戻る。
問題は、その先だ。
四日目の朝。
携帯が鳴った。
「喫茶サンライズ。十四時」
それだけ言って、魚屋は切った。
店は、四谷の路地裏にあった。
看板は色褪せ、ドアの蝶番が軋む。
客は鋼二以外に一人だけ。
老人が、窓際でコーヒーを飲んでいた。
魚屋は、奥の席にいた。
グレーのジャケット。
帽子のつばを深く下げ、顔の上半分が見えない。
テーブルの上に、封筒が一つ。
鋼二は向かいに座る。
何も言わずに、封筒を手に取る。
「開けるな、ここでは」
低い声。
「分かった」
コーヒーが来る。
誰も頼んでいないのに、店員は何も言わなかった。
この店自体が、魚屋の庭なのかもしれない。
「三人、当たった」
魚屋が言う。
「お前が言った条件——砂漠の取引に関与していて、与田の外側にいた可能性がある人間だ」
「三人」
「一人は死んでいる。去年、交通事故だ。だが状況が妙でな。単独事故のはずが、現場に別の車のタイヤ痕があった」
鋼二は、コーヒーに口をつける。
「もう一人は」
「消えた。半年前から、どこにも記録がない。携帯も、クレジットも、完全に途絶えている」
「……生きているか」
「分からん」
短い沈黙。
「三人目は」
魚屋が、初めてわずかに顔を上げた。
目だけが見える。
その目が、珍しく——慎重な色をしていた。
「生きている。今も、動いている」
「名前は」
「封筒の中だ」
一拍置いて、魚屋は続ける。
「ただし、北条」
声のトーンが落ちる。
「そいつに近づいた人間が、過去に四人いる」
「四人」
「全員、一ヶ月以内に死んだ」
雨音が、遠くに聞こえる。
鋼二は、カップをソーサーに戻した。
静かに。
音を立てずに。
「病気か、事故か、自殺か」
「綺麗に分散している。不自然なほど」
「つまり——」
「つまり、そういうことだ」
魚屋が立ち上がる。
財布を出し、テーブルに札を置く。
「俺の仕事はここまでだ」
踵を返す前に、一度だけ振り返る。
「お前、本当にやるつもりか」
鋼二は答えない。
それが答えだと、魚屋は分かっているはずだ。
「……そうか」
それだけ言って、男は店を出た。
ドアが軋む。
老人は、まだコーヒーを飲んでいる。
鋼二は封筒を見る。
四人、死んだ。
それが警告のつもりなら——
「ずいぶん、丁寧な罠だ」
封筒を、コートの内側に仕舞う。
立ち上がり、店を出る。
外は曇っている。
雨になる前の、重い空気だ。
路地を歩きながら、封筒を開ける。
一枚の紙。
名前。
現住所。
そして——肩書きが一つ。
鋼二の足が、一瞬だけ止まった。
「……なるほど」
すぐに歩き出す。
表情は変わらない。
だが、奥歯に力が入っていた。
そういうことか。
与田は駒だった。
だとすれば、この名前は——
「王手をかける側か」
空が、暗くなっていく。
雨が、落ちてきた。




