11話 嫉妬からのマウント
一呼吸置いてからアナスタシアは、伏せていた視線をゆっくりと持ち上げてレティリアを真っ直ぐ見た。
その目は、さっきまでの自嘲混じりのものではない。じわじわと火を灯したように熱を帯びたもの。
怒りや嫉妬が入り交じった負の感情が宿っていて、それをレティリアは黙って見ていた。
「先生って、回復術の分野では本当に尊敬されてて……穏やかで、誰にでも優しくて、でも芯はすごく強くて」
「……」
「私、入隊してからずっと先生に指導してもらってるんです。解体現場でたまたま、初めてご一緒したレティリアさんより、きっと私の方が長く一緒にいますし……。先生がどんな食べ物を好むかも、どんな時に機嫌が悪くなるかも、ちゃんと知ってるつもりです」
唐突にその言葉の端々に滲むのは、どこか誇るような響き。
そして、それと同時に、なぜかこちらを試すような視線もぶつけてくる。
「先生、レティリアさんのこと……ずいぶん気にかけてるみたいですよね」
「……そう?」
「そうですよ。あの解体現場での様子を、仕事が終わってからも、よく話題にしてます。『あの子は危なっかしくて放っておけないなぁ』って」
アナスタシアは一拍置き、ふっと唇の端を上げる。
見下すように、嘲笑うかのように。
「でも、そういうところも含めて、ちゃんと“指導が必要な後輩”って思ってるんじゃないかな、って……私は思います」
それはまるで、「特別なんかじゃない」と断じるような声音だった。
その見下す言葉にレティリアは、言葉を返さない。
単に呆れていたのか。あまりに無防備にぶつけられた嫉妬心に、どうリアクションを取ればいいか分からなかったのか。
ただ、空腹を紛らわせるために腹部に置いた手を握る指先に、かすかに力がこもっていた。
アナスタシアはそれに気づかないふりをして、ひとり勝手に微笑む。
「でも……私、レティリアさんのそういうところも、嫌いじゃないです」
まるで出来の悪い新人を見ているようで。
その笑顔はどこか、愉快そうだった。
「…………貴方は、結局何が言いたいの?」
「え……だから、ヴェルクレア隊長は優しい人で、貴方は腕のことで気にかけてもらってるけど、勘違いしちゃ駄目よって言っているんです」
「…………なんの勘違い?」
淡々と聞いてくるレティリアに、アナスタシアは一瞬言葉を詰まらせ、それでも諦めず、笑顔を作る。
「……それに、ヴェルクレア先生のことなら、私、けっこう知ってるんです」
突如として投げられた言葉に、レティリアのまぶたがぴくりと動く。
「先生って、普段は淡々としてるけど、意外と好き嫌いはっきりしてるんですよね。魚介系、あんまり得意じゃないの、知ってました?」
「……さあ」
「お酒も強いようで弱くて、でも自分では絶対に酔っていないって言い張るタイプで――」
「……それ、飲みに行った時の話?」
「ええ。何度か、そういう機会があって」
アナスタシアはふわりと笑う。その笑みは、何気ない会話のように見せかけた“宣戦布告”のようだった。
「私、指導を受けてるので、毎日顔を合わせてますし。仕事以外の時間でも先生と話すこと、わりと多いんです。……レティリアさんより、先生のこと知ってると思いますよ」
レティリアは缶ジュースを一口飲んだ。
何の反応も見せないその態度に、アナスタシアはわずかに眉をひそめる。
「……先生、よくあなたのこと話します。あの子は一人で全部やろうとするって。だから自分が気にかけてあげなきゃいけないって思ってるみたいでした」
「……ふぅん」
「ね、やっぱり先生から見たら、あなたは“手のかかる後輩”ってことなんじゃないですか?」
その一言には、どうしても否定してほしいという叫びが込められていた。
自信に溢れている話し方だが、声が、視線が少しだけ揺れている。
レティリアはゆっくりとアナスタシアを見た。
「……ヴェルさんはそんな風に言ってた?」
「……そう、聞こえました」
「なら、そうなんじゃない?」
興味なさそうなレティリアの返答に、アナスタシアの口元がきゅっと結ばれる。
何かを試して、何かを確かめたくて。それでも何一つ掴めなかった。
それが悔しくてアナスタシアが小さく唸ると、レティリアは立ち上がった。
「……じゃあ、またね。お腹空いてるから、今度はご飯の邪魔しないで」
淡々とそう告げると、レティリアは袋を持って市場の方へ歩き出す。
アナスタシアは、取り残されたベンチの上で、しばらく何も言わなかった。




