10話 予想外のエンカウント
今日は久しぶりの休日だった。
解体ができないイライラを、今日も食欲にぶつけて少しでも発散しようと企てるレティリア。
今日も楽しく買い食いして、さらに食材を買い込み、久しぶりに料理をしようかと考えている。
以前、まだ給料が少ない時はお金が足りずによく節約のため、自炊をしていた。
今はレティリアの食欲を補うくらいの外食をしても、お財布にダメージはないくらいに収入がある。
だから満足がいくまで食べまくる緩い金銭感覚となっているのだが。
リレー小説で無駄に現実感のある設定にされているため、宅配サービスも充実しているこの世界。
日用品はほぼ宅配サービスにお任せで、置き配をしている。
購入者がバンクルで身元確認をしないと荷物が動かせない設定になっているため、盗まれることのない安心設計だ。
なんてご都合主義なんだろう、今ではあの頃の私たち、よくやった!! である。
「今回は冷凍のちゃんぽん50食頼んだんだよねぇ。夜食にいいんだよな……次は何にしよう」
今から食べるというのに、既に次の食べ物購入品を考えるレティリア。物欲とは恐ろしい。
照りつける太陽を睨み、日焼けしそう……と乙女思考な顔を覗かせながら街中を歩いた。
食事エリアに近づくと、溢れ出す香りに唾液が一気に溢れる。
空腹のレティリア、我慢が効かずに歩くスピードが上がり、ワクワクと無表情ながら体全体で表している時、正面から来る女性にピタリと足を止める。
「……レティリアさん?」
1度しか会ったことがない人。
だけど、印象に残っている女性。そこに立っていたのは、回復術師の新人女性、アナスタシアだった。
「ああ……どうも」
「こんなところで会うなんて、奇遇ですね。お買い物ですか?」
にこりと笑って、少女のように首をかしげてみせる仕草。
だがその眼差しは、笑っているのに……どこか、何かを探しているようで。
(……なんでいるの)
思わず口に出しそうになるのを、ぐっとこらえた。
ここは食事をする場所、いつ誰がここに居てもおかしいことではないのだ。
「そうだね、……お腹すいたから」
「へぇ、いいですね。あ、私……ちょうど予定なかったんです。少しだけ、話しませんか?」
穏やかな笑顔と、この間と同じ言葉遣い。
でも、どこかじわじわと距離を詰めてくるような、そんな圧迫感があるって無意識に眉を寄せる。
(断っても、ついてきそう)
ため息をつきたくなる気持ちをぐっと押さえて、レティリアは黙って市場の横にある小さな休憩スペースを指差した。
あぁ……お腹すいてるのに……と本心を隠しながら。
「……少しなら」
「ありがとうございます」
軽やかな足取りでついてくるアナスタシアの笑顔を横目に、レティリアはベンチに腰を下ろす。
ガヤガヤといつも通りにうるさい通りなのに、レティリアとアナスタシアは沈黙を守って、アナスタシアが勝手に張り詰めた空気を感じていた。
ピンと薄く張っている氷の上にいるような感覚でチラッとアナスタシアがレティリアを見る。
だが、レティリアは面倒事に巻き込まれた、くらいにしか感じていない。
それよりも、盛大になりそうなお腹の音と戦っている。戦うようなものではないのだが。
「腕の調子、どうですか?」
「ん、だいぶ良くなってる。まだ完全じゃないけど、もうすぐ治るって」
「……ほんと、すごいですよね。あの状態で動けてたなんて」
「…………見てたの?」
言っているのは、あの時の広場での解体場面のことだろう。
今すぐにでもはち切れそうな毒袋が焼けたレティリアの腕。
すぐ側にヴェルクレアがいなかったら両腕を駄目にしていたあの現場を見ていたのだ。
それはアナスタシアだけじゃない、沢山の人達に衝撃を与えた。
有名な解体屋のレティリアが、まだ20代の若く小柄な女性だったこと。
状況を誰よりも早く判断して年上の男性たちに指示が出せる程の知識量と経験があること。
小さな体で軽々と魔物の背まで飛び上がり移動したこと。
爛れる腕を放置する程に仕事に忠実であること。
その腕の治癒が終わらない状態でも解体を優先したこと。
幼さすら残す細い体に腕で、魔物の太い首を一撃で簡単に落とした力と解体の緻密な精度。
これは解体素人ですら、見て知ることが出来るレティリアという人物の情報だ。
知りたい、だが恐ろしいと慄く人が多かったが、いざ解体を離れたら、どこにでもいる一般的な女性だった。
あまりのギャップにさらに興味が集まるが、レティリアの性格上、追い回すのはやめてくれと、レティリアの知らないところで義兄であるユリウスやギルバート、さらに回復術師のトップであるアレクセイや古株で先生と慕われ顔が広いヴェルクレアと重鎮たちから注意も促されてきた。
だから、遠目で見る騎士や回復術師、冒険者達。
それ以外からは無遠慮に声を掛けられるが、レティリアは上手く逃げていた。
そんなレティリアは、アナスタシアから見たら規格外なのだ。
「……あの時、私だけじゃなく沢山の回復術師が居たんですけど、私には何も出来ませんでした」
「……そうなんだ」
いきなり言われても、レティリアは上手く返事を返せない。
小声で無難な返事を返すと、小さな笑い声が聞こえてアナスタシアを見上げた。
「……私、正直パニックになってて。何もしてないのに手が震えてました。4月から働き出して、街の外にも行ったし、ちゃんと回復のために走り回ることだって覚えたのに……たった一体の死んだ魔物に震えが止まりませんでした」
「…………」
「そんな何も出来ない私の前で、すごく冷静で格好良くて正確で。レティリアさんの傷も、すぐに見抜いて、支えて。……ほんとに尊敬します、先生」
その言葉に、レティリアは、……ん? と首を傾げた。




