The landscape which was once seen (いつか見た風景)
ヘルメットの後ろに、まとめられた髪が揺れていた。
OJTによる職場研修も3か月に入っている。
いつの間にか、春から梅雨があけ、初夏の暑さが、作業服とエンジニアブーツを覆っていた。
英美里は、朝から晩まで、工事現場で配管と戦っていた。
学生時代に2級管工事施工管理技士の資格を取得していたので、今は実務経験を積んでいくという過程にいた
目指すは、1級の管工事施工管理技士ということで3年以上の実務経験を積む必要があり、資格保有者がいると、公共事業への入札が可能ということで、英美里は日々頑張っていた。
希望通り、在日米軍関係の設備メンテ会社へと就職できた。
日頃より、父親より取れる資格は取っておけと言われていたのが、功をそうした。
もっとも学科が工学部なので、それなりの勉強はしていた。
体を動かすは嫌ではないので、仕事内容は、英美里には合っていた。
男社会なので、何かと大変かと思っていたら、意外と現場の人は優しく、英美里をかわいがった。
高齢の人が多い職場なので、娘みたいな扱いだった。
バスケで鍛えられた体躯は、配管も難なく担いで見せるため、時には男性とよく間違えられて、怒鳴られて謝ると女性だと気付かれて気まずくなったりもした。
性格は、父親譲りで職人気質なのでさばさばしており、飲み会でも体質なのか酒に強く、仲間と飲んでもケロッとしていた。
よって、酔わせて送り狼なんぞというのもなく。
職場の仲間として迎えられていた。
中には、お見合いなんぞを進めてくる人もいたが、英美里はやんわりと断った。
初めて、親元を離れて働く娘に、両親は心配していたが、毎日携帯にメールをしていたので今は、あんまり心配していないようだった。
最近流行りだした、iPhoneに変えてからは、写真を送ったりしていた。
やっぱりに写真を見ると安心するようだった。
外資系の会社なので、余り残業はなかったが、作業は休日や夜間になることがあるので、休みになるとさすがにぐったりとして、アパートから出ることはなかった。
それでも近くスーパーには買い物に出ていた。
昔はにぎわっていた面影のある商店街があり、バス停もあるためそこそこ人はいた。
公設との市場もあって、懐かしさを感じていた。
見たこともないないはずなのに、何故かひどく懐かしさを覚えた。
バス停の横にある、公園で総菜屋でかったコロッケをかじりながら、新幹線の乗り物で遊ぶ子供や、木陰で夕涼みをする老人たちがいる、のどかな風景が英美里の心を落ち着かせた。
何気ない日常がある生活。
代り映えがしないけれども、明日も同じように過ごせる保証が何となくある場所だと思った。
会社に近くに会社が契約したアパートが在ったため通勤は徒歩だったが、会社の帰り道にバス停の前にあるバイクやに1台のGrasstrackerが止まっていた。
真っ赤なタンクがくすんではいたけれども、なんとなく寂しそうに止まっていた。
英美里は、そのバイクに惹かれるようにバイクの傍まできた。
10年以上前に発売されたものだ、英美里は普通自動二輪の免許は持っていたので乗ることはできる。
父親は、昔の免許制度で大型まで乗れたので、ヤマハ SR500を持っていてよく英美里を載せてくれていた。シングル499CC 空冷でキックスターターでエンジンをかけるのに苦労していたことを思い出した。スターレッドの車体とスポークタイヤが古臭かったけど、シングルエンジンの独特の鼓動は心地よかったことを覚えている。
Grasstrackerもシングルエンジンで、セルフ・キック 併用式だ。
「それ、古いから整備しないと乗れないよ」
と、店の奥から店の店主らしい初老の男がいった。
英美里は、少し車体を見てみた。
空冷でシングルなので、部品個数は少ない。
フロントフオークは、錆びていないしフロントオイルシールもひび割れていない。
おそらくは、交換しているものと思われる。
チェーンは伸び切っているので、オイルシールもダメだろう。
タコメーターがなく、白い速度計のみメーターの走行距離は、16,000しか超えてなかった。
おそらくは、テレビドラマの影響で一時的にこの手のバイクが流行って、買っては見たもののそのままという口だろう。
どうせ250ccだから車検もなくろくな整備はされていないだろう。
「エンジンはかかるの」
と英美里が訪ねると、男は店の奥から鍵を出してきた。
美里は長い足を跳ね上げてシートに跨った。
鍵をシリンダーにさして、ニュートラルを確認すると、デコンプを引いて、チョークを引きキックペダルを下に押し下げて、カチッとたところで戻してっろと同時にアクセルを少し開けた。
エンジンに火が入った。
「キック式なんぞ、よくかけ方が分かったな。今はセルだから誰も知らないぞ」
と男は感心したように言った。
「父親がキック式に乗ってたから、見様見真似よ」
と英美里は、照れながら言った。
アイドリングも息継ぎもなくチョークを戻しても安定していた。
オイル交換はされていたらしい。
前輪のブレーキは、やや硬いのでキャリパーを掃除しなくちゃならなそうだ。
後輪はドラムなので踏みしろも浅いので大丈夫そうだ。
英美里は、このバイクが何となく自分が買いそうな気がした。
「いくらするの」
「現状渡しで、10万かな。自賠も切れてるし登録整備すると18万くらいかな」
と男は英美里の問いに答えた。
「じゃ 現状渡しで、後は自分でやるから」
とこともなげに言う英美里に
「整備は大丈夫か」
と心配そうに言った。
「大丈夫よ、よく父親と整備していたから」
と言って笑った。
「家は、近くなのか」
と男が言うので、アパートの場所を言うと、ああと納得した。
なんというか、英美里は思い立ったら即実行なので、近くの銀行から代金をおろしてきて現金て゛バイク屋に払った。
名義変更用の書類をもらうと、英美里はバイクを押しながらアパートまで帰った。
男は、やれやれという表情で、若い娘がバイクを押して帰る姿を見送っていた。
英美里のアパートは、幸いに駐車場がついており、英美里は車は持たなかったが、ロードバイクは置いていた。
カバーをかけたロードバイクの横に、汗だくになりながらバイクを止めた。
ほんとに衝動買いだと英美里はバイクを見ながら笑った。
料理が苦手な、英美里はいつものごとく総菜屋で買った弁当を食べながら、パソコンでGrasstrackeの検索をして、パーツ屋から部品と工具の注文をした。
結構な金額になったが、オシャレをするわけでもなく、もらった給料は手付かずだった。
休日の前日に、すべてのバーツ類が届いた。
英美里は、iPhoneで父親に電話をかけた。
「お父さん バイク買ったんだけど、整備の仕方を教えてよ」
というと父親は
「えっ? お前何買ったの」
「スズキのGrasstracke シングルでキック式だから、お父さんのSRと同じ」
「えらく古いの買ったな、何年式だ」
「2003年式だって、とりあえずオイルとフィルターは変えた、チェーンでてこずってる」
といって、取外した後輪を持ち上げた。
「スプロケットはどうなんだ」
と父親が言うので
「やっば歯がとがってるから、変えなきゃだよね」
と後輪のチェーンをまわした。
「念のため前後変えてから、トルクレンチで既定のトルクで締めろな」
「うん、わかった。また電話する」
といって、後輪のスプロケットをレンチで外して、1速に入れてチェーンをかしめて調整した。
チェーンの張を調整して、終了。
タイヤは、5分山でひび割れもないので、製造年から4年が過ぎていたが良しとした。
このバイクには、燃料計がないので、車体をゆするとかすかにガソリンが入っているような音がした。
前輪のキャリパーは固着してなかったみたいで、スプレーのブレキー洗浄で何とかなりそうだった。
鍵をシリンダーにさして、ニュートラルを確認すると、デコンプを引いて、チョークを引きキックペダルを下に押し下げて、カチッとたところで戻して同時にアクセルを少し開けた。
エンジンはぐずることなくかかった。
父親に電話して、エンジン音を聞かせた。
「いい音じゃないか、カムも狂ってない。意外と掘り出しもんかもな」
と笑い声が漏れた。
英美里は、Vサインとバイクの写真を撮るとメールで送った。
バイクのエンジンは、シングルらしくコトコトとかわいい音を奏でた。




