Once again. (あの頃に)
「アドレナリン1mmg。」
と医者が叫んでいた。
看護師が、注射器を渡した。
心電図のモニターを見ながら、医者がさらに叫んだ。
「アミオダロン300mg」
矢継ぎ早の指示とあわただしく、看護師が病室を出たり入ったりしていた。
秋生と山口はそれを見ているしかなかった。
ただ、只ならないことが起きていることだけはわかった。
それからも、あわただしく医師や看護師が病室の出入りを繰り返した。
どれくらいの時間が流れたのだろう。
急に病室が静かになった。
医師が神妙な顔で出てきた。
「心臓音の停止、呼吸音の停止を確認しました。併せて瞳孔の散大と対光反射の消失を確認しました。・・・・」
医師は沈黙した。確認内容は言えるが最後の一言が言い出せなかったようだ。
医師は目を伏せたまま、
「息を引き取られました。・・・・・お亡くなりの時間は、19時41分です。」
といった。
呆然としている秋生を促して、山口は病室入った。
人工呼吸器が外されて、点滴の支柱もかたずけられていた。
看護師が機材を気を使いながら片づけていた。
人は死ぬときに長い呼吸をするという、最後の呼吸。それが終わると徐々に死に向かうという。
脳内麻薬と言われるエンドルフィンが通常の100倍も出るという。
真理愛の顔は無表情で、まだ赤みがさしていて、死んでいるとは思えなかった。
秋生はベッドの傍で膝をついて、真理愛の額に手を添えた。
肌のぬくもりがあったが、首が何の抵抗もなく秋生の手の方向に揺れた。
まるで、ボールを揺らしているような感覚だった。
生きていた人間ではなくなっていた。
秋生は、真理愛の頬に自分の頬を寄せた。
肌の暖かさが伝わってきた。
少し、薬剤の匂いがしたが、真理愛の匂い、腕の中にいた時の匂いがよみがえっていた。
秋生の頬を幾筋もの涙が流れ、真理愛の頬を濡らした。
声もたてずに、秋生は真理愛の頬に何度も頬ずりをした。
真理愛の頬に落ちたの秋生の涙で、真理愛も泣いているように見えた。
そんな姿をみて、山口は壁に向かって手をついて涙をこらえていたが、足元に涙が落ちていた。
秋生は、真理愛の首に手をまわして頭を抱いていた。
真理愛にいつまでも触れていたかった。
会えない時には、いつもそう思っていた。
ずっと一緒にいられたらそれだけでよかった。
何気ない日常の中の時間がどれほど大切なのかを教えてくれたのは、真理愛だった。
親の愛情を十分に受けてきて育ったわけでもない二人が見つけたのは、言葉で語ることのできない世界だった。
ただ、ただ、そこにいれば、二人でいれば、それだけでよかった。
愛情でも、同情でも、義務でもなく、そこには自分たちの居場所があった。
秋生も真理愛も居場所が欲しかった。
居てもいいと場所ではなく、居てほしい思える場所が欲しかっただけなのに。
秋生は真理愛の頬を撫ぜながら、抱いていた真理愛との未来を思い出していた。
「借金が終わったら、二人して住めるアパートを探そう。そして、俺もっともっと仕事をがんぱっさてさ、小さくてもいいからさ結婚式してさ。真理愛はさウエディングドレス着てさ・・・・・」
秋生は真理愛に顔に向かって額のほつれ髪を撫でながら語りかけていた。
「子供はさ、いっぱいほしいな、にぎやかな家族でさ、いつも真理愛に叱られながらも許してくれているそんな毎日でさ。子供の寝顔みて酒飲んでる俺がいる。そんだけでよかったんだ。」
山口は、そんな秋生を見て、いたたまれないように病室を出でいった。
「なんで、なんで、なんで、真理愛なんだ。どうして、どうして・・・・」
秋生は真理愛の唇にキスをした。
真理愛が最後にくれた贈り物。大切にしていた思いだった。
どんな状況でも守ってきたものだった。
口紅がしていない唇は渇いていた。
生きていた時のように柔らかい感触だった。
その感覚が余計に秋生の心を残酷にえぐった。
誰かに怒りをぶつければ、気が紛れたかもしれないが、誰にもぶつけられるはずもなかった。
当たり前ということが、どんなに大切なことなのか、秋生は思い知った。
世の中に、当たり前という安易な存在はなく、奇跡に近い当たり前があるということを知った。
真理愛がもういないということ、
もう一度という言葉があるのならば、出会った頃のあの時に戻りたかった。
今回もなんとなく泣きながら書いてしまいました。「みみらくの島」以来です。人の死が以下に重いものか
ポスビスの創始者 Cアンダーソンは「人がいかに死ぬかということは、残された家族の記憶の中にとどまり続ける。最後の数時間に起こったことが、残れる家族の癒しにも悲嘆の回復の妨げになる。」と。続けて登校します。




