When you see only one set of footprints, it was then that I carried you.(神の足跡)
渇いた、空気が防寒着の表面を更に冷たくして、秋生の心までも固くした。
目の前には、小さな墓標が立っていた。
十字架の墓標は、あまりにも小さく眠っている人そのものの人生の短さを物語っていた。
秋生は、ユリの花を墓標の前に置いた。
まだ、前に持ってきたユリの花は枯れてはいなかった。
なんど、ここに来たろうか。
数えきれないほど記憶が、よみがえる。
真理愛と過ごした日々は、ほんの一瞬なのに何度も思い出し、その度に心をえぐられる。
人間の一番のストレスは、配偶者の死だそうだ。
秋生は、胸のチェーンに遠した、2つのリングを眺めた。
作り方ら見て、相当なものであるリングが冬の日差し中に、プラチナ台がまぶしく光っていた。
真理愛がいなくなって、もう2か月が過ぎていた。
台風が通った朝、町は真っ青な天気になった。
それでも結構な被害があり、電気が復旧しておらずに、水道が使えないなど完全には復旧していなかった。秋生の仕事も、工場のメンテだが、現状の確認ができずに、事務所で待機になったが肝心の事務所も電気が来ておらずに、近くで電力会社のスピーカーを付けた軽自動車がいたので止めて聞いてみると、恐る恐る出てきた電力会社の社員は、近くで数本の電柱が倒れて、電線も切れているので復旧が分からないとのことだった。
それを聞いた社長は、
「臨時休業だ、明日定時出社」
といった。することもないので、秋生は来月に迫った"高圧ガス保安責任者乙種"の勉強でもしようと思い、事務所の書棚から参考書をいくつか紙袋に放り込み車に戻った。
エンジンをかけて、エアコンの風量を最大にスライダーを滑らせた。
内気に循環にして、エアコンが効くのを待った。
ハンドルに参考書を載せてページをめくった。
この資格を取れば、資格手当がついて給料が上がるということで秋生は頑張っていた。
高校の時に、危険物は乙4は取っていたので、ついでに6類全部取ってしまった。
結構、現場でも危険物を扱うことがあるのでそれなりに役に立っている。
現場では、高圧ガスを使うこともあるので、取っておけばいいとのことで頑張っていた。
法規はかなり行けそうだが、やはり応用化学は化学式が難解だった。
何度やっても、vol濃度の間違ってしまう。
一息入れようと、煙草に火をつけた時に、
ポケベルが鳴った
"49106 0956・・・・・・・・・"
と表示されていた。
事務所からではない、事務所の電話はまだ使えない、電柱が倒れていて電話線も一緒に切れている。秋生は、参考書を助手席に放り投げると、ギアをローに入れて車を佐世保の街に向けて走らせた。
しばらく走ると、電気がついているスタンドを見つけて、事務所の横の洗車用のパーキングに車を止めて事務所にある公衆電話に急いだ。
表示されている電話番号に、恐る恐る電話を掛けた。
佐世保市立総合病院だと交換の応答する声で分かった。
秋生は、嫌な予感がする中で、
「西 真理愛さんて方が、入院されていますか」
と尋ねた。
暫く保留音が続いて、
「急患で入院されています」
と返事か来た。
秋生は急いで、車に戻るとガソリンも入れずにスダンドを出た。
川沿いの白い建物の駐車場に車を止めると病院のスロープを駆けていた。
自動ドアが開くのがひどく遅く感じてた。
受付で、真理愛の病室を聞くと、エレベータが来るのが嫌で階段を駆け上がった。
病室の前に、面会謝絶の札と、初老の男が病室の前の長いすに座っていた。
秋生を見ると、男は立って秋生に近づいた。
男の顔をよく見るとも真理愛の店の店長だった。
「すまない、真理愛に頼まれたので連絡した」
と男は言った。
「真理愛は、大丈夫なんですか」
と秋生が訪ねると、男は顔を伏せた。
秋生は、男に詰め寄った。
「怪我でもしたんですか、事故にあったりとか」
男は首をふった。
暫く沈黙が流れた後で、男は
「場所を変えないか」
といって歩き出した。
エレベータに乗って、屋上まで二人で登った。
一面にシーツが干されてあり、高いフェンスがあった。
そのフェンスの前にベンチがあり、赤いバケツがポツンと置かれてあった。
男は、ベンチに座ると、ケントのパッケージから煙草を抜き取るとダンヒルのライターで火をつけた。
「座れよ、秋生」
と男は、自分の横のを叩いた。
秋生は自分の名前を呼ばれたのが、不思議で素直に横に座った。
「秋生、お前俺のことを覚えていないか、まっ無理かお前はまだ4つか5つぐらいだったからな」
と男は言って、煙草をふかした。
「お前の母親とは顔なじみだった。」
秋生は母親のことを持ち出されてギョッとなった。
「俺も、あいつも、籠の中で生まれて育った。父親の顔なんて知らずに、」
と男は真っ青な空を見ながら煙を吐いた。
「あいつは、籠から出たかった。おれは出れなかった。そして、今もここにいる。お前を見てると俺とダブル。」
秋生は何とか男のことを思い出そうとしたが、思い出せなかった。
「お前が生まれて時は、それは嬉しそうにしてたぜ。きちんと育てるんだと学がないから高校にも行かせるんだと、だが、所詮は、生まれが生まれだ。赤い線で囲われた中で生まれたものだから、世間は、そう見ない。」
男は、煙草を赤いバケツに放り投げた。
「母さんを知ってるんだ。そして俺のことも」
と秋生は、屋上から見える米軍の基地ゲートを見ながらつぶやいた。
「ああ、お前の母親は、運がなかった。2代目のドラ息子にほだされて、結婚してやるといわれてお前を生んだ。だが、出目だ。相手の家はそれを許さない。それで、妾みたいにしてた。だが、最初はそれでも、まっとうだったんだ。相手の男も本気だった。だが・・・」
と男は言って、立ち上がって、秋生にケントの煙草を差し出した。
秋生は一本抜きとると、男が火を差し出した。
「不景気だ。あっという間に、男の会社は潰れて、夜逃げした。だからお前の母親は、夜の街で働き始めた。お前だけは、きちんと育てるといっていた。よく、店が始まる前に連れてきてた。俺は、その時厨房に入ってたから、よく作ってやってたぞ、オムライスを」
といった。
秋生は、思い出した。
時々、母親が仕事に早くいくことがあって、夜店通りの店で、オムライスを食べさせてくれたことがよくあった。ケチャップご飯に、鶏肉が入っていて、ひどくケチャップが効いていたことを思い出した。
「あの時のオムライスの兄ちゃん」
と秋生は叫んだ。
「ああ、そうだ。」
と男は照れたように笑った。
「あれから、いろいろあって料理人はあきらめたが、染みついた癖は、そうも捨てられなかったんで、今もこうしている。」
と男は秋生に背中を向けた。
「お前も、グレずによく育ったな。吉江さんから聞いて、チャームのな、驚いたよ」
と男は、前に母親のことを聞いた、ママのことを思い出した。
「憎んでるか、母親のこと」
と男はフェンスにもたれかかりながら、秋生を見た。
秋生は首を振った。
「あいつは、疲れたのさ。お前の父親の借金の保証人にされてな、だから、逃げたんだ。俺も今どうしてるか知らない。借りた相手が悪かったから、お前に何かあったらいけいないと思ったと思う。」
秋生は、そうだろうと思っていた。急に何の前触れもなくいなくなった。
まるで、最初からいなかったように・・・。
「真理愛もだ、お前らは似すぎている。だからお互いのことが、よくわかっている。だから俺は、見て見ぬふりをしていた。できれば、お前が、お姫さまを連れ出してくれれば思っていた。」
男は、肩を落とした。下を向いて
「神様は、ここにはいないのかって、言いたい。」
とつぶやいた。
台風一過、どこまでも空は青く、澄み渡っていた。




