Painful rainy night (切ない雨の夜)
雨は嫌いじゃない。
幼い時に、飽きもせずに窓の外の雨と、トタンをたたく雨の音を感じていた。
秋生は、フロントガラスを流れる雨を見つめていた。
母親がいなくなり、電気もガスも切られた部屋で、湿った布団にくるまっていた。
そうすれば、まだ母親の残り香があった。
となりのおばさんが、"ご飯だよ"と声をかける以外に誰も来ない。
不思議とさみしいとか、感じなかった。
シーンとした夜より、雨の音が鳴っているほうが、気が紛れていたのかもしれない。
まえに夜さみしいだろうからと言って、トランジスタラジオを買ってくれたが、電池が切れてからは聞いていなかった。
窓の外は、電球の外灯がついていて、窓辺は少し明るかった。
大粒の雨の雨音が、トタンたたく音は、規則正しく聞いていても飽きなかった。
車内の温度が上がったのか、フロントガラスが曇ってきた。
曇り止めはしているのだが、やはり雨の日は曇ってくる。
エアコンのスライダーを、横にずらした。
すっと、曇りが取れた。
左腕が少し引っ張られた。
真理愛が、両手で秋生の左手を抱え込んで眠っていた。
台風が夜半に近づくらしく、店が早めに閉まるということで、真理愛から連絡があって迎えにきたのだった。
少し疲れていたのか、真理愛は車に乗るとうつらうつらしだした。
風が強くなってきたので、国道から木風町方面に走らせて、山澄のバイパスの路肩に車を止めた。
だんだんと風と雨が強くなった。
真理愛は疲れているのか、昏々と眠りこんでいた。
長いまつげが閉じられて、疲れているのか肌の調子もよくなそうだ。
カーステレオのFMからは、はやりのポールもリア楽団の曲とか、リチャードクレイダーマンの曲が流れていた。
甘ったるい、ストリングス調の曲から、アコースティックピアノの弦をはじく生々しい音が響いた。
最近よく聞く曲だ、たしか ジョージウインストンで トヨタのクレスタのCMで聞いたことを思い出した。
物悲しいけれども、力強い演奏は、ずっと耳に残る。
真理愛がうっすらと目を開けた。
「まだ、寝ててもいいよ」
と秋生は、真理愛の手を握ってから言った。
真理愛は、助手席のシートレバーを上げると、体を起こした。
"のどが渇いた"
と真理愛が言ったので、買っておいたコーラーの缶を渡した。
本当に喉が渇いていたのか、ごくごくと半分くらいは飲んでいた。
「ほんと、台風来るんだね」
と真理愛は、フロントグラスに打ち付ける雨と時折吹く強い風に車体が揺らされる感じで台風が本当に来ることを予感していた。
「五島と長崎の間を通るから、結構 危ないかもね。」
と秋生が言うと
「台風の時ってワクワクしなかった」
と真理愛は、いたずら顔で言った
「たしかに、停電とかしてさ、みんなで食堂に集まって、ロウソクともしたりしたよな」
と秋生が言うと
「みんな? 食堂?」
と首を傾げた。
秋生はさらりと
「俺、親に捨てられて 施設育ちだから」
と言った。
「私もだよ」
と真理愛も言った。
何故か二人とも急に笑い出した。
何がおかしいのか、分からないけれども、施設という言葉で、すべて理解できた。
「どこに入っての」
と秋生が訪ねると、
「○○園」
と真理愛が答えた。
「俺は、××園」
と秋生は言った。
だいだいどこの施設でも似たり寄ったりだ。
秋生と真理愛の間で、施設の話をする必要もなかった。
生きていくには、必要な場所でしかなかったのだ。
すると、ポケベルがなった。
ディスプレイには、"5110"の文字
「何を頑張るんだろ、姉さんの冷やかしだ」
と真理愛は、ポケベルを振った。
それと一緒に、きれいな鈴の音が響いた。
真理愛は、鈴を耳元で何度も鳴らした。
秋生は、そのきれいな音色に耳を澄ました。
「150円の鈴なのにいい音でしょ」
と真理愛が言った。
「ずーとずーと昔に、優しいお兄ちゃんが買ってくれたの、私の宝物なの、この音を聞くと心が落ち着いて、顔は忘れちゃったけど、お兄さんを思い出すの。始めてもらったプレゼントだから、一生の宝物なの。これを持っていたら、いつか、そのお兄さんに会える気がして、へっへっへ」
と笑う真理愛の顔が、メーターのイルミネーションに浮かび上がり、ぼやけた。
「その鈴、もらった日は、花火大会の日じゃない」
と秋生は、恐る恐る聞いた。
真理愛の目が大きく開いた。
「そうだよ、どうして」
と真理愛も恐る恐る答えた。
「それ買ったの、交番の前の出店だよな」
とすでに確信したのか秋生はゆっくりといった。
「あの時の、お兄ちゃん・・・」
と真理愛は、口に手を当ててやっと答えてから、秋生の胸に助手席越しに飛び込んだ
言葉はいらずに、真理愛は秋生の胸の中で泣きじゃくった。
「私ずっと、信じていた。必ず会えると思っていた。」
秋生は、なぜ真理愛に惹かれたのか、すべての答えが分かった。
過去にあっていたのだ。
そして、その記憶はお互いの中に、鮮明に刻み込まれていた。
だから、初めて会ったときに既視感があったのだ。
秋生は、真理愛の体をゆっくりと話すと、きれいな瞳を見つめた。
やはり、あの時の女の子の目だ。
なにも変わっては、いなかつた。
真理愛が目を閉じた。
秋生は、初めて女の人にキスをした。
どうしていいか、わからなくて、軽く真理愛の唇に触れた。
真理愛が、秋生の首に腕を回してきた。
秋生と真理愛は、今までの思いを急くように唇を重ねた。
しばらくして、熱が冷めると急に真理愛が下を向いた。
秋生も照れくさかった
まるで、中学生の初キッスのような感覚だった。
「あんな仕事してるけど、唇だけは絶対に誰にも許さなかった」
と真理愛は小さな声で言った。
「俺も、初めて」
と秋生は、頭をかいた。
二人ともに、大きな声で笑った。




