フローラチルドレン
「改めて諸君らに告げる。これから我々が行うのは、街へ逃げ出したアッシュの討伐となる。訳なのだが、事態はあまり芳しくない」
七人には広く持て余し気味の会議室に、剛山の野太い声が響いた。
隣に座るエミが、それに苦い顔をする。
「政府は、公表しなかったんですね? 街にアッシュが逃げ出したことを」
「国民に告げたところで、捜査に手間が掛かるだけだからな。当然の処置だ」
エミの言葉に、暁は推測する。上の考えそうなことだと。
予想は的中し、剛山は暁の回答を頷きながら補足する。
「暁部隊長の言う通り、上層部は国民に告げることを“有害”と判断した。下手な混乱は我々の足を引っ張り、この組織の存在を脅かしかねない」
「でも失敗したのは事実ですよね〜」
レイラの言葉に、剛山は咳を打つ。
「上は先日の戦いぶりを見て、君たちを高く評価している。そこで今回のアッシュ討伐も、君たちに一任してきた、という訳だ」
その言葉に、暁は天井を眺めながら溜息を吐いた。
「要は上のお偉いさん……俺たちに尻拭いをさせたいってわけか?」
「効率の問題だ。街中で重火器を使おうものなら、地域住民に勘ぐられる。その点において、君たちの扱う兵装ならば問題はない。早期解決にも繋がっている」
「しかし私たちの武装は、『ネクタル因子』を取り入れています。街中で扱うには」
エミがそう懸念を告げると、前の席に座っていたレイラが「その点も問題無いよ」と否定する。
「私たちの扱う《アンブロシア》兵装は、ネクタル因子を常備エネルギーに変換している。運用道中に排出される因子係数なんて、養分を絞り尽くしたカスみたいなものだから、周囲の生物や物質に何も影響は及ぼさないってね~」
「そもそもな話、君たち自身が扱えるネクタル系数値など、アッシュから検出される数値の十分の一にも満たない。逆に言えば十分の一でも、この世にない強力な兵装が生み出せてしまう。我々の常識を越えた強力な資源だ」
「『資源』、ねえ」
暁が周囲を見ると、ほとんどのメンバーが渋い顔を覗かせていた。
中には苦笑を交える者も。
大人たちには分からない。
アレがそんな生易しいものではない、と。
剛山は「話を戻そう」と、背面の液晶スクリーンを起動し、一体の怪物を表示する。
「今回、君たちが討つアッシュは、この狼に酷似した個体。呼称は《ワーウルフ》だ。“動物型”の特徴は理解しているか?」
質問に、後部座席で眠たそうに机にダレる金髪小柄な少女――アリスが挙手。
「動物型は、好戦的で、動きも俊敏。だけど燃費が悪い。あと、もう戦い飽きてる相手」
「よりにもよって野蛮なタイプを逃がしたって、やっぱやばくないっすかね? 何するか分かったものじゃないっすよ」
緊張のせいか、茶髪の髪を弄りながら、姿勢の低い青年――誠司が意見する。
が、彼の隣に座るボーイッシュな出で立ちと黒髪短髪の少女――佐奈は「いや」と、別の意見を述べた。
「アリスの言うように奴らの燃費は悪い。何をするにしても、まずはネクタル因子を“摂取”しなくちゃならない。そう考えれば」
「答えは一つ! 彼らは『黒蝕物質』を狙っている、と言うことだねえ!」
弾みのついた甲高い声が、フロアにこだました。
伴って一人の男が入室する。
この場に似つかわしくない黄金色の派手なスーツを、小太りな体型で着込んでいる。
還暦間近の白髪をオールバックに寝かせ、顔のシワは、孫に会いに来た爺のように吊り上げていた。
歩いてくる新城に、剛山は困った顔をしている。
「何かご用ですかね、新城会長。今、大事な会議中なのですが?」
「アポも無しで済まないね。しかし私がやって来たのは、まさにそのアッシュの件なのだよ。実はつい昨日、我が社のラボの一つが、そのワーウルフによって襲撃された」
告げられた事実に、エミが眉を潜める。
「それにしては、世間でそこまで目立ってないですよね?」
「我々も融通の利く立場に居てね。アッシュ逃亡は君たちが一番隠したがっているだろう?」
「話は分かったすけど、だけど貴方は製薬会社の社長ですよね? なんでアッシュがそんな会社を?」
誠司の脇腹を、佐奈が「馬鹿か」と小突いた。
「アッシュが狙ったのは“摂取”のためでしょ? それに新城さんのアセビ製薬会社なら、合点が行く。狙われたのは、黒蝕病の新薬のために集めた黒蝕物質。ですよね?」
「おめでとう、ご明察だよ」
パチパチと称賛を送り、新城は満足そうに笑う。
反して剛山は不機嫌そうであった。
「それで、一体どれほどの物資を奪われたのですか?」
「奪われたと言っても、サンプルはほんの僅かでね。精々、一日腹が膨れる程度だと推察している。しかしとなれば、今後も強奪行為は行われる。奴もより活発化していくだろう」
新城はディスプレイに繋がれたPCに、データを挿入。
そしてある動画を映した。
「これは奴が辿ったと思しきルートだ。今の所、建物が壊されたり、住民が奴の影らしきものを目撃している。が、運がいいことに、未だ目立った被害は出ていない」
破壊された家屋の写真は、色々と良いわけが効く範疇だ。
同時に、ネットに上げられたであろう動画は遠目で分かりづらい。こちらもフェイク動画として、世間が評価を下すだろう。
伴って、街の地図が表示され、ワーウルフの辿っているであろう道筋が記されていく。
「この道順だと、徐々に南下して行っているな」
銅山が事実を述べる。
その手前で。
「随分と気前がいいな、おっさん。そこまで調べがついてるなんてよ」
暁は、きな臭い新城を睨んでいた。
するやエミが、こちらの腕を小突いてくる。
「ちょっと暁君、失礼だよ。私たちの体の支援も行ってくれてる方に」
「俺の性分でね。無礼だと思ったなら謝るが、その前に聞かせて欲しい。アンタの真意をさ」
そう暁は詰めるが、相手は何のその。態度など微塵も変えずに笑う。
「正直だね~暁君。しかし水を差すようで悪いが、そんな大層な理由ではない。これは我が社の面子に関わることでね。君たち対策本部との『癒着』を壊したくはない、というのが理由だ。私個人としても、君たちフローラチルドレンは重要な人材だ。殺されなどして、無暗に失いたくない」
「アンタ、俺たちをモルモットかなんかだと思ってるのか?」
「モルモット? とんでもない。私は人類の、いや。生物界全体の可能性だと思っているよ!」
不躾も不遜も、惜しげも無く。
胸を張って答える新城に、暁はやはり胡散臭さを拭えない。
「今回は我々も協力する。我が社にある黒蝕物質を餌として、奴をおびき寄せる」
暁を突き放すように、新城は策を提示する。
剛山はそれに頷いた。
「すぐに準備を進めます。君たちはアンブロシアスーツを装着し、待機していてくれ」
暁を含むフローラチルドレンも、戦闘準備に退出していく。
その手前で、暁の肩に新城の手が置かれた。
「君の野心は因子との共栄に繋がる。果ては君の進化を促すと、私は期待しているよ」
「…………」
何も言うことは無く、無関心を装って退出する暁。
メンバーとの足並みに追いつたところで、佐奈が口を開いた。
「あのおっさん、やっぱ苦手。発言も誇張気味だし」
「同感。あの大声で、頭、キンキンする」と、アリスも不機嫌に述べる。
エミは嘆息し、誠司は苦笑い。
ただ一人、暁は悪い笑みを残した。
「関係ないさ、大人たちの態勢や思惑なんて。アッシュの殲滅を手早く済ませられるなら。俺たちが普通の人間に戻るためにも、利用できるものは利用させてもらう」
その言葉に、全員は静かに決意を固めていく。
◇
ドサリ、ドサリ……。
鈍い足音と共に下水道の水面を揺らす。
“それ”は鼻を引く付かせて、何かの匂いを辿っていた。
『ぐうう、ぎいい!』
途端に目を見開かせて、歓喜の遠吠えを上げた。
地下から鉄のマンホールを吹き飛ばし、コンクリをものともせずに巨大な穴を穿つ。
地上に姿を現したのは、体調四メートルはあろう、狼に酷似した怪物。
鼠色の毛並みと体表。四つ足から二足歩行に移行し、全身の毛をピンと逆立てた。
体内の血管がまるで発光しているように、緋色の光の筋が体表を数秒間隔で通り過ぎていく。
赤い眼を世話しなく動かして、それは狂気の笑み浮かべた。
見つけた。
自身の原動力となりえるモノを。




