第九話 「月が綺麗ですね」と、言われたい
ようやく、恋愛要素がじわり、じわりと増えていきます。
地下から戻った翌朝、ジュリエットはマーサとともに花言葉を調べていた。
ミモザ、忘れな草、アイリス、青のネモフィラ、ラベンダー、ポピー、赤いバラ。
表面上は恋の言葉、その裏では暗号通信。私はもっぱら恋愛小説専門で、ミステリーやスパイものは読まないんだけど、大丈夫かな。
両国間で認められているコミュニケーションチャットは、こっそり検閲されていると家庭教師の先生に聞いたことがある。ロミオとの情報交換が怪しまれ、バレたら大変になるのは火を見るよりも明らか。
暗号なんてスリリング、ちょっとかっこいいとか思っている場合じゃない。
一人気合いを入れ直す。マーサが暗号に使えそうな花と花言葉を、手際よく一覧表にまとめてくれている。仕事のできる侍女は、ほんと得難いわ。
実は.......恋愛系のチャットのやり取りには自信がある(偽恋人だけども)
自他共に認める超超箱入りの私に、娯楽は少ない。
恋愛小説が載っている専門サイトで、バラエティー豊かな恋模様を読むのが何よりも楽しみ。すでに私の頭の中は、真似したいと思っていたお気に入りの表現で埋め尽くされていた。
「ジュリエット様、顔がニヤけすぎです。もし総領主様に見られたら監視強化が避けられないので、今すぐお顔、戻してください。継嗣殿下との恋愛チャットが楽しみなのはわかりますが」
「な、何てこと言うの、マーサ! これはあくまで情報交換。検閲局に一ミリも疑われないための、完璧な恋愛パターンを脳内シュミレーションしていただけよ!!」
そう。これは謎解きと継嗣としての状況把握のための通信であって、本当の恋じゃない。少し浮かれていたのはホントだけど、それは恋人っぽいやりとりなんて私には一生ないと思っていたから。
だからだもの.....。
そう自分に言い聞かせながら鏡を見て表情を引き締めていると、通信機が小さく震えた。
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From : ベンヴォーリオ
To : マーサ
日付 : 花守の月・十四日
件名 : 【要返信】運用開始の件
マーサ嬢
本日より、連絡手段として本アカウントを使用します。
情報共有および進捗確認にご協力ください。
以上
ベンより
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…………は?
なにこれ、業務連絡?
マーサにそっと通信機の画面を見せる。
マーサは驚くと言うより、哀れみのこもった目で「本当にポンコツ....」と呟いた。
なんとか返事をしようと、画面に向かっていると
『ベンヴォーリオが送信を取り消しました』と表示され、送られてきたチャットの内容が消えた。
「偽恋人設定でのチャットなんて初めてだから……書き方がわからないのかも」
「ベン様が『殿下が書いた文章では、恋人に見えない可能性しかない』と仰っていた意味がわかりましたね」
擁護しようがない文面だった。不安しかない。
私の考えていた返信パターンのどれにも当てはまらないのだ。
しばらくして、通信機が再び震えた。
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From : ベンヴォーリオ
To : マーサ
日付 : 花守の月・十四日
件名 : これからよろしく
マーサへ
この前の平和調印式で、十二年ぶりに姿を見れてうれしかった。
その場でID交換できたのは幸運だった。
壁に分けられたあの日から、君のことを考えないようにしてきたのに。
顔を見たらもうダメだった。
会って話すこともできないけど、せめてこのチャットの中だけは君と恋の続きがしたい。
返事を待ってる。
ベンより
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…………え?
ベンが書いた?
幻の一通目との落差の激しさに再び困惑して、マーサにそっと通信機の画面を見せる(2回目)
「ベン様の苦労が見えるようです。何回目の校正でここまで辿り着けたのでしょうか。胸中、お察しします」
「もはや、代筆ってこと?」
「全てに修正が入って、継嗣殿下の文章がひとかけらも残っていないかもしれませんが、最初の文面としてはOKです」
「だよね。返事を書かなきゃ」
「この熱量にふさわしいお返事を書いてくださいね。恋愛小説乱読派のわたくしが、バッチリ校正しますから!」
「え〜〜〜、マーサと私の好み、わりとズレてるんだけどなぁ」
私たちはお互いが気に入った小説を紹介しあって、感想を言い合うのが日課だ。
でも、マーサのときめきポイントは、私と全然合わない。
だってマーサは、知的腹黒イケメン系ツンデレ派だけど、私は爽やか好青年溺愛系が好きだから。
「片想いのまま終わった小説より薄い初恋くらいしか、リアルではありませんからね.......」
返事を書くのに一生懸命だった私には、マーサのつぶやきが聞こえなかった。
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ムスト国総領主館、継嗣専用執務室。
ベンが通信機を掲げたまま、盛大なため息をつく。
「殿下、甘い恋愛小説が載ってるサイト、紹介しましょうか? 件名が【要返信】、『以上』で締めくくる恋人への文章なんて、初めて見ましたよ。人の名前使って、恋愛専用チャットでビジネスメール送るの、やめてもらえます?」
「恋人を装うのが目的であって、恋を書くのが目的ではないから、文法的には合っていると思ったんだが.......」
「恋愛初心者でも、あそこまでトンチンカンな文章を好きな人宛に書きません。検閲官にマークされます、逆に」
「ムム.....」
ひどい言われようだが、こちら方面に疎いのは確かだ。
しかし、言うほどベンも女性慣れしてないはずだが........
ロミオは机に肘をつき、画面を睨む。
地下で見た人たちのこと、オーレン先生のこと、そして継嗣同士のアラームが鳴らないこと。
正しさがひび割れた夜のあとで、いま必要なのは甘い言葉じゃない。
禁じられた真実だ。
それでも、情報を運ぶには恋人の振りが要る。
「……直す」
「はい、期待してます」
直した文面は、まだ合格点がもらえない。
「……もうベンが書いた方が早いんじゃないか?」
「ダメですよ、どんなに下手くそな文章でも、殿下が書かなきゃ姫君に対してあまりにも不誠実です」
確かにそうだな。書くしかないか......
「殿下、十二年ぶりに姫君に会えてどう思いました?」
「そうだな、うれしかったよ。キレイになっていたけど、面影が残っていた」
「それ書きましょ」
「キレイとか書いて、婚約者持ちがまずくないか?」
「ん〜〜〜〜、キモいとは思われないでしょうけど、殿下が引っかかるならやめときますか」
「会えてうれしかっただけにする」
こんな一問一答を繰り返し、ようやく完成した文章をチャットにのせた。
これを見てジュリエットはどう思うだろうか........
溜まった書類を片付けていると、通信機が小さな音を鳴らす。
返事が来た。
少し緊張して、チャットを開く。
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From : マーサ
To : ベンヴォーリオ
日付 : 花守の月・十四日
件名 : こちらこそ、よろしくね
ベンへ
この前の平和調印式。ガラス越しだったけど、私も会えてうれしかった。
ベンのこと、忘れたことなかったから。
こうして繋がれて私が今どんなにうれしいか、貴方にはわかるかしら。
直接会えなくても恋の続きができるなら。
わたしはそれだけでも幸せ。
ねぇ、知ってる?
以前は恋人同士の愛の言葉を「紙」に書いて送り合ったんですって。
「恋文」とか「ラブレター」と呼ぶそうよ。歴史の先生が言ってたの。
その言い方の方がチャットよりロマンチックじゃない?
だから.....
貴方からのラブレター、楽しみに待ってる。
マーサより
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急いで通信機をひっくり返す。
ダメだ、これはダメだ。何がダメかはわからないが、誰にも見せたくない。
「殿下? 姫君からなんて返事きたんです?」
「見せん」
「は?何でですか。見せてくださいよ!」
「.......今は、見せん」
「何なんですか、もぉ~~~~」
これに、なんて返信をしたらいいんだ。
私には高度すぎる.....
その日、ロミオがジュリエットに返信することはなかった。
校正班を締め出したので。
熱血!ベン先生の恋愛指南
ロミオの言う通り、彼の恋愛偏差値はロミオのちょい上くらいです。




