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『ルール国のロミジュリ20XX』  作者: 夜明けの碧
第一章 ルール国——義務と禁止が刻まれた国の物語

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第八話 地下へ降りた夜に、正しさが揺れる

シリアス回、本番です。


「交渉?」


ロレンスの口から出た言葉の意味が、すぐには飲み込めない。

地下の入口を誰かに言ったかと聞かれ、ロミオは誰にも話していないなら?と、質問に質問で返した。

交渉……何を?


「……条件を先に」


ロミオの声が低い。地下側が何を要求し、どう動くかを計算しながら話しているのだろう。

ひりつく空間。ベンが剣の柄に指をかけ、ロミオの半歩前に立つ。マーサも私を守るように前に出る。


「簡単な話さ。俺たち地下の実態を売らないか、敵じゃないか、口止めが効くか。それが見極めだろ。俺たちは地下の安全が守られればそれでいい。」

「私たちに敵意はない。先ほど、説明する『義務』はないと言っていたが、何も見ないまま『黙れ』は飲めない」


私は恐ろしくて何も言葉を発せずにいるのに、ロミオは冷静に対処している。ロミオがいてよかったと、ジュリエットは心強く思う。

そんな時、周りから怒号が飛んだ。


「ロレンスさん、こいつらはたった4人だ! このまま返すわけにはいきませんよっ」

「そうだ、ようやく落ち着いて暮らせるようになったのに!」

「約束が守られるとは限らんでしょうが!! 地上に返すわけにはいかないっ」


ベンが剣を抜いた。私とマーサに緊張が走る。

ロミオはずっとロレンスから目を逸らさずにいた。


「お前ら、落ち着けよ。確かに上に知られたら、ここは終わる。だが、継嗣が血を流せば、もっと終わる。……今、数で勝ててもその先がないだろ」


ロレンスにはわかっていた。地下の方が不利なのだと。彼らを殺すと「継嗣失踪」で上の捜索が激化し、遅かれ早かれ地下は見つかるだろう。


(もっとも、あの茶髪がそう簡単にやられるわけないだろうけどな。下手したらこちらが壊滅する)



ジュリエットが息を詰めながら成り行きを見守っていると、ロミオが、短く要求する。


「案内を。納得すれば、秘密は守る」


ロレンスが、口の端だけ動かす。


「……奥だ」


通路は狭く、両脇に布で仕切った区画が続く。

ジュリエットには信じられなかった。地下で生きる人たちがいることを。

太陽もない、新鮮な空気も草木もない。でも間違いなくここには「生活」がある。

ロレンスが振り返らずに言う。


「ここは、歴史から抹殺された場所だ。印を拒んだやつ。壁に引き裂かれたやつ。狩られる前に逃げたやつ。……上じゃ義務と禁止で人を追い詰める。下は、それに抗う者たちで出来ている」


(義務と禁止で、人を追い詰める?)


ロレンスが何を言っているのか、ジュリエットには理解できなかった。

その時、カーテンのように垂れ下がった布の奥から、幼い子どもを背負った母親が出てきて、泣きながら話しだす。


「壁は私たちを引き裂いた。どちらかしか選べない、家族か愛か。あなたにこの苦しみがわかる?」

「あなたは……? 」

「私はムスト、彼はネヴァ。上では決して結ばれないけど、ここでなら夫婦になれる」


両国民の間にある接近禁止のルールがある以上、普(・)通(・)な(・)ら(・)ネヴァとムストの国民は結婚することができない。分国の際、突如現れた壁は恋人同士を引き裂いた。

だとしたら……。


「ムストにいるあなたのご家族とは?」

「決まってるでしょ、 両親や弟にはもう会えない。上に全部置いてきた。私は愛を諦められなかったから」


いつの間にかそばに来ていた男性が、子どもごと彼女を抱きしめる。

やるせなさと深い悲しみが、ジュリエットの心に押し寄せる。

胸が苦しい……。


別の男が、顔を歪めて吐き捨てる。


「お袋の介護をしてたら義務が足りねえって言われてな。足りねえ奴は狩られる。取り調べのあと家に戻ったら、お袋はもう死んでた……」


未消化のままの彼の感情が、ダイレクトにジュリエットに入ってくる。

足元がグラつく。


また別の声がする。目に強い怒りの炎を宿した中年の男が、通路の陰から出てきて声を荒げる。


「支配とコントロールの『刻印』なんて、誰が刻みたいものか。誰かに行動を監視され、管理されるなんて、真っ平ごめんだ!」

「えっ、でもルールが……」


思わず口を挟んでしまったジュリエットの話を遮って、男の話は続く。


「あんたのいう通り、ルールを守れば刻印があっても問題ないだろって奴が大半さ。でも『そのルールは必要か?』って聞いたら皆なんていうと思う? 決められたルールを守るのは当たり前だろっていうんだよ。話が噛み合わないんだ」


横から別の女性が同調する。


「支配? コントロール? 国がおかしなことをするわけないと、疑問を持つこちらが変人扱いよ。なぜそのルールを守らなきゃいけないか考えもせず、ルールそのものを疑いもしない!」


ロレンスが、短く吐き捨てる。


「……花畑だな」

「……思考停止だ」


中年の男性がため息混じりに同意する。


────なにこれ……こんなの、知らない。


家庭教師の先生が、ジュリエットに教えてくれた話とまるで違う。

お父様たちは、腐敗した元のルール国を正すために国を分けたはず。先代を支持する一派が反乱を起こして血が流れたのは事実だが、義務と禁止は、賄賂と悪政を防ぐために設けられたものであって、怨嗟を生むためのものではないはずだ。

そもそも刻印は守るものと聞いている。……でも何から?


ジュリエットは混乱の極みにいた。知らなかったことが、罪みたいに胸を焼く。

そっとロミオの方を見てみると、彼の横顔は青ざめていた。

先ほど訴えてきた彼らの言葉が、ロミオの正しさも揺さぶっているのだろう。


息が苦しい。立っていられない。

そのとき、ロミオがそっと私を抱き寄せた。彼の体温が伝わってきて、ようやく少し息ができる。

私も継嗣だ。うつむき、泣き崩れるわけにはいかない。

足に力を入れて、しっかりと立つ。


通路が、わずかに開けた場所に出る。発電機の稼働音が近い。

水の音も聞こえる。電気と水だけでは足りない食べ物を、どうやって調達しているのだろう。


疑問がわいてくるが、今日の案内はここで終わりらしい。いつの間にか、降りてきた階段のある場所へ戻っていた。

ロレンスが足を止めて振り返った。


「俺たちが地下に潜った理由はだいたい理解できたろう。みんな訳ありだ。ここで見聞きしたことは、地上では隠し通してくれ。継嗣の名と矜持にかけて誓ってほしい。そうでなきゃ、お前らをここから帰すわけにはいかない」


ジュリエットはロミオを見る。彼もジュリエットを見返して、ここが落とし所だと頷く。


「約束しよう」

「守ります」


ロレンスも頷き、周囲へ目配せした。


そのとき、ベンがおもむろにロレンスへ問う。


「一つ、聞いてもいいですか。セキュリティです。刻印持ち同士が近づいたらアラームが鳴る。ここは、ムストとネヴァが混ざってる。どうしてアラームが鳴らないんですか?」


ロレンスの眉が動く。嫌そうに、でも渋々答えてくれる。


「アラームは鳴る。だから、刻印を焼くんだよ。地下に落ちた奴は全員、印を外す。外すまで隔離するんだ。検知され、信号が飛んだら終わりだ」


「焼く、とは……」


ベンの顔が歪む。


「特殊な装置を使って刻印に電磁波のようなものを当てる。痛いが一瞬だ。それで印に埋めこまれた送受信機能は消える。俺はちょっと刻印の仕組みに詳しいんだよ。ただ、稀に代償が起こる。人によっては、記憶が抜けることがあるのさ。それでも外す。外さなきゃ、この地下は一日も持たねえ」


灰色の目が、一瞬だけ遠くを見て、すぐ戻る。ロレンスはそれ以上何も言わなかった。


「それよりも」と、ロレンスがロミオと私を交互に見る。


「継嗣同士だろ。接近禁止の距離、触れ合ってもいる。なんでアラームが鳴らねえ?」

「なぜ私たちのアラームが鳴らないのかは、まだわからない。だが十二年前の『国分けの儀式』に、その鍵があると思っている」


ロレンスが、記憶を探るように目を瞑る。


「上にいた頃、国分けの儀式を遠くから見たが、中身は知らねえ。近づく職権がなかったからな。ただ、何かアクシデントみたいな騒ぎがあった記憶はある」

「……わかった。情報、感謝する。あと、ルール国にいた時の貴殿の公職が何か気になるところだが」

「それはまぁ、追々な。それよりも約束は必ず守れ」

「継嗣の名と矜持にかけて」


私もネヴァの継嗣として、地下の秘密を守ると約束して別れを告げる。


ゴンドラの船底の隠し扉から外へ出ると、空気が乾いていて、冷たすぎて、嘘みたいに広い。

そんなに長い時間じゃなかったはずなのに、どっと疲れが押し寄せる。

マーサが、背中をさすってくれた。


「疲れただろう。私も混乱し、まだうまく考えがまとまらない」


ロミオの金髪が、夜風に少し乱れている。


「今夜のことは、私たち四人の胸の中にしまおう。だがそれとは別に、継嗣として知らなければならないことがある。姫君も、そうだろう」

「はい……私は与えられた学びや情報を疑わず、父の統治をより良いものと受け止めていました。でも今は、前と同じ気持ちでそれを正しいとは言い切れない自分がいます」

「それは私も同じだ。彼らには言わなかったが、極秘ファイルのこともある。これからの連絡手段を決めたいのだが、いいだろうか」


定期的にロミオと連絡を取りたいのはもちろんだが、彼に伝えなきゃいけないことがある。


「……それが、私は殿下との接触を厳格に禁じられています。唯一の例外は年に一度の平和調印式だけです。『ムストの継嗣と私的に通信すること』も父からの禁止リストにはっきり書いてあります。だから今回の視察を活用してお会いしたいということを、暗号のように朝の放送を通して送ったんです」


ロミオが目を細める。ベンが額に手を当てて唸る。


「じゃあ、どうやって」


もっともな疑問に頭を抱える。

直接会う機会もなく、画面で話すことも禁じられるだろう生活の中で、情報交換の手段が行き詰まる。

その時、沈黙を破ってマーサが発言する。


「チャットはどうですか? 両国に許された唯一のコミュニケーション手段です。特に、恋人たちのチャットは検閲のチェックもゆるいと聞いています。それに……暗号として花言葉を使うなんてどうでしょう。ロマンチックですし、恋人たちが花を送り合う文化はまだ残っています」


マーサ(二十五歳独身)が急に乙女の顔になる。

一方、ロミオとベンが、同時に口ごもる。


「花は……」

「花か……」


明らかに不得意分野感を滲ませる男二人。

ムストの継嗣殿下は先日婚約されたというのに、女心に疎そうだ。

マーサは残念な子を見る目でロミオを見た。


「そうだ!殿下からは木言葉がいいんじゃないですか?」


ベンが、即座に助け船を出す。


「花は……」に続く「殿下には無理そう」を飲み込んだ彼は、特定分野におけるロミオのポンコツさを誰よりも知る男だ。言葉の意味が合えば平気で弔いの花も暗号に使いそうな、ノンデリ傾向がある。すぐに検閲に怪しまれるだろう。


「木だと、公務で見かけたとか、いろいろ関連付けやすいかもしれません」


ベンがロミオの説得を開始する。


「殿下、これはありかもしれませんよ。姫君は殿下との私信を禁じられているので、直接のやり取りをすればネヴァの検閲に引っかかる。でも、アカウント名を例えば俺らにすれば——マーサ殿と俺でアカウントを作って、そこでやりとりしたら可能です!」


マーサがベンの提案にすぐに頷く。優秀なそれぞれの侍従が、もう段取りを組み始めている。

シゴデキだわ……


「花と木の話題はすべて暗号。それ以外は恋人同士を装うんです。毎回花と木の話題だと疑われるから、恋人設定のやりとりを基本にして、そこに暗号を混ぜる」


────つまり、嘘のチャットで真実を運ぶのね


うまくできるかわからない。でも、ジュリエットの禁止リストは分厚いのだ。

これしかないと思う。


「やりましょう!!」

「……やろう」



旧運河の底に、朽ちたゴンドラが傾いたまま残っている。底板の下の闇は、しっかりと閉じた。宿まで送ってくれたロミオたちと別れ、ようやくジュリエットは寝支度を済ませる。


今日はいろんなことがありすぎた。


ロミオがジュリエットからの放送を使ったメッセージに気づき、視察予定を合わせてくれたこと。

刻印の唸りが消え、互いに触れてもアラームが鳴らないとわかったこと。

知らなかった「地下」と、そこに暮らす人たちの現実に、自分がこれから向き合わなければいけないこと。


そして、ロミオと(偽)恋人として情報交換をすることになったこと。


(月の女神様、これはお仕置きですか? 戒めですか?)


もう一度月を眺めたあと、ジュリエットは眠りにつくのだった。



これ、恋愛カテゴリー?とお疑いの方

次回は、脱!シリアスです〜

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― 新着の感想 ―
恋愛悲劇の中にも現代の要素が出てきて斬新さがパワーアップ。続きも楽しみです。
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