第六十八話 反撃の狼煙は、同じ釜の飯を食う仲間で上げる
ロミオの言葉に、テーブルを囲む全員がうなずいた。
いよいよ本題だわ。私も背筋を伸ばして、膝の上で両手を握る。
ぐうぅぅぅぅ〜〜〜。
居間に、ものすごく長い音が響いた。
誰のお腹かなんて、確かめるまでもない。
「……ごめん。台所からずっといい匂いがしてて、もう限界」
パックがお腹を押さえて、へらっと笑った。
言われてみれば、さっきから居間いっぱいに、焼けた玉ねぎとお米の香ばしい匂いが漂っている。大事な話の途中なのに、私のお腹までつられそうになって、慌ててお腹に力を入れた。
────お願い、今だけは鳴らないで!
ロミオは一瞬固まったあと、テーブルの顔ぶれをぐるりと見回した。
ほとんどが今日初めて顔を合わせた人たちで、さっきまで話していたのは国の闇の話。ミラさんの目はまだ少し赤いし、グレンさんの拳は膝の上で握られたまま。
「続きは、食べながら話そう。ドーラ殿が二日がかりで用意してくれた料理がある。冷めてしまってはもったいない」
ロミオがそう言うと、ハーン議員がふっと肩の力を抜いて笑った。
「それはありがたい。実は私も、玄関を入ったときから気になっていたんですよ」
_____
居間の奥の食堂には、テーブルを二つくっつけて、書斎から運んだ椅子まで並べてあった。台所との境に、エプロン姿のドーラが腰に手を当てて立っている。
「待ちくたびれたよ!ほら、座った座った!」
テーブルの真ん中には、この家にある、あらゆるお鍋を駆使して作った、エクラ豚とラルム玉ねぎたっぷりの、パエリアが所狭しと並べられていた。まだほかほかと、湯気が上がっている。彩り鮮やかな野菜が表面を飾り、ものすごく美味しそう!!
その周りに、一人一人の小皿の上に前菜の盛り合わせ。まず、小さな串に刺したピンチョス。薄切りの赤いカブと白いチーズが交互に重なっている。隣にこんがり黄金色に揚がった、花のつぼみのような形のフリット。ふっくら黄色い出し巻き卵も添えられている。
全員が席に着いたところで、ドーラが今日のメニューの紹介を始める。
「スポイルは出汁の効いたメニューが多くてね。それを楽しんでもらうために、出し巻き卵を作ったよ。後は、元ルール国だったネヴァ風の紅丸蕪のカプレーゼ、ムスト風の星アザミのフリット。パエリアはエリュシオンの料理だけど、味の決め手はスポイルの出汁さ。いろんな国の料理をまとめてお腹に入れたら、みんな仲良くなれるってもんだろ?」
みんなが前菜から食べ始める。
ネヴァ風と聞いて、最初にカプレーゼから頂くことにした。
紅丸蕪を口に入れると、きゅっとした酸味のあとにチーズのまろやかさが口の中にふわっと広がる。ネヴァでよく食べたカブの酢漬けの、懐かしい酸っぱさ。そこにオリーブオイルと黒コショウの香りが重なって、知っている味なのに、とても新鮮だわ。
「おいしい……ネヴァの味がするわ」
隣のロミオを見ると、星アザミのフリットを一口かじって、目を見開いている。
「……衣が驚くほど軽い。それでいて、中はほくほくしている。ムストの晩餐会で出てきたものより、こちらのほうがずっとおいしい」
「そりゃそうさ。晩餐会の料理人は、あんたの顔を思い浮かべて揚げてないだろ?」
ドーラが得意げに笑う。ロミオは真剣な顔で「なるほど、食べる者の顔を思い浮かべて揚げる……」とつぶやいて、微笑んだ。やっぱり故郷の味はいいものよね。
たくさんの鍋から、ドーラが各自にパエリアを配ろうとしていると、パックが我先におこげのいちばん分厚いところを狙ってお皿を受け取ろうとした。
即座にキューが手の甲をぺしっと叩く。
「お客さんが先だろうが」
「だって、おこげは早いもん勝ちなんだって!」
招待客の皆さんが大人の対応をしてくれたおかげで、無事パックはおこげがたっぷり入ったパエリアをゲットした。すみません、うちのパックが無作法で。
キューとロミオ、そして私は頭を下げた。
パエリアをあらかた食べ終えたところで、ロミオがスプーンを置いた。
「改めて、二十七日のことを話したい。ミラ殿の野球配信を使って、議場で何が決まろうとしているのかを、国中に見せたい。ただ、ミラ殿が自分の配信で政治の話を始めれば、視聴者は離れるし、ミラ殿自身も危うくなる」
ミラとスカイが大きく頷く。ロミオは続けて言った。
「だから、野球配信を乗っ取る。配信占拠だ」
「配信占拠?」
招待客が一様に驚く中で、いち早くその意図に気づき提案してきたのは、ハーン議員だった。
「なるほど。野球配信中に『事件』を起こして、視聴者の興味を引っ張るわけですね」
「その通り。配信占拠した一味の要求は一つだけ、『議場を映せ』だ」
「一味の背景は?」
「エリュシオンの水道を本気で憂う正義団として、と言うのはどうだろうか」
「ダサっ」
パックが茶化すのを、キューが肘打ちする。
ダサいと言われたロミオがちょっと悲しい顔を私に向けてくる。
こういうのは、ちょっとダサくてもわかりやすい方がいいのと、ロミオをすかさず慰める。少し、気持ちを持ち直してくれたみたい。良かった。
「あのう……」
水源地に住むグレンさんが遠慮がちに言う。
「議場を映すだけで良いので?」
私も説明に加わる。
「いいえ。占拠中に、正義団が『なぜ、このような行動に及んだか』を訴える場面を作り、視聴者に伝える作戦よ!議場で今、何が行われているかがリアルタイムでわかるように二画面で進行させて国民へ事態を広く周知し、決議を中断、もしくは差し戻しにすることが狙いなの」
「それなら、水源地が今どうなってるかを、ぜひ訴えたい!!」
「私も水道管の現場や国にもはや権限がないことをお伝えしたいですな。いつも、企業側に止められていたので」
グレンさんやハロルドさんが前のめりに申し出てくれる。
「お二人の申し出、感謝する。占拠時は顔にモザイク処理をする形を考えていたが、特定されるリスクがないとは言えない」
ロミオが慎重に伝えると、ハロルドさんが
「最大限、工夫してお話します。ニュースの記事や、公開されている数字を並べてみれば、誰の目にも見えることがございます。私は、世に出されていることを、国民に見える形で問うだけです。それに、万が一のことがあれば、職を辞する覚悟はできております」
と言い切った。それだけ、エリュシオンの水道事業は後がなく、追い詰められているということだと思う。
「モザイクよりさ、覆面か何かの方がいいんじゃない?」
キューが、冷静に言った。
「占拠するやつが全員モザイクかかってるのって、映像的にわけわかんなくなりそう」
その言葉に、グレンさんが反応した。
「それなら、被り物はどーだ?うちの集落にたくさんあるんだ」
「被り物?」
全員でグレンさんの方を見る。
「ああ、祭りの余興で使う、動物の頭だよ。地域の水神様への奉納として、山の神々として舞を奉納する時に被るんだ。毎年新しく作るもんだから、古いのが倉にいくつも余ってる」
「被り物か、いいかもしれないな」
ハーン議員が賛成する。
「動物!俺、狼がいい!強そうなやつ!」
「何が残ってるかは、倉を開けてみないとわからんな」
「選べねぇってよ、パック」
キューに言われて、パックが「えー」と口を尖らせた。
「先ほどの話でお気づきかと思うが、私たちが相対する相手は国であり、グローバルな後ろ盾を持つ企業だ。危険が伴う可能性が大いにある。顔を隠すのは賛成だが、事情を知る人が増えればそれだけリスクが高まる」
「わかった。関わるのは俺と土地を売ったことを悔やんでる男だけにする。このまま終わらせたくないと思ってるやつで、口は固い。心配はいらない」
「承知した。では、画面に出て話す者を決めたい。先ほどのお二人以外に……」
「ものすごく残念だが、わたしは議場だ」
ハーン議員が眉毛を下げて、悔しそうに言う。
議員には、議員にしかできない仕事があるので、専念してもらいたい。
すると、先ほどまで黙って聞いていたミラさんが手を挙げて発言し始めた。
「配信占拠なのよね?私はどういう感じで巻き込まれる予定なの?」
「怖さのあまり、逃げ出すとか?」
パックが何気なく言うと、ミラさんがパックを睨んだ。
「こう見えてもね、配信に命かけてんのよ!すごすご逃げ出すなんて、絶対にいや!」
「お、おぉ、なんか、ゴメン」
「別にいいけど。そうだ、私が人質になるのはどう?」
ミラさんが身を乗り出して言った。
「人質!?」
その場にいた全員の声が、きれいに重なる。
「この国の人って、政治の話なんて誰も見ないの。でも、事件なら見る。人気配信者が配信中に占拠されて、ただの配信ジャックではなく人質にされていたら、優勝決定戦の最中でもみんな気になって覗きに来るわ。私は脅されて仕方なくその場にいさせられたってことにすれば、配信者としても傷がつかないでしょ」
すごい提案だわ。さっき「みなさんと同じようには動けないかもしれない」と言っていた人とは思えない。
「人質に立候補するとか、らしいっちゃ、らしいけど」
スカイさんが、ぼそっと言う。ミラさんはけっこう、アグレッシブな性格なのかもしれないわね。ハーン議員が顎に手を当てて、相槌を打つ。
「なるほど、自作自演の占拠、人質立てこもり事件ですか。被害を受けたミラさん本人が訴えなければ、誰かが捕まることもありませんね。悪くない」
「あの、配信についても、発言していいですか?」
スカイさんがミラさんと同じように、挙手して許可を待った。
ロミオが頷き、発言を促す。
「当日は、最終戦の配信用にスタジオを借りてあります。この人数でも入れる広さです。それと、議会の中継映像は国が公式に公開してます。誰でも、いつでも見られる。……見てる人は、ほとんどいませんけど」
「誰も見ていないものを、見せるのね」
思わず口にすると、スカイさんが小さく頷いた。
「画面の端には、視聴している人数を出して、コメントもテロップのようにリアルタイムで流すことが可能です」
「視聴数が増えていくのが画面で見えると、人ってつられて見ちゃうのよね。みんなが見てるなら、見なきゃって」
ミラさんの言葉に、ベアトリスさんがゆっくりと口を開いた。
「でしたら、最初の視聴者数を稼ぐこととコメントの流れは、後援会の者に作らせましょう。口が堅く、本気でこの国を変えたいと思っている者だけを選びます。伝えるのは、何時にどの配信を開いて、何を書き込むか。それだけにいたしますわ」
「助かります、ベアトリス殿」
「いいえ、わたくしも占拠メンバーに加えてください。ミラさんを拘束している役をやろうと思います。その場にいたら、アドリブで何か言いたくなるかもしれませんけど」
フフフと笑うベアトリスさんに、みんなが小さく拍手した。
ロミオがみんなを見回した。
「それでは、当日は占拠メンバーとして私とパック、ハロルド殿、グレン殿、ベアトリス殿、人質がミラ殿、配信技術担当がスカイ殿で行こうと思う」
「俺さ〜、最後に一発ガツンと言いたいことがあんだよね!」
パックがニヤリと悪い顔をする。
「パック、何を言うつもりだ?」
「それは当日のお楽しみ〜」
ロミオが少しだけ不安そうな顔をする。
それでも、止めないあたり、パックのことを信頼しているんだと思う。
今回の配信、これで大枠が決まったわね。
私は出番がないけど……
+++
これで、スタジオに入る顔ぶれと、それぞれの役が決まった。
残るのは、家に残る者たちだ。隣のジュリエットに目を向けると、空になった皿の縁を、指先でそっとなぞっていた。
「ジュリエット。当日は、キューと一緒に家で見ていてほしい」
ジュリエットの指が止まった。
「試合の中継とミラ殿の配信を、両方とも国民と同じ側から見て、画面がどう見えているか、コメントがどう動いているかを、通信機で議場にいるハーン殿に知らせてほしい。議場の中では、外でどう見えているのかが分からないから」
これもまごうことなく、本心である。
ジュリエットは、
「わかったわ、ロミオ。私は、私にできることをするわね」
と、少しぎこちなく微笑んだ。納得してくれたことに、安堵する。
スタジオでは、何が起きるか分からない。居場所の特定は容易ではないと思うが、エリュシオンの警察や国の組織、外資企業が何らかの方法で突入してくる可能性が全くないとは言いきれない。ジュリエットには、安全な場所で、役をこなしてほしい。これは譲れないところだったから、良かった。
「オギー殿も、家にいてほしい」
「そ……ッスよね」
オギーが、目を瞑りながら了承する。
「オーギュストさんは、今は関わらないほうがいい」
「同感だね」
ハーン議員の言葉にドーラが続き、ミラが何度も大きく頷く。
「留守番組で、いちばんいい場所から見ててやろうぜ。画面に向かってツッコミ入れながらさ」
雰囲気を変えようと、キューが明るく言った。
「パックが台詞をとちったら、俺が真っ先に笑ってやる」
「とちらねぇし!」
「ふふっ。キューのツッコミなら、スタジオまで聞こえちゃいそうね」
ジュリエットの肩から、ふっと力が抜けた。キューと顔を見合わせて、声を立てて笑っている。さっきまでの硬さが、嘘のように消えていた。
よかった。キューのおかげで、ジュリエットが笑ってくれた。
キューには感謝しかない。
それなのに、なぜか胸のあたりがずしりと重い。
気づけば、テーブルの上に置いた手に力が入っていた。
────なんだ、これは。
理由を考える。思い当たるのは一つしかない。
「……パエリアを、おかわりまでしたのがいけなかったか」
胃のあたりを押さえて、大真面目に首をかしげる。
すぐ近くに座っていたオギーとドーラが、無言で顔を見合わせた。
パックはといえば、何も気づかずに笑い合うキューとジュリエットを見てから、私を見た。
「……まいったなぁ」
と、天井を仰いでいる。
パックも食べすぎたのだろうか。おこげをあれだけ食べていたのだから、無理もない。
ドーラに胃薬がないか聞こうと思った時、
「さて、そろそろ秘密兵器の出番だね!」
と、勢いよく立ち上がり、台所へ消えていく。
冷蔵庫を開ける音がして、すぐに大きなお盆を抱えて戻ってきた。
みんなの視線が集まったのを確かめると、ドーラはテーブルの真ん中に、お盆をどんと置いた。
「じゃじゃじゃーん!今日の最終兵器だよ!」
お盆の上には、小さなガラスの器がずらりと十二個。上はとろりとした橙色、下は透きとおった淡い緑。ぷるんと二層に分かれたジュレが、灯りを受けてきらきら光っている。冷蔵庫から出したばかりの器の表面には、細かい水滴がついていた。
「陽炎蜜柑と翡翠柚子のジュレさ。エリュシオンの名物の果物は何かってオギーに聞いたら、南部の特産を教えてくれてね」
「陽炎蜜柑!?」
ガタッと椅子を鳴らして、ジュリエットが身を乗り出した。両手を胸の前で握りしめて、瞳がこれ以上ないくらいに輝いている。
「私、陽炎蜜柑が大好きなの!ドーラさん、ありがとう!オギーも、本当にありがとう!」
「いや、俺は名産を言っただけッスよ」
オギーが照れくさそうに頭をかいた。
陽炎蜜柑が、ジュリエットの好物だったとは知らなかった。一口食べるたびに頬を押さえて幸せそうにしている姿を見ていると、エリュシオンにいる間に、いくらでも食べさせてやりたくなる。いつの間にか、胸の重さは消えていた。多分、消化したのだ。
これで、デザートも食べられる。
「南部の陽炎蜜柑……」
ジュレを見つめていたミラが、ぽつりとつぶやいた。
「オギー選手のご実家、陽炎蜜柑の農家さんですもんね!」
食堂が、しんとなった。
「……なんで、知ってるんスか」
「えっ、あっ、その、それは、ずっと前の地元の取材記事で、その」
ミラの顔が、みるみる赤くなっていく。
「やっちゃってるな、ミラ」
スカイが、冷静に突っ込んだ。今日二回目だ。
オギーは少し考えるように、布を巻いた手を見下ろした。それから顔を上げて、ミラのほうを向いた。
「配信でいつも的確に野球のことを伝えてくれて、ありがとうございますリアルタイムでは聞けてなかったけど、時々アーカイブを見てました。あの試合のあと、どこを見ても俺を責める声ばっかりだったけど、君の配信だけは、一度も俺を悪く言わなかったって、辞める前、同僚に聞きました。……いつか、お礼が言いたかったんです。ありがとうございます」
ミラの顔が、耳の先まで真っ赤に染まった。口をぱくぱくさせて何か言おうとして、結局スプーンを握りしめたまま、こくこくと頷いている。
そのとき、袖をぐいっと引っぱられた。
隣を見ると、ジュリエットが頬を真っ赤にして、私の袖を両手でつかんでいる。
「ロミオ、見た!?今の、見た!?」
「ああ、見た。ジュレが二層にきれいに分かれていて、見事だ」
「そっちじゃないわ!!」
なぜかジュリエットに袖を揺さぶられ、向かいのパックが「デンカ……」と天を仰いだ。キューは肩を震わせて、笑いをこらえている。
ジュリエットが何に興奮しているのかは分からないが、陽炎蜜柑のジュレは、甘くてほんのりほろ苦く、とてもおいしかった。




