第六十七話 十二人の怒れる人たちは、国をこえて集う
芽月・二十日の夕方。
ハロルド氏の部屋を出て借家へ戻ると、居間ではドーラがソファの横で豆のさやを剥いていた。ソファにはキューと手に布を巻いたままのオギーも待っていた。
「おかえり。どうだったんだい」
ドーラに聞かれて、ロミオが新たにわかったことと、これからの計画について説明した。
「水って、生きるのに絶対必要なものを人質に取るなんて、なんてこと!」
ドーラが豆のさやを握りしめた。そっと近寄って豆を救出する。
気持ちはすごくわかるわ。
「二十七日に採決って、そこで水事業が完全に詰むんだろ?その日って確か」
「優勝決定戦の最終日。国で一番注目が集まる日ッスよ」
オギーが布の巻かれた手を膝の上で握りしめる。
「その日にぶつけたら、誰も議会なんか見ません」
「でも、配信を乗っ取るのは、おもしろそうだな」
キューが悪い顔をする。さっきのパックと同じ顔!
そっくりだわ、二人……
「そんなこと、できるのかい?」
ドーラの問いかけに、ロミオが頷いて全員の顔を順に見た。
「二十七日までに、関わる人全員で一度集まって話がしたいと思う。作戦を成功させるためにも」
「ミラさんには帰り道で連絡を入れたわ。返事が来たら教えるわね」
「ミラさん?それって、野球の配信の人ッスか?」
「ええ。ミラさんの配信を乗っ取る形にできればと思っているの。協力してほしいわ」
「配信者をこっちに引き込まないと、成立しない作戦だもんな」
キューの疑問にロミオが、
「さすがキューだ!この作戦の成功のカギは、配信者を味方につけられるかどうかだと思っている」
と褒めた。キューは気まずそうにしながらも、どこかうれしそうだ。
ものすごく照れて、
「誰でもわかるだろ、そんなん」
と言っている。ちょっとかわいい。
「で、どこで集まんだよ?」
パックが頭の後ろで手を組んだ。
「議員さんだの水道局のおっちゃんだのが、外国人の俺らと堂々と会ってたら目立つだろ」
「そこが問題だ。店では人に聞かれるし、水道局の中はハロルド殿の立場がある」
「秘密の会合なら、うちに呼んで、ご飯を食べながらでどうだい?」
「ドーラ殿、大事な話をするのにご飯を食べながらは」
「わかってないね、デンデン。同じご飯を食べると絆が生まれやすいって、昔から言うんだよ」
ロミオはちょっとショックを受けたような顔をして、少し考えた後に言った。
「借家なら人目につきにくいな。食卓を囲めばリラックスした雰囲気によって心理的安全性が高まり、自由な意見交換が生まれやすいかもしれない」
「デンカ、何言ってんのか、わかんねー」
パックがすかさず突っ込む。いつもならキューの役割だけど。
チラッとキューを見ると、出遅れた!というような、残念そうな顔をしていた。
まだ本調子じゃないものね。
でも、テーマが重く秘匿性が高い分、緊迫感を和らげられるかもしれない。
「ドーラ殿、メンバーを想定すると十人ほどになる。お願いできるだろうか?」
「任せときな。いつだい」
「二十七日までに準備期間を取って、二十二日の夜を各所に打診している」
「二十二日の夜だね。仕込みの時間はたっぷりある。忙しくなるよ!」
ドーラがもう、メニューを考え始めていた。
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二十一日の夜。夕食のあとの居間で、ここまでの動きをみんなで報告しあった。
「ハロルド氏から連絡があった。ハーン議員が来てくださる。議員の後援者の方も一緒だ。それから、先日の陳情の男性、レテ高地の水源地に住む方にも声をかけた。来ると返事があった」
「ハロルドのおっちゃんも来るんだよね?」
「ああ。喜んで参加させてもらうと返事があった」
「ミラさんからも返事が来たわ。読むわね」
通信機の画面を、みんなに向けた。
『野球に関することで重大な話があるとなれば、行くに決まってます!私の配信で手伝ってほしいことがあるって言っていたけど、それなら幼なじみのスカイも連れていっていい?私の配信の機材と回線まわりは、ずっと彼が担当してるから。ひとりで聞くより、ふたりのほうがわかることも多いと思う』
「配信の裏方さんか。そりゃ来てもらわねぇとな」
「俺らが六人だろ。ミラさん、スカイさん、議員さん、後援者の人、ハロルドさん、水源地の人で、えーと……十二人だ」
「ドーラ飯会ッスね」
オギーが打ち合わせの名前っぽいことを、ボソッとつぶやいた。
「ドーラ飯会!もはやただの食事会の響き!!」
パックが笑う。
オギーが「ちょっと思いついちゃっただけで」と小さく反論する。
「ドーラ飯会、シンプルな呼び名でわかりやすい」
ロミオがそう言うので、二十二日の会合は『ドーラ飯会』と呼ぶことになった。
この言葉がドーラのやる気ギアをさらに一段階上げた。
「十二人!腕が鳴るね」
「台所の椅子、足りないぞ」
キューの指摘に、パックが「書斎のやつ運ぶ」と立ち上がった。
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二十二日の夕方。台所から玉ねぎの焼ける甘い匂いが玄関まで届くなか、呼び鈴が鳴った。扉を開けると、ミラさんと背の高い青年が立っている。
「こんばんは!今日はよろしくね。こちらが話していたスカイ」
「スカイです。ミラの幼なじみで、配信の機材と回線を担当しています。僕は口が堅いので、何を聞いても外には出しません」
青年は短く頭を下げた。ミラさんが肘でつつく。
「この人、初対面だとこうなの。慣れれば普通よ」
二人を居間へ案内した。ソファから立ち上がったオギーが、ぎこちなく頭を下げる。
「オーギュスト・ドレイクです。知ってると思うけど、今は野球を引退してて」
「はい……知ってます。ミラです。野球の配信をやっていますから」
「スカイです。ミラの配信サポートをしています」
玄関では弾んでいたミラさんの声が、か細く小さくなる。視線は下を向いたまま、オギーを見ようとしない。
「あ~、俺と話すの、嫌ですよね。すみません、あっちに行ってます」
オギーは、照れているだけ(だと思う)ミラさんの態度を盛大に誤解して、悲しくなっている!
慌ててフォローしようとしたら、
「違います!!大ファンです。き、緊張しすぎて、うま、く話せないだけでっ」
ものすごく大きい声でミラさんが否定した。
隣のスカイさんが、
「やっちゃってるな、ミラ」
と、冷静に突っ込んでいる。ちょっと、キューに似てる、かも。
「あっ、ども」
オギーは少し面食らったようだけど、ペコリとお辞儀して、気にしないでと優しく話しかけていた。さすが、スター選手だっただけある!
ミラさんもお辞儀を返したけど、その時、片手がそっと袖口を引っ張って手首のブレスレットを隠した。
────ミラさんが、今、『99』を隠したわ!
甘酸っぱい展開になるかもしれない期待で叫びたいのをぐっとこらえて、私は笑顔でお茶を運びにいった。
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日が落ちるころ、残りの四人も到着した。先に到着していたミラ達と同じく居間に案内し、まずは私たち一人一人の自己紹介をする。ドーラも、エプロンをつけたまま顔を出し、ササっと名乗った後、「肉が焦げるんで!」と言って、早々に調理に戻っていった。
ミラとスカイも自己紹介をすると、ハーン議員が立ち上がり、
「先日も説明会でお会いしましたね。無所属議員のハーンです。ハロルド氏から大まかな話は聞いています。外国の方が、この国の水事業を気にかけてくれていると知って、来ずにはいられませんでしたよ」
と挨拶をした。ハーン議員は、思ったよりもずっと柔和で、説明会の時とは印象が違う。彼の後ろから、品のいい五十代くらいの女性が一歩前に出た。
「ベアトリス・クレインと申します。ハーン議員の活動に共感して、後援をしております」
聡明そうな、たおやかな雰囲気で礼の所作も美しかった。
続いて、
「先日も会いましたな。今日は何か進展があると願って、やってきました。レテ高地で暮らしている、グレン・マーシュだ」
と、水源地在住の男性が挨拶する。
総勢、十二人が居間の大きなテーブルを囲んだ。ジュリエットが後から到着した人のお茶を配り終えて、席に着く。それを見計らって、私は切り出した。
「今日はお集まりいただき、ありがとうございます。私たちは他国出身の者ですが、この国の水道事業が重大な岐路を迎えていると知り、見て見ぬふりはできないとこの会を企画しました。後で詳しく述べますが、元ルール国────今はムストとネヴァと二つに分かれていますが、その国や隣のスポイル国も国民の暮らしが守られていません」
ロミオはそこで一度言葉を区切って、一つ息を吐いてから続けた。
「自国の状況を何とか変えたいと、旅をしています。エリュシオンは今、生殺与奪の権利を民間企業に明け渡す最終段階にあると思っています。その決定がなされるのが芽月・二十七日。これを止めなければならないと考えています」
ミラとスカイ以外の顔が引き締まる。何とかして阻止したいと考えているメンバーばかりだ。野球の話だと思って参加している二人は、話の展開が読めないのだろう。困惑を隠せない。
私は続けて、ノーマンから聞いた話を順に話した。
試合に使う球のすべてに装置が仕込まれ、球場の地下の制御盤で勝ち負けから活躍までが調整されていること。それを、調整を担当してきた技術者本人から直接聞いたこと。
「球に……仕掛けが?」
ベアトリス氏が、思わずといった様子で声を上げた。私は頷いて続けた。
その目的は、国民をスポーツの熱狂で埋めて、例えば水道事業の採決のような大事な決定から目を逸らし、遠ざけること。
ミラとスカイの顔がみるみる強張る。
「そんな……こと、可能なの?」
震える声でミラが問う。何かに気づいたように、さっと顔色が変わった。
「ちょっと待って……気のせいだと思っていたけど、今のバウンド変だなとか、球の軌道が急に変わった気がしたことが何回か……え?嘘でしょ」
「可能だ。そして、直近の犠牲者はここにいるオギー殿だ」
全員の目がオギーに向く。俯かず、静かにオギーが頷いた。
「誰が仕組んでいる?これほどのことができるのは」
「国でしょうな」
ハーン議員の疑問に、ハロルド氏が答える。行政にいて、感じることが多々あるのだろう。確信に満ちた声だった。
私は補足として、国が八百長試合を仕組み、胴元として国営のスポーツくじや広告料でお金を稼いでいることや、筆頭スポンサーが水道事業を担うウェルスプリング社であり、パンとサーカスで秘密裏に国を操っている可能性にも言及した。
ハーン議員が、握った拳でテーブルをドンっと叩く。
茶器がガシャンと音を立て、カップのお茶の表面が揺れる。
「……私は、水の議決のおかしさだけを追ってきた。採決の日がなぜいつも大きな試合と重なるのか、気づいてはいたんだ。だが、運が悪いのだと思っていた。国が、熱狂そのものを作りあげ、わざと国民の意識を逸らしていたとは。私が見ていたのは、全体のほんの一部だった」
グレン氏は、お茶のカップを持ったまま動かなかった。
私が「グレン殿」と呼ぶと、ハッとしたように目を見開き、話し始めた。
「……与党の議員さんに陳情に行ったんだ。検討します、の一言で帰された。忙しいんだろう、順番があるんだろうと思って、帰ってきた。違ったのか。国は、俺たちの水を守る側にいなかったのか」
声が割れた。
「ふざけるな。ふざけるなよ!!」
激しい怒りの炎が吹き上がる。
ハロルド氏がおもむろに立ち上がり、グレン氏に向かって頭を下げた。
「私は、水道管のことだけを考えて参りました。国がここまでやるとは、正直思っておりませんでした。いや、思いたくなかったの方が正しいと思います。違和感は数えきれないほどありましたから。水道局の人間として、お詫びいたします。申し訳ありません」
「よしてくれ!水道局の人が悪いわけじゃないってことくらい、俺にもわかってるんですよ!」
ハロルド氏は頭を上げ、困ったような顔をしながら座り直した。
「私は、ハーン議員の活動を、ずっと支えてきました」
これまで沈黙を守ってきたベアトリス氏が、背筋を伸ばして言った。
「国が相手です。正直、国にあきれ果て、怒りもこみ上げますが、指をくわえて黙ってみているわけにはまいりません。少数派が何を言ったって、勝ち目が薄いのは承知のうえです。それでも、不利な状況を覆すために、私にできることは何でもします。後援会の人脈も、使えるものはすべて使ってください」
ベアトリス氏の発言に、ハーン議員は何度も力強くうなずきを返す。
すると、ミラがすっと手を上げ、口を開いた。
「あの……いいですか?」
「ミラ殿、もちろんだ」
「水の話が大事じゃない、とは言いません。でも正直、今日聞いたことの半分も、まだ飲み込めてないんです。みなさんと同じようには、動けないかもしれない……ただ、野球の八百長は許せないんです。しかも国が水道を思いどおりにするために、野球をいいように利用していたなんて。そして、懸命に野球に取り組んできた人が潰される。こんなの許していいことじゃない。私にできることがあるなら、協力します。言ってください」
声の最後が、かすかに震えた。
「ミラ殿。水の話は、これから少しずつわかっていけばいい。今は、同じように動けなくても構わない。八百長や人の人生を軽んじるやり方に怒り、変えていきたいという気持ちを持っている人が、この場にいることが必要だ。力を貸してほしい」
ミラはまだ唇を結んだまま、けれど、はっきりと頷いた。
「では、二十七日に何を仕掛けるか、話そう」




