第五十六話 ダメ元の作戦会議は、一人の勘で決まる
一夜明けた、芽月・十六日の朝。
ロミオとオギーは、今朝も庭で素振りをしている。二人の風を切る音が、揃っていてすごい。私は二人の素振りを飽きもせずにずっと眺めていた。
あっ、終わったみたい。急いで階段を降りる。
昨日の市場でたっぷり食材を買い込んだから、今日は無理に出かけず、みんなでゆっくり過ごすことになっていた。二人は台所で水を飲んでいた。
「ジュリエット、おはよう」
「おはようございます、姫ちゃん」
「おはよう、ロミオ、オギーさん」
オギーさんは、ロミオをデンちゃん、私のことはドーラさんと同じく姫ちゃんと呼ぶことに決めたみたい。
ドーラさんも台所でゆっくり朝のお茶を飲んでいた。私にもお茶を淹れてくれる。
「パックとキューはまだ降りてこないみたいだね。ゆっくり寝かせてやろう。さて!」
ドーラがお茶を飲み干し、立ち上がった。
「朝ごはんの支度だよ。昨日の夜はキューが食べやすいように麺料理にしたから、今日こそ白米を炊くよ!」
台所に置いた米袋へ視線を向けたドーラの目は、キラキラというより、ギラギラしていた。炊き立てご飯に飢えた目というか、お米大好きを公言するドーラにとって、頭の中はすでにつやつやと粒が立ったホカホカご飯でいっぱいに違いないわ。
すると突然、首にタオルをかけたままのオギーが、
「あの、俺も手伝っていいッスか。料理」
とお手伝いを申し出た。
「あんた、料理は?」
「したことないッス。球団の食事は、栄養士さんが決めた量を、決まった時間に食べるだけだったし。休みの日は外食ばっかりで。でも俺、皆さんの役に立ちたいんです!」
「いい心がけだよ、オギー。あたしがしっかりと仕込んでやるよ!」
ドーラがいきいきとしている。初心者だから手加減してあげてねと、心の中で祈っておく。何を隠そう、私はスポイルで料理手伝いの戦力外通告を受けているのだ。あれは情けなかったわ。私もリベンジしようかしら?
「まず、手ぇ洗いな。玉ねぎとじゃがいもの皮むきから始めるよ!みんなお腹すかせてんだ。ちゃっちゃかやるよ!」
「ハイ!」
なんだか割り込むすきがなくて、今回はお手伝いの立候補はやめることにした。ロミオが昨日の水の説明会の告知を調べ直そうといってくれたので、今に移動し、二人で情報収集を行う。
通信機で結構調べてみたけれど、国民にとって水事業へ外資系事業企業が参入する利点ばかり書いているサイトしか、見つからないわ。メリットしかない事業なんて嘘くさい。
ロミオも同じ考えのようで、エリュシオンの公開されている情報に次々アクセスしては、「これはマズいな......」とつぶやいている。
しばらくそうしていただろうか。
パックが二階から降りてきて、私たちに声をかけてきた。
「キュー、起きたぜ。よく寝て、顔色も戻った。それとさ、昨日は言いそびれたんだけど、ちょっと聞いてほしい話があるんだ」
パックが小声で言う。
「わかった。上に行こう」
「ええ。ドーラさん!!キューの様子を見に、少しだけ上に行ってきます」
「あいよ~。ご飯ができたら声かけるからね」
「はーい」
慎重なパックの様子に少し身構える。何か重大なことが起きたのかしら。
そんな、悪い予感を振り切るように、階段を上がっていった。
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パックは着替えを済ませて、ベッドの端に腰掛けていた。パックが言うように、昨日よりも顔色がいい。ベッドが二つあるだけの部屋なので、キューの隣にパックが座り、向いのベッドにジュリエットと並んで座る。パックが市場であった出来事を話し始めた。
「昨日、市場でさ、大画面にオギーのことが流れたんだ。第一戦の振り返りとか言ってミスのところばっか流してさ。気分が悪かった」
「小さく引退のテロップもつけてな」
キューが補足する。
「……そうか」
「街の連中、ひでぇ言いようだった。戦犯だの、インタビューで笑ってたのがありえないだの」
ジュリエットの顔が、悔しそうに歪む。私はジュリエットの背中を優しくなでて、パックに続きを促した。
「でさ、そん中で一人だけ、『あれはオーギュストのミスじゃない』って言った人がいたんだ。作業着姿のおじさん」
「オギー殿の熱心なファンが、庇っただけという可能性は?」
「ある。俺も最初はそう思った。その男に詳しく話を聞こうとしたら逃げたから、追っかけて捕まえたんだ。でも、『オーギュストのことは話せない』って言って人混みに消えた。単なるエラーであんな言葉は出てこないと思う」
キューの言葉にパックも頷いている。
「気になっているのね」
「ああ。街の連中がみんなオギーを見て騒いでるのに、あの人だけ足元を見て、缶コーヒーをへこむほど握ってた。言い返されたら『しまった』って目で逃げたんだ。仮にオギーのファンなら、悪口には言い返すだろ? 逃げる理由がない……うまく言えないけど、勘みたいなもんだ。あのまま行かせるのは違う気がした」
「なるほど。でもその男を見つけて話を聞くのは、広いこの国で難しいだろう」
私が疑問を呈すると、キューが思い出したように言った。
「首から、入館証みたいなのを下げてた。青いイルカのキーホルダーで、ロゴが野球中継に出てくるのと同じだった。たぶん、球場関係者だと思う」
「なぁ! 第二戦で球場に行けば、その人、捕まえられるかもよ? 」
「たくさんの人の中から見つかるかしら?」
確率が低そうな話だと思うが、パックは引く気配がない。これはやってみないと納得しないって顔だ。ジュリエットを見ると、彼女も頷き返した。
「ダメで元々、行ってみるか」
「でも、チケットが取れるかしら?」
「チケット??」
ジュリエットがパックにチケットの必要性を説明している間に、私は通信機を開いた。国中が注目する優勝決定戦の第二戦だ。公式の販売はもう終わっていて、残っているのは、目を疑う値のものだけだった。
「高すぎる。無理だ」
「じゃあ、野球カフェ!」
「野球カフェ?」
「市場に看板があったんだ。 大画面で試合が観られる店があるんだって! 試合のあとに球場の出口で待てばいい。球場の人なら、そのうち出てくるだろ」
球場に入れなくても、帰る人間は出口を通る。
理に適っている。だが、かなり大雑把な計画だ。
「しかたないな。パックと私で行こう」
「ロミオ、私も行くわ!」
「だが、球場関係者が何時に出てくるかわからないんだ。大変だろう?」
「野球を見てみたいし、野球カフェにも行ってみたいの。お願い!!」
これはパックと同じ、絶対引かないやつだ。受け入れるしかない。
「疲れたら、すぐに言うんだぞ?」
「わかったわ!!」
「俺も行きたかった......」
全員一致で、キューにダメ出しの視線を送る。
キューは諦めたように、ため息をついて了解と言った。
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ジュリエットがニコニコご機嫌な横で、私は水の説明会の話を二人にした。
「何それ、ヤベーじゃん」
「退屈そう......」
説明会に付き合わされると察したパックが、口を尖らせた。
第二戦はナイターなので、私とジュリエット、パックの三人は、水の説明会後に野球カフェに行くことにした。正直、オギーに第二戦の観戦(と、謎の男の捕獲)に行くと伝えるのは憚れる。水の説明会にかこつけて、夕食を外で食べるといえば問題ないだろう。明日の留守番は、キューとドーラ、オギーの三人だ。
「オギー殿には、確証が取れるまで何も伝えない。みんなそれでいいな?」
「ええ」
「わかった」
「了解」
キューの勘にみんなが乗った。
明日は忙しくなりそうだ。




