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『ルール国のロミジュリ20XX』  作者: 夜明けの碧
第三章 エリュシオン国——見ないまま、ぬるく茹で上がる国の物語

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第五十話 好感度が決める、人生を賭けた夢の終わり

新キャラ、登場です。


【オギーside】


球団の首脳陣が揃う、ホテルの一室。

退団の手続きは、通信機の画面に指を一本置いただけで終わった。

何年もかけて積み上げたものが、一音で幕を閉じる。全身全霊をかけてきた俺の野球人生の、なんとあっけないことか。


十分前、同じ部屋で、球団代表が通信機の画面を俺に向けた。


「オーギュスト・ドレイク。スポンサー各社との契約について、通達する。好感度の指標が七日連続で基準を下回ったため、本日付で全社の契約が解除された。球団との選手契約、第十四条にもとづく措置として君は解雇になる」


第十四条。入団のとき、画面の同意ボタンを押したが、正直読んだ覚えはない。

誰も、俺の目を見なかった。


「君を守りたい気持ちはある。ただ、契約上、君の選手生命を球団は守り切れない」


球団の顧問弁護士が後を引き継ぐ。


「解雇の場合、スポンサー各社への違約金は、選手本人に請求されます。しかし、自ら引退を申し出る形であれば、請求は発生しません」


違約金。その言葉が、俺の野球より先に出てきた。


「つまり?」

「引退による我がブルードルフィンズとの契約解除。それがベストだ」


俺の野球人生は、好感度という目に見えないものに左右されるものだったと、終わりの時に知った。


首都にあるこのホテルは、南北のリーグ制覇を果たしたチームがエリュシオンの総合優勝を決めるまで、国が貸し出す由緒ある場所だ。割り当てられた部屋にある私物を片づける。替えのユニフォームとゲン担ぎのお守り、ブランドのロゴ入りTシャツとお気に入りのジーンズを無造作にカバンに投げ入れる。残った洋服はフロントに言って処分してもらえばいい。


あと持ち出すのは、手のひらの形に馴染んだ古いグローブと、通信機だけだ。位置情報を切ると、画面の灯りが一段暗くなった。背後で閉まった自動ドアの向こうには、置いてきた過去。目の前には、どこまでも深い黄昏時の空が広がっていた。


もうここにはいられない。


南部にある自宅へすぐに帰る気になれず、足取り重く街の中心部へ続く道を歩き始めた。



_____




大通りは、俺が所属していたブルードルフィンズの青い旗と、宿敵スノーフォックスの白い旗、そして選手名鑑のようなのぼり旗で埋め尽くされていた。大試合を前に、街じゅうが浮かれている。ほんの一週間前まで、のぼり旗の半分には俺の背番号と顔写真が入っていた。


帽子を目深にかぶって、うつむいて歩く。


「……あれ、オギーじゃない?」


背中のほうで、声がした。


「え、うそ、本物?」

「今頃はまだ、チーム練習中じゃないの?」

「まさか、クビかぁ~」


足が止まりかけて、逆に速くなる。


「ちょっと待って、写真撮らせてください!」

「SNSにあげよーぜ」

「いつものように、ファンサしてよォ~~」


軽い声だった。みんなが俺を笑っている気がする。

ピ、ピ、と通信機の撮影音が重なって、背中に当たる。


「おい、無視すんなよ!」

「応援していたファンの気持ち、考えたことある?」


矢継ぎ早に飛ぶヤジのような声に、どうしようもなくなって振り向いた。いつものようにファンサと言われて、無理やり頬を持ち上げる。でも、笑顔は途中で崩れた。


頑張っても頬が引きつり、口角が震えて、目の奥がかっと熱くなる。

自分の顔がくしゃっと歪むのがわかった。


「……あ」


誰かの口から声が漏れた。さっきまで笑っていた連中が、全員黙っている。

帽子を引き下げて、軽く会釈をしてから再び歩き出す。

角を曲がると、全力で走った。



_____




どうしてこんなことになったんだろう。


一週間前の試合がぐるぐると頭の中を回る。

優勝決定戦の初戦。二点差で負けていた七回表。一打逆転のチャンスに俺は空振り三振をした。完璧にとらえたはずの球は俺のバットの下を通りすぎ、キャッチャーミットにボスっとおさまった。観客の落胆した嘆きが球場に響き渡る。


おかしい。こんなはずじゃなかった。あれは俺の得意球だ。なのになぜ?


疑問を抱いたまま、一旦試合に集中する。仲間の打撃が繋がり、一点リードで迎えた九回裏、二死一・二塁。飛んできた打球は、いつもなら、グローブに吸い込まれるはずの球だった。何万回も捕ってきた球だ。それが、手前で急に遠くなった。

グローブの先を、ボールが抜けていく。逆転負けだ。

初戦を落とし、自チームの歓声が悲鳴に変わった。


なぜ打てなかったのか、なぜ捕れなかったのか。一週間たってもわからない。

朝五時の素振りも、守備練習も、一日も欠かすことなく続けていた。

体はいつもどおり動いていたはずなのに。


試合後のインタビューは地獄だった。初戦を落とした戦犯としてつるし上げられる。ミスを謝るはずなのに、モニターの向こうに映る俺の顔は笑っていた。

いや、笑っているように見える顔をしていた。ブルードルフィンズのファンだけでなく、エリュシオン中で大炎上した。


通信機の画面、SNS上に、言葉が積み上がっていく。


「まるで反省してない」

「笑ってる場合かよ」

「何がスターだよ、お前のせいで負けたんだよっ」

「昨日までオギー最高って書いてたの、全部消して回りたいわ」


球団広報から告げられる世間の反応に俺は打ちのめされた。

昨日まで俺の名前を叫んでいた口が、同じ強さで、同じ熱で、逆向きに叫ぶ。熱量は何も変わっていない。急に世界が反転した。


新人のころ、広報の人に口角をもっと上げて微笑んで!と言われたから、鏡の前でものすごく練習した。努力するのは得意だったから。ファンのことも大事にしていたし、握手の列には、熱があっても、腹が痛くても、笑顔で応えた。

サインを頼まれて笑って、ポーズを頼まれて笑って、笑って、笑って。

『オギー』に求められる顔で、ずっと過ごしていただけだった。


日が落ちて、閉まった店の裏の路地に入り込んだ。木箱の陰に、しゃがみ込む。

誰もいない。誰も見ていない。

顔から、力が抜けた。ずるりと、全部落ちる。

鏡では見たくない、ひどい顔をしているのがわかるから。


一週間、一滴も出なかった涙が、いっぺんに出てきた。声を殺して、グローブを抱えて、肩だけが勝手に震える。


 なんで、なんで。

 俺は、何を間違えたんだ。


答えは、どこにもなかった。


路地の入り口で、足音がした。とっさに音のしたほうに顔を向ける。

紺色の、短いつばの帽子をかぶった青年が立っていた。野菜と大きなバゲットがはみ出した布袋を、胸に抱えている。


「泣いてるのに笑うなよ」


青年は、眉をぎゅっと寄せた。怒っているのとは違う。

だって、顔が悲しい。


「俺、笑ってる?」


声が、かすれた。


「全然、笑いたい気分じゃないんだけど」

「辛くて泣きたい時に、笑い顔になるくらい、おかしくなってるんだろ」


青年は、あっさり言った。布袋からトマトが転げ落ちそうになって、慌てて荷物を抱え直す。


「腹減ってないか? うちの母ちゃん2号の飯、うめーよ」

「……母ちゃん2号ってなんだよ」

「究極のお人よしだよ、いくぞ」


青年は、ニカッと笑顔を俺に向けてから、ゆっくりと歩き出した。

彼の笑顔がなんだかまぶしくて、俺とは全然違う顔で笑えているのがうらやましくて、何とか立ち上がり、後を追う。


涙で彼を見失わないように、俺は必死で歩いた。

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― 新着の感想 ―
まさかの新キャラ登場!ここでこんな形でメンバーが増える(予想)とは思いませんでした。SNSで叩かれる。叩く方は軽くコメントしているつもりでも当の本人は傷つきますよね。人の気持ちを考えて行動できる人が増…
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