第四十八話 恋人と星を眺める夢は、木苺のアイスより甘い
足湯を出てから、今夜の宿を目指し、街道をもう少しだけ歩く。
日が傾いて周囲がオレンジ色に染まりはじめたころ、道のそばにぽつんと一軒だけ、目当ての宿が建っていた。低い屋根。煙突からのぼる細い湯気。軒先で揺れる、素朴な木の看板。
「あれ!あれが宿だぁ」
「みんな、着いたよ!!」
全員の顔がほころぶ。スポイル国を出てから初めての夜は、給水所の裏で野宿だったから、宿に泊まれてすごくうれしい。
出迎えてくれたのは、丸い体にエプロンをかけた、人のよさそうな女将だった。
「いらっしゃい。泊まりかい?」
「五名だ。部屋を頼みたい。空いているだろうか?」
ロミオが言うと、女将は申し訳なさそうに頭をかいた。
「それがねぇ、二部屋しかないんだよ。それでもいいかい?」
「二部屋ならば問題ない」
「あたしと姫ちゃん、男どもは三人でひと部屋。決まりだね」
ロミオとドーラが頷いて、今夜の宿が決定した。泊まれてよかったわ。
部屋は隣り合ってるから、すぐ連絡も取れる。
「それからね、お風呂は内風呂もついてるけど、自慢は露天風呂なんだ。ぜひ入っとくれよ!」
女将がニコニコして言う。
「露天風呂?」
「屋根のない風呂のことさ。外で湯に浸かれるんだ、最高だろ?入ったことないかい?」
「屋根の……ない、お風呂?外?」
ロミオの頭の中が疑問符だらけだわ。私も屋根のない浴室が全然イメージできない。お風呂は屋敷の中にあるものじゃないの??
「まぁまぁ、入ってみたらわかるって!」
ドーラだけが嬉しそうに笑っている。パックもキューも不思議顔だ。
____
大浴場というらしい、宿のお風呂は男湯と女湯に分かれていた。ドーラと一緒に女湯と書かれている看板の方のドアをくぐる。初めてのことで少し緊張する。軽く体をお湯で流してから、せっかくだから露天に行こうと、ドーラに連れられて浴室から続く内側のドアを潜り抜けると、石で囲まれた大きな池のような場所から湯気が立ち昇っていた。足湯と同じで、温泉になってるんだわ。
恐る恐る、湯に浸かってみる。
湯気の向こうに、薄紫に染まりはじめた空。ぐるりと高い木の塀が囲んでいて、外から見られる心配はないらしい。
「ふわぁ……」
思わず声が出る。気持ちいい。靴擦れしたところが少ししみるけど、身体中の力が抜けるみたいにリラックスする。足の痛みを堪え、みんなに遅れないようにと、知らず知らずのうちに体に力が入っていたようだ。
すごく緩む────これが、温泉!露天風呂効果!!
隣でドーラも目を瞑りながら、
「極楽だね〜」
と呟いている。
「……ねぇ、ドーラさん」
「ん?」
「あとでね、ロミオと並んで、少しだけ星が見たいなって思うんだけど、ダメかしら?」
「いいんじゃないかい?好きな人と星を見るなんて、ロマンチックだからねぇ。あたしだって、若い頃はうちの父ちゃんと、星を眺めたもんさ」
「ありがとう。誘ってみる」
『恋人と星空を眺める』は、好きな人と両思いになったらやってみたいことリストの上位にランクインしている。みんなと旅をしているのにいいのかな?と思うけど、せっかくだから一緒に星を見てみたい。
なんだか、顔が熱い。これが恋する乙女ってやつよね。そう思っていると、ドーラに両肩を揺さぶられた。
「姫ちゃん、姫ちゃん、大丈夫かい?顔が真っ赤だ!のぼせたんじゃ」
「アレ?」
なんだか、目の前がぐらぐらする。慌ててお湯から上がろうと立ち上がると、ふらついてしまった。
「姫ちゃん、危ないっ!!」
ばっしゃん!と盛大な水しぶきが上がる。塀の向こうから、ばたばたと足音が近づいてきた。
「ジュリエット!? どうした! ジュリエット!!」
ロミオの声が、塀の上を越えてくる。ものすごく近い。
「無事か! 返事をしてくれ!」
「デンデン、うるさいよ!」
ドーラが塀に向かって怒鳴った。
湯の表面がびりびり震えるほどの声量だ。
「しかし、危ないとっ!」
「ちょっとふらついただけで、大丈夫だよ!」
「ふらついた?それは危険だ。一刻も早く」
「はい、デンカ、終了〜〜」
「大丈夫だって言ってんだから、落ち着け」
パックとキューがロミオを制する声が聞こえる。
うまく回らない頭で、
「本当に大丈夫」
と答えた。すごく小さな声だったと思うけど、向こうが一気に静かになった。
自己管理できていなくて、申し訳ない気持ち。
ドーラが、浴槽から出るのを手伝ってくれる。ゆっくりと支えられながら、そばにあった椅子に座って休憩をする。
「姫ちゃんは露天風呂初めてなのに、長湯させちゃったね。あたしが悪いよ」
「そんな、ドーラさんのせいじゃないです。迷惑かけてごめんなさい」
「迷惑なんて思ってないよ!そして、娘の世話を嫌がったりするもんか。少し休んでお風呂を出て、水分をしっかり摂ろう」
優しく微笑まれ、そばについていてくれるから、安心した。マーサと別れてから一人でなんでもやれないとダメだと思ってきたけど、甘えていい存在がいるってことが本当にありがたいわ。
もう大丈夫と思えるまで無理せず休んでから脱衣所に向かい、宿が貸してくれた宿泊客専用の室内着に着替える。こんな格好するのも初めて。ドーラに手渡されたお水をゆっくり飲むと、水分が体に染み渡って落ち着いた。
「絶対、外にいるね」
「何が?」
ドーラの言っている意味がわからなかった。
やっぱりまだうまく頭が回っていないみたい。
+++
ジュリエットのことが心配で、不審がられない距離で女湯の出入り口側で待つ。
か細い声で大丈夫と言う声が聞こえたが、強がりではないだろうか?
ジュリエットは無理をしがちだ。私がしっかりと体調を見極めてやらないと。そう決意を固めていると、パックとキューが、
「女湯のそばにずっといるの、怖いって」
「変質者として通報されるから、あっちのロビーで待ってようぜ。絶対そこを通るんだし」
と、厳しい現実を告げてくる。一理ある。
女性を怖がらせてはいけない。
私は渋々その場を離れ、ロビーに設置されている宿の公式HPを閲覧することにした。スポイル国とエリュシオン国の中継点にある唯一の宿ということもあって、繁盛しているようで、本日の空き情報は「満室」となっている。
お湯も非常によく、まだ体がポカポカしている。旅の疲れもとれそうだ。
泉質についての情報のチェックをする。
ーー
当宿の湯は、街道足湯と同じ源泉を引いております。鉄分と塩分を含み、湯冷めしにくいのが特徴です。
ーー
キューは足湯の時、少し顔色が良くなったように見えた。ここの湯もキューの回復によさそうだ。
「キュー、頭痛はどうだ?疲労で耳鳴りもひどくなっていないか?」
「平気。……ちょっと、いいかも」
「そうか。それは何よりだ」
安心したそのとき、ロビーの反対側の廊下から、ジュリエットが出てきた。
湯上がりの、薄手の上着。髪はまだ少し湿っていて、頬がうっすら桃色に染まっている。こちらに気づいた紫の瞳が、ぱっと見開いた。
「ジュリエット!」
思わず駆け寄る。ぱっと見、問題なさそうに見えるが、念のため確認した方が良い。
「ふらつきはもう大丈夫か?」
「ロミオ、心配かけてごめんなさい。ちょっとのぼせちゃっただけなの。もう平気よ」
「そうか、それなら安心だが」
良かった。ふらついて転倒して、頭でも打っていたら大変なことになるところだった。
「長湯は危険だ。これからは安全に注意して入浴して欲しい」
「はい、気をつけます」
少しバツが悪そうな表情をしつつ、素直に謝るジュリエットはとても愛らしい。
「それにしても、可愛いな」
思ったことが、そのまま口から出た。
「え?」
「髪が濡れているのも、頬が赤いのも、可愛い。それから、宿の室内着も似合っている」
「ロ、ロミオ!恥ずかしいわ」
ジュリエットの顔が、さらに赤くなった。
「顔が赤いな。水分は十分にとったか?女将に冷たい水をもらってこようか?」
「水分は十分にとったし、大丈夫!恥ずかしいだけだから」
「それならいいが」
「過保護〜」
パックが後ろで、からかってくる。過保護なわけないだろう。
ジュリエットとキューに関しては、心配するがゆえの体調確認だ。
そのまま、夕食をとるために食堂へ移動する。メニューはここの宿の名物、骨付き鶏の香草焼がメインの、素朴な料理が並ぶ。
「鶏も美味いけど、豆とベーコンのスープもすごくいいね!」
「パンも焼きたてだから、うめぇ!」
パックはすでに麦パン二個目だ。
男チームは久しぶりのお肉に舌鼓をうち、もりもり食べていたからか、ドーラが少し恨めしげな顔をした。
「あたしだって、鶏料理は得意なんだよっ」
「私、ドーラさんが作ってくれた、霜晴大根と鶏の味噌煮込みが大好き!」
「姫ちゃんっ!!」
ドーラがギュッとジュリエットを抱きしめる。
私もジュリエットをギュッとしたい……いけない。集団行動でこんなことを考えるなんて、(自称)リーダー失格だ。
私は気持ちを切り替え、麦パンのおかわりをもらい食事に集中した。
ふと、カウンターの上に置いてある、小さな黒板が目に入った。白いチョークで、『本日の手作りアイス:木苺・蜂蜜胡桃・焼き栗・ミルク』と書かれていた。
私の視線を追って、ジュリエットも黒板の文字に気がつく。
「ドーラさん、あれ!!」
「アイスかいっ」
「食後の分は残り、六つあるよ。蜂蜜胡桃と木苺が残り一個。焼き栗とミルクが二個ずつだ」
女将が厨房から顔を出して言った。
パックとドーラが顔を見合わせる。
「あたしゃ、蜂蜜胡桃に目がなくてね」
「俺は焼き栗でもミルクでもいいから、二個食べたい」
「焼き栗も食べたいんだよ。年長者に譲んな」
「ドーラの健康のために、俺が二個食ってやんよ」
どちらが二個食べるかで、喧嘩が勃発した。
その間に、ロミオがキューに、何味がいいか尋ねる。
「俺はなんでもいいよ」
「なんでもいいはナシだ」
「俺より、姫さんに聞けよ」
「ジュリエットは木苺だから」
「え?そうなの??」
「あの中なら、木苺が食べたいかな」
やはり、ジュリエットは木苺か。野いちごも好きだから、そうだと思った。
キューが何やら動揺している間に、パックとドーラの戦いも終わったようだ。
「デンデン、あたしが蜂蜜胡桃と焼き栗ね」
「俺、ミルク。そしてキューが焼き栗」
「なんで、勝手に俺の決めんだよっ」
「味見する……」
キューが諦め顔になり、アイスは無事、全員に振り分けられた。
ミルクアイスを食べていると、ジュリエットが横に移動してきて袖を引っ張ってきた。
「ジュリエット、どうした?」
「あの、あのね、ロミオ」
「なんだ?」
「……アイスを食べ終わったら、少しだけ、二人で星を見に行かない?」
「行こう。すぐに行こう」
「た、食べ終わってからでいいから」
「そうか、すぐに食べ終えよう」
ジュリエットと星か。素晴らしい提案だ。体調と足の様子を見ながら、中庭に行ってみよう。宿のHPに、満天の星が見えると書いてあったから、実は気になっていたのだ。
二人ともアイスを食べ終えたので、みんなにジュリエットと少し散歩をすると言って別れた。先に部屋に戻るみたいだ。ジュリエットをエスコートする。
「足は大丈夫か。夜道は暗いから、私につかまって欲しい」
「うん、ありがとう……」
ジュリエットがそっと腕に手を添えてくる。
「ゆっくり行こう」
「どこへ向かうの?」
「中庭からたくさんの星が見えるらしい」
「そうなのね、楽しみ!」
パッと花咲くように笑うジュリエットが可愛い(n回目)
宿の中庭には、木のベンチが並んでおり、街灯が一つだけ足元を照らしていた。
星を見るのに邪魔にならない光量だ。よく考えられている。
ベンチに並んで座り、空を見上げる。
「……わぁ」
ジュリエットの声が、夜空にとけた。雲がひとつもない漆黒の夜空に数え切れないほどの星の煌めき。空気が澄んでいて、天と地がわからなくなるような、吸い込まれそうな夜空に感嘆の声が漏れる。
しばらく二人並んで、同じ空を見ていた。
「綺麗だな。この星空をジュリエットと見られてよかった」
「私、恋人と一緒に星を眺めるのが夢だったの。今日、叶った」
恋人と言われ、赤面する。そうだ、ついつい忘れそうになるが、私たちは恋人同士だ。可愛い恋人の願いが叶って良かったと思うのと同時に、なんだか無性に触れたくなって、ゆっくりとジュリエットに口付けた。
「ジュリエット、好きだ」
「ロミオ……」
「嫌だった?」
「嫌じゃ、ない……」
「良かった」
私はジュリエットの手をそっと握り、また星空を眺めた。
ジュリエットは体を私に寄せ、同じように星を見上げた。
こんなふうに、二人一緒に素敵なものを共有していきたい。心からそう思った。




