第四十七話 旅をすると見える、それぞれの気づき
「少し頭痛がしてさ」
キューが、道端の大きめな石にすとんと腰を下ろした。
途端にパックの顔色が変わる。一瞬パックとキューの視線が絡んで、パックが大きく息を吐き出した後に、
「ちょうどいいから、俺も休もっと」
と言って、近くの草むらに座り込んだ。
「キューのために、ちょっと休もうじゃないか」
と、ドーラも続いてパックの近くに腰を下ろす。キューの顔色は悪くないし、あまり辛そうに見えない。私とロミオがケンカしないように、間に入ってくれたんだと思う。
「すまない、キュー。気づかなかった」
「別に、少し頭痛がするだけだから。休めばよくなるから」
「無理はしなくていい。一旦休んで、それでも回復しなければパックに背負ってもらうか?私はジュリエットを背負うから」
「おぉ~い、俺キューおんぶして歩けねぇーよぉ~」
「いや、おんぶいらないから!」
ロミオ、まだ私を背負って歩く気なのね。
でも、さっきまでの感情の高ぶりが嘘のように、頭が冷えて冷静になれた。みんなで旅をしているのに、私の態度はよくなかったと思う。足手まといになりたくないからと意地を張って、かえってみんなに迷惑をかけることになれば本末転倒だわ。ロミオやみんなにちゃんと説明して、手当をして、背負われなくても目的地まで行けると伝えてみよう。
「実はね......」
素直に靴擦れしていることを告げると、ドーラに怒られた。なんで早く言わなかったんだいって、小さな巾着袋から絆創膏を取り出して貼ってくれた。
ロミオは、捻挫やケガじゃなくてよかったとホッとした顔をした。ごめんなさい、ロミオ。心配かけちゃった。
「姫さん、足湯できれいにしたら、俺がもらった軟膏つけなよ。あれ、効くよ?」
「なんか、しみそうでヤダな」
「だぁーめ」
キューが許してくれなかった。
うぅ......。
+++
結論から言うと、私はジュリエットを背負うことはなかった。他のみんなも、自分で歩くというジュリエットを支持したからだ。靴擦れを甘く見てはいけないと主張したが、頑張れるというのでハラハラしながら見守った。手を出さないというのは、案外つらいものだと学ぶ。
旅は人を成長させるというが、本当だな。
目当ての足湯に着く。街道脇に屋根のついた東屋があり、その下に石で囲まれた細長く浅めの湯船があった。湯気がゆらゆらと立ちのぼり、土と鉄の混じったような匂いがした。先客はいないようだ。
「これが、足湯なのね」
「靴と靴下を脱いで、ふちに座って、足だけ浸けるのさ」
ドーラはさっさと靴を脱ぎ捨て、豪快に足を突っ込んだ。
「あ〜〜〜〜〜、生き返る〜〜〜〜〜」
「俺も俺も!」
続いてパックが素早く靴と靴下を脱ぎすて、足湯につかる。
「ほえぇぇぇ、マジで気持ちいいなぁ」
「そうだろ、そうだろ!」
ドーラがうれしそうに相槌を打つ。
いつのまにかキューも足湯に入って、目を閉じたまま頷いている。
ジュリエットは恐る恐る足先から湯につかった。少しビクッと体が震えたような気がした。
「傷にしみて、痛むか?」
「……お、もったより大丈夫かも」
ジュリエットが両足をしっかり湯につけ、安定した姿勢になったのを確認してから、私も足湯に入る。底の石は平らで、ぬめりもない。縁の高さも、座って足を下ろすのにちょうどいい。
「湯温、問題なし。足場、問題なし。滑落の危険、なし」
「デンカ、足湯は戦場じゃねぇぞ」
パックが呆れた声を出した。
今回のことで分かったが、ジュリエットは頑張り屋で無茶をしやすい。私がしっかりと様子を見るのが重要だと思う。私がジュリエットを守らなければならない。
ジュリエットは体が温まってきたのか、わずかに頬が紅潮している。可愛い。
いつまでも愛でていられるな。でも、ジュリエットばかりに気をとられてはいけない。キューは体調が万全ではないのだ。このチームのリーダー(自称)として、全体を公平な視点で把握し、対処しなければならない。
じぃっとキューの様子を観察する。
「え?俺、殿下に睨まれてる?」
「キューが色違い帽をデンカが買えなくてよかったって、喜んだからじゃね?」
「え?いまさら??てか、普通に男三人のお揃いは嫌だろ?」
「......」
睨んでない。心配がゆえの、体調観察だ。
【キューside】
足の先から、じわじわと熱がのぼってくる。 血が全身に巡ってくるようで、常に全身が強張っている感覚が薄らぐ。ありがたい。
「キュー」
隣から、小さな声がした。いつの間にか、ジュリエットが俺の隣に移ってきていた。ロミオは向こう端で、湯の湧き口の石組みを真剣な顔でのぞき込んでいる。何を調べてるんだ、あいつは。
ジュリエットは湯の中で足先をそろえて、少しだけ俺のほうに体を傾けた。
「さっきは、ありがとう」
声をひそめて、まっすぐに。
「……何が」
「休みたいって、言ってくれたこと」
ばれてた。 顔を上げると、ジュリエットがこっちを見ていた。紫の目が、湯気でやわらかく滲んでいる。
「私ね、自分が何もできないのが、いちばん嫌なの。なのに、できるふりをして、もっとみんなに迷惑をかけるところだった」
「……わかる」
口が勝手に動いた。 ジュリエットが、少し驚いた顔をする。それから、何かを確かめるみたいに俺の顔を見て、ふわっと笑った。
「そっか。キューも、なのね」
それ以上は、何も聞かれなかった。
「だから、ありがとう」
────あ。
心臓がわしづかみにされたみたいにギュッとなった。
姫さんが笑っているところなんて、何度も見てる。
なのに、なぜ。
なんとか平静を装って、わざとぶっきらぼうに答える。
「……別に。お礼を言われるようなことじゃない」
「ふふ。そういうことにしておくわね」
ジュリエットは前を向いて、湯の中で足をぱちゃぱちゃと揺らした。俺も前を向く。顔が熱いな、湯あたりかもしれない。
「暑くなったから出るわ」
ドーラから渡されていた携帯用タオルで足を拭いて出る。東屋からちょっと離れよう......。俺の再刻印は心臓に影響を与えるのかもしれない。
そっと呼吸法を始める。落ち着け、リラックスだ。
「キュー、足湯出たんなら水分補給だよっ」
「おーーっ」
ドーラがいる給水台に向かう。そのとき、向こう端からロミオがざぶざぶと湯をかき分けて近づいてきた。足湯の中を歩くな。
「キュー、朗報だ」
「なんだよ?」
「この湯は、地下の水脈から湧いている。通信機でここの湯の成分を照合したところ、鉄と塩分を含み、血の巡りをよくする効果があるらしい。頭痛や耳鳴りに効くかもしれない」
ロミオは大真面目な顔で、通信機の画面をこっちに向けた。
「エリュシオンは水資源に恵まれた国だと言っただろう。向こうに着いたら、水のことをもっと詳しく調べてみようと思う。君の体に合う水が、きっとあるはずだ」
こいつは。
ついさっきまで、ジュリエットのかかとのことで頭がいっぱいだったくせに。
俺の頭痛のことも、ずっと考えていたらしい。
──── 勝てるわけがない。
は?勝てるわけないって何が?
俺は頭をぶんぶん振って、浮かび上がった疑問の答えを打ち消した。
「それより殿下、お湯の中を歩くなよ」
「はっ、そうだな、すまない。気をつけよう」
「まぁ、いいけど。調べてくれてありがとな」
「うむ」
満足そうに頷くロミオ。いいやつなんだよな、本当。
「デンデン、姫ちゃん、そろそろ上がんな~」
「はーい」
「わかった」
二人が真っ赤になった足先を見ながら面白がって笑っている。差し出されたお水を美味しそうに飲む姿もいつも通りの光景で、俺はそれを普通に見ていられる。
そっちに気を取られていたから、パックが何をつぶやいたかなんて聞こえないし、知らない。




