第四十六話 理論上最強のワカメご飯と、言えなかった「痛い」
三章、始まりました〜。
スポイルの街を出たのは、太陽がいちばん高いころだった。
交易路は、思っていたよりずっと歩きやすい。踏み固められた土の道がまっすぐに延び、ところどころに石の道標が立っている。
刻まれているのは、次の給水所までの距離。見るたびに、少しだけ元気が出る。
初日は日が傾くまで歩いて、最初の給水所の裏手で野宿をすることになった。パックとキューが手際よく枯れ枝を集め、火を熾す。この二人の連携は、阿吽の呼吸というか、言葉は無くても通じ合っている感じがしてすごい。
夕食は、さっそく加工所で受け取ったばかりのフリーズドライを活用する!
ドーラが小袋の中身を鍋にあけてお湯を注ぐと、みるみるうちにふくらんで、湯気と一緒にいい匂いが立ちのぼる。
「銀月魚と根菜の汁物だよ。お湯を注ぐだけでこれさ」
みんな自分のお椀をドーラに差し出して、美味しそうな汁物をよそってもらう。そして、添えられているのはご飯!!
「ドーラさん、これもフリーズドライ?」
「違うよ、『乾から米』に天日干しして細かく砕いた芽吹きワカメを混ぜ込んで仕込んでおいたものだよ」
「乾から米?」
「一年中ほとんど雪に覆われた極寒の山岳地帯に、冬になると完全に雪で閉ざされる孤立した村があってさ。過酷な冬を生き延びるため、炊いた米を寒風に晒して急速に凍らせ、そのまま乾燥させる『凍み米』っていう技術を元に開発された、特殊なお米なんだよ」
「特殊とは、どういう意味だろうか?」
ロミオが興味津々で話を掘り下げる。パックは話が終わるのが待てずに、もうご飯を食べ始めているけど。
「本当はさ、数時間煮込まなければ硬かった乾から米が、『熱い湯を注ぐだけで、まるで炊きたてのようにふっくら戻る』という技術が世界連盟の特許をとってから、一気に世界中に広まったんだよ 」
「フリーズドライと似たようなもんだな」
キューも待ちきれず、ご飯をほおばりながら言った。
「この......ワカメっていうのは一体」
「姫ちゃん、ワカメ食べたことがないのかい?」
「はい、恥ずかしながら」
「私も初体験だ。これは......草か?」
ロミオが続けた。ネヴァやムストは小麦の生産が盛んで、お米料理もあるがパンを主体とした食文化圏である。
「これは『真珠海の岩場』にへばりついて育つ海藻でね。普段は波に干されてカラカラに乾いているんだけど、満潮のわずかな水を吸った瞬間に、一瞬で芽吹いたように大きく広がる性質があるのさ。だから『芽吹きわかめ』って呼ばれてるんだよ」
「海藻......聞いたことはあります」
「初めてこれを食べようと思いついた人はすごいな」
「鉄分やミネラル(塩分)が豊富で、少し食べただけで驚くほど身体が軽くなり、旅の疲労が吹き飛ぶよ!陸の野菜と違って、海の栄養を限界まで吸い上げて育つから、潮の塩気が最初から染み込んでいるのさ。これを入れるだけで米に絶妙な塩味がつくし、塩の貴重な旅の道中じゃ、これ以上ないご馳走さ」
「完璧だな......」
ロミオが唸った。確かに、理論上の最強ご飯だわ。
でも、肝心の味の方は?
ドーラによそってもらったワカメご飯を恐る恐る口に運んでみる。
「お、美味しい!」
「うむ、美味しいな」
「そうだろ、そうだろ。そのまま汁も飲んでごらんよ!」
私とロミオは熱々の汁物も、冷ましながらいただく。
銀月魚の出汁と根菜から出た旨味が一体となって口の中に広がる。
「これは、歩き疲れた体に染み渡るな」
こんなに美味しいご飯を旅で食べられるなんて思ってもみなかったから、すごくうれしい。
さすが、ドーラ。感謝しかないわ。
「あっ、コラ!!!!」
美味しいご飯に感動している横で、パックがドーラにげんこつを落とされていた。
どうやら、お代わり三杯目に突入しようとして怒られたらしい。
お代わりしたくなる味だものね。ロミオもキューもすでに二杯目だわ。
「姫ちゃん、お代わりは?」
「私は大丈夫だから、パックにあげて?」
「姫さん、甘やかすとつけあがるよ」
パックが喜びの顔を向けてきたが、キューがすかさず制する。しょぼんとするパックが可愛く見えて、こっそりご飯を分けた。
見上げると、今まで見たことがないほどたくさんの星が出ていた。ドーラの家の窓から見た空より、ずっと広い。みんなでしばらく星を見上げていた。
焚き火を囲むようにして、真空収納袋にいれておいた寝袋を出す。靴を脱いでそっと靴下をかかとまで下げた。両方のかかとが赤く擦れている。
うそ。まだ一日目なのに。
誰にも見られないうちに、急いで靴下を履き直した。
大丈夫。まだ全然、大丈夫。血が出てるわけじゃないもの。
明日もたくさん歩かなきゃならないから早く寝て回復させないと。私は慣れない寝袋の中で必死に目を閉じた。
_____
二日目。
朝食前に顔を給水所横の流し台で洗うために靴を履く。どうしよう、かかとがじんじんする。 でも、言わない。言ったら、みんなの足が止まってしまう。
「なぁ、エリュシオンってどんな国なんだろ」
前を歩いていたパックが、くるりと振り返った。そのまま後ろ歩きで器用に進んでいく。紺色のキューとおそろいの帽子がよく似合っている。
「前向いて歩けよ。転ぶぞ」
「転ばねぇって〜」
カラカラと笑うパックに呆れ顔のキュー。ロミオも危ないぞ!と注意しているが、パックはどこ吹く風だ。
「エリュシオンはスポーツが盛んで、特に野球が国民的スポーツって話だよ」
「へぇ~、楽しそうな国なんかな?」
「運動音痴の奴は地獄かもよ?」
「俺は大丈夫だな~運動神経。抜群だし!」
「言ってろよ!」
三人がそんな掛け合いをしていると、ロミオが真剣な顔で話し始めた。
「継嗣学では」
「でたっ継嗣学!!」
パックが茶化すのをまるっと無視して、ロミオが話を続ける。
継嗣学。私たちが幼いころから叩き込まれてきた、国を継ぐ者のための学問だ。各国の地理、産業、連盟との関係など、何十、何百時間と学ばされてきた。
「エリュシオンといえば、建国以来、一度も戦争をしていない平和な国というイメージだわ」 「国民満足度調査では、連盟加盟国中、十一年連続で首位だな」
「温暖な気候で、水資源に恵まれているはずよ」
交互に、淀みなく知識として知っている情報を出していく。きっとロミオの頭の中でも同じ教材映像を再生しているに違いないわ。
「主要産業は────」
「観戦型スポーツ(プロスポーツ興行)産業 !!」
二人の声がぴったり重なった。
ロミオが嬉しそうに目を細める。私も笑顔で応える。
「こわっ」 パックが真顔で言った。
「こわいな」 キューも真顔で言った。
「こわいねぇ」 ドーラまで!
私たちは次代を担うため、多くの時間を学びに費やし、知識や教養を身に着けることが当たり前の世界で生きてきた。正直、学んでいる最中は終わりのない勉強に弱音を吐きたくなったことが何度もあるけど、こうして旅に出てみて学んできたことは無駄じゃないと思える。
「エリュシオン情報はまだまだあるが、話してよいだろうか?」
と、ロミオが丁寧に許可を取っている。みんな少し引き気味ながらも頷くのをみて、ロミオは第三次産業活動指数や国民総生産について熱く語り始める。
パックが耳をふさいだ。
キューが「俺、ちょっと頭痛がしてきた......」と言って、おでこに手を当てる。
ドーラは「お昼ご飯は何にしようかねぇ」とうわの空だ。
せっかくロミオが一生懸命説明しているのに!
ちょっと悲しい顔をして、「つまらなかっただろうか?」とつぶやくロミオが可愛い。私はロミオの背をなでなでしながら、慰めた。
私たちは同じ内容を継嗣学で履修しているから、ロミオやみんなの知らない情報を今こそ出すことにする。ふふふ、私にもあるのよ。ロミオとは一ミリもかぶらない、エリュシオンに関する情報が!私は胸の前で両手を合わせた。
「みんな聞いて!エリュシオンはね、ネット恋愛小説の舞台として大人気なの。『九回裏のプロポーズ』とか、『満塁の恋は止まらない』とか。ヒーローはたいてい野球選手でね、最後の試合で観客席にいるヒロインに向かってホームランを打つの。その球がまっすぐ、彼女の手の中に」
「ジュリエット」
「なあに?」
「話の腰を折ってすまない。その打者は、なぜ特定の観客席を狙えるんだ?」
「……愛の力かしら?」
「物理的に不可能だ。打球の方向は、投手の球種とバットに当たる位置と角度で決まる。狙った座席に落とすなら、相当な……」
「デンデンっ」
ドーラがロミオを止めた。
私はシオシオに萎れて下を向く。
乙女心と胸きゅんに物理は要らないのよ!ロミオのバカ......
「あ~あ、姫さん拗ねちゃった」
「殿下、恋愛小説はご都合主義って、相場が決まってるんだよ」
「なるほど、勉強になる」
悲しくなって、忘れていた足の痛みを思い出す。せっかく気を紛らわせていたのに。 重苦しい雰囲気を変えようと、ドーラが話し始めた。
「商人の間じゃね、エリュシオンはいいお客さんの国って言われてるよ。払いはいいし、値切らないし、みんなニコニコしてる。口癖は『まあ、なんとかなるさ』なんだって」
「なんとかなるさ?」
「楽天的だな」
キューがシニカルに笑う。
「あとは、水質がすごくいいらしいよ。スポイルの商人が、わざわざ水を仕入れに行くくらいだからね」
「水を?わざわざ?」
「そうさ。世界の名水十選で一位に選ばれたこともあるはずだよ!」
エリュシオンは水が豊富で、水質が良いことで有名だった。スポイルとエリュシオンをつなぐ街道にある給水所やドーラが言っていた足湯も、エリュシオン主導の水事業だと習った気がする。そんなことに思いをはせていると、
「名水は間違いないんだけどね。ここ数年は少しずつだけど水の仕入れ値が上がってきて、これ以上値上がりすると仕入れを減らさなきゃなくなるって、ぼやいてたねぇ」
「値上がりか......」
ロミオがつぶやく。エリュシオンに行ったら、さっそく調べそう。
私はまだ気分が浮上していなかったので、相槌も打たずにそのまま流した。
かかとがズキズキする。 大丈夫。 次の目標の足湯まで、あと少し。
+++
ジュリエットの足取りが明らかに変わってきた。朝から足取りが重いと感じていたが、今は 特に右足をかばって歩いている。本人はうまく隠しているつもりらしく、話しかければ明るく返事をしてくる。私はずっとそれを見ていた。 足をひねったか?
そもそも、ジュリエットはこのメンバーの中で圧倒的に体力・筋力が少ない。なるべくジュリエットに歩くペースを合わせているが、ケガをしているなら早めの手当てと休息が必要不可欠だ。
「ここで少し休もう」
目的地の足湯まで、あと一時間というところで私はみんなに声をかけた。目的地ではない場所での休憩を不審に思ったジュリエットが、目的地まで休まずに行きたいと主張した。
一度休むと進めなくなると懸念しているかもしれない。
「いや、ここで休むべきだ」
「だって、あと一時間くらいよ?日暮れのことも考えて進むべきだと思うわ」
「ダメだ。ジュリエット、足が痛むのだろう?」
ジュリエットの表情がさっと曇る。泣きそうな顔をして、必死に訴える。
「まだ大丈夫よ、わたし歩けるわ」
「ダメだ。さっきから、右足をかばっているだろう。いや、両足か」
「かばってないわ」
「かばっている」
「かばってない!」
「ジュリエット」
「まだ歩ける!」
ジュリエットは少し感情的になっていた。私も思っていたより大きな声が出た。
みんなジュリエットの足の状態に気が付いているはずだ。心配そうに見つめている。ジュリエットは唇をきゅっと結んで、紫の瞳が潤んでいる。
「……足湯まで、もうすぐなんでしょう? そこまでは歩けるわ。私のせいでみんなの足を止めたくないの」
「君のせいではない。休息は全員に必要なものだ」
「私の足のことを言ったわ」
「それは……」
言葉に詰まった。だが、ここで引くわけにはいかない。
ケガがひどくなってからでは遅いのだ。
「お願いよ、ロミオ。みんなに迷惑をかけたくない。お荷物になりたくないの」
「誰もお荷物だなんて、思うわけがないだろう?」
それでもジュリエットは首を横に振って、納得する様子が見られなかった。
「ならば、私が背負っていく」
「せっ……!?」
ジュリエットの顔が、耳まで一気に赤くなった。
「そ、そんなの、ロミオが疲れちゃうわ!」
「私の体力なら問題ない。君の体重程度なら、荷物と合わせても──」
「体重の話はしないで!!」
なぜか、怒られた。まったく問題ないことを伝えたかったのだが。
その時、キューの声が私たちの間に割って入った。
「俺、ちょっと休みたいかも」
スポイルまでの旅に比べ、明らかに充実した食生活。ご飯、大事ですよね〜。
三章もよろしくお願いします。




