第四十四話 初めての旅で得た糧を、次の国へ繋いでいく
朝、目が覚めると同時に、変な音がした。
台所から「みし、みし、みし」と、床板が重くきしむ規則正しい音が聞こえてくる。ロミオと一緒にそっと覗き込むと、ドーラが大きなビニール袋の上に両足で立ち、何かを踏みつけていた。
あれは何?ロミオと顔を見合わせ、お互いにふるふると首を振る。
「おはよ〜、姫ちゃん、デンデン」
「ドーラ殿、一体なにをして……」
「白い……何かしら?」
「ははは、これはうどんだよっ」
ドーラによると、厚手のビニールの中にあるのは、上等な白凍麦と塩水だけで練り上げたうどんの生地とのことだった。
「これがうどん」
「足で踏むなんて、初めて見たわ」
「こうしてしっかりと力を入れて踏むとね、ツルツルしててもコシの強いうどん生地になるんだよ。噛んだときに押し返してくるような、本当にコシのあるうどんを食べさせてやるよ!」
うどん、実は今まで食べたことがない。映像資料で存在は知っているけど。
ドーラの作るご飯はどれもとびきり美味しくて、初めて食べる味ばかりだった。
額に薄っすらと汗をにじませながら、ドーラは体重をかけて生地を踏んでいく。
ビニールの中で生地が「ぎゅう、ぎゅう」と心地よい悲鳴をあげているみたいだった。
平らに広がった生地を一度袋から取り出し、慣れた手つきで四隅を内側へ折り畳む。大切な宝物のように表面を愛おしそうに撫でてから、再び袋に戻して足踏みを再開する。これを何度も繰り返す。
「姫ちゃんもやってみるかい?」
「いいの?」
「もちろんさ!」
ドーラと交代して、恐る恐るビニールの下にあるうどん生地を踏んでみる。
弾力があって、キュッキュッと音が鳴る。楽しい!
ロミオがうずうずしているので、交代した。
リズミカルで正確にうどん生地を踏んでいく。
「さすがデンデンは体幹がいいね、均一に力が入っているよ」
「ドーラ殿、これをあと何時間続ければいいだろうか?」
「いや、もう」
そこへ、パックとキューもやってきて、うどん作りに加わった。
最初は頑固に硬かった小麦の塊が、艶やかでなめらかな質感へと変わっていく。
「よし、いい肌ツヤになった。これで最高のうどんが打てるわ」
ドーラは大きなのし台の上にどんと生地のかたまりをのせた。ここからは正確さが勝負の、本当の職人仕事が始まる。
長いのし棒で生地を前後左右へ力強く押し広げていく。さっきまであれほど足で踏みつけたのだ、生地の反発力は強かったが、魔法のように薄く均一に伸ばされていく。私たちは全員、その作業に見惚れていた。表面にサラサラと打ち粉を振り、生地を蛇腹折りに畳んでいく。
「ここからが一番大事。太さがバラバラだと、茹でたときに硬いところと柔らかいところができちゃうからね」
ドーラはそう言って、ずっしりと重い大きな四角い包丁を取り出した。いつも見る包丁とは形が違う。
トントン、トントン、トントン――
台所に、小気味よいテンポでまな板に包丁の刃が当たる音が響く。左手で木駒を少しずつずらしながら、包丁を垂直に迷いなく落としていく。切るというより、包丁の重みで生地を「断つ」ような鮮やかな手つきだ。切り落とされた麺の断面は、角がキリッと立ち、わずかに透き通るような瑞々しさを含んでいる。
「ど、ドーラ殿、私にもやらせて欲しい」
ロミオの何かに火がついた。
真剣勝負に挑むみたいな目をして、慎重にうどんを切っていく。スピードは遅いけれど、初めてにしては上手だと思う。
「これは、奥が深いな。太さがバラバラだ」
ロミオはドーラが切った美しい麺を眺めてため息をつく。
「まだまだデンデンには、負けられないよっ」
「そうだな、また次も挑戦させて欲しい」
「よぉし、よく言った!」
ドーラは機嫌良く切りたての麺を持ち上げグラグラと湧いている大鍋に入れて茹で始める。うどんのつゆと薬味はもう準備してあった。
「よしっ、出来上がり!これがスポイル最後の朝ごはんだからね、腕によりをかけたよ」
ドーラがしっかりと水を切った、ツヤツヤ白く輝く打ちたてのうどんを小分けにして、それぞれの前に置く。さらに別皿には、きつね色に揚がった天ぷらが山盛りになっていた。
「雪見茸の天ぷらも揚げといた。揚げたてが一番だからね」
「朝から、天ぷらまで……」
思わずキューが呟くと、ドーラは得意げに胸を張った。
「朝も夜も、旨いもんは旨いんだよ」
「俺、うどん初めてたべる〜」
パックが小皿に天ぷらをとり、まずはうどんを食べ始めた。
「うまっ」
私もうどんをつゆにつけて一口食べてみる。しっかりと出汁の利いたおつゆに、つるりとした喉越しが最高だった。
「お、美味しい」
「うむ、素晴らしい味だ」
「美味いな」
それぞれの感想に、ドーラがニッコニコでとても嬉しそうだ。
「天ぷらもうめぇ〜」
「朝だけど、重くないな」
雪見茸の天ぷらがみるみるうちに減っていく。
うどんのつゆに少し浸して、天ぷらを食べる。サクッとした食感の後に、ジワっと旨みが染み出してくる。ドーラお得意の銀月魚の出汁にもすごく合う!!
これは……大好物になる予感。ドーラの料理の腕がいいのはもちろん、スポイルの食材や調理法が私はとても好きだと思った。
「白凍麦粉も使い切ったし、これですっきり旅に出られるよ!」
流石の一言です!
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食事を終えた後、ドーラが通信機の画面を開いて、電子地図を広げた。
「いいかい、ここからエリュシオンまでは、交易路が通ってる。あんたらは知らないだろうけど、街道沿いに給水所と足湯がいくつかあるんだよ」
「足湯?」
「姫ちゃん、知らないかい?温泉水に足を浸して疲れる場所を足湯と言うんだよ。商人が長旅の疲れを癒すためのもんさ」
私もジュリエットも足湯というものを初めて聞いた。パックたちをちらっと見ると、二人ともわからないという顔をしている。絶対に立ち寄って、体験したい。そう思った。
「エリュシオンまでは、五日ってところか?」
パックがいつもの古地図を出す。ここへくる時よりも日数がかかる見込みだ。
気になるのは、ジュリエットやドーラの体力だが。そう思案していると、ドーラが
「途中に宿があるんだ。二日目くらいで着くと思うよ。体を伸ばしてゆっくり休める」
それは助かる。ジュリエットも安心した表情だった。
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食べ終えて片付けを済ませ、家をしばらくあけるため、諸々の作業をした後に加工所へ向かった。
受け取りカウンターで名前を告げると、係の人が依頼された伝票と相違がないか確認しながら小袋に入ったフリーズドライを並べていく。
「こんなに小さくなるのね……」
「軽いし、リュックに入れてもそれほど嵩張らないし、日持ちもする。いいことずくめだろ?」
「よっ、ドーラ天才!」
ドーラが満更でもなさそうな顔をする。本当に画期的なアイディアだと思う。
少なくとも、野草料理一辺倒にはならない。いや、パックが採ってきてくれた木の実やりんごもありがたかったが。
ドーラの指示に従って、パックとキューが手際よく自分用のリュックに詰め込んでいく。私たちの命綱を背負う二人だ。食糧は任せた。
加工所を出る時に、パックに用意していた小包を渡す。
「なにこれ?俺、誕生日だったかな?」
「お前の誕生日、まだまだ先だろ」
キューがキレの良いツッコミをし、私が袋から中身を取り出す。
「これ!」
キューが市場で選んだのと同じ形で色違いの帽子だった。キューが黒だったから、パックは紺色。ジュリエットとドーラにも贈り物をしたし、パックにも何か贈りたいと思ったからちょうどいいと考えたのだ。
「マジか……」
「実は、三人でお揃いにするかどうか、迷ったんだ」
「は?」
パックとキューの声が揃った。
「だが、もう色違いがなくてな。同じ色だと誰のかわからなくなると思うし」
キューとパックがほっとした表情になる。
残念そうな顔ならわかるが、安堵するのはなぜだろう?
「いいじゃないか、パックかぶってみなよ!」
ドーラが色違いのお揃いの帽子に大興奮している。ジュリエットは似合う似合うと、手を叩いて喜んでいる。私は自分の選択にやはり間違いなかったとうれしくなり、
「パックとキューはずっと二人でいただろう?だから、お揃いにしたいと思った」
と、思ったままの言葉を口にした。
「……デンカ、そういうこと真顔で言うなよ」
パックが顔を赤くして、帽子で顔を隠した。そんなに嬉しいのか。
買って本当に良かった。キューは自分の帽子とパックの帽子を見比べて、何も言わずに少し項垂れた。
なぜだ?
スポイルの街を出る頃には、太陽がすっかり高く昇っていた。
放送塔からは、今日もいつもの誇らしげな声が流れているが、誰も足を止めない。
学びを得た。つながる同志も得た。
キューを奪還し、得難い仲間が増えた。
「行こう」
私が言うと、全員が頷いた。
エリュシオンまでの道のりが安全であるようにと祈りながら、私たちはスポイル国を後にした。
【マーサside】
紙の国、パピル郊外。崩れかけた石垣の外れ。
滅亡し、廃墟になりつつある集落の一角に、乾いた風が吹く。
マーサは籠を片手に、地面に転がる木の実を拾い集めていた。
(今頃、お嬢様たちはどうしているでしょう。ロミオ殿下はしっかりとお嬢様を守ってくれているかしら?お世話する私がいなくて不便な生活を強いられているかもしれない)
考え出すと止まらなくなる。木の実を拾う手が、いつの間にか止まっていた。
「マーサ、そろそろ戻るぞ〜」
遠くから、イリヤの声がした。
「今行くわ」
籠を抱え直し、イリヤのいる方へ向かって歩き出す。
願わくば、お嬢様が安全で、幸せな思いをしてますように。
そしていつの日か、再会できますように。
マーサはイリヤとともに、廃村に向かいながら祈った。
第2章 了
2章完結です。1週間ほど準備にいただき、3章は10月3日から再開します。
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