第四十三話 初めて見る海は、寝転んで見上げる青の光
朝ごはんの後、ドーラが両手を広げて宣言した。
「今日はスポイル観光だよ!」
フリーズドライの乾燥に丸一日かかると聞いた時は困った顔をしていたのに、今はすっかり浮かれている。
「観光かぁ、俺、遊園地とか行ってみたい!」
「やめた方がいいだろう」
「なんでロミオが却下すんだよ!」
「キューの体調を考えると、絶叫するような場所は避けたほうがいい」
キューが横で、別に俺のことは気にすんなという顔をしていたけれど、ドーラは首を横に振っている。
「キューだけ乗り物に乗れないのはちょっとね。みんなで楽しめる場所にしましょう」
と提案してみる。
パックが慌てて遊園地希望を引っ込め、キューに謝っている。遊園地はみんなが元気な時にぜひ行きたいわ。すると、ロミオが自信満々にプレゼンを始めた。
「昨日調べてみたんだが、『国立紙幣博物館・世界の紙幣特別展』はどうだろうか?世界でかつて流通した貴重な」
「はい、却下~~~」
「却下だな」
「そんなとこ、やだよ」
次々と厳しい意見が飛び交う。悪くはないと思うのよ、貴重な学びの機会だと思うもの。そう思って、ロミオに話しかける。
「ロミオ、私もとても興味があるわ」
「そうか。ジュリエットは行ってみたいと思ってくれるか」
「ええ、でも多数決で今回はなしだと思うわ」
「三対二か、それならダメだな」
ロミオはわかりやすくがっかりした顔をしたが、すぐに次の案を出してきた。
「それなら、『お仕事体験パーク・特別プログラム:スポイル議員と官僚の職場訪問』はどうだろうか?この国の政治の」
「ありえない」
「同じく」
「絶対やだね」
「……」
フォローが思い浮かばないわ。ごめんなさい、ロミオ。
そんな、すがるような目で見ないで。
私が賛成したとしても、多数決で負けてるわ。
ロミオは真剣な表情で、
「みんな、興味があると思ったんだが……」
とつぶやき、頭を垂れた。背中をナデナデしてあげた。
ドーラが明るく言う。
「やっぱり地元民おススメスポットがいいんじゃないかい?いい場所があるんだよ」
みんなの視線を一斉に浴びながら、満面の笑みで、
「瑞光藝術館だよっ」
といった。
「げいじゅつか~」
「つまんなそう」
「俺はいいと思う、芸術」
と男性チームが意見を言う中で、私は通信機で瑞光藝術館を素早く検索する。
トップページに映し出されたのは、水のトンネルや光る花畑、星が渦を巻く部屋など、美しい館内の様子だった。
「なにこれ、すごい……!」
「綺麗……」
みんな言葉を失う。私たちが思っていたのとは全然違う光景に、満場一致で瑞光藝術館行きが決まった。
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瑞光藝術館に入って最初の部屋は「蒼海の間」という名前だった。
薄暗い通路を抜けると、頭上いっぱいに広がる水槽が見えてくる。床は水の流れや海の生き物がプロジェクションマッピングで映し出され、360度全てが青い世界に包まれ、海の中にいるような空間になっていた。ここは床に座ったり寝転がれるように、靴を脱いで入るスペースになっていた。入り口で渡された靴袋をもったまま、広めのスペースにみんなで寝転がった。
「うわ……」
「すごっ……」
パックとキューが感嘆の声を上げる。仰向けに寝転がり天井を見上げると、青い光の向こうを巨大なジンベイザメがゆっくりと横切っていく。続いて、大きなエイが翼のようなヒレを揺らしながら、滑るように泳いでいった。
「……大きいな」
「素敵ね」
「これをみんなに見せたかったんだよ」
そこから、誰も口を開くことなく、海の中の没入体験を楽しんだ。自分が海の一部になったような、不思議な感覚だった。悠々と泳ぐ魚たちを下から見上げるという、視点を変えるだけでこんなにも見え方や印象が変わるのがとても興味深かった。
そっとキューの様子を横目で見ると、水の流れに逆らわず揺蕩うように泳ぐ魚たちをずっと見上げていた。パックもそんなキューを優しい目で見つめて、また視線を戻した。二人のこの様子を見れただけでも、ここに来たかいがあったと思う。
ロミオもドーラも私も、ただ同じ方向を見上げていた。水槽の青い光が、みんなの顔をゆっくりと照らしては消えていく。こんなに穏やかな時間を、みんなで共有したのは初めてかもしれない。
どれくらい経っただろうか。隣から、小さな寝息が聞こえてきた。
「……パック、寝てる」
「リラックス効果抜群ってことだよ」
「もう少し、ここにいよう」
私たちはまた、空を飛ぶように泳ぐ、青い世界の魚たちに視線を戻した。
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最初の部屋だけで、ずいぶん長く過ごしてしまった。パックを起こして「花霞の間」に移動する。そこは足元一面が光の花畑になっていた。
通路を歩くたびに、光の粒子が波紋のように広がり、花が咲いては消えていく。
ハープやシンセサイザーの小さい音のBGMも素晴らしい。
「わぁぁ」
ジュリエットが興奮を抑えきれずにはしゃいでいる。可愛い。
光とともに次々と花びらが開いては次の花が重なるように現れ、また広がっていく映像は、幻想的で少し仮装祭の庭園を思い出させた。
あの日を二人の「恋」の最後とし、つらい別れを決めた夜とまるで違う今の関係に、思わず安堵の息を漏らす。ジュリエットの笑顔を見ながら、この選択が間違っていなかったと、改めて思った。
「ロミオ!ロミオ、見て。とてもきれいなの!」
「あぁ、可愛いな」
「可愛い?まぁ、そうね。きれいで可愛いお花たちだわ」
かみ合っているようでかみ合っていない会話をしながら歩く私たちの後ろでキューが、
「可愛いな……」
とつぶやいた言葉は、音楽にかき消され、誰にも届かなかった。
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「次は星の部屋だってさ」
パックが案内板を指差した。「星降る夜の間」に入ると、壁も床も、渦を巻く星空に覆われていた。どこを見ても青と金の光が渦巻いていて、自分がどこに立っているのかも曖昧になる。
最後の「瑞光海月の間」は、淡く発光するクラゲがゆっくりと水中を漂っていた。
どの部屋も幻想的で、一気に世界観に引き込まれる作りになっていた。非日常を感じ、五感にすごく働きかける仕掛けに大満足だった。
そう感想を述べると、パックとキューに呆れられた。
二人は小さく、硬い、硬すぎると言っていたが、まぁ良いとしよう。
「ドーラさん、ありがとう。こんな素敵な場所を教えてくれて」
「あたしのお気に入りの場所なんだ。みんなを連れてこれてよかった」
感動して頬を上気させたジュリエットがお礼をいうと、ドーラが満面の笑顔で答えた。私の案は却下されたが、不満はない。忘れられない思い出になったと思う。
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藝術館を出ると、早春の太陽の光がきらきらと降り注いでいた。
「お腹すいたぁ! 次は飯食いに行こうぜ!」
パックの声に、全員が賛成する。青空マーケットには、たくさんのお店が並んでいた。いい匂いがそこかしこから漂ってくる。
「あんたたち、これ食べてみな!」
ドーラが次々と買い込んでくるものを、みんなで分け合った。歩きながら食べる、というだけで、なんだか特別な気分になる。
食べ物以外のお店もたくさん出店していて、そのうちの一つに、ハンドメイドの小物を売るお店があった。ドーラが目を輝かせて駆け寄っていき、リボンのついた小瓶を手に取ったり、くるみボタンのブローチを服にあててみたりしていた。
今日の記念にと、ジュリエットとドーラへおそろいのブローチを買ってプレゼントした。フェルト生地でコットンパールやカラフルなビーズが可愛いと、二人で言っていたからそれにしたのだが、パールなのにコットンの意味が分からなかった。
ふと、パックとキューがいないことに気づく。急いであたりを見渡すと、数軒先のお店で真剣に何かを選んでいるようだった。
そこは帽子のお店のようで、鏡に向かってキューが試着を繰り返すのを、パックがファッションチェックよろしく講評するというカオスな状態になっていた。
予想通り、キューがキレた。
「もう、うるせーよ。ほっとけ!」
「俺はキューに一番似合う帽子を探しているだけだぞっ」
「知るかっ」
そう言ってキューが先に、隅に置かれていた無地の帽子を手に取った。下向きの短いつばがついた、台形型のシルエットのシンプルな帽子だ。
「これでいい」
「あら、地味だね。こっちの刺繍の方が」
「刺繍はいらない」
ドーラは小さく似合うのにねぇと言ったけど、すぐに自分が気に入ったのが一番だよと言い直した。
私が会計をしようとすると、ドーラが
「こどもの買い物をする楽しみを奪わないでおくれよ」
と言ったので、ありがたく厚意に甘えることにした。
「ドーラ、ありがとな」
「いいってことよ!あたしが買いたくて買ってるんだからさっ」
パックが、また
「俺のは~、俺のは~」
と騒いでいる。
ドーラが刺繍入りの可愛いハットを手渡すと、逃げ出した。
みんなで笑いながら、晩ご飯用にいくつかお弁当を買って家に帰った。
明日は、フリーズドライ加工所に行ってから、この国を発つ。
ただ観光して楽しく買い物しただけの今日一日は、今まで経験したことがないものだった。
何も生み出さない一日でもいいのだと思える、この仲間に感謝した。




