第四十二話 関係ない空気の中で、種火は国を超えていく
朝食が終わり、いつもの食後のお茶の時間になる。居間へ向かう途中、横から薬草のにおいがした。キューはちゃんと軟膏を塗ってケアをしているみたい。
「キュー、うなじの痛みや痒みはどう?」
「あんまりひきつる感じはなくなったかもな。痒みは気にならない」
「頭痛とかは?」
「そんなすぐには、な......でも、耳鳴りはちょっとよくなってる気がする」
少しでも症状が改善してるなら、良かった。横でパックもニコニコしている。
「キュー、食後の呼吸法やろ~ぜ~」
「後でやるよ」
「一緒にやりたいんだよぉ」
「一人でやればいーだろ」
つれなく断るキューにパックがしがみつく。
ドーラがお茶を運びながら、あたしも一緒にやろーかしらとつぶやいている。
いっそ、全員でやる?
ロミオも鍛錬に加えると良さそうだって言ってるし。
パックとロミオがキューの両隣りに陣取り、呼吸法を始める。
あきらめの表情をしたキューが、一緒に息を吸って、止めて、吐き出すを繰り返す。
成人した男の人が三人そろって呼吸を繰り返しているのは、ちょっと面白かった。
ドーラも一緒になって呼吸法をしているから、私も慌て始める。
瞑想室にいるみたいね。でも、深く息を吸ってゆっくり吐き出すだけなのに、気持ちが落ち着いてくるから不思議だわ。
お茶もゆっくりじっくりと味わう。
ネヴァにいた頃もよく食後のお茶を飲んでいたけれど、今の方がずっと「味」を感じる。美味しさというより、染み渡るというか。
これからもこうして、皆でお茶を楽しめるといいな。
そんなことを考えていると、ドーラが楽し気に宣言した。
「さぁ、今日は忙しくなるよ!男どもは常備菜を加工所まで運んどくれっ」
パックとキューはドーラが指さす台所の卓の上にあるお惣菜の量を見てうへぇ~と言っている。ロミオだけが、てきぱきと動き始めた。
これがフリーズドライになって、旅の間もドーラの美味しいご飯が食べられるのは、すごいアイディアだと思う。
キューは例によってドーラのキュートな帽子と今度はフチなし眼鏡を渡されて、しぶしぶ変装していた。
やっぱり、ロミオがうらやましそうに見ている。ドーラに頼んで、ロミオにも帽子をかぶせてみた。黒地に白糸で手書き風のメッセージが所々に刺繍されている。
おしゃれ!!
まんざらでもなさそうに、鏡の前でいろんな角度から確認するロミオ。
やだ、似合う(n回目)
パックが、
「俺のは~、俺のは~」
と叫んでいる。ドーラが持ってきたのは......
葉っぱを頭にのせたぽんぽこ狸がワンポイントで刺繍されている、紺のニットキャップだった。
似合うわよ?
+++
みんなで大きな荷物を持って、加工所へ向かう。こういう時、車じゃないのは不便だな。誰も免許を持っていないので仕方ないが。
ふと、ベンのことを思う。おそらくだが、地下での戦闘で深手を負ったのではないだろうか。治療して万全になるまで合流できないに違いない。早く回復して欲しい。ただ、いつまでも未読のままのメッセージとつながらない電話だけが気がかりだ。次の目的地はチャットに送ってある。頼む、無事でいてくれ。
「こんなにおっきい荷物ならさ、車とかで運んだ方がよかったよな!」
「誰も免許もってねーだろ」
私と同じようなことをパックとキューも考えていたようだ。
「あたしも免許、持ってなくてね~、ごめんよ。台車なら運転うまいんだけど」
「台車は誰でもうまいだろ」
キューのツッコミはやはり素晴らしいな。
パックの暴走も止められるし、このメンバーでキューのツッコミは重要な役割だと思う。
ウンウンと一人頷いていると、突然見知らぬ男性から声をかけられた。
歳の頃は私たちとそう変わらない男女数人がこちらを見て立っていた。その中から男性が一人、近づいてきていた。
「あの、突然声をかけてすみません。昨日の討論会にいましたよね。格下げ申請のことを、質問していた」
「あぁ、君も討論会にいたのか?」
「はい、あっちにいる仲間もみな、参加していました。よかったらそのことで、少しお話できないかと思って」
「すまないが、私たちは今加工所へ向かっているところなんだ。この荷物を予約時間までに運ばなければならない」
「もしよかったら、加工所の前のカフェで待ってるから、来てくれないか?」
みんなに目線をやると、全員頷いている。材料さえ運び込めば、あとは抜けても大丈夫そうだ。
「わかった。運び込みが終わり次第、カフェへ向かおう」
若者たちと離れ、加工所へ向かう。
「討論会についての話かしら?」
「悪い奴らには見えなかったなぁ」
「カフェで話すなら、それほど危ないことにならないだろ」
「あぁ」
何が目的で接触してきたのかはわからないが、話を聞く価値はあると考えた。
ドーラが、加工は任せなと言ってくれるので、お言葉に甘えよう。
「ロミオ、私も行っていい?」
「もちろんだ」
「俺らも行こうか?」
「そうだな、念のため一緒に」
「あんたらは、あたしのお手伝いだよっ」
パックとキューの逃亡は失敗した。
ジュリエットはドーラから戦力外通告を受けて、わかりやすく落ち込んでいた。
頭をポンポンしておく。
_____
カフェに入ると、奥の4人がけテーブルと通路を挟んだ二人用の席に4人の男女が座っていて、こちらに気づいて手を振ってきた。
ジュリエットと一緒に、空いている4人がけテーブルに座る。
「来てくれて感謝する、テオだ。こっちはリタ」
黒い短髪の、精悍な顔つきの男性が名乗り、隣に座る赤みがかったショートカットの女性が小さく会釈した。二人用の席からも、「俺はジョー、向かいにいるのがボブだ」と挨拶を受ける。
名乗るべきかどうか迷ったが、隠すことでもない気がして私たちも正直に答えた。
「それで、なんの目的で声をかけてきたのだろうか」
単刀直入に切り出す。どうやらリーダーらしい黒髪の男性、テオが話し始めた。
「討論会の質問、すごく的をついていた。この国であそこまで現状を把握している人間は少ない」
「少ないじゃないよ、ほとんどいないんだ!」
ジョーと名乗った金髪の男性が横やりを入れる。
「まぁ、そういうことだ。タケナンテのベーシックインカム論、どう思っている?」
「炊き出しに並ぶ人たちがいる。生活が苦しいと訴えている人もいる。矛盾だらけだな」
「俺たちも同意見だ。だが、さっきジョーが言ったように、この国の人はみな、よく言えば従順、悪く言えば国に何の期待もしていない、無関心状態なんだ」
テオが苦々しく言う。隣のリタも怒りに耐えている目をしていた。
「自分たちのことなのに、なぜ無関心でいられるのかしら?」
ジュリエットが問いかけると、リタが答えた。
「私たちが何をしたところで、国は変わらないって思っているからよ」
「変わらない?」
「討論会でも見たでしょう?検討中、取組中、それについては答えられない。そうやってうやむやにし続けて、結局、人々の暮らしは一向に良くならない。そのうち皆、今ある中でやりくりし始めるの」
「国が間違ったことをするわけがないって考える人たちも多いよ。俺の親父やお袋も、国が決めたことだからしかたないって、我慢し続ける方を選ぶんだ」
ボブが悔しそうに付け加える。
国が決めたことだからしかたないと、従い続ける構造はムスト・ネヴァの「ルール」と同じだ。ただし、私たちの国は違反者を「狩る」から、従わざるを得ないという点で、より悪質かもしれない。
「俺たちは、この国をどうにかしたいと思ってる連中の集まりなんだ。二人も同意見なら、俺たちの活動に加わらないか?大層に聞こえるけど、実際はまだまだできることが少なくて。今は国の矛盾について情報を集めている段階なんだけど」
「仲間を増やすっていうのも、今の私たちにできることだから」
真剣な目をして、この国をより良いものにしたいと願う彼らに、私たちも誠実であるべきだろう。ジュリエットを見ると、大きく頷かれた。
「私たち二人はこの国の人間じゃない。明日にはこの国を発つ予定だ。だから実際の活動に参加はできない」
「そうか......とても残念だ」
全員が一様に、落胆する。私は話をつづけた。
「実は、私とここにいるジュリエットは、君たちと同じような思いを持って旅をしている」
「どういうことだ?」
「私たちは元ルール国と呼ばれていたムストとネヴァ出身で、腐敗した政治や人々を苦しめるルールなどに一度真っ向からぶつかって、潰された状況なんだ」
テオ達の表情が変わる。
「だから、私たちは国を良くするために一旦国を出ることにして、他国の良いところ、改善した方がいいところを学んでいる最中だ。力をつけていつか国に戻り、新たな国造りをすると決めている」
「私もロミオも自分たちの力のなさを痛感したわ。でも、テオさん達と同じように諦めたくない、国を変えたいと思っているの」
「簡単......じゃないな」
「それでも、やるしかない」
国や制度は違っても、腐敗や圧政に苦しむ人を救いたい、国の在り方をより良い方向へ変えていきたいという思いは同じだった。
「協力していかないか?」
とテオが言った。他の三人も力強く頷いている。
私もジュリエットと顔を見合わせ、頷きあい答えた。
「あぁ、情報共有や決起したり、何かあった時の相互支援等ができると良いと思う」
「私たちは他の国も回るから、同じように国の立て直しをしようとする人たちに会ったら、つながっていけるわね」
「横のつながりを広げていくってことね」
考え方としては、とても良いと思う。ただし......私は懸念事項を伝えた。
「情報の拡げ方、仲間として迎え入れるときは、ある程度慎重に進めたほうがいいと思う。特に、私とジュリエットは祖国から追われる身だ。内側から瓦解しないようにお互い気を付けたほうがいいと思う」
「なるほどね。了解した」
「でも、今日声をかけたのは当たりだっただろう?」
ジョーが茶目っ気たっぷりに言った。
その場にいる全員で笑いあう。今はまだ小さな種火みたいなもので、変化を起こそうとする少数派かもしれないけれど、一歩踏み出すことが大事だと思う。
私たちは固い握手をして、別れた。
_____
ジュリエットと加工所に向かう。けっこう時間が経ってしまった。
ドーラが係の人と打ち合わせをしている横で、パックとキューが何かのゲームをしていた。
「パック達、フリーズドライ加工はもういいの?」
「お~姫さん、お帰り。お帰りは違うか?」
「家から持ってきた分は今、急速冷凍している。そのあとに真空乾燥機ってやつにいれるらしいよ」
「そうか。それでなんのゲームをしているんだ?それは、紙が?」
二人は私たちの質問に答えながら、器用に紙のようなものを交互に素早く並べる遊びをしている。
「これ、トランプさぁ。パピルの人にもらったんだ」
「トランプ?」
「そ~。今は二人しかいなかったからスピードっていうゲームをしてたんだ」
「よし、勝ちっと」
「あ~~~。しゃべってたから」
パックが悔しそうに地団駄を踏んでいる。
あのスピード感でおしゃべりしてたら勝てるわけがないと思った。
「二人しかっていうことは、もっと大人数でも遊べるものなの?」
と、ジュリエットが目をキラキラさせて尋ねる。
「遊ぶ種類がいろいろあるんだよぉ」
「神経衰弱とかな」
「大富豪もな~」
「地下で、みんなとよくやったな」
二人で懐かしそうに昔話に興じる。紙でできたゲームで遊んだことなどない私とジュリエットには、とても興味深い話だ。こんな四角い紙に数字や記号が書かれているだけなのに、何通りも遊べるなんて、不思議だった。
そこへドーラが戻ってきた。
「冷凍自体は夜までに出来上がるから、職員の人が真空乾燥にかけてくれることになったんだけど、問題があってさ」
「問題?」
「シチューとかお惣菜の一部の水分を完全に抜いてフリーズドライにするには、時間がかかるみたいなんだよ」
「どのくらいかかるのかしら?」
「明後日のあさイチにはできるっていうんだけどさ」
なるほど。予定では明日エリュシオンへ向けて出発する予定だったが、それなら一日延ばせばいい。みんな同意して、加工所をでる。
「そしたらさ、明日は丸一日予定がなくなるってことだろぉ?」
「そうなるな」
「ならさ、ならさ」
パックがワクワクした顔をして言う。
「スポイル国、観光しよ~ぜ」
「いいね、どこにも行ってなかったもんね、あんた達」
「逃亡者だからね、一応、俺」
「賛成~。キュー、ドーラさん実はウィッグも持ってるみたいよ?」
「かつらか......」
以前黒髪のかつらをかぶったことがあるが、別人になれたようでちょっと楽しかった。
「やっぱり、ロミオがうらやましそうにしてる!」
ジュリエットが、やっぱりって言った。私はそんなに顔に出ているのだろうか。
「殿下はわかりやすいからな」
と、キューに心を読まれたようなことを言われる。
元ではあるが、継嗣として私は大丈夫だったのだろうか?
そんな疑問がわくが、すぐにどうでもいいと流した。
義務や己に課した約束ごとでもない、みんなで決める楽しい一日でいいじゃないかと思う。
家に帰ったら、行き先を決める会議をしよう。
そう言ったら、みんな渋い顔になった。なぜだろう?
ドーラが、家に何も残ってないから美味しいランチを買って帰ろうと提案した。
みんな、思い思いに食べたいものをいう。この感じがとてもいい。
「デンデン、ぼさっとしてると置いてくよっ」
「今、行く!」
今日はお肉が食べたいと思う、十七歳。
食べ盛りの芽月・八日の昼。




