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『ルール国のロミジュリ20XX』  作者: 夜明けの碧
第二章 スポイル国——外に与え、内で飢える国の物語

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第四十一話 理念だけが一人歩きする、世界一のまぼろし


タケナンテ氏の基調講演が終わると、拍手が収まらないうちにパネルディスカッションに移った。


壇上に四人のパネラーが並んだ。司会が一人ずつ紹介する。官僚、経済学者、実業家、そして本制度のもとで生活を立て直した市民の代表。


最初に発言を促されたのは、その市民代表だった。四十代くらいの男性。


「私自身、若い頃は本当に苦しかった。でも給付をもらいながら、少しずつ力をつけた。今があるのは、自分が諦めなかったからです。この制度は、そのための足がかりだと思っています」


生活を立て直したというのは、経済的に自立できたという意味なのかしら?

最低限の生活を保障されるから、資格の取得とか、思い切った投資などを行うことができたという話かしら?ちょっと抽象的ね。


市民の代表は話を続ける。


「働けば働くほど収入が増える。給付はあくまで最低限の保障。その上に何を積み上げるかは、自分次第です。諦めなければ、道は必ず開けると思っています!」


最低限の保障をされているからこそ、自分の努力次第で生活がよくなるという主張に終始している感じね。ロミオをチラッと横目で見る。眉間に皺を寄せているから、思うことがあるみたい。


次に発言したのは、財務を管轄している部署の担当事務官の女性だった。


「かつての社会保障は、複雑すぎました。窓口でサポートを受けながら難解な申請書類を入力して、審査を待つ。本当に困っている人にとって、生活給付に時間がかかりすぎた。そういう制度でした」


フロアからそうだ!そうだと、肯定する声が聞こえる。


「今の基本生活給付制度は違います。全員に一律で届く。申請不要、審査なし、受け取り漏れゼロ。シンプルさが、公平さです。誰も取りこぼさない制度というのは、これまでの歴史で一度も実現したことがなかった。誰もが同じ権利として受け取る。これは福祉ではなく、市民権だと私たちは考えています。『あなたはここにいていい』——その証です」


フロアから拍手が一斉に送られた。確かに、制度設計がシンプルだし、ムダが省かれていて公平に感じる。すると、経済学者がその主張に付け加えるように言った。


「そうです。基本生活給付があれば、嫌な仕事を我慢して続けなくていいのも利点の一つです。企業にとって従業員のメンタルヘルス対策が問題になっていますが、これがあれば辞めても最低限の生活が保障される。逆に言えば、労使交渉もできる。企業は労働条件をよくしないと人が集まらず、離職率も高まるので、働く側に力が戻ってくるというわけです!」


若手実業家もその主張の後押しをした。


「従来の福祉は、収入が増えると給付が減る仕組みでした。働けば働くほど損をする。基本生活給付はそれとは逆です。無条件に給付されるから、自分のやりたい仕事に就けるし、働く意欲を削がない。そしてこれは——AIや自動化が進む時代への備えでもある。仕事が変わっても、失敗しても、生きていける社会なら、人は新しいことに挑戦できる。世界が今スポイルの制度に注目しているのは、そのためです!!」


フロアから、割れんばかりの拍手と歓声が上がった。

登壇者の話をここまで聞いている限り、欠点のない、とても良い制度のように聞こえる。

でも、私たちはドーラの炊き出しに並ぶ人がいることを知っている。

世界に誇る制度というなら、困窮者がいるのはおかしいのではないだろうか?


しかも制度への肯定派ばかり発言していて、逆側の意見が一つも出てこない。

そう思っていた時、フロアから質問が上がった。


手を挙げて、最初に質問に立ったのは七十代くらいの高齢男性だった。


「給付額が毎年下がっています。来年はどうなりますか?正直、生活がきつくて」


司会者が財務の担当事務官へ話を振る。


「ご指摘はよく理解しております。現在、鋭意調整中でありまして——」

「調整中というのは、給付額をあげる検討をしてもらっているということでしょうか?」

「現状では申し上げられませんが、方向としては改善を目指しております」


男性は一度だけ頷いて、座った。

次に質問に立ったのは、三十代くらいの女性だった。


「炊き出しに並ぶ人が増えています。どうしてですか?」


司会者が経済学者に話を振る。


「個人の状況はさまざまなので、一概には申し上げられません」

「さまざまとは?」

「生活設計の問題もあるでしょうし、さまざまな要因が——」


そこで、若手実業家が話に割って入った。


「最低限が用意されているのに準備してこなかった、つまり経済的な自立を選ばなかったのは自己責任ですよ」

「でも、病気の人や高齢で働けなくなると」

「何を仰ってるんですか。備えなかったのはその人たち自身の選択でしょう?」


女性がグッと口元を引き結び、静かに座った。納得がいっていない顔だった。

ロミオが、


「矛盾してるな」


と呟いた。


「先ほど、基調講演で、タケナンテ氏は『働けない時期がある。病気になることがある。子どもを育てる時間が必要なこともある。そういった時期に、人は社会から切り離されてはならない。基本生活給付は、そのための制度だ』と言っていた。しかし、備えなかった人が悪い自己責任論だと、前提が成り立たない」

「確かにそうね」


私はサブスクリーンに映る式次第を、じっと見た。現実として、食べていけない人がいる。それは世界に誇れる制度、究極のセーフティーネットと言って良いのだろうか?



+++



司会者が他に質問はないかと、フロアからの発言を募っていたので、私は手を挙げた。指名されたので立ち上がり、質問をする。


「基本生活給付の支給額は、世界連盟への拠出割合に関与する記録が資料館にありました。先ほどフロアから質問があったように、給付額が年々下がっています。算定する式をみると、連盟への拠出金格下げが為されれば、状況は変わるはずです。格下げ申請は毎年出されているにも関わらず一向に審査が終わらない理由と、それに対して国が行っている対策について教えてください」


会場が、水を打ったように静まり返った。

司会者が財務の担当事務官に話を振ろうとした時、タケナンテが壇上から私を見た。私はしっかりと彼を見据えながら、質問への回答を待った。


担当事務官が答える。


「連盟との調整には複雑な手続きがありますので、時間が必要かと思われます」

「時間ですか?申請を出して審査中のまま数年、というのは異例ではないでしょうか」

「貴重なご意見として、上に伝えたいと思います。今後の課題として、引き続き世界連盟へ働きかけていきたいと存じます」

「審査が通らない具体的な理由は?」

「……現状では申し上げられません」

「世界連盟へはどのように働きかけているのか?」

「……現状では申し上げられません」


空調の微かな駆動音だけが、やけに大きく響いている。

司会が「時間の関係がございますので、ご質問は以上とさせていただきます」と言って、閉会の挨拶を始めた。


私は席に座り、タケナンテ氏をもう一度見つめた。

彼はもう私を見ていなかった。


「ジュリエット、行こう」

「ええ」


二人で、会場を後にした。



_____




討論会が終わって、会場の外に出た。すでにお昼近くなっていた。


「討論会、どうだった?」


歩きながら、ジュリエットが言った。


「利点だけ言って制度の欠点を隠す、耳障りの良いことだけ言って弱者を切り捨てる。そんな印象だった」

「理念はいいと思うんだけど、自己責任論ではセーフティーネットとは言えないと思ったわ」

「同感だ」




感想を言いながら、急ぎ足でドーラの家に帰った。

キューたちはもう戻っていた。受診の結果を聞きたいし、討論会の報告もしたい。

なぜか三人はお昼ご飯を食べず、私たち二人だけに用意されたので、食べ終わってからみんなで話をすることにした。


食後に、居間に五人で集まった。まず心配していたキューの受診結果から聞くことにした。パックが録音していた音声を流してくれたので、自分たちの受診に同行しているかのように、状況が掴めた。


「俺って、気がきくだろぉ〜」

「先生の話を覚えられないから録音したのに、よくいうな」

「ほんとだよっ」


討論会の雰囲気を引きずっていた私とジュリエットは、変わらないこのやり取りに気持ちがようやく緩んだ。ジュリエットも安心している様子だ。


「その、水で治すっていう話なんだが」

「先生も覚えていないって言ってたから、探しようがないだろ?」


私は考え込むようにした後、思いついたように言った。


「自然医の学会での研究発表なら、記録が残っているかもしれないから、少しでも情報を集めよう」

「そうね、学会テーマを検索したら何かわかるかもしれないわ」

「エリュシオンでも、自然医を探して、処方と一緒に尋ねてみてもいいかもしれないね」


なんだか、少し希望の光が見えた気がする。

処方箋のデータをもらったので、他の国でもキューが同じ薬を処方してもらえるのはありがたい。


キューの話がひと段落したので、討論会の内容もみんなに共有する。

ドーラの表情は、終始曇っていた。


「結局、質問に答えてねーよな」

「そうなるね」

「ロミオが指摘した矛盾も問題だと思うわ」


パックとキュー、そしてジュリエットが話している間も、ドーラは無言だった。

パックが珍しく眉間に皺を寄せながら言った。


「でもさ、全員に配るっていう発想は、悪くないよな」


誰も否定しなかった。


「悪くないよ」


ドーラが重い口を開く。


「でも、届かなくてもいい人に届いて、必要な人に足りない。そもそも給付額が低すぎる」

「最低限の保障になっていないという金額だと、私も思う」

「年金も生活保護もなくなって、給付金しかもらえない人は食べていかれないんだよ」


悲痛な顔をして、ドーラが言った。


「だからドーラさんは炊き出しを続けてきたんだものね」

「お腹を空かせて弱っている人を見たくないんだよっ」


全員が頷いた。


「制度があって、給付があって、なのに足りない。なんでそうなっちゃうんだ?」

「……設計の問題、なのかもしれない」

「設計?」


パックは、訳わからないという顔をする。


「スポイルの場合は、世界連盟への拠出金が国の現状に見合っていないことや、そんな中でも国の予算が外国に流れ続けて自国民の救済に繋がっていない。そうした、政策上の制度設計に問題がなければ、あるいは」


パックがお手上げのポーズをする。

キューが、わかんねと呟いた。


私は通信機の議事録メモを開いて、記録する。


_____


〈スポイル国〉

基本生活給付(ベーシックインカム)

理念は一行の価値があるが、制度設計が重要。


理想の国造りに採用するかは—保留。


_____




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― 新着の感想 ―
提唱する側が支配したいからメディアでも何でもほぼメリットしか伝えられない。情報バイアスに気づいて自分で判断していかないと本当の事実を掴むことができない。今回も多くの学びありです。
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