第三十八話 無償の愛が溶かす、信じる心の鎧
「ごちそうさまでしたっ」
今日もドーラの作ってくれた美味しい朝ごはんをみんなでいただく。
ネヴァにいた時は、マーサが給仕をしてくれたから一人ぼっちというわけではなかったけど、こうして誰かと食卓を囲むということがなかったから、とても新鮮な気持ち。
いつものように全員で後片付けをして、居間に移動する。誰が決めたわけじゃないけど、ここで食後のお茶をいただきながら、今日の予定や気づいたことを話すことが増えていた。
「あれ〜、今日のお茶、いつもと違う」
パックが湯気の立つカップを覗き込んだ。
「星凪草茶だよ。なかなか手に入らないんだけど、珍しく見つけたから買ってみた」
ドーラがニコニコしながら言った。
淡い黄緑の色で、ほんのり甘い香りがする。
「……なんか、頭がスッキリする」
キューがボソッと言った。
「星凪草はね、薬効がすごいんだよ。気持ちを鎮めてくれるから、眠れない夜にぴったりなんだ。他にも慢性頭痛や肩こり、目の疲れなんかにも効く、万能選手なんだよっ」
パックがすごい勢いでキューの顔を見る。キューは何も言わず、もう一口星凪草茶を飲んだ。
どうしたのかしら?
パックの態度に違和感を抱いていると、ロミオが静かに話し始めた。
「みんなに、旅について相談したいことがあるんだ。今から少し良いだろうか?」
「いいけどぉ」
「ああ」
「なんだい、なんだい?旅に持って行くおやつの相談かい?」
ドーラの話に首を振りながら、「旅の話ではあるけど」と、ロミオが言った。
旅の話ね。それなら――
「議事録、いる?」
「いる」
即答だった。私は自分の通信機を開き、記録係をすることにした。
「そろそろ、行き先や出発日をしっかり決めた方がいいと思っている。一番の懸念点はキューの体調だ。私たちは基本的に徒歩移動になるから、キュー本人にも確認したい」
全員でキューを見る。どことなく表情が硬いように見えた。
パックも心なしか、ソワソワしている。
「俺は……別に、いつでも出発できるよ。体調もだいぶ良くなった」
「そうか……」
ロミオは納得行かなそうな顔をしているけど、キューの話を否定しなかった。確かに、顔色は随分良くなっているし、だいぶ以前のキューに戻っている気はしているけど、時々苦しそうにしているのをみんな知っている。でも、キューが自分から言ってくれるのを待っていた。今のロミオの考えも、きっとそうなんだろう。
みんなが次の言葉を探している時、パックが今にも泣きそうな顔をして、
「ダメだよ、キュー」
と言った。
「パック、黙ってろ」
「そんなわけにいくかよぉ」
「パック!」
キューはパックを制止しようとしたが、パックは話し続けた。
「言っただろ?ドーラに相談しようって。もちろん、デンカや姫さんにもだ」
「言いたくない!」
「どうしてだよ、みんなキューのことが心配なんだ!」
キューは険しい顔をして、口を引き結ぶ。
何も言いたくないという、意思表示だ。
「キュー、あんた。頭が痛いんじゃないのかい?」
「な、んで……」
「頭をおさえて、蹲ってるところを何度か見たんだ」
キューは俯いて何も言わないけれど、両手をグッと握りしめて何かに耐えているようだった。
「あし、で、まといになりたくないんだ……」
「キューっ」
私たちの声がそろった。足手纏いなんて、思うわけがない!
キューは俯いたまま、少し声を震わせながら話を続ける。
「みんなに迷惑、かけたく」
「迷惑なわけあるかいっ!!」
ドーラがキューに駆け寄って、両肩を力強く引き寄せ、まっすぐキューの目を見て言った。
「迷惑なわけ、ないんだよ。パックも、デンデンも、姫ちゃんも。みんなみんな、キューが大事で心配なだけで、誰もそんな風に思うわけないんだよ……」
言いながらドーラは号泣している。私も思わず涙が出てくる。
パックとロミオはずっとキューから視線をそらさずに見つめていた。
「だって、でも」
「キュー、あたしらが信じられないかい?」
「信じ……る?」
「そーさ。例えば、逆の立場で考えてごらんよ。パックがケガをしてそれを隠してて。みんなに迷惑かけるから平気なフリしてケガを悪化させたら、どう思う?」
「バッカじゃねーのって、言う」
「いや、それはそーなんだけど、そうじゃなくて」
「それから……おまえにかけられる迷惑なんてたかが知れてるから、安心して迷惑かけろって言う」
「おんなじだよ、キュー」
ドーラが慈愛に満ちた、あったかい笑顔でキューを諭すのを見ながら、私たちは首が取れそうなくらいブンブンと何度も頷いていた。
「俺、要らない子なのにさ〜、役立たずなら存在する意味がねぇーじゃんっか」
「どこのどいつがあたしの息子に、そんな酷いこと言ったんだいっ」
激怒するドーラの横で、キューが床に突っ伏して全身を震わせながら泣いている。
パックが上から覆い被さるようにキューを包み込み、
「お前が地下に来た時からずっと言ってたよな?親が要らないなら俺がもらってやるよって」
「ぷ、プロポーズ?」
「ジュリエット、しぃ〜っ」
思わず乙女脳が反応してロミオに怒られちゃった。ごめんなさい、茶化すつもりは全然ないの。
キューは何も答えない。でも、そんなの関係ないというふうにパックは続けた。
「俺はキューがいないと毎日楽しくないし、面白くもない。俺の人生、お前と一緒じゃなきゃ幸せじゃねーよ。ずっと一緒にいるって言ったろ?」
どう聞いてもプロポーズにしか聞こえない。二人はもしかして……。
とてもお似合いだと思う。二人の恋を私、全力で応援するわ!
恋愛小説愛好家の思考が暴走していることに気づいているのか、ロミオが怪訝そうな顔をしてこちらを見てくる。え?私、言葉に出てたかしら……。
「出てたよ、姫ちゃん」
ドーラの怒りMAXボルテージも意図せず下げてしまったようだ。
ものすごく大事な場面だったのに、どうしよう。
私がオタオタしていると、突っ伏して震えていたキューの体から、忍び笑いが聞こえてくる。
「姫さん、俺らそーゆーんじゃないから」
「俺はパックのことが世界で一番、大事だぞ!」
「だ〜か〜ら〜、お前のそーゆー態度が誤解を招くんだろ!」
いつの間にか、二人は大笑いしていた。キューはドーラの方に振り向き、目尻の涙をぬぐいながら言った。
「俺さ、生みの親には要らないって捨てられたよーなもんだけど、母ちゃん2号がいるからもーいーや」
「母ちゃん2号だと、ロボットのような響きが……」
ロミオが変な方向へ話を持っていきそうだったので、小突いておいた。
人のことは言えないけど。
そして、みんなでドーラへ視線を向けると、やっぱり。
「うおぉぉぉぉぉっん、キューが、キューがあたしのこと、大好きな母ちゃんだって」
「大好きは言ってなかっ」
パックが冷静にツッコむのを、ロミオが肘打ちして止めていた。
ロミオも、人のことは言えないわよ?
ドーラが大号泣して、前掛けで涙をぬぐっているのを、キューが優しい顔で見ている。キューに私たちの気持ちが伝わったようで、なんだかうれしくなった。
+++
ドーラがお茶を入れ直してくれて、ひとまず喉を潤す。
この星凪草のお茶、キューが頭痛に悩まされていると勘づいて、探してきたらしい。改めてお礼を言うと、
「母親ってのは、こどものことをよく見ているものさ」
と言うので、思わずこの前まで実の母親だと信じていた女性の顔を思い浮かべる。
言ってみれば、育ての母親ということになるのだろうが、普段からあまり交流がなく、総領主からの無関心に傷ついていても、彼女から母親らしい気遣いをしてもらったという記憶がない。
ジュリエットとパックは幼い頃に母を亡くしている。私たちは全員、母親との縁が薄いようだ。だからドーラの、まるで母親のような無償の愛に心が癒されるのだろう。この出会いに、心から感謝したい。
ゆっくりとお茶を飲みながらふと、視線を感じ顔を向けると、ジュリエットがじーっと私を見ていた。なんだろう、そんなに見つめられると照れてしまう。
「どうかした?ジュリエット」
気恥ずかしくなりながら、声をかけた。
「ロミオ……」
「なに?」
「言いにくいんだけど……」
なんだろう?よくない話なのだろうか?
少し緊張しながら続きを待つと、
「本題の『次の行き先』と『出発日』の話が全く進んでいないわ」
と言った。
確かに。キューの体調や心のうちに溜めていたものを話し合えたのはよかったが、肝心の旅の内容が一つも決まっていなかった。
以前の私なら、予定通りに話し合いが進まないと、焦りに似た気持ちが浮かんできて、ちゃんと決めなければ、正しくまとめなければと焦っていただろう。
でも不思議なことに、何も決まっていないのに何も怖くないというか、どうにでもなると思える自分がいる。
父と思っていた人に拒絶されて地下へ降りた時にも感じた、「思い込んでいたものを手放す」という感覚。一人で背負う必要がない、仲間がいてみんなで決めていくことも、私の心を軽くしているのだろう。
「ロミオ?」
ジュリエットが私の顔を覗き込んでくる。可愛いな。
なぜかジュリエットが頬を染めてはにかんだので、ほっぺをナデナデしておく。
「せっかくのお茶だから、ドーラ殿におやつがないか聞いてみようか?」
「それいい!」
少し休憩したって、いい。
次々物事を処理しなくたって、いい。
ドーラとジュリエットが台所から持ってきてくれた天茶葛寄せをいただく。りんごと天茶葛を合わせた、とろっとして滑らかな口当たりに思わず頬が緩む。
おやつを食べて一息ついたら、本題に戻ろう。
焦らないけど、計画を順守する。
元義務の国の継嗣。
今は義務じゃなくやりたくてやる、芽月・六日




