第三十七話 美味い飯で始まり、救う決意で終わる留守番の午後
朝食が終わり、みんなで後片付けをして終わりかけた頃、ドーラが急に手を止めて言った。
「みんな、大事な話がある。ここが終わったら居間に行って」
全員、ただならぬ空気を感じ取り、居間へ移動しソファに座った。椅子が足りないので台所からロミオが運び、ドーラが全員分のお茶を配り始めると、パックが居ても立ってもいられない様子で立ち上がって叫んだ。
「まさか、キューの居場所がバレたのか!?」
みんなの視線がドーラに集まる。いつになく神妙な面持ちのドーラに、全員の緊張感が高まった。私も心臓がドキドキして、痛いくらい。せっかくキューを助け出せたのに、こんなに早く見つかってしまったのかしら。
一人一人の顔を見まわしながら、ドーラが重々しく口を開いた。
「これから――」
間があく。何?何かが起きたというの?
「旅の間、みんなに美味い飯を食わせるための、緊急会議を始める」
沈黙。
「う、まい……飯?」
ロミオが呆然と聞き返す。
「そう、美味い飯だよ!」
「マジかよぉーーーーーーっ」
「めちゃくちゃ身構えて損した……」
「緊急会議......」
パックがドサっとその場に座り込む。ロミオとキューは苦笑いをしながら、お茶に口をつけた。私は緊急ってなんだっけ?と少し考えて、真面目な顔でこんなことを言うドーラに笑ってしまった。
「命に関わる大事な話に違いないだろ? 食わなきゃ力が出ないし、最悪死んじゃうんだからさ」
ドーラの理屈は間違っていないけれど、心臓に悪い切り出し方だわ。でも、キューのことじゃなくて本当によかった。みんな拍子抜けをしたものの、ホッとしている様子だ。
「これから何日歩くかわからないけど大所帯になったし、キューの体調もまだまだ本調子じゃないだろ?どんな日程を組むにしても、飯が美味いにこしたことはないよっ」
「確かに!!」
「うむ、一理ある」
キューは「俺そんなにヤワじゃないんだけど!」とブツブツ言っているが、ドーラが睨みを効かせると黙った。
「ドーラさんのご飯は美味しいし、この国に来るまでのことを思えば、重要な話だと思います!」
国境を出てから食べた、木の実や野いちごなどはありがたかったが、ずっと空腹だったことを思い出した。
「殿下と姫さん、ここまでのパックの料理って、やっぱ野草だった?」
「なに言うんだよ、キュー。りんごもあったぞ!」
「どうしてドヤれるんだよ.....」
パックは褒めて褒めて!という顔をしているが、呆れた顔をしたキューは、
「美味い飯会議、さんせ〜」
と言った。
「そうだろ、そうだろ!」
「ドーラ殿。この人数の食事を賄うのは大変だと思う。水も必要だろう。もちろん食事が美味しいのはうれしいことだが、食べれるだけでありがたいんだ」
ロミオが現実的な指摘をするが、ドーラは自信たっぷりに口角を釣り上げた。
「実は『フリーズドライ』をうまく使おうと思ってねっ」
「フリーズドライ?」
パックとキューが同時に首をひねる。ロミオは記憶の引き出しの中を全力で探してるみたい。 フリーズドライは確か......以前習ったことがある気がするけど、詳しくはわからない。
みんなの困惑顔が面白いのか、ドーラがニヤニヤしながら説明を加える。
「乾燥させて、日持ちさせる技術を使っておかずやスープを加工するんだよ。味も栄養もそのままで、軽くて、お湯をかければすぐ元に戻る。あたしらの旅にぴったりだろ?」
「なるほど、それか!」
ロミオは脳内の情報と説明が噛み合ったようで、すっきりした顔をしている。 おかずやスープを持ち運べるって、イマイチどういう仕組みかわからないわ。
「加工所がこの国にあるんだよ。国民は機械を安く使えるんだ」
「そんな便利なものがあるのかぁ〜」
「加工所を使うには申請が必要だから、今日はどんなものが食べたいかを決めたらいいと思ってね。買い物や準備ができるだろ?」
そこからはドーラ劇場だった。パックが食べたいものは「旅に不向き」「加工に向かない」と次々撃沈して、結局ドーラが献立を決めてしまった。
「どこが会議だよぉ......」
「諦めろ、食事を作れる人間が生殺与奪の権利を持つものだ」
「殿下、意味わかんねぇよ......」
そうと決まれば買い物だ!と、ドーラとロミオ、私が買い出しに行き、加工所の使用申請も済ませることにした。パックも行きたそうにしていたけれど、キューを一人にできないと留守番を決めた。今日は国際経済フォーラムの開催日だし、様子も見てきたいから、キューを連れ出すわけにはいかない。
「よし、決まりだ。あたしとデンデン、姫ちゃんで行って、あんたらは留守番と昼寝の担当な」
「昼寝かぁ、つまんないよなぁ」
「掃除でもいいんだよ?」
「寝る子は育つって言うよな、キュー」
パックが掃除を回避したところで、私たちは出かける準備をした。
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街に出ると、市場は相変わらず活気があった。ただ、露店の並びの所々にある電光掲示板は、頻繁に不審者情報を流しているようだった。
そっとロミオの服の裾を引っ張る。緊張しながら近づいてみると、やはりキューの逃亡とそれに加担した者を探す内容だった。
「ドーラ殿、これはなんだろうか?」
ロミオが白々しく言った。
「あぁ、それね。数日前、宿泊施設で警備員が二人、気絶させられる事件があったらしいよ。物盗りだって噂もあれば、何かの逃亡だって噂もあるけど、はっきりしたことは誰も知らないみたいだね」
さりげない口調だったが、ドーラの目がちらりとこちらを見た。
私は素知らぬ顔を頑張って作る。
「そうか。物騒だな」
ロミオは顔色ひとつ変えずに答えた。二人とも、たいした演技力だ。 案外、街の反応は薄い。誰も彼も表示をちらりと見ては、すぐに視線を落として通り過ぎていく。私たちもそっとその場を離れた。
「特に気にしてないみたいですね」
「みんな自分の生活で手一杯なんだろ。毎日新しいニュースが流れる。でもそれに構ってる余裕なんてないのさ」
ドーラの言葉に、ロミオが何かを考え込むような顔をした。
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まっすぐフリーズドライ加工所へ向かう。加工日の申請はオンラインでもできるが、先に見学したいと私とジュリエットがお願いしたからだ。市場から少し離れた工業区へ向かう。大きな機械が並ぶ建物の中を、案内係が説明してくれる。
「一度冷凍したものを、真空状態で一気に乾燥させるんです。水分が抜けるので、味も栄養もそのままですよ」
「すばらしい技術だな」
感心する。ジュリエットもワクワクしているのがわかった。
ドーラもニコニコしている。
作業工程を説明する短い動画を見た後、出来上がったサンプルを味見させてもらう。 あの状態からお湯をかけただけで干し肉スープや雑炊になるなんて、すごいな。 ドーラは加工所の担当者に、食材や調理法の向き不向きを確認するため、質問攻めにしている。私とジュリエットは恥ずかしながら自分で調理をしたことがないので、何を質問していいかさえ、わからない。ドーラがいてくれて、本当に助かる。
ドーラを待つ間、ジュリエットが工場の機械が動いている様子を大きな窓ガラス越しに見ながら、
「実際に見て、味わってみてわかることってあるのね」
と呟いた。 知識としてフリーズドライ加工を知っていても、こうやって実地で学ぶことが大切なんだと真剣な表情でいうジュリエット。私も同じことを思った。
継嗣学の講師から教えられたり動画で勉強していても、味や食材の温度、食感はわからない。体験するからこそわかることがあると学べたのは、これからの私たちにとって、とても大切な教訓になったと思うし、このような気づきを二人で共有できることがうれしい。
ドーラが加工所の利用申請を済ませ、お土産に市販されたフリーズドライを買って市場に戻る。
「『霜晴大根の煮物』と『雪ノ花豆の炊いたん』もフリーズドライにできるとはねぇ」
「私は『アイスクリーム』や『シャーベット』がフリーズドライにできるのが驚きでした!」
「うむ。見た目は乾燥しているのに、口に入れるとふわっと溶けてアイスの風味が広がるのが新鮮だった」
「パックとキューのお土産、これにして正解だね!」
早く二人の驚く顔が見たい。ドーラがお土産を大事そうに手提げにしまう。 市場で買い物をするために目当ての店に向かって歩いていると、その帰り道、街の広場を通りかかると、大きな音とともに、色鮮やかな広告が掲示板に表示されていた。
「なんだろう」
みんなで少し足を止めて、掲示板を見つめる。
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〈国際経済フォーラム――輝かしき未来のために〉
芽月・七日 瑞祥コンベンション・ホールにて開催
「基本生活給付、理想国家の在り方」登壇者:ヘイゼル・タケナンテ ほか
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「ベーシックインカム、BIについての討論会か。市民に開かれた形式のようだな」
「行ってみたいの?」
「ああ。登壇者はこの理論の提唱者だろう?資料館で調べた数字の裏側に、どんな理想国家があるのか知りたい」
「そりゃ、行くっきゃないね」
ドーラが茶化すように言いながらも、少し表情を曇らせた。
「行くのはいいけどさ、あそこに集まるのは、大体羽振りのいい連中だよ。あんたらが聞きたいような話が、素直に出てくるとは思えないけどね」
「それでも、聞く価値はあると思う」
この国の現場を見聞きするにつれ膨らむ疑問。政治や政策のあり方をどのように捉え、未来を語るのか。とても興味が惹かれた。
帰り道、荷物を抱えながら、街を眺める。放送塔や掲示板から流れるニュースや広告の洪水に、街の人々はほとんど目もくれずに通り過ぎていく。誰も足を止めない。誰も声を上げない。
資料館で見た数字の羅列が、頭の中でちらつく。給付額の推移、格下げ申請の塩漬け。あの時は、ただの情報だった。でも今、目の前を歩く人たちの、疲れた背中を見ていると、あの数字がどれだけの重さを持っているのか、ようやく実感として迫ってくる気がした。
討論会は、明後日。
私のこの目で、確かめてくる。
【パックside】
デンカたちが出かけてから、家の中は静かだった。
「暇だな」
「暇だわ」
キューがぽつりと同じことを言ったので、思わず笑ってしまった。
「なんだよ」
「いや、俺ら息ぴったりだなって」
「気持ち悪いこと言うなよ」
たわいのない軽口を交わしながら、二人でぼんやり縁側に腰掛ける。本格的な春にはまだ早いけれど、この温暖な土地に降り注ぐ春光は、もう十分に温かい。 ずっと地下で生きてきたから、こんな風にただぼんやりと優しい陽の光に包まれる時間が少し不思議だ。肌を撫でる柔らかな輝きがあまりに心地よくて、心がじんわり温かくなる。
台所には、ドーラが出がけに用意しておいてくれた軽食が置いてあった。ふかふかの蒸しパンは優しい味がした。お馴染みの薬草茶とお茶タイムにする。
「……なにげにすごいよな、あの人」
キューが茶器を覗き込みながら、ぽつりと言った。
「だろ?なかなかできることじゃねーよ」
「飯、美味いしな」
「だな」
打てば響くような会話ができるのがうれしい。救出作戦の時のような、顔色の悪さはずいぶん薄れていた。
「俺らってさ、あんまり母ちゃんに恵まれてないじゃん?」
「母ちゃんに恵まれるって、何だよ」
フハッと、キューが笑った。
「ドーラはさ、俺らの母ちゃん2号でいいよなぁ」
「なんか、愛人みたいだな」
「そんなふしだらなこと言うんじゃねーよ」
「どこがふしだらだよっ」
よくわからない理屈だったけれど、キューが薬草茶を大人しく口にしているのを見てると、なんだかうれしくなる。ドーラに心を許している感じがして。
俺ら、もう仲間だもんな!
そんな風に能天気にほのぼのしていたら、キューが天気の話でもするかのようなトーンで話し始めた。
「なぁ、パック」
「ん?」
「俺さぁ、刻印と相性悪いって前に話したじゃん」
「言ってたな。首の後ろの唸りが強くて、人より頭痛とか耳鳴りが頻繁に起こってつらかったって。でも、刻印焼いてよくなったって......まさかキューっ!」
「再刻印、入れられたんだよ俺」
頭の中が真っ白になる。再刻印、なんで気がつかなかった。 キューがそばに帰ってきてくれたことに浮かれてて、体調が悪いのも一時的なものだって......。
「見せてみろっ」
そう言って、キューの襟足の髪を掻き分け、刻印を確認する。
――絶句した。
本来なら、皮膚に沿って淡く走るだけの刻印の線が、そこでは焼け跡の上から無理やり押しつけられたように、赤黒く爛れていた。輪郭は滲んでふやけ、皮膚が引きつれている。かさぶたと薄皮が幾重にも重なって、まだ完全には塞がっていないようにも見えた。
「……なんだよ、これ」
声が震える。自分でも、こんな声が出るとは思わなかった。
「なんなんだよぉぉ、これっ」
怒りで目の前が真っ赤に染まる。
「そんなにひどいか?」
キューが薄ら笑いを浮かべながら言う。
「笑いごとじゃねぇーよっ」
「俺は見えねーからな」
言われてみれば、そうだった。刻印は他人には見えるが、自分では確かめようがない。キューは今の今まで、自分の首の後ろがどうなっているか、知らずに過ごしてきたということだ。
「どんな感じになってるんだ?」
「……」
答えられなかった。どう言えば、傷つけずに済むのか、わからない。
「パック」
「……なんだよ」
「黙んなよ。よけい怖いだろ」
「悪い」
「正直に言えよ」
「……赤黒くて、爛れてる。かさぶたが、何重にもなってる感じ」
キューは何も言わず、ただ小さく息を吐いた。覚悟はしていたようだった。
「痛むか」
「刻印の傷自体は、そんなでもない」
「傷......以外は?」
「たまに頭が割れそうな頭痛がするかな。あと、耳鳴りがひどい。それくらいだ」
それくらいと言うには、あまりに重すぎる後遺症だった。言葉にならない怒りと申し訳なさが、胸の奥でぐるぐる渦巻く。
許せない。怒りで我を忘れそうだ。
何の権利があって、キューにこんな酷いことを!
「パック」
「……なんだよ」
「泣くなよ」
「怒ってんだよっ」
「わりぃ」
「お前にじゃねーよっ」
キューが、ほんの少しだけ笑った。
無理をしているのが丸わかりの、下手な笑い方だった。
「お前が泣きながら怒ってると、調子狂う」
「だから泣いてねぇし」
「出てるのは、鼻水か」
「うっせぇ」
刻印を外す装置は、ロレンスに返してしまった。
そもそも、再刻印って、外せるのか? 体に影響が出るんじゃ。
答えの出ない問いを考え続ける。とりあえず、今できることをしないと。
「……ドーラに相談しよう」
「なんで?」
「薬草に詳しいだろ、あの人。頭痛や耳鳴りに効く薬とかお茶があるかもしんねぇ。皮膚に塗る軟膏も買った方がいいしな」
キューは少し黙って、それから小さく頷いた。
「……考えとく」
「絶対だ」
これだけは譲れない。
そんな俺を見て、キューが困ったように笑った。




