第三十四話 失いかけたものを取り戻す、決意の作戦会議
朝から、パックが静かだった。
「パック、お代わりは?」
ドーラが鍋を差し出しても、いつもなら真っ先に椀を突き出すはずなのに、今日は「ん、いい」とだけ答えて箸をつつく手が止まっている。
「体調でも悪いのだろうか」
ロミオが小声で聞いてくる。
「昨日の夜から、ずっとこんな感じなの」
資料館から帰った昨日の夕方もそうだった。窓の外をぼんやり見ては、何か考え込んでいる。
いつものパックなら、こんな空気は自分から壊しにくるはずなのに。
「……パック」
ロミオが名前を呼ぶと、パックはハッとしたように顔を上げた。
「あ、ごめん、何?」
「何か、悩んでいるのか」
「べつに、そーじゃねぇーけど」
「べつに、にしては顔に出すぎだよ」
ドーラが鍋を置きながらぴしゃりと言った。
「あんた、昨日からずっとそんな顔してるじゃないか」
「そんな顔って、どんな顔だよ」
「一人で何かを抱え込むような、そんな顔だよ」
図星を突かれたのか、パックが箸を置いた。
沈黙が落ちる。
「……見たんだ」
長い沈黙のあとで、パックがぽつりと言った。
「見たって、何を」
「初めてこの国に来た時に放送塔のとこで」
パックが両手を握りしめる。
「式典の予告映像に、ほんの数秒だけどキューが映ってた」
一瞬、誰も声を出せなかった。ドーラだけは訳が分からないという顔をしているが、話の腰を折る気はないらしい。
「キューが……?」
「間違いない。俺がキューを見間違えるはずがないんだ」
パックの声が震えていた。
「なんで今まで黙っていたの?」
責めるつもりじゃなかったのに、口をついて出た声は少し尖っていた。
「確証がなかった。だから、昨日デンカが役所で手続きしている間に、放送塔の横にある国民向けの無料情報アクセス所で式典についての公開情報を調べてたんだ」
パックが顔を歪める。
「偉そうなおっさんがズラッと並んでる横で、何人かうつむき加減で映っている奴らがいた。そこにキューがいた。明日の式典に合わせてネヴァからここにやってくるらしい」
「さっきも言ってた、式典って?」
そこで、黙って聞いていたドーラが口を開いた。
「放送塔で流している式典なら、どこどこの国にいくら援助しましたっていう、何かだろ」
「世界連盟が絡んでいる多国間援助か」
ロミオが眉間にしわを寄せながら言った。昨日の資料館で調べたような、拠出金に関する式典のことみたいだった。
「ドーラ、ここの置き型通信機を使わせてもらえないだろうか?」
「いーよ、いーよ。好きなだけ使いな!」
全員で通信機のモニター前に集まり、政府広報ホームページから式典情報を検索してみる。
「パックが見た予告の日付は、明日だったか?」
「そう、芽月・一日」
「そういえば、私たちの国とスポイルは年号が違っているわよね?」
「今年は、瑞穂暦五百八十九年だよ」
「歴史を感じるな」
「歴史ばっかり長くても、ね」
ドーラが乾いた笑いをこぼす。
ロミオが日付で式典を検索すると、一件ヒットした。
「国際人道支援ならびに未来開拓フォーラム、これか」
「ゲストのところに、ネヴァ・ムスト両国合同とあるわ!」
「これだよ!間違いないっ」
予告動画が貼ってあったので、そちらをクリックする。
穏やかな音楽にのせて、式典の詳細が語られていく。映像の最後の方にスライドショーがあって、その一枚に私たちは釘付けになる。
「キューっ」
「無事だったか……良かった」
「……」
パックが一言も発せず、画面を凝視している。
画面の中のキューは、暗い目をして、どこかぼんやりとした表情をしていた。
私たちが知っているキューの姿ではないことに、全員がショックを受けていた。
「この子、友達なのかい?」
「大親友だ!!」
ドーラの問いかけに答えるパックの目尻は真っ赤になっていた。
私たちがキューのことのいきさつを伝えている間中、パックは画面のキューを見つめていた。
黙って話を聞いていたドーラが、腕を組んだまま口を開いた。
「その子、更生員って名目で連れて来られるんだろ?」
「更生員って?」
「よその国で悪さして、心入れ替えて『更生』しましたって連中を式典に出して、感謝を述べさせるんだよ。それで、あたしらの国が金出して面倒見てるって話を大々的に宣伝するんだ!例の、誇り高き~ってやつだよ」
「キューは悪さなんてしてねぇっっ」
ロミオが落ち着かせるように、パックの肩を抱き寄せた。
「悪いことなんか、なにもしてねぇよぉぉ」
そう言って、パックはロミオの肩に顔をうずめてしまった。肩先が震えている。
キューは私たちを逃がすためにあの場所に留まった。私が神殿の地下に監禁されていなければ、パックたちがいる地下に逃げ込んで検閲を引き入れなければ、二人は今も一緒に笑いあっていたはずだ。
涙が勝手に出てくる。ダメよ!ジュリエット。私が泣くのは違うわ。
悔しさと涙をぐっと堪える。ロミオも歯を食いしばり、つらさに耐えている表情をしながら、パックの肩を抱く手に力を入れた。
ふと横を見ると、ドーラが号泣していた。
私の涙は思わずひっこんでしまった。
「パックぅぅぅぅぅ、ごめんよぉぉぉぉ。大事な友達を悪さしただなんて言っちまって!母ちゃん、失格だぁぁぁぁぁ」
「いや、母ちゃんじゃねぇーし……」
おーん、おーんと泣くドーラのおかげで、気持ちがうまく切り替えられた気がする。私はドーラの涙をハンカチで拭きながらギュッと抱き着いた。
本当にあったかい人だ、ドーラは。
ロミオが決意を宿した目でみんなに宣言する。
「キューを助ける」
「ロミオ、簡単なことではないわ」
「それでも、絶対に助ける」
パックが泣きはらした顔をあげて、ニカッと笑った。
「力を貸してくれ!デンカ、姫さん。一緒にキューを助けてほしい」
「もちろ……」
「あたしも助けるよっっ」
ドーラがものすごく大きな声で言った。
「絶対、助け出してやろーよ」
みんな笑顔で頷いた。
+++
ドーラが炊き出しに行っている間に、作戦会議をすることにした。
正直、妙案があるわけではない。さて、どうするか。
「キューは明日の式典に出るために、今日か明日の朝にはスポイル入りするはずよね?」
「今日、助けに行こう!」
「パック、落ち着け!最も確実な方法を検討してからだ」
キューがいつ式典に出るのか、それが最も重要な情報だった。式次第は掲載されていなかった。式典の詳しい進行時間などは、ドーラの知り合いが会場で働いてるというので、確認をお願いした。
「式典はそんなに長時間ではない。その後の懇親会にもキューが出席させられるのかがわからない」
「そうね、何となく懇親会には出ない気がするけど」
「事前情報が限られているから、臨機応変に動けるように、何通りか救出パターンを」
「やっぱ、今日助けにいこーぜ。絶対、油断してるよ」
パックは居ても立っても居られない感じだ。気持ちはわかるが、私たちのできることは非常に限られている。実際に戦えるのは、パックと私だけだ。
「式典は一時間半よね。その後に懇親会があるから、もし出席しないなら主催者や警備の意識が懇親会にいっている分、救出しやすいんじゃないかしら」
「そんな悠長なこと言ってる場合か!? 式典終わったらすぐ、あいつどこかに連れてかれるかもしれねぇんだぞ!?」
「式典後にすぐホテル等へ移動するか、会場に残る場合も警備は立つだろうから、救出は武力行使になり騒ぎになる可能性があるな」
「やっぱ今晩……」
「どこに宿泊しているか、わかっていない。しらみつぶしに探す気か?」
パックは黙ってしまった。はやる気持ちもわかるが、リスクを伴う以上、慎重にならざるを得ない。結局、ドーラが何かしらの情報を仕入れてくるのを待つしかなかった。
____
ドーラが帰宅し、作戦会議を再開した。
「式典前の業者の出入りは朝七時から九時まで。それ以外の時間は通さないみたいだよ」
「式典自体は、何時から始まるんだっけ?」
「式典は十時半から十二時だ。そのあと、懇親会が十四時までになっている」
「私たちが侵入するとしたら、業者の出入り時刻だけね。出席者の控室とかわかるかしら?」
「そこは聞いてるよ!なんでも控室が二つあって、大会議室と小会議室って言ってたなぁ」
「小会議室だろっ」
「まず、間違いないだろう」
両国の合同使節団は、出国の際に国境で刻印をオフにされている。接近禁止のアラームこそ切れているだろうが、基本的に犬猿の仲である。狭い会議室では適切な距離が取れないはずだ。ただ、問題は……
「小会議室で待機しているのは、キューのほかにも何人かいるのよね?」
ジュリエットが核心を突いた質問をしてきた。やはり彼女は聡明だ。
「正直、全員を連れて逃げる余力がこちらにはない」
みな、黙り込んでしまった。居合わせた他の者たちに縋られるか、通報される危険がある。
「参加者の宿泊先って、何か聞いてねぇ?」
「ごめんよ、パック。あたしが聞いた知り合いは、会場の瑞祥コンベンション・ホールのスタッフなんだ。宿泊先までは」
「そっかぁ」
ものすごくわかりやすく落ち込むパック。作戦は暗礁に乗り上げたかに見えた。
その時、ドーラが突然大声を上げた。
「そうだっ、そうだよっ」
「ドーラさん、どうしたの?」
「おばちゃん、腹減ったのか?」
ドーラは無言でパックにげんこつを落として、続けた。
「今日炊き出しに来てたじいさん達が何人か、今夜警備の仕事があるって言ってたんだよ」
「仕事先は聞いたか?」
「ちょっと待ってよ、たしか……」
パックが縋るようにドーラを見る。ジュリエットも両手をぎゅっと握りしめて情報を待っている。
「夜勤になるから、休憩時間に温かいもんが食べたいなって……それで」
「それで?」
「ああぁぁっ、思い出した!」
ドーラがパンっと両手を打つ。
「『瑞穂賓館・千歳』だよっ」
向かいに夜通しやってる屋台があって……とドーラは説明を続けていたが、私たちは置き型通信機に一目散に走り、パックが公式ホームページを検索した。
「瑞穂……の次、これなんて読むんだよぉ」
「ひんかんよ、パック」
「千歳って入れたら、Mizuho Grand Hotel "CHITOSE"って出てきたぞ?どっちだよぉ~」
「どっちも同じだ!このページで合ってる。アクセスやフロアマップを調べよう」
パックがフロアマップを開くと、最上階には『貴賓室・瑞雲』など国の重要人物が泊まると推察されるVIPフロアがあり、二階〜五階が宿泊エリアになっていた。
「キューたちはどこかに居るはずね」
「あぁ、ドア前にも警備が立っているだろうから、宿泊客のふりをして探るのもありだな」
「予告の写真にキューと一緒に映っていたのは、女の子ばっかりだったよ」
「たしか、全部で三人だったな」
キューが誰かと相部屋の確率は低くなった。
いざとなれば警備を倒してからホテルスタッフに扮して、ドアをノックして確かめるしかない。少々作戦が粗いが、いたしかたない。
____
おおよその作戦が決まったところで、私たちはドーラに別れを告げることにした。
「ドーラ殿、私たちは今夜、キュー奪還のために動く。本当にお世話になった」
「なんだい、あらたまって」
「救出したら、その足でこの国を出ようと思う。これ以上ドーラ殿に迷惑をかけられない」
しばらく、誰も口を開かなかった。
ドーラは目を伏せて、コップの縁をなぞっている。何かを考えているようだった。
「あたしはね」
ようやく口を開いたドーラの声は、とても穏やかだった。
「ここ数日、すごく楽しかったんだ」
「ドーラさん……」
「息子と娘がいっぺんにできたみたいでさぁ」
ドーラの目に、見る見るうちに涙がたまっていく。
「守るもんなんて、とっくにないんだよ」
「ドーラ殿……」
「息子は死んだ。夫も死んだ。この家に残ってるのは、あたし一人だけ」
ドーラが指の関節が節くれ立った自分の両手を、じっと見つめる。
「もう失うもんなんてないんだ。だから――」
「だから?」
「あたしも行くよ!一緒に連れて行っておくれ」
「一緒に行くって、この国を出るんですよ?そんな簡単に」
「簡単だよっ」
ドーラはあっさりと言い切った。
「この国でやりたいことはやりきった。あたしはあんた達と一緒にいたんだよ。それが今一番あたしがやりたいことさ」
「おばちゃん、鶏どーすんだよ」
ドーラがパックにげんこつを落とそうとしたがササっとよけてしまったので、クッションを顔めがけて投げつけた。ギャフっという声がした。
当たったな。コントロールいいな……。
「今夜、いきなり出発しなくても数日は時間が稼げるだろう。こんな民家にいきなり捜索の手は伸びないよ。準備してから出発しようじゃないか」
確かに、今夜いきなり国を出るのは国境の通行も閉まっているし、準備不足感が否めない。使節団がキューの不在に気づいたら、スポイル国に正式に依頼し、国境を閉じて捜索されるだろう。数日潜伏して、捜査の目をくらませるほうが良い気がした。
「いいの……だろうか」
「いいも何も、あたしが一緒にいきたいんだよ」
ドーラがニヤリと笑う。
パックが立ち上がって、拳を握りしめた。
「キューを助ける!」
「そうと決まれば腹ごしらえだ!」
「おうっ」
ドーラとパックが台所に消えていった。ジュリエットが笑っている。
私たちは、必ずキューを奪還する。




