第二十五話 国を出る決意が、もう一つの恋を動かす
物語が急展開します〜
【ロミオside】
同年代の友人という存在が私にはいなかった。ベンには絶対の信頼を置いているし、打ち解けた話も真剣な議論も交わすことができる得難い存在だが、パックやキューのような、くだけた対応を許し許される間柄というのは、初めてだ。
自分の出生の秘密を知り、三ヶ月間の謹慎処分を受け、精神的にかなり参っていたはずなのに、いつの間にか笑えている自分がいた。思えば、私の毎日は勉強と公務と鍛錬ばかりで、こんな風に目的も生産性もない話をすることなんてなかった。以前、ロザライン嬢に聞かれた「心と体を休めてリフレッシュする日」とは、こういう時間をいうのだと思った。
そんな話をしたら、二人に呆れられた。
「デンカはお勉強はできるけど、バカだねぇ」
「本当、バカだね」
身も蓋もない言われようだ。だが、それでもいい。
私は知っているようで何も知らなかったのだ。これからは、もっといろんなことを経験し、成長していきたい。
「わかるよ」
唐突にキューが言った。
彼は「一家で地下に落ちた」組だ。首の刻印は焼いている。元々はネヴァにいた。
詳しくは語らないが、学校や友人関係、全てを一度失っている。
「ガキの頃からさ、世界中を旅するブログとかを読むのが好きで、いつか俺も世界を旅してみたいと思ってたんだ」
キューは目をキラキラさせて夢を語ったかと思えば、次の瞬間には諦めた顔をする。パックが我慢できずに割り込んだ。
「諦めんなよ!できるさ。諦めた瞬間に道は途切れる。諦めなければ、夢はずっと続くんだ!」
「無理だよ」
「だぁ〜〜、なんでいつもそーいうの!」
パックは苛立ちながら、色の褪せた古い地図を取り出す。見たこともない形の陸地が並び、その上を国境線がいくつもいくつも横切っている。
「世界は広いぜ?」
「外に満足に出れもしないのに?」
「すまない、その地図はなんだ?」
失礼かと思ったが、話に割り込ませてもらった。私が学んだ継嗣学では、世界地図はこんな形をしていなかった。
「やっぱりデンカはものを知らねーなぁ。国だよ、国。世界には、こんなにたくさん国がある」
「見ろよ殿下、ここ。俺たちが今いるところ、表示は古いままだ」
キューが指したのは、地図の端に近い場所にある、見慣れた形の一区画。ルール国と書かれている。私が知っている世界地図は、ルール国が中央に配置されていて、周辺に小さな国がわずかにあるだけだった。でも、この古い地図では、ルール国は全体のほんの一部でしかない。
私の驚きをよそに、二人は盛り上がっていく。パックは笑って、キューの肩を組んで言った。
「キュー、世界制覇しようぜぇ。一個ずつ、近いところから全部回るんだ!」
「ありえねぇ」
「できると思わなきゃ、何も変わらないぜ?」
「金もないくせによくいうわ。俺は腹ペコ旅はゴメンだ」
「俺が飯を作るから大丈夫だって〜」
「野草料理なんか、食えるかよ」
軽快にやり取りをするパックとキュー。私には、二人がとても眩しく見えた。
パックが一方的に語っているようで、キューも実はワクワクしていることが丸わかりだ。地下という制限だらけの現実で、夢を語る二人が羨ましかった。そんな顔をしていたからだろう、パックが言った。
「デンカも来るか?」
「……継嗣が国を出たら、大問題になるだろう」
「じゃあ、継嗣辞めちゃえよ。ちっとも楽しそうじゃねぇよ〜」
「楽しいか楽しくないかで決めるものじゃないだろ、全くパックは無責任なんだから」
キューが常識論を説いてもパックはどこ吹く風だ。
「義務感だけで作られた国が、楽しく良い国になるわけないんだよ」
思わずハッとしてパックを見た。そうだ、仮装祭の時に陽気で楽しそうなパックたちを見て、もっと自由で開かれた国にしなければならないと、強く感じたはずだった。
私が作りたい国とは。
私が目指していく国づくりとは。
彼らといると見えてくる気がする。
その時だった。走ってくる足音が聞こえ、今いる部屋の前で止まった。
「殿下!」
いつもと違うベンの、張り詰めた声。
「マーサ殿から、連絡が」
チャットの画面を見せられた瞬間、目を疑った。ジュリエットが軟禁され、三日後に二十も年上の男と無理やり結婚させられるので、助けて欲しいという内容だった。今は禊を名目に神殿へ閉じ込められているらしい。
「チャットに気付くのが遅くなりました。もっとこまめに確認しておくべきでした。禊は、今日で三日目です。明日には姫君は嫁ぐことになる」
私は、ジュリエットが幸せになるなら、どんなに苦しくても彼女の結婚を祝福しなければならないと思っていた。だが彼女は助けを求めている。決して幸せなんかじゃないということだ。
「殿下。動くなら、今夜しかありません」
拳を握る。爪が皮膚に食い込むのがわかったが、痛みなど感じなかった。
私がジュリエットを助けるということは、ムストとネヴァの決裂を意味する。そして、私たちの行動を両国の総領主は決して許さないだろう。
私は大きな決断を迫られている。ムストのために生きると誓ってきた。
だが、このままジュリエットが不幸になるのをみすみす見逃してもよいのだろうか。
「よ〜、デンカ。お姫様が助けてって言ったら、王子様は助けるのが相場だぜ?」
「でもそうしたら婚約者を裏切ることになるだろ?」
そうだ、私にはロザライン嬢への責任もある。
ますます身動きが取れなくなっていく私にベンが言った。
「殿下が姫君を助けて一旦国を離れるのなら、俺はついていきますよ。そして、ロザのことは心配しないでください。俺が愛してるんで」
「は?」
初耳だ。この男はどうしてすごく大事なことを、こんな時にぶっ込んで来るんだ。そう文句を言ったら、こんな時だからですよ!と返してくる。
くえない態度で何時もはぐらかすけど、大事なところは外さないんだ、ベンという男は。
大切な腹心で親友で、かけがえのない家族のようなもの。
「駆け落ちするなら、つきあうぜ。キューも一緒に愛の逃避行ってやつに便乗しよ〜」
「おまえ、簡単に言うなよな」
「でも行くだろ?」
「しょうがないな。お前をフォローできるの、俺しかいないからな」
全員がこちらを見てくる。私は大きく息を吐き出し、深く吸って決めた。
「私はジュリエットを救い出し、一度国を離れる。力をつけて戻り、国を変える」
言葉にした瞬間、がんじがらめに自分を縛り付けていたものが消えたような感覚がした。父上たちは間違っている。だけど今の私にはそれを正す力はない。ネヴァも同じだ。ジュリエットと共に、私たちは国を変える未来に向けて一度外の世界へ出る。
そうと決めたら、救出作戦を練らなければならない。
どこまで迅速に動けるかが勝負だ。
「殿下、重要な作戦会議に俺というキーマンが必要なのは重々承知ですが、ちょっと野暮用を済ませてきていいですか?」
「ちょっとと言わず、しっかりと時間をとって会ってこい」
「すぐに戻ります」
合流場所は、ネヴァの神殿横の倉庫。ネヴァは髪を下ろして刻印を隠すルールだから、地下の二人が外にいても目立たない。
決行は日付が変わる午前零時。
【ベンside】
ロザの部屋へ向かう。夜遅い時間だが、婚姻の儀のことで内密に相談があると言って、強引に通してもらった。幼馴染としての信用が、こんな形で役に立つとは思わなかった。
ノックをするとすぐに入室の許可が出た。ロザと侍女のエルザが驚いた顔で俺を見る。
「ベン、こんな時間にどうしたの。殿下はお元気なの?」
「ロザライン様、ロミオ殿下から重要な知らせをお預かりしております。お人払いをお願いしても?」
「こんな時間に婚約者以外の男性と二人きりになるわけにはいかないでしょう」
その通りだ。だが、これは誰にでも聞かせていい話ではない。
「お人払いを」
俺が絶対に引かないとわかったのか、ロザは大きくため息をついて、エルザを退室させた。
目が早く話せと言っている。思わず苦笑する。
慎重に、言葉を選びながら言った。
「殿下は今夜、国を出られます。ジュリエット様を望まぬ結婚から救い出し、共に国外へ出発されます」
ロザの顔から、みるみる色が消えていく。
「……では、私との婚姻は」
「婚姻の儀は中止にさせてください、申し訳ございません」
「ずいぶんと勝手ではなくて?」
「お怒りはごもっともです。ですが、このまま国にいても殿下に未来はありません」
「どういうこと?」
「殿下は総領主様の実子ではありません。養子です」
「え?」
「人払いの理由だよ」
俺はかしこまるのをやめた。ここからは俺の言葉で、俺の心を伝えていく。
「そんな。ロミオ様は......大丈夫ではないわね」
「あぁ、ショックがデカすぎて、流石に抜け殻になってたよ」
「養子だからと言って、ロミオ様の優秀さに変わりはないでしょうに」
「能力的にはね。総領主様が気に食わないのは、ネヴァの姫君に恋したことだ」
「それがなぜ私を捨てて、国を出る話になるの?」
「姫君の父親にもバレた。彼女は明日、二十歳以上年が離れたロリコンと結婚させられる」
「!!」
年齢とロリコンという強烈な言葉に、ロザは絶句してしまった。
時間がないので、かまわず続ける。
「俺は殿下についていく。でも必ずこの国に戻ってくる」
「ジュリエット様はとてもお気の毒だと思うわ。でも残された私は、婚約者に捨てられた哀れな令嬢になるってことよね?」
「それについては心配ない」
「なんで心配ないのよ!無責任なこと言わないで」
ロザがプリプリと怒り出した。訳がわからなすぎて、投げやりになっている感じだ。
俺は一生に一度の大事な言葉を彼女に捧げる。
「俺が愛してるから心配無用って言った」
「は?」
おいおい、人の渾身の愛の告白に「は?」って、ないだろ。
「誰が」
「俺が」
「誰を」
「ロザを」
「......」
「愛しているって言った」
ロザがいきなりソファに後ろ向きに倒れこんだ。
驚くだろ、普通に。ケガしなかったか?
そんな俺の心配をよそに、俺の大事な幼馴染は両手で顔を覆って何やらうめいている。
「なんなのよ、もう!私が何回あなたのことを諦めたと思ってるの?」
「諦めるなよ!俺は絶対にお前のところに帰ってくるから、待っててくれ」
「花の命は短いのよっ」
「枯れる前に帰ってくる、だから」
心から大切なロザに、俺のありったけの気持ちで伝える。
「帰ってきたら、結婚しよう」
ロザが黙った。めっちゃ泣いてる。
鼻水をすすって、きっと顔はぐしゃぐしゃだ。どんな顔でも可愛いけど。
ハンカチはどこだ?見当たらない。
顔を見られたくなくてイヤイヤしてるけど、かまうもんか。
両手を引っ張って助け起こし、その勢いで抱きしめる。
鼻水は俺の服で拭けばいいよ。
そういえば返事、聞いてないな。
「ロザ、俺と結婚してくれる?」
ロザが俺の背骨が折れるくらい、力一杯抱きしめてくる。案外力持ちのようだ。
俺の幼馴染で、未来の奥さんは。
でも、プロポーズの返事は言葉で聞きたいだろ?
「ロザ?」
「......する」
「ははっ」
俺は今日、世界一幸せな男だ。
ベンロザ、よかったです。




