第二十四話 妄執に囚われ、籠の鳥は逃げ場を失う
今回はジュリエット激震回です。つらい展開が続きますが、最後にはきっと...
扉が叩かれもせずに開いた。
「ジュリエット、話がある」
入ってきたのは、お父様だった。いくぶん乱暴にソファに座る。後ろに、見張りの兵が二人続き、壁際に控えた。マーサを後ろに下がらせ、要件を問う。
「お父様、いったい何事ですか?急に部屋の前に見張りがつきました。どういうことか、説明してください」
「わからんか?」
「皆目見当もつきません」
本当に心当たりがない。いったい何だというのかしら。
お父様は険しい表情を崩さず、かたい声色で続けた。
「ムストの継嗣の件だ、昨日あちらの総領主から抗議文が届いた」
「抗議......?」
心臓がどくどくと音を立て、背筋に冷や汗が流れる。
ロミオのこと?どうして、なぜ?抗議とはいったい......?
頭の中が疑問符だらけになる。
お父様は私の表情を凝視したまま動かない。
そして、決定的な言葉を言った。
「二人で会っていたそうだな?接点など、ほとんどなかったはずだが?」
バレてる──うまい言い訳が一つも思い浮かばない。
私たちは二人とも仮装していて、誰なのかわからないようにしていたはず...だった。
「答えられないか?」
「お...とう...さ、お父様。わたしは......」
「まさか、お前も彼奴に惹かれていたとはいうまいな!」
言葉に詰まった。ひどく睨まれて、今まで聞いたことがない冷たい口調で叱責される。体がガタガタと小刻みに震え、喉がカラカラに乾く。
そんな私の様子を見ていたお父様は、深くため息をつき、
「こうならないように、接近も私信も禁じたというのに」
と吐き捨てるように言った。父の怒りと失望に、心が折れそうになる。
だけど、これだけは伝えたい。
「お、お父様。ですが、終わらせました。二人で、それぞれの国のために別々の道を行くことを決めまし──」
「はっ、当たり前だ!」
最後まで言わせてもらえず、お父様はさらに語気を強めて、信じられないことを言った。
「総領主家の血を持たない偽物など、お前の隣に並ぶ資格も価値もないわっ」
何?
お父様は今なんて言った......?
「総領主の血を持たないとは...どういうことですか?」
「言葉通りの意味だ。彼奴はどこぞからもらった養子だ」
「......ロミオが養子」
「そうだ、目が覚めたか!彼奴はどこの馬の骨とも知らん身分で、お前とは到底釣り合わんわっ」
「ロミオが......」
その瞬間、これまで感じたことがないくらいの熱の塊が、足元から強烈にわき上がってきた。
「──なぜ」
声が震えた。喉の奥から、勝手に言葉が出てくる。握りしめた両手が、いつの間にか拳になっていた。
「お父様がロミオを悪く言うの?彼は誰よりも努力して、私なんかより立派に継嗣の役目を果たしている!!私の好きな人を悪く言わないで!」
「好きな人、だと?」
父の目が、スッと細められた。さっきまでの怒りの形相より、こちらの冷静そうな表情の方が怖く感じるのは、なぜだろう。
でも、私も引くわけにはいかなかった。
「お父様、私はネヴァの継嗣として真剣に国の将来を考えています!今はまだ未熟でも、これからたくさん学び、経験を積んで、ゆくゆくはムストとの関係も」
「黙れっ!!!!」
あまりの大声に体がびくっと跳ねて、二の句が継げない。
「彼奴の思想にでも、取り込まれたか」
「いっいいえ、いいえいいえ、お父様。私はこの国のことを考えて、ロミオとなら両国をよりよくしていけると、そう思って」
「ふざけたことを申すなっ」
お父様が怖い。こんな風に言い争いをするなんて、初めてだ。
どう言えば、私のこの気持ちをわかってくれるだろう。ロミオとは敵対ではなく、協力し合っていきたいだけなのに。
その時、ふと先ほどの言葉が浮かんだ。
ロミオはムスト総領主である叔父様の実の子じゃない。ならば、私たちはいとこじゃない。血のつながりがないならば、それなら。
「お父様。私たちの血が繋がっていないなら、二人を隔てる最大の壁がなくなります。私がロミオと結婚して、二人で両国を、そう!統一して治めていけば」
その先を言うことは許されなかった。
思いきり頬をぶたれたのだ。私の体は横に飛ばされ、口の中に鉄の味がする。
頭がグワングワン鳴って、目がチカチカする。
「お嬢様っっ」
マーサが駆け寄り、私を守るように覆いかぶさる。ガタガタ震えながら、私を守ろうとしてくれている。
「お館様、どうか、どうかこれ以上はっ」
「あまりにも愚かなことを言うからだ」
お父様が氷のように冷たい声で続けた。
「私が望むのは、統一ではない。ムストを吸収することによる、王国の再編だ」
低い声だった。地の底から響くような。
「奪われた本来の形を取り戻す。世界連盟に潰され、領主などにされているが、ルール国亡き後、正当な王位継承者はこの私一人であり、ネヴァを連盟が認める形で国にする」
目の前にいるこの人は、本当に私の父なのか。
普段の親バカな、気のいい総領主の姿は影も形も見当たらない。マーサと二人、恐怖で震えていると、おもむろに端末を取り出し、何か指示を打ち込んだ。
「私はお前を甘やかしすぎたようだ」
「お父様、何を......」
「下賤なものと結婚などと言い出すから、パリスにお前を嫁がせる」
耳を疑った。パリスは、父の腹心の部下だ。
「あの人は、あの人はお父様と同じ年頃で……」
「三日間、神殿で禊をせよ。母方の慣習ということで、周囲にはそう伝える。その間に準備を整え、すぐにパリスと籍を入れさせる。国民への発表や成婚式は、落ち着いてからでいい」
「そんな......」
「お館様!」
私は絶句した。お父様は本気で言っているの?
マーサも黙ってられないと、震える声で申し出た。
「お館様、二十も年が上の方となんてあんまりですっ。お嬢様には……」
「侍女風情が出過ぎたことを申すな」
父は、マーサの言葉を一蹴する。マーサは俯いて謝罪し、私の後ろに控えた。
「パリスは、ジュリエットがまだ十にもならぬ頃から、可愛い可愛い、嫁にほしいと言い続けてきた男だ。仕事も任せられる。私と同じだけお前を愛してくれる者は、他にいない」
悪寒がする。見知った男が怪物に見えてくる。崩れ落ちそうになるが、必死でこらえる。三日を過ぎたらパリスの妻になる。
絶対に、絶対に嫌だ。
「お願いです、お父様、お願い。必死に恋を終わらせました。でも私はまだロミオが好きなんです。お願いします、お願いします。ロミオ以外は嫌なんです。お父様。お願い......」
「話にならん。明日の朝一番で神殿へ行き、禊にはいれ」
お父様はそれ以上何も言わず部屋を出ていった。扉の閉まる音だけが、いつまでも耳の奥に残った。
どのくらいそうしていただろうか。絶望感で全身に力が入らない。
マーサが必死に頬を冷やしてくれている。かなり腫れているから、しばらく青あざになってしまうかもしれない。ズキズキと痛む頬よりも、心が痛い。
その時、ノックと同時に扉が開き、パリスが入って来た。淑女の部屋に許可もなく入室する無礼を咎めたけど、私たちは夫婦になるのですからと、軽く受け流される。
「あらためてご挨拶させていただきます、ジュリエット様。我が妻」
パリスは、丁寧にお辞儀をした。三十八歳とは思えないほど、洗練された物腰に見える。
「私は承諾していないわ。妻なんて、呼ばないで頂戴」
「いいえ、ジュリエット様。これはロムルス様が決めた決定事項です」
年齢差がありすぎるからか、私が精神的なダメージを受けすぎているからか、簡単にいなされてしまう。愉快そうに笑う男はなおも続ける。
「貴女様を娶ることは私の長年の望みでした。もう少し早くもらい受けられれば良かったのですが、それでもまだ十分に愛らしい」
彼は、目を細めて笑った。
──まだ、十分に。言葉の意味を考え、ゾッとした。
私は今年で十六歳、成人だ。もう少し早くとは、何歳で結婚したかったというのだろう。胃の底から、何かが逆流してくる。
パリスの視線が、値踏みするように私の髪の毛から爪先まで一往復する。それだけで、皮膚の下がぞわりと粟立った。
「我が妻、禊が終わり我が元へ来られることを楽しみにしております」
そう言って、無理やり手の甲にキスを落とし、部屋を出て行った。
触れられた手が気持ち悪すぎて動かせない。すぐにマーサが五回くらい手を拭いてくれたが、まだ感触が残っている。吐きそう。
「ロミオ......」
涙があふれる。逢いたい、助けてほしい。
どうしてあなたはロミオなの?そして、どうして私はジュリエットなのだろう。
ただ、何も持たない二人で出会えていたらと、ありもしないことを考えてしまう。
ソファにもたれかかりながら、声を殺して泣き続けた。何も言わずにマーサが背中を撫で続けてくれる。何を言っても、慰めにならないと知っているからだ。
仮装祭で別れた時、こんな未来は想像していなかった。私はわかっていなかった。
好きな人がいながら、違う男のものになるということを。
私はやっぱり、未熟者だ。国のためにと、覚悟もできない。
「ロミオ、来てよぉ......」
届くはずもない言葉が、部屋に悲しく響く。
私はもうすぐ、あの男の妻になる。
+++
養子であることを告げられた朝から、鍛錬に一度も出ていない。
剣を握る気力さえ湧かなかった。
父からの伝令をベンが受け取ったとき、彼の顔色がすっと変わったのを見た。
あれから、ベンは何も聞かないし、言わない。ただ、いつもより近くにいる。
ロザライン嬢からの連絡が二度届いたと教えてくれたが、返す言葉が見つからない。ベンに返信を頼んだ。
どうやら私は謹慎処分を受けたらしい。
三ヶ月間、政務に関われない。公務も取りやめた。
私信も禁じられ、唯一婚姻の儀の準備の時だけ、部屋を出ることが許されている。
体に力が入らない。空っぽの器のような感覚がずっと続いている。
部屋にいても何もすることがないから、ふと地下へ行こうと思いついた。
総領主直系だけが知る秘密の抜け道。直系ではなかったわけだが。
自虐する自分にため息が出る。ベンは黙ってついてきてくれた。
「よく来たな」
珍しくお迎えはロレンスじゃなかった。パックとキューが、私たちをある場所へと連れていく。
「なんでこの地下はこんなに広いんだ?」
はじめて通る道なき道に、自然と疑問がわいてくる。
「暇だからだよ」
「時間は腐るほどあるからな」
二人がおちゃらけて返してくる。秘密基地のような、雑多に物があふれている空間に招待された。パックたちがいつも過ごしている部屋だという。
なんというか、その......
「散らかってると思ってるだろぉ」
「そりゃ、そうだろ。上からガラクタばっかり集めてさ」
「キューには、男のロマンがわからんのだ」
たわいもない、言い合いが続く。ベンがおかしそうに相槌を打った。
「このところ、殿下はキノコが生えそうにジメジメしていたので、お二人の明るさに救われます」
「キノコが生えたら、教えてくれよ。俺、キノコ好きなんだ!」
「おまっ、食うのかよ、パック」
男たちがケラケラ笑いあう。
こういう雰囲気は久しぶりというか、ベンと二人きりの時にしかならないから、少し肩の力が抜けた。
悲痛な顔してどうしたんだよ?と、遠慮なくズケズケと聞いてくるので、つい父上との間に起こったことを全部話した。
「そんなの、親父が変だろ」
「アタオカっていうんだろ?そういうの」
あまりにも軽く言うその一言で、自分が何を思い悩んでいたのかわからなくなった。
「話をちゃんと聞いてたか?父の冷たさや無関心は私が養子だからで、ジュリエットを好きになることは婚約者がいる身で道義に反していて」
「え──、別に何も悪くなくね?婚約者がいるから、恋を諦めたんだろう?それでいいじゃん」
「確かにな。しかも、養子だから冷たくする理由がわからん。それなら、初めから引き取るなっていう話だ」
そうなのか?
二人と話していると、私たち父子の関係の見方が変わってくる。
「デンカはちっとも悪くねぇよ」
「あぁ、悪くない。ずっと頑張ってきたんだろう?悪いはずがないよ」
「殿下、私もそう思います」
私は両手で顔を覆い、俯いた。
男が泣き顔なんて見せるものじゃないから。私は自分が養子だから悪いと思い込んでいた。
ベンが肩を抱いてくれる。その上から、パックとキューも覆いかぶさった。
重い......
「デンカぁ、今日泊って行けよ」
「この部屋は汚いけど、他にきれいな部屋もあるよ」
「汚いとは何だよっ」
私の涙が乾くまで、わざと言い合いを続ける彼らに感謝しながら言った。
「謹慎中だから、少し滞在していいだろうか」
ベンは継嗣不在を隠すために、影武者を立ててきますと言って、一旦総領主館へ戻った。食事が減らなければ、すぐにバレると。誰を置いておくのだろうか。
聞くのはやめておく。
ようやく気持ちが浮上した。
地下に来て、よかった。
ジュリエットは元気だろうか。
笑っていてくれたらいい、そう思った。
ロミオは同年代・男チームに数われました。




