第二十三話 義務の国が狂う刻、禁止の国は嗤う
複数の視点に切り替わる父母回です。ロミオ、出生の秘密が明らかになります。
※本話には、不妊・流産への言及、および登場人物(敵対的立場の人物)による侮蔑的な発言が含まれます。作中人物の価値観を描くための表現であり、作者の見解ではありません。
【ムスト総領主:レムスside】
壁際に転がった端末が、小さな音を出している。壊れた画面が横で明滅しているがどうでもいい。
──お前は、私の子ではない。
真実を知ったロミオはこれからどう出るのか。
思い出したくもない記憶が蘇る。
十六の夏、流行病に罹り三日三晩熱が下がらなかった。ようやく回復した時に耳にしたのは、医師からの残酷な宣告だった。将来、子を持つのは難しいでしょう、と。父王が顔を顰めていたのをはっきりと覚えている。
結婚してから、何年経っても、子ができなかった。父王が私とロムルス、先に子を成した方を後継者に考えていることはわかっていた。超少子化の現在、夫婦に一人もこどもができないことは珍しくない。ただ、私の不安は増していった。
金次第で黙らせることができる医師を呼び、密かに検査をした。
結果は、無精子症。医師に口外を禁じ、妻にも話さなかった。
一生誰にも知らせず、墓場まで持って行く秘密。
ロムルスの方にもこどもができなければ、なんの問題もなかった。
だが、兄の妻が妊娠した。結果として、妊娠初期の流産ではあったが、兄はこどもを作れる。
一刻の猶予もない。妻に実子として、密かに養子を迎え入れることを提案した。彼女は渋々承諾し、偽装妊娠をしながら養子を探した。本音を言えば最低でも黒髪、紫の瞳をもつ赤子がよかったが、出生率が低いムストで高望みをしている場合ではない。
妻の実家の伝手で生後間もない赤子を引き取り、妻が産んだ実子として公表した。
この先血を分けたこどもが望めない私は、ロミオを愛そうとした。だが、ロミオが一歳の誕生日を迎えた頃、ネヴァに待望の第一子が誕生した。
その子は女の子であったが、総領主家の色を全て持っているという。
私の子は、一つもその色を持っていないというのに。
父王が長男であり、総領主家の血を継いだ次代をもつロムルスを、ルール国の正式な後継者として発表する前に。動かなければならない。
実際、私はうまくやった。私の秘密をロムルスは知らない。医師からの宣告を聞いたのは、居室にいた国王夫妻とその侍従だけだったから。両親は国分けの後、始末した。もちろん、彼らの侍従も。
ムストを興した後、選別され、振るい落とされる恐怖はなくなった。しかし、ロミオの存在そのものが、私の欠如を毎日突きつけてくる。
後継として必要だが、見るたび、腹の奥がざわつく。継嗣としてみれば、兄の娘よりロミオの方が優秀だということだけが、私を支えていた。
それなのに——惹かれていただと?
本物の血を持つ、あの娘に。
許せるはずがない。胃の底から何かが逆流してくる。吐き気に近い怒りだった。
侍従を呼び、部屋を片付けさせた。
そして、壊した通信機の代わりを至急用意させ、両国の総領主のための直通ラインを開く。
抗議だ。
娘の教育がなっていない。継嗣としての自覚と節度を保ち、二度とロミオに近づくなという内容を送りつける。ロムルスは怒り狂うだろう。
娘を監禁し、今以上に籠の鳥にすればいい。何もできない継嗣の出来上がりだ。
少し溜飲が下がり、用意されたお茶を飲む。
そして、理由は伏せたが、ロミオの謹慎処分を告げる通達を一斉送信した。
【総領主夫人:ヴイヴィアンside】
「ロミオが三ヶ月の謹慎処分って、どういうことですの?」
夫の執務室に入り、開口一番尋ねる。澄月の婚姻の儀まで半年しかないというのに、何を言うのか。
声を荒げる私を忌々しげに見ながら、婚礼の準備だけは許可すると言った。
理由を尋ねると、最初は教えてくれなかったが、粘ると重そうな口を開いた。
「ロミオがネヴァの継嗣と通じていた。だから処分を下した」
寝耳に水だった。たいした接点もないはずなのに、どうして。
すぐにロミオの元へ向かおうとしたが、謹慎中は息子といえど会うことはならないと言われてしまった。
消化不良のまま、自室に戻る。
ロミオがネヴァの継嗣と通じていたと言うのは、政治的な話ではないだろう。だって、ロミオは愚直に公務に取り組み、ムストの国益にならないことをするはずがない。しかも、あちらの継嗣は明らかに何もできないお嬢さんだ。
政治でないとするなら、恋愛か。
どうやって想いを育んだのかさえ、掴めていなかった。完全に油断した。
私が用意した、完璧なあの子がいれば、恋愛経験の乏しいロミオならすぐ絆されると思っていたのに。
「完全に怒らせてしまった様ね......」
夫レムスがロミオと距離をとっているのは、周知の事実だ。
超少子化の国で、夫婦に子ができないことは珍しくない。だが総領主家に後継がなければ国が揺れる。夫から養子を引き取り、実子として育てたいと言われた時、私は絶望した。
周囲からは、離婚して夫にこどもを抱かせてやるべきだと何度も進言された。ムストは一夫一妻制で、第二夫人は認めていない。
妊娠しやすい体を作るための努力はなんでもした。夏でも体を冷やさない様にし、子宝に恵まれるという苦い漢方も毎日飲んだ。それでも、一向に妊娠する兆しはなかった。
お前ではダメだと言われたようだった。この先も、私たち夫婦は子が望めないから養子を迎えると。
ネヴァの総領主夫人が妊娠初期で流産したという情報も掴んでいる。
彼女は孕める。でも私は?
こどもを産めない総領主夫人に価値はない。だけど、夫は離婚ではなく養子を選んだ。
私を愛してくれているから。ならば、妊娠を偽り、実子となる我が子を探しましょう。
なるべくなら、黒い髪に紫の瞳の子を。総領主家の白い髪の一房までは望まない。
一目で夫との子だとわかる色を持つ子を探し出す。
けれど、その願いは虚しく、どんなに探しても希望する養子は見つからなかった。お腹に巻きつけたクッション材の厚みが増していく。時間がない。
そんなとき、実家から連絡が来た。親戚の娘が産後に命を落とし、残された赤子を、父親が「妻の命を奪った子の顔など見たくない」と拒んでいるという。
金髪碧眼の、生まれて間もない男の子。私自身も金の髪だ。私の色を継いだと言えば、誰も疑わない。
公務を控えて極力人と会わずに過ごし、誰にも妊娠を疑われないように何ヶ月も前から備えていた甲斐があった。
ロミオを迎えた日、腕に抱いた重みを、今でも覚えている。
夫も、父親としてロミオをこわごわと抱いて、笑みを見せていた。
これでもう大丈夫だと思っていた。
ロミオの生誕祭が終わり少しした頃、ネヴァの継嗣誕生が速報で流れた。
前回のことがあったため、生まれるまで秘匿してきたのだろう。夫の表情が抜けていくのを見た。
その夜から、夫は変わってしまった。
ロミオを見なくなった。私にも、触れなくなった。
どうやったら、夫がまた私を見てくれるのか。ロミオに父として接してくれるようになるのか。
私は決めた。ロミオの伴侶には、必ず総領主家の色を持つ娘を見つける。
ロミオが総領主家の色を持つ子を成せば、夫は変わってくれるはずだ。完全な色を持つ、完璧な淑女を探し出したと伝えたら、夫は機嫌良く頷いてくれた。よかった......
──そう思っていたのに。
ロミオ。あの子は、バカな子だ。
大人しく、私が用意した娘と結婚していれば血が混ざり、この家はもう一度色を取り戻せたはずだった。
恋愛感情なんていっときのもの。ロミオがロザラインと結婚するのはもう決まったことだ。ロミオが動けない分、私が準備をしなければ。
夫にもう一度振り向いてもらうには、この方法しかないのだから。
【ネヴァ総領主:ロムルスside】
弟からの通信が届いたのは、深夜だった。内容を読んで、鼻で笑った。
娘の教育がなっていないだと?
継嗣としての自覚が足りないだと?
私が何も知らないとでも思っているのか、おめでたい奴め。
血が繋がっていないこども一人まともに育てられぬ男が、私に何を説教する気だ。偽物の親が、本物の娘を持つ私に意見できるとでも思っているのか。抗議したいのはこちらの方だ、偽物めが。
あの継嗣がジュリエットに惚れていた。偽物の血が、本物の血に憧れる気持ちはわからんでもない。だが、格が違う。うちの娘は、両国で唯一の正当な王位継承者だ。
弟は必死に隠しているが、あいつが「種無し」なのを知っている。一人目を流産し、夫婦揃って悔し涙を流した夜に、ムストで奴が祝宴を開いたという知らせが密偵から届いた時に、殺してやろうと思った。
ムストには、いつも目を光らせている。お互い様だ。
だから、偽装妊娠の末の「実子」誕生には、心底笑ったものだ。孕めるはずがないだろう。もし本当にムストの総領主夫人が子を産んだなら、不義の子ということになる。
弟の生殖能力を検査した医師はとっくに買収済みで、報告書もこの手の中にある。いつか、効果的に使ってやろうと思案中だ。
世界連盟がケチをつけたせいで「総領主」などと呼ばれているが、本来ルール国を継ぐのは長男である私だった。国を分けたのはあいつのゴネたせいだ。今でも腹立たしい。
だが、本来の形に戻る時が来たようだ。ネヴァがムストを吸収し、もう一度王国としての形にする。本来私がいるべき座に、再び臨むのだ。
返信の文面を組み立てる。
自覚も何も、お前のところの継嗣はそもそも誰の血だったかな。
──そう書きかけて、やめた。今はまだカードを切らない。
もっと効くところまで、温めておく方がいい。
それより、片付けるべきことがある。
大事な娘が、あの男の息子と関わっていた。仮装祭の夜、二人が会っていたことは間違いない。検閲に密告が入るほどの何かがあったのは確かだ。血を分けた、唯一の正当な継承者。恋愛沙汰で吸収の大義そのものに疑いをかけられるわけにはいかない。
守らなければ。私の手で、本来の王国を取り戻すために。
「ジュリエットの部屋の見張りを増やせ。それと──しばらく、外へは出すな」
ロミオは謹慎処分中、ジュリはこれからお部屋で軟禁予定......試練のはじまり




