↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『ルール国のロミジュリ20XX』  作者: 夜明けの碧
第一章 ルール国——義務と禁止が刻まれた国の物語

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/72

第二話 知っていたのに、見届けるだけ

残酷な表現が含まれます。苦手な方はブラウザバックお願いします。


車に揺られながら、ジュリエットは父の横顔を盗み見た。


父——ロムルス。禁止の国ネヴァの初(・)代(・)総(・)領(・)主(・)。


厳めしい顔は、今日も変わらない。

娘を守るという言葉を、この人は誰よりも重く受け取っている。

だからこそ、禁止の項目は毎年増えていく。

ジュリエットのために、増えていく。


「お父様」

「なんだ」

「今朝の、ムストの……」


言いかけて、言葉に詰まった。何を聞きたいのか、自分でもよくわからなかった。


父は、しばらく黙っていた。それから、窓の外に目をやったまま、低く言った。


「あちらの流儀だ。私たちには、関わりのないことだ」


関わりのないこと。


その言い方に、ジュリエットは、何か引っかかるものを感じた。

関わりがないなら、なぜ父は、こんなにも硬い声で言うのだろう。

ジュリエットはためらいながらも父に問いかけた。


「……教育係殿は、あちらの継嗣殿下によくない思想を吹き込んだとのことでしたが——」

「言うな」


父の声が、鋭くジュリエットの声を遮った。同乗していた側近の表情がこわばる。


車内に、気まずいものが満ち、ジュリエットは膝の上で両手を握りしめた。

会ったこともない教育係の顔を、勝手に思い描いてしまう。

マーサは素晴らしい先生だったと言っていたのに。

そんな人格者が継嗣殿下の益にならないことをするだろうか?

彼は恩師を慕っていたのではないか……


車内は先ほどよりも重い沈黙に包まれ、車は式典会場に着いた。

両国の国境沿い、緩衝地帯にあるこの建物は、両国が一堂に介す必要がある時のために維持されている。


大広間の入り口で、ジュリエットは初めて、向こう側の一団を見た。

義務の国の使節団。中央に二人の若い男が立っている。金の髪と茶色の髪。

姿勢が、異様なほどまっすぐな金の髪の方がロミオだ。昨年の式典は放送で見た時と同じ姿。

ただ、顔色が少し悪いように見えた。遠くからだから、気のせいかもしれないけど。

そして、指先が絶えず動いていた。上着の裾、留め具、手袋の縁を触る。


式典前に挨拶くらいはできるだろうか……画面越しで見た、彼のきれいな目の色を思い出す。

金髪碧眼の、まさに王子様といった容姿を持つ彼のこと。

秘かにかっこいいと思ったのは、マーサにも話していない。誰にもナイショだ。


彼は式典で私と向かい合ったとき、微笑んでくれるだろうか。

そうだといいな。



+++



「オーレン・ミッチ。義務国教務省、継嗣教育担当」


公開審判で検閲局員が違反者の名前を読み上げる声は、淡々としていた。

抑揚のなさが、ただの文字列を読み上げているようだった。


「継嗣殿下への教育規定と著しく異なる内容を教えていたため、刻印が鳴ったとの通告がありました。我々検閲局がひそかに調査したところ、事実確認がとれました。オーレン・ミッチ、理由の申し立てはあるか」


オーレンは、顔を上げた。老いた目が、一瞬だけロミオを見た気がした。

すぐに、局員へと向き直る。


「私は殿下の不利益になるようなこと、何も申し上げてはおりません。殿下に必要と思ったことだけを伝えさせていただきました」


「なるほど」


局員は、それだけ言うと手元の書類にペンを走らせた。表情は変わらない。

継嗣の教育に何が必要で何が不要か、その内容はこの場で問題になっていない。

あるのは、あらかじめ定められている義務に違反したか、していないかだけ。


「理由の如何にかかわらず、義務は義務である。規定内容を教育するのが求められる中、貴様はその義務を怠った。義務を遵守しないのはこの国では重罪、異論はあるか?」


オーレンは答えなかった。答える必要がないことを、彼自身がいちばんよく知っていた。


局員が、オーレンのうなじに手をかざす。触れてはいない。ただ、かざしただけだ。

その瞬間、襟元の内側が赤く発光し始めた。


「うっ……」


低い呻きが漏れる。刻印が焼けるように熱を持ち、光は脈打ちながら強くなっていく。

オーレンの体が、自身の罪を広場中に晒していた。


────これが、刻印を用いた義務違反の刑だ。


ロミオは何度も見てきたはずだった。デジタル教本や記録映像で。

だが、目の前で繰り広げられる光景は、学んだ内容を遥かに超えていた。

平静を装うのが、ひどく難しかった。


元々一つの国だった「ルール国」は十二年前に二つに分かれた。

統一王国のころは国王が国を治め、ロムルスとレムスは双子の王子と呼ばれていた。


義務の国ムストと禁止の国ネヴァに分国したあと、世界中の国や機関をまとめ上げる世界連盟から抗議が入り——正式にはネヴァ領・ムスト領であり、統治者は総領主だと勧告された。


だが双子の王子は納得しなかった。たかだか勧告だと甘く考え、領地を「国」と呼び、自らは国王を名乗った。その後、世界連盟に見つかり、厳重注意を受けた。

しかし「国」としての呼称がすでに領民に広まっていたため、連盟は渋々それを認めた。ただし正式文書では国王を名乗らせず、あくまで「総領主」の扱いになった。

国を名乗りながら、王ではなく総領主。そのねじれを、いまでは誰も疑わない。


兄のロムルスは禁止を、弟レムスは義務を国是としている。また、両国の国民がわかるように、ルール国の左右対称の図案だった国章も二つに分け、その印をそれぞれの国民のうなじに刻んだ。

「不変なる掟」や「法と正義」を意味する、神々の秩序や正しい慣習を司る女神テミスがもつ秤の右半分を刻印した者がネヴァ国民、左半分を刻印した者がムスト国民と一目でわかるようにした。


この刻印には「仕掛け」がある。その恐ろしい仕掛けの一つが、検閲局のもつ特殊な装置に反応して刻印が光り、非常に強い電流が義務違反者を襲うというものだ。罪が周囲に知れ渡るよう、苦痛が長引くように調整されたそれは、違反者を苛む。


「オーレン先生……」


自分でも気づかないうちに、声が出ていた。ベンが、隣でぎゅっと拳を握るのがわかった。

だが、それ以上は動けなかった。


動けば——


(僕の刻印も、鳴る)


審判を止めれば、自分もまた「義務を果たさなかった者」になる。

継嗣として、初めての見届けの場で。


オーレンが、光る首のまま、苦痛にゆがむ顔でこちらを見た。


「殿下にお伝えしたこと、後悔しておりません」


その一言だけを、オーレンは残した。彼から全身の力が抜け、崩れ落ちる。


局員が、両脇の検閲官に合図を送る。オーレンは、引きずられるように広場の奥、検閲局の車へと運ばれていった。


ロミオは言わなければならなかった。

見届け役としての「義務」があった。


「オーレン・ミッチ、義務国教務省、継嗣教育担当の義務違反の公開審判を見届けた」


広場で声が震えないよう、心を殺した。

いつもそうしてきた。

今は「感情」は要らない。


自分でも驚くほど、感情のない声だった。


その後、総領主の執務室で見届け役を果たしたことを報告した。

父上は、書類から顔を上げなかった。


「うむ」


目も合わず、気遣いも労いもない、事務的な会話。

父上は一度も、「洗脳教育」を施されたかもしれない息子を心配したり、教育内容を確認したりしなかった。

そこにあるのはいつもの無関心。


ロミオは一礼して、部屋を出た。


自分の執務室にもどり、公開審判の見届け役の欄にサインするためペンを握った。


──あれ。


指先が、震えていた。


止めようとするほど、震えは大きくなる。ペン先が紙に触れ、署名欄が汚れた。


「殿下」


ベンが、後ろから小さく声をかけた。何も言わずに、ロミオの手からペンを取り、代わりに書類を持ってくれた。


「これは後にしましょう」


ロミオは、答えなかった。答えられなかった。

自分の右手を見下ろす。まだ、震えは止まらない。


───僕は、審判を止めなかった。オーレンが何も悪くないことを誰よりも知っていたのに。


その事実が、胸の奥に鋭く刺さったまま抜けない。

そんな空気を打ち消すように、ベンが提案してくる。


「殿下、少し打ち合いますか? 今なら、私は丸腰で、殿下だけ木剣を使ってズルしてもいいですよ?」


この側近は、ロミオの心をこうして軽くしてくれる。


「いや、今から汗をかくなんて、式典の前に何やってんだという話になるだろ?」

「そうでした、そうでした! 汗臭い男はネヴァの姫に嫌われちゃいますもんね」

「んなっ」


ベンの言葉で思い出す。

ずっと長いこと会っていない、いとこの顔。

最後に見たのはお互いまだ幼かった頃だ。今はどんな女性に成長したのだろうか。

叔父上の過保護が行き過ぎて、ネヴァ国内でもまぼろし姫と揶揄されているという。


ロミオが覚えているのは可愛らしくはにかんだ、長い黒髪の小さな女の子。

キラキラした紫の瞳は憧れの色。


「楽しみだな……」


ロミオはそっと、つぶやいた。

本当は不器用だけど努力でそれを補う男、ロミオ。

彼は側近に恵まれています。

次話は明日更新の予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。