第十九話 用意した仮定の夜を、現実が簡単に超えてくる
仮装際、あと二回続きます。
マーサと一緒に庭園に着いた。
恋人と約束しているという、非番の護衛とここで別れる。目的地が同じだったから、一緒の車で来たのだ。ようやくできた彼女と舞踏会で踊るのだと、嬉しそうに頬を染めていた。
恋人たちの夜が幸せでありますように。
ふと、マーサが護衛の彼をずっと見つめているのに気づいた。
まさか、マーサ。彼にひそかに恋を??
「違います」
「え?私、声に出してた?」
「出てませんが、お顔を見ればわかります」
「恋愛小説で鍛えた推理力はものすごいわね」
「誉め言葉として受け取っておきますわ」
「じゃあ、なんで彼のこと見てたの?」
「少し......うらやましくて」
マーサは小説の恋バナはするけれど、本当の恋バナをしているところを見たことがないし、好きな人がいるという話も聞いたことがない。
マーサはよく気がつくし、頭の回転も速いし、容姿だって悪くない。
明るいオレンジ色の髪に、淡いグリーンの瞳の、スレンダー美女なのだ。
今日だって、「月夜に照らされる森の妖精」をテーマに、深緑のシンプルなオフショルダーのドレスにオリーブグリーンのシフォンを重ねて透け感のある軽やかさを出し、胸元や肩口に銀色のリーフ(木の葉)や植物の刺繍をあしらっている。刻印は同じシフォンを首の後ろでリボン結びにしているため、見えない。マーサの緩やかなウェーブがかかった髪は高く結い上げられ、銀のリーフ冠を頭に載せている。アップヘアスタイルのマーサはとても新鮮だ。
そんなマーサ二十五歳、独身。お父様に頼んでいい人を......
「いりません」
「え?私、また声に出してた?」
「出てませんが、お顔を見ればわかります(二回目)」
きっぱりと断られてしまった。こういうのは、余計なおせっかいを焼かれたくないものよね。
ひっそりと一人反省会をする。
「これでも、初恋を引きずってるんですよ......」
マーサが何かつぶやくのが聞こえた。
「えっ?何か言った??」
「なんでもありませんわ」
そんなやりとりをしているうちに、舞踏会の開始を知らせる鐘が鳴った。
そろそろロミオも来るかしら。
わかりやすいように、ガーデンライトに照らされた噴水のそばに立つ。マーサは少し離れた位置で控えるといって、姿が見えなくなった。
本人曰く、庭園で緑のドレスは保護色だから、私にお気遣いなくとのことらしい。
緊張でおかしくなりそうだったのが、少しほぐれた。
それにしても、今日の庭園は色とりどりのお花を素敵にライトアップしていて、とても綺麗。さっきまで多くの人がいたけれど、鐘が鳴ったからみんな大公堂の方へ移動したみたい。
舞踏会か。ちょっと憧れる。一応ダンスは必修として習っているけど、目立つからロミオとは踊れないわよね......
その時、視線を感じた。
ゆっくりとそちらへ顔を向けると、待ち焦がれた人がいた。
黒い髪に、光が差し込む深い海の色。仮面をかぶっていたって、髪の色が違っていたって、私がロミオを見間違えるはずがない。
(ちょっと、かっこよすぎる......私の心臓を止めに来てる)
彼は本当に夜空の騎士になってしまったのかもしれない。漆黒の騎士服は彼のスタイルの良さを際立たせているし、同系色のワンショルダーマントの留め金は銀色。いつもよりワイルドな感じがして、素敵すぎる。
ロミオと目が合い、そらせない。時間の流れが止まったかと思った。
彼は一瞬目をつぶり少し首を振ると、ゆっくりとこちらに近づいてきた。
「月の女神様、今宵貴女をお守りする栄誉を私に与えてくださいますか」
ときめきで倒れそう......
私は何通りも予習していた中の、最高のセリフを返そうとした。
『夜空の騎士よ。その栄誉、喜んでそなたに授けましょう。忠誠の証をわたくしに示しなさい』
そう言って、手を差し出すシーンを何回もイメトレしてきたのに、私の口から出たのは一言だけだった。
「喜んで......」
ロミオはフッと笑みをこぼし、私を噴水そばのベンチまでエスコートしてくれた。その姿があまりにスマートすぎて、失神しそうになる。
ふと、強い感情を向けられた気がした。保護色で隠れているマーサかしら?
「ジュリエット様、気をしっかり持って!」という叱咤激励が聞こえる気がした。
そんなことを考えていると、ロミオが心配するように言う。
「どうかされましたか?お身体の具合が悪ければ、どうか私にもたれかかってください」
(私の)夜空の騎士が紳士的すぎる!
さっきの感覚は気のせいだと思い直し、目の前のロミオに集中する。
私に許された時間は、今しかないのだから。
二人並んでベンチに腰掛け、改めてお互いを見る。思わず本音がこぼれ出た。
「本当にかっこいいです。夜空の騎士の姿が素敵すぎて、心臓がドキドキします」
「それを言うなら、女神様もです。こんなに綺麗な人に初めて会いました」
好きな人にこんな風に言われて悶えない女がいるだろうか、いや、いない。
私の乙女心はときめきで限界突破していた。
ロミオの攻撃力が高すぎる。少し落ち着きたくて、クラッチバッグの中から栞を取り出す。
「これ、お約束していた栞です。大好きな青いネモフィラで作りました。この白いお花はカスミ草です。受け取ってください」
「......」
どうしよう、何も言ってくれない。男性が持つには可愛らしすぎたかな。
私が不安になっていると、ロミオは今まで見たこともないくらい破顔して言った。
「言葉にならないくらい、うれしい......」
受け取った栞を愛おしそうに見つめながらそう言うロミオに、泣きそうになってしまった。
「私も女神様を想い、作りました。どうか受け取ってください」
そう言って差し出されたのは、手のひらにおさまるほどの、丸い透明なペーパーウェイトのようなもの。それほど厚みはない。真ん中に、四葉のクローバーが閉じ込められている。灯りに透かすと、葉脈まで透けて見えた。
「綺麗......」
「お守りです」
「お守り?」
「栞にしようと思っていたんですが、こうなりました」
その言い方がおかしくて、笑ってしまった。
ロミオは少しふてくされたように、
「こんなに素敵な栞を作れるほどの技術力が私にはありません」
と言った。
その言葉に、また少し笑った。
「でも、よかった。貴女が作ったこの栞は、私が知っている形の栞だ」
「栞って、本来こういう形ですよね?本に挟むものだから」
そう言って手の中の『栞』に視線を落とした。
「だから、それは『お守り』ですからっ」
ロミオが真っ赤になって言う。からかいすぎたかなと、反省しているとあることに気づいた。
「ひょっとして、本来じゃない栞の形って、葉っぱの栞のことですか?」
なぜか、ロミオがうつむいてしまった。
違うんだ......
ベンが無理やり読めと...... 栞を渡すといったのはその......
とか何とか聞こえる気がするが、声が小さすぎて聞き取れない。でも、わかったことがある。
ロミオは栞を渡すことが愛の告白になることを知っている。
なぜ知っているかはわからないけれど、大丈夫。勘違いしたりしないから。
「葉っぱの栞を渡すのと、本来の形の栞を渡す意味は違いますよね?」
安心して欲しくてそう言ったのに、ロミオは顔を上げ、なぜか少し苦しげな表情をした。
どうしてそんな顔をするのか、わからない。
月が綺麗だよって言ってくれたことや、栞を渡してくれたことに意味があるの?
ついつい、期待したくなる。
もしかしたら、同じ気持ちを向けてくれているのかもしれない。
そうだったら、とてもうれしい。
彼がはっきりと気持ちを言葉にしてくれるのを本当は待ちたい。
でも、私には時間がないから。あるのは「今」だけだから。
私は今日、告白する。
十六歳の、今の自分のありったけで好きだと思うこの気持ちを、彼に伝える。
ネモフィラの花言葉に想いをのせたのも本当だけど、どうしても自分の口で言いたい。
この先、会うのが年に一度の公務の日だけになっても、私の代わりに栞が彼のそばにいる。
一生分の恋だと思うから。私の言葉で、私の全部で。
「あなたのことが好きです」
+++
彼女は今何と言った?
衝撃的過ぎて、言葉が出てこない。
私は今日、この恋を封じ込めるつもりだった。
それが継嗣としての『義務』だと思ったから。
でも、体は私の意志に逆らい、言うことを聞かない。
彼女に返す言葉のパターンは幾通りもあるのに、口が動かない。
気づけば私はジュリエットを抱きしめていた。
この体は、私の心には従うらしい。
ようやく絞り出した声は細く、自分でも情けないくらい震えていた。
それでも彼女には届いたようだ。
「私だって、好きだ」
彼女のすすり泣く声が聞こえる。
誰にもその姿を見せたくなくて、マントで全部覆い隠す。
今日は、無名日。
名前のない日で、彼女はジュリエットではなくて月の女神。
私はロミオではなく、女神を守る夜空の騎士。
一夜の夢でも構わない。
初めて自分の本当の気持ちを告げた、今日のことを後悔したりしない。
この女性に、心を捧げた。
たとえ明日から別々の道を行くことになっても。
やっと二人の心が通じ合いました。十九話もかかって......




