第十七話 名前のない夜に、あなたに逢いたい
「ジュリエット様、手に入れましたわ」
街中にある、『仮装祭』用の衣装専門店へ買い物に行っていたマーサが手にしているのは、銀色の長い髪のウィッグ。黒髪と前髪のあたりから伸びる白い一房は、どんな仮装をしていても素性を隠してくれないから。
サラサラなのにツヤがある銀色のそれは、マーサと二人で練りに練った仮装祭コスプレの大事なアイテムだ。
シンプルなシルクの乳白色のドレスと合わせて、胸元にパールとムーンストーンの二連になった首飾りをつける。
テーマは「月の女神」、神秘的で大人の女性をイメージしているの。
衣装を身に着け、銀色の髪と紫の瞳をしている鏡の中の自分を見る。
メイクはいつも通りだけど、当日は全体の雰囲気に合わせるつもり。
「ジュリエット様、素敵ですわ~~。よくお似合いです!」
「なんだか自分じゃないみたいね」
「当日は髪を結いあげますか?それともいつものように下ろして、首飾りとおそろいのフロントレットをお付けしましょうか?」
「そうねぇ、ふだん髪を結いあげるのは禁止だからアップヘアにしてみたい気もするけど、月の女神様的には髪を下ろしたままの方が雰囲気に合いそうじゃない?」
「イメージとしてはそうですけど、ジュリエット様の好きなヘアスタイルになさるのが一番だと思います!」
すごく悩むわね......。ネヴァはうなじの刻印を他人に見せるのが禁止されているから、男女ともに長髪で、髪を下ろすスタイルが一般的だ。だから私も髪を結いあげたことがない。
仮装祭は暮月・二十八日と稜月・一日の間にある、無名日に行われる「無礼講の祭り」だ。この日はネヴァとムストでそれぞれ決められているルールを「守らなくていい」と決められている。
国境は開かれ、緩衝地帯にある銀天秤の大公堂の大広間をメインに舞踏会も開かれ、広大な庭園もすべて一般開放されている。緩衝地帯にあるお店は夜通し営業しており、おいしいお酒や料理の出店も並ぶ。この日はルール違反者を狩るアラームも鳴らない。国が認めた、接近禁止が解かれる唯一の日だ。
ジュリエットは成人するまで仮装祭への参加を認められていなかった。
だから今年が初めての仮装祭。期待値はこれ以上ないくらいに上がっていた。
(女神のイメージを重視するか、初めての髪型に挑戦するか、悩みどころね)
ジュリエットがうーーーんと悩みうなっていると、突然マーサにひらめきの神が降りた。
「はっ」
「マーサ、どうしたの急に?」
「気がついてしまいましたわっ」
「何に?」
「継嗣殿下はムスト国の方ですっ」
「知っているわよ?マーサも知ってたよね?」
「あちらは髪を結いあげるのが『義務』の国ですわ」
「はっ」
なるほど。アップヘアスタイルは、ネヴァでは新鮮かもしれないけど、ムストでは見慣れた髪型。ムストでは刻印を見せなければならない。だから男性は短髪が多く、女性はたいてい髪を結いあげている。
「インパクトが弱いということね、マーサ!」
「さようでございますっっ」
仮装祭ではダウンヘアスタイルに首飾りとおそろいのフロントレット、身バレ防止のレース飾りの美しい白のベールをつけることに決まった。
ロミオに少しでもキレイだなって思ってもらいたい。
思ってくれるかな?
────
暮月・二十日
お父様に呼び出されて、執務室に入る。
「お父様、何か御用ですか?」
「う......ん、まあ座りなさい、ジュリエット」
なんか歯切れが悪い。これはお父様が無茶なお願いをしてくるときのパターン。
私の警戒レベルがMAXまで上がる。
「ジュリエット、お前の好きな南方産の陽炎蜜柑が手に入ったんだ。食べないかい?」
これは......買収だわ。私は無類の蜜柑好き、中でも南国の強い太陽(陽炎)を浴びて育つ、真っ赤な果実で非常に甘みと酸味のバランスがいい陽炎蜜柑を使ってくるなんて、要警戒よ!!
「お父様、朝食を食べたばかりでお腹がいっぱいですの。陽炎蜜柑は後で部屋でいただきますわ」
「そうか......。ならお茶はどうだ?お前の好物の翡翠柚子を使ったフレーバーティーだ」
くっ、敵もなかなかやるわね。これは飲むしかない。
翡翠柚子を使ってくるなんて、卑怯だわ。
「お父様、お茶はありがたくいただきます。」
「そっ、そうか。やはり父娘で楽しい時間を一緒に過ごすというのは大事だな!」
「......お父様、私に何か言いたいことがあるのでは?」
「いやぁ~~、ジュリエットは鋭いなぁ。実は仮装祭のことなんだが」
「嫌です!」
「まだ父さま、なんにも言ってないよ?」
「絶対、嫌です」
やはり仮装祭を狙ってきたわね。負けるもんですか!
「なに、ちょっと提案があってだね」
「ダメです」
「そんな身もふたもない言い方しないでおくれ。ジュリエットは今年初めて仮装祭に参加するだろう?やはり若くてきれいな女の子が夜に出歩くのは危険だと思うんだ」
「絶対に行きます」
「行くなとは言っていないよ。どうだろう、父さまと一緒に行くのは?」
「は?」
私の絶対零度の雰囲気に、お父様は先に視線をそらした。
何を言っているのか、この人は。思春期の憧れと自立心を舐めないでほしい。
「お父様」
ものすごく低い声が出る。
お父様は目を合わせない。
「成人したら、仮装祭にひ・と・り・で!参加してよいと、三年前に約束なさいましたよね?」
「一人でいいなんて、言ったかなぁ」
「マーサ!」
「はい、ジュリエット様!」
マーサがさっと、中型通信機を差し出す。お父様の公印入りの念書が画面に映っている。『成人後、一人で仮装祭に参加することを認める』と書かれた証拠の品を見せつける。念のため、準備しておいてよかった。
「じゅ、ジュリエット。でも父さまはお前のことが心配なんだよ」
「お父様、私はれっきとした成人です。もう小さなこどもではありません」
「こどもじゃなくても、若くてきれいな女の子は危険がいっぱいなんだよ」
「マーサと常に一緒に行動して、十分気をつけますわ」
「なら、せめて護衛を5人連れて......」
粘るわね。少し前の私ならここで折れていたかもしれない。
でも、好きな人と会うのに護衛つきなんて、世界中の乙女が怒り狂う案件よ!
断固阻止するわ。
「お父様、無名日に護衛に『仕事』をさせますの?」
「うっ」
「この日はルールに従わなくてもいい日ですわね?お父様のお願い(強制)は聞きません」
「ジュリエットぉぉぉ」
泣き落としにかかるお父様に「失礼します」と告げ、お父様付きの秘書官に陽炎蜜柑と翡翠柚子のお茶を部屋に届けるよう言づけるのを忘れず、執務室を出る。
いつもの『泣き顔風うる目仕立て』ではなく、正論と準備で権利を勝ち取ったわ!
少しだけ自分に自信が持てた気がして、うれしかった。
+++
四葉のクローバーを使った幸運のお守りは、何とか出来あがった。
私は手先が器用な方だが(自称)、気泡が入らないように作るのに苦戦した。
スペアとして、三つ確保しておいてよかった。
危うく、遠征に行かなければならないところだった。外庭の四葉は、私が採り尽くしたといっていいだろう。
私は先日ジュリエットから来たチャットをもう一度読む。
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From : マーサ
To : ベンヴォーリオ
日付 : 暮月・十七日
件名 : 名前のない日の相談
ベンへ
あのね、大事な相談があるの。仮装祭のこと。
当日はすごくたくさんの人がお祭りを楽しむでしょう?
ちゃんと会えるか、心配なの。
実は、私、仮装祭に行くのが初めてだから。
どれだけ多くの人がいても貴方を見つけたいから、二人でテーマを決めたいの。
仮装のテーマがわかれば、探しやすいでしょう?
私は「月の女神」にする。
私の容姿は目立つから、銀色のウィッグをつける予定なの。
このヒントだけで、私を見つけてね。
貴方のテーマは何かしら?
すごくすごく楽しみ。
マーサより
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月の女神。
──────否が応でも、あの夜の文面が思い浮かぶ。
自分の本心をさらけ出して、たった一行だけ送ったラブレター。
「月が綺麗だよ」という私の言葉を、ジュリエットはどのように受け取ったのだろうか。
銀色の髪に紫の瞳。絶対きれいに決まっている。
私は自分のテーマを決めかねていた。
ジュリエットには、もう少し待ってほしいと伝えてある。
「殿下、調達係である俺のことも考えて、いいかげんコスプレテーマを決めてくれません?」
「月の女神の対なら、太陽神だと思うのだが、気恥ずかしくてな」
「はいはい、お恥ずかしいのはわかりますが、殿下の場合、身分が即バレしない工夫の方が重要だと思いますよ?」
それはそうだ。
ジュリエットと会っているのがムスト国の継嗣だと、知られないようにした方がいい。私に婚約者がいることは、ムスト内はもとより、放送でネヴァにも流れているだろうから、ジュリエットにも非難が向けられる可能性がある。
「ベン」
「はい」
「太陽神は目立つだろうか」
「太陽と月の神様で、目立たない方がおかしいですよ」
「……そうだな。もっと控えめな感じに方向転換する」
ベンが退室し、一人になって考える。
稜月・一日に私とロザライン嬢の婚姻の日取りが公表され、半年後の澄月・七日に式を行う。公務のほかに婚礼の準備に入るため、多忙になるだろう。
私の覚悟が決まる決まらないなど些事だ。国にとって何がベストかを考えなければならない。私にはこの国をより良くしていく義務がある。
私はロザライン嬢と共に、この国に尽くしていく。
だからこそ、今のこの想いを持ち続けてはいけない。完全に断ち切るべきだ。
仮装祭。暮月でも稜月でもない、名前のない日。
この日だけは、ムストの継嗣ではない、一人の男としてジュリエットに会う。
出来あがったお守りを渡して、彼女の幸運を願って、笑顔で別れる。
私はその日、月が輝く夜空になって、この恋を終わらせよう。
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From : ベンヴォーリオ
To : マーサ
日付 : 暮月・二十三日
件名 : 決めたよ
マーサへ
返信が遅くなってごめん。
年末のあわただしさで、体調を崩したりしていないだろうか?
こちらは少しバタバタしていて、毎日があっという間に過ぎていく感じだ。
仮装祭のテーマを決めたよ。
ちょっと恥ずかしいけれど、「夜空の騎士」にしようと思う。
黒髪のかつらをつけるから、間違えないように気をつけて。
仮面もつける予定だ。
その方が神秘的だろう?
舞踏会が始まる時刻、庭園の入り口で待っている。
思い出に残る夜にしよう。
ベンより
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ベンに衣装の手配を頼まなければな。かつらなんて生まれて初めてだ。
変じゃないといいな。
——黒は憧れの色だから。
ロミオは知る人ぞ知る某国民的アニメだった、タ○シード仮面のようになりそうです。
ジュリエットは仮装ではなく花嫁姿じゃない?というツッコミはごもっともですが、月の女神です。




