第十六話 花と葉は、言葉にできない想いを運ぶ
暮月・十日。
卓の上に、白い布を広げる。その上に、青いネモフィラのお花。
温室で育てている一画から、大小それぞれのネモフィラの花を摘んできて、押し花用にお花と茎を切り落とす。
『押し花の作り方』というサイトに、根元ギリギリのところを切り落とすのがコツだと書いてあった。白いカスミ草も小房にわけて横に置く。
マーサが持ってきてくれたアイロンを低温で熱し、二十〜三十秒ほどあてたら外し、粗熱をとって休ませる。また十秒ほどアイロンをあてて休ませるのを五回ほど繰り返したら、なんだかいい感じに仕上がってきた。
このあと、乾燥させるのも大切みたい。
ロミオに渡したいのは、押し花の栞だ。
イメージは、継嗣学のデジタル教本で見た、紙で作られて乾燥させたお花が可愛らしいもの。
紙の本が主流だった時代に学んだ、読みかけの場所を覚えておくためのちょっとした道具が栞。でも紙の本がデジタル教本に変わって、栞を使う必要がなくなったから、いまではその存在を知っている人は少ない。
はずなんだけど。
実は今、栞がちょっとしたブームらしい。
恋愛小説で、この栞を使った愛の告白シーンが最近増えているの。
栞に願いを込めて、好きな人に告白する時に渡す。栞を受け取ってくれたら、告白OK。もし受け取ってくれなかったら、川に栞を流すの。恋心と一緒に。
もっとも、ここでいう栞はジュリエットの知っている本の栞ではなくて、葉っぱでできた栞。なぜ葉っぱなのかはわからないけど。
最近読んだ激推しの作品に葉っぱの栞が使われていたことを話すと、マーサが口の端をフッとあげて言う。
「#栞チャレンジ、ですわね」
「何それ?」
「最近、若い方のあいだで流行っているみたいで。葉っぱの栞に願掛けをして好きな人に渡すと、恋が叶いやすいとか。SNSでハッシュタグをつけてこれから告白してきます!と投稿するのが、外国で流行しているんです」
「……知らなかった。そんなことになってるのね」
「私もSNSでたまに見るだけですが、ジュリエット様はご覧になれませんからご存知ないのです。でも、恋愛小説は流行を取り入れるのが早いですわ」
若い恋人たちが栞を渡して愛の告白をするのはロマンチックね。
私の気持ちもこの栞にのせて伝えられるかしら?
私は乾燥させるために浅く広めの容器に入れた、青と白の小花を見つめる。
手紙のヒマラヤタマアジサイは暗号。本当に贈りたいのは、この青いネモフィラ。
私は愛の告白を花言葉で伝えるの。
白いカスミ草の「清らかな愛」「純粋な気持ち」
そして、青いネモフィラ。
ひたむきな愛が天に届き、一面を青い奇跡で満たす「成功」
一方で、結ばれなかった恋人たちの悲恋の伝承を由来とする花言葉をもつ、可憐なお花。
────
花が乾燥したので、いよいよ栞に仕上げる。
シリコン樹脂で作られた柔らかい型枠に、合成樹脂素材からできた特殊な薬液を塗って、その上に大きさが異なるネモフィラとカスミ草を綺麗に配置する。その上からもう一度、特殊な薬液を重ねてコーティング・硬化させると、ツヤツヤの、透明感がある仕上がりになった。
「かっ可愛いわ」
「ものすごく素敵に仕上がりましたね、ジュリエット様」
「これをロミオが持っている姿を想像できないのが難点ね」
「確かに」
「でもいいの、私だと思って、ロミオが持っていてくれたらそれでいい」
出来あがった栞は、透き通った板の中に、大きさの違う三輪のネモフィラが、重ならず綺麗に並んでいる。青い花弁のあいだを、小さな白いカスミ草がアクセントとして埋められていた。灯にかざすと、薄い花弁に走る筋まで浮かび、向こう側の光が淡い青に染まってとてもキレイ。
栞の上部に小さな穴を開けて、薄紫のリボンを通す。
紫は私だけの色じゃないけど、誰にみられても言い訳が立つわ。
私の作った、葉っぱじゃない本来の形に近いこの「栞」をロミオは受け取ってくれるだろう。彼はこれが愛の告白なんて、知らないから。
私の#栞チャレンジは、最初からうまくいかないことがわかっている。
私は、この恋が叶わないことを知っている。
+++
暮月・十六日。
総領主の執務室に呼ばれるのは、月に一度か二度だ。用件はいつも政務の報告か確認で、ほとんど私が口頭で説明し、父上が画面上の報告書を見ながらうなずいて終わる。
今日は珍しく父上から声がかかった。父上は提出した書類を確認しながら、画面から目を離さずに言った。
「ロミオ。稜月一日、新年の祝賀会の時に婚礼の日取りを公表する」
わかっていたことだけど、思っていたよりその日は早くきた。
婚約が内定したのは一年前の成人の儀。発表こそ最近だが、早くもないか。
「式は澄月のお前の生誕祭にかぶせる。そのつもりで準備するように」
「ドミナ家には?」
「これから通達する」
「承知いたしました」
父上は最後まで私の方を見なかった。
分国暦十三年・澄月・七日。
私の十八歳の生誕祭に、ロザライン嬢と婚姻する。
暮月は残り半月ほどで、今年最後の日である無名日を含め、あと少しで今年が終わる。明けて稜月・一日に婚姻の日取りの発表をして、半年後には妻を娶る......か。
まるで実感が湧かない。
いや、覚悟が決まらないという方が今の気持ちに近いだろう。
「父上。もう少し先でもよくありませんか?」
「理由を言え」
「いえ……なんでもありません」
理由を言えるはずがない。
────
執務室の隣にある自室に戻って、机の引き出しを開けた。
国立植物園の植樹の公務で、分けてもらったアジアンタムの葉。薄い布の中で乾燥し、鮮やかな緑から色が褪せて茶色に変化している。
栞にして君に渡したい、と手紙に書いたのは私自身なのに、どうやったら栞になるのか皆目見当がつかないうちにダメにしてしまった。
実は勉強のために読んだ恋愛小説・初級編『未完の恋に栞を添えて』で、主人公の男が「逆告白」という形で想う女性に葉っぱの栞を渡すシーンがあったのだ。
逆告白という言葉の意味はわからなかったが、告白方法はシンプルで、栞を受け取ってもらえたら恋は成就、拒否されればキッパリと諦めなければならないというものだった。
この小説を読んだ直後にチャットの入力画面に向かったので、思わず「葉を栞にして君に渡したい」と書いてしまった。
───ふと記憶の齟齬が起きる。確か、私が学んだ継嗣学で栞というのは、紙に文字や絵を描いたり、押し花などで個性を出しつつ、読みかけの本の位置を示す道具だったはずだ。
紙の国パピルでは、国章の花を印刷するのが公式のスタイルだったように記憶している。
しかし恋愛小説で描かれている栞は「葉っぱ」だ。葉肉をこそげ取り、葉脈を浮き上がらせて蝋を薄く引いたもの。
栞の描写と私の知識にズレがある気がするが、正式には紙で作るものだろう。
ただそれには問題がある。
紙は貴重品で、今となってはほぼ手に入らない。継嗣の立場を使えばなんとか入手できるが、用途を聞かれると答えに詰まりそうだ。
紙を使わずに栞を作る方法で現在行き詰まっている。
ベンに相談するか......
執務室に移動し、残って書類の入力をしているベンに話しかける。
「ベン、栞のことで相談があるのだが」
ガタガタガタンっ
ベンが椅子から落ちた。
「んなぁっ、何です?栞って」
挙動不審すぎる。
栞を用いた恋愛上級編・大人のラブロマンスでも読んだのだろうか。
「ベン、落ち着いてくれ。私はジュリエットに渡す栞の作成方法を、一緒に考えて欲しいだけだ」
「そっち......」
「ん?」
「何でもないデス」
よくわからないが多感な時期なのだろう。
そっとしておく。
「殿下ぁ〜、こんなんどうです?」
椅子に座り直したベンが何事もなかったように、リサーチ情報を告げる。
画面には『アクリル樹脂で作る「幸運のお守り」』とある。
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☆ 丸い透明お守りの作り方|四葉のクローバーを閉じ込める
アクリル樹脂(エポキシ樹脂)を使うと、四葉のクローバーや小さな花を、そのままの形で丸い透明のお守りの中に閉じ込められます。携帯用のサイズなら、ポーチや胸元に入れて持ち歩ける幸運のシンボルになります。
用意するもの
・二液性の透明アクリル樹脂(主剤・硬化剤)
・丸型の型(シリコン型が使いやすい)
・四葉のクローバー、または小さな花・葉(水分をよく拭き取る)
・割り箸やピンセット
・紐やチェーン(吊るす場合)
☆ 四葉のクローバーがお守りに選ばれる理由
四葉のクローバーは、三つ葉に比べて見つかる確率がとても低いことから、古くから幸運のお守りとして親しまれてきました。携帯用の小さな透明な中に閉じ込めて持ち歩く人も多いです。
四枚の葉には、それぞれ意味が込められていると言われています。
一つ目は富。
二つ目は名声。
三つ目は誠実な愛。
四つ目は素晴らしい健康。
この四つがそろったとき、真実の愛を意味する——そんないい伝えもあります。
別の説では、四枚の葉は希望・信仰・愛情・幸福の四つのシンボルを表すとも言われています。
いずれにしても、四つそろって初めて意味をなす、つまり、四葉そのものが「そろった幸運」のお守りになる、という考え方です。
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説明文を読むと、ジュリエットに贈るのにふさわしい気がしてきた。
厳密に言うと「栞」ではないが、紙が手に入らない今、幸運のお守りとして持っていてほしい。
「透明な樹脂を丸い型に流し込んで、四葉のクローバーを閉じ込める。光にかざすと、中の葉脈まで透ける。画像で見てもキレイですね」
「アジアンタムより、四葉のクローバーの方がいいと思う」
「姫君には『困難からの脱出・自由・解放』も大事だと思いますけどね 。でも幸せを祈りたい気持ちはわかります」
「ベンもそう思うのか?」
「それが世界共通の、男心ってもんですよ」
そうなのか。そうなのかもしれないな。
私はこれに決定した。私が四葉のクローバーを探す係、ベンがその他の材料を調達する係になった。
さっそく昼食後に総領主館の中庭で、四葉のクローバーの捜索にあたる。
しかし、見つかるのは三つ葉ばかり。使用人や来訪者の視線が突き刺さる。
「殿下、落とし物ですか?」
「あぁ、ちょっとな。気にしないでくれ」
「大事なものですか?お手伝いいたしますよ!」
「皆の手を煩わせたくない。それに、自分で探したいんだ」
「承知しました!早く見つかることを祈っております」
善良な皆を騙しているようで気が引けるが、自分で見つけないと意味がない。
「大事な人へ贈るものだからな」
捜索エリアを外庭にまで広げた三日後、私は無事四葉のクローバーを手に入れた。
栞に過剰反応しちゃうベン。
ロザからもらった栞を、どうにか形を保ったまま保存できないか探していたのでした(古いものだから)
樹脂で固める方法をやってみるつもりです、こっそり。




