第十三話 今だけ一言だけ、月が綺麗だよって伝えたい
恋が大きく動きます(たぶん......)
「マーサ、暗号文の解読、手伝ってちょうだい」
「望むところです!ジュリエット様」
暮月・二日。
朝の放送と、家庭教師の授業を終え、待ちに待った解読の時間。
昨日より冷静に、ロミオからの文面を読めている。良かった。
「ねぇ、マーサ。木の名前が『ポプラ』で一つ。『ゴレンシ』はスターフルーツのことよね?『アジアンタム』って木?」
「……あら、本当ですね。アジアンタムはシダ科の植物だったような」
二人で頭を突き合わせて、木言葉のサイトを開く。
【アジアンタム(Adiantum)】
ホウライシダ科の多年生シダ。和名はホウライシダ。
主な花言葉:
⦿「困難からの脱出」:水を弾く葉から。逆境に染まらず、乗り越える。
⦿「自由」「解放」:風に乗る小葉の様子から。
「花言葉よね」
「花言葉ですわ」
男性陣は木言葉を使うはず。花言葉は、私たちが使う暗号よ?
なら、アジアンタムは暗号じゃなくて、ラブレターの飾り……?
「ジュリエット様、花言葉に比べると、木言葉は数が少なそうです。足りなくなって、木以外の植物も使った、ということはありませんか?」
「……ありうるわね。単なるつなぎにしては、具体的な描写が多すぎるもの」
「でしたら、アジアンタムも暗号と見た方がよさそうです」
「ポプラとゴレンシも、ついでに調べましょう」
【ポプラ(Poplar)】
ヤナギ科の落葉高木。
【ポプラ:木言葉とその由来】
・「成功」:苗木のうちから空へ伸びる生長の速さから。
・「勇気」「度胸」:材は柔らかいのに、風を受けてなお上へ伸びることから。
「ポプラの暗号の意味は、成功?」
「他だと、勇気・度胸ですね」
「なんだか前向きな、できたよ!みたいなイメージね」
「私もそのように思います」
次にゴレンシも調べる。
【ゴレンシ(Averrhoa carambola)】
カタバミ科の常緑高木。和名は五斂子。果実の英名はスターフルーツ。
輪切りにすると、断面が星型になる。
主な花言葉:
⦿「解決」:複雑に見える実も、切れば答えが星のかたちで現れることから。
⦿「道標」:夜空の星のように、進む先を示すという意味。
「ゴレンシは木言葉だったわね」
「木言葉が二つと花言葉一つですね。でも、指摘したら【葉言葉】とかいいそうですわ」
「言いそう!」
「ジュリエットさま、続けましょう。ゴレンシの木言葉は、解決・道標・調和・魔除け・問題解決です」
「魔除けは抜いていいわね」
「これは解決、問題解決っぽいですね」
様々なパターンをマーサとあーでもない、こーでもないと検討した結果、暗号を解読できたように思う。
人知れず品種改良をしていたポプラ ⇒ 人知れず【成功】
許可が下りない、担当官、ゴレンシを送る ⇒ 許可が下りないけど担当官が【問題解決】
担当官、アジアンタム、異動先は地下のある建物 ⇒ 担当官が地下へ【困難からの脱出】
「成功したのは、極秘ファイルの閲覧よね?」
「多分そうだと思います。閲覧用のパスコードがないと見れないと話してました」
「担当官を味方に引き入れて、無事見れたのが問題解決かな」
「はい、そしてその担当官を地下へ逃がしたと読めます」
私とマーサは、難解なミステリー小説を読破したような達成感に満たされた。
「マーサ、ミステリーもいいわね」
「私、もうジュリエットさまにおススメできる小説、ピックアップ済です」
「ちなみに主人公のタイプは?」
「もちろん知的眼鏡イケメンです!」
「腹黒でヤンデレなんでしょ?」
「……」
やはりマーサとは好みのタイプが異なる。
ミステリーだからいいけど。
+++
自信作の暗号を送った翌日、そわそわしながらジュリエットからの返信を待つ。
朝起きて返信を期待してしまったが、暗号の送受信はそんなに簡単なことじゃない。
「待つ楽しみというものもある」
思わず声に出してしまった。
周りを見渡して誰もいないことに安堵する。よかった、誰も聞いていない。
でも気を引き締めないといけないな。
一挙手一投足が見られていると思わないといけない。
それが継嗣という立場なのだから。
日課のルーティーンを着々とこなしながら、公務に励む。
ただ、これまでとは違った視点で、この国のルールである「義務」を見ていかなくてはならない。
義務違反者について、今まではどの地区に何名の違反者がいて、どのような対応がなされたのかという「報告書」を読むだけだった。
しかし地下に落ちた人たちの声を聞き、次代を担う者として、もっと具体的に彼らの声に耳を傾ける必要があると痛感した。
行き過ぎたルールが設定されていないか、時代に合わせて柔軟に対応すべき内容の有無について、検討していくべきだろう。
そんな深い思考の淵に沈み込んでいると、通信機の通知音が鳴って意識が急に現実に引き戻された。
返信が来た!
ベンは鍛錬に行ってくると言って不在だ。
チャットを開こうと通信機を手に持った時、緊急招集の通知音が鳴り響く。
ベンが慌てて駆け込んできた。
「殿下、西の大橋に続く道が崩落しています!」
「わかった、すぐに行く」
現場指揮を取るために、至急駆けつけた。なんとか被害は最小限で抑えられたが、復旧にはしばらくかかるだろう。
戻ってきたのは、夜も更けた頃だった。
暮月は空気が澄んでいるので、月が綺麗に見える。
「ベンも疲れたろう、下がっていい」
「そうですね、鍛錬で十人斬りを三セットしてからの崩落事故は、流石に堪えました。帰って寝ます」
「あぁ、よくやってくれた。ありがとう、おやすみ」
「お休みなさいませ、殿下」
珍しくまともな言葉で挨拶を返したベンは、よろよろと執務室を出ていく。
その後ろ姿を見送って、寝る準備を整える。
寝台に腰掛け、ジュリエットからのチャットを開く。
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From : マーサ
To : ベンヴォーリオ
日付 : 暮月・二日
件名 : おひさしぶりです
ベンへ
返信ありがとう。
お仕事が忙しいのはわかっていたんだけど、貴方からの返信が来なくて少し不安になっていたから、すごくすごく安心した。
何か私のメッセージが気に障ってしまったんじゃないかって、だからお返事をくれないんじゃないかって、考えれば考えるほど落ち込んで。
毎日新規メッセージが来ていないか、1日に何度も確認してた。
でもね、「毎日、君のことを考えていた」って書いてくれたでしょ?
一瞬でそんな気持ちが吹き飛んだの。
私が貴方を毎日思うように、貴方も私のことを同じくらい考えてくれていたんだって思うと、涙が出るくらいうれしくて。
自分がどれほど貴方のラブレターを待っていたか、いやというほどわかった。
国立植物園に公務で行ったのね。ネヴァにはないからうらやましい。
継嗣殿下が植えたポプラ、成長するのが楽しみね。
国境の緩衝地帯にも植樹する計画ができないかしら?
そうしたら、私も貴方も公務に随行して逢えるのに。
そうそう、とても珍しいお花の苗をいただいたの。
『ヒマラヤタマアジサイ』といって、地下に立派な根を張り、逞しく成長する品種みたい。
検索してみたら、夏から秋にかけてとても綺麗なピンクや薄紫色の花が咲くんですって。
貴方が私を思ってアジアンタムの栞を作ってくれるなら、私はヒマラヤタマアジサイのお花を押し花にして栞を作るわ。交換してお互いに持ち歩くの。
そうしたら、貴方に逢いたいこの気持ちが少しは慰められるし、いつでも貴方のことを感じられる気がする。
そんな日が待ち遠しい。
ラブレターが届く日も、そうじゃない日も。
いつも貴方を想っているわ。
長くなり過ぎて、ごめんなさい。
マーサより
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ロミオは通信機を握りしめたまま、うつ伏せにベッドへ倒れこみ、枕に顔を突っ伏した。
────今すぐそばに行きたい。不安だったと笑う彼女に寄り添って、もっと安心させてやりたい。
ジュリエットの言葉を不快に思う日なんて、一生来ない。
自分の気持ちに正直で、素直にそれを伝えてくれて。
私には君が眩しすぎる。
ジュリエットにこんな思いをさせるなら、どんなに短くても、暗号がない日でも、ちゃんとチャットを送ればよかった。
書く内容がないからなんて言い訳だ。
恋人を装っているはずなのに、いつもその設定を忘れ、全ての言葉が私を想っていると読めてしまうのが困るんだ。
決して表に出せないのに、知られてはいけないのに。
気持ちが溢れてしまうから。
ロミオはチャット欄の返信のボタンを押し、空白のチャット欄を開く、
ジュリエットからの暗号の、ヒマラヤタマアジサイの花言葉はまだ調べていない。
これから書くのは暗号じゃない。今だけ本当の自分で、一言だけ。
以前読んだお手本の恋愛小説の中で印象に残っていた言葉。
君が意味を知っていることを願って。
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From : ベンヴォーリオ
To : マーサ
日付 : 暮月・二日
件名 : 同じ月を見ていたい
マーサへ
「月が綺麗だよ」
ベンより
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ついに、ロミオも......恋に落ちました




