第十二話 未来の予定は、禁じられた恋の招待状
恋愛路線に戻ってきた......はずです。
花守の月・二十八日。宵。
ロミオから最後にラブレターがきたのは、花守の月・十七日。
〈しばらく、返事ができなくなるかもしれない〉
理由は一行も書いていなかった。木の名前もなかった。
暗号ですらない、ただの短い文。
すぐに了解の返信をしたけれど、もう十日以上、ロミオからの返信はない。
暗号として使った、青いネモフィラの花言葉。
「成功」を伝えたければ、黄色のポピーでもピンクスッションでも何でもよかった。
でも敢えて「青いネモフィラ」を選んだ。
ロミオは私がこの花を選んだ意味なんて、気づかない。絶対に。
だから他の文章がよくなかったのかもしれない。
「心の支え」なんて書いて、重かったのかな。
また返事を書いてなんて、催促するようで嫌だったかも。
公務が忙しいからという理由が一番当たっていると思う一方で、どうしても「自分の何かが気に障ったんじゃないか」という考えが浮かんでくる。
思考がネガティブに引っ張られる私を、マーサが心配そうに見ている。
「ジュリエット様、こちらから連絡したらどうですか?」
「……」
「お返事が2週間も来ないのですもの、どうしてるかくらい聞いてもいいと思います」
「まだ十一日よ!」
「申し訳ありません、間違えました」
いけない、マーサに当たってしまった。どうして私はこうなんだろう。
「マーサ、ごめんなさい。でも、公務が忙しいのだと思うし、特に共有が必要な情報がないだけだと思うわ。何より私たちは本当の恋人でもなんでもないんだし……」
言っててなぜか、心が痛くなった。
夕食は喉を通らなくて、湯浴みも早々に切り上げる。
一人になって寝台に座り、通信機を握りしめたまま、夜空を見上げる。
月が雲に隠れ、また顔を出すのをぼーっと眺める。
花守の月は、今日で終わる。
「その後、何か変化はあった?」みたいに、簡単に連絡すればいいのよ。
なのにできないのはどうして?
鳴らない通信機、変化のない受信箱を見たくないのは、なぜなのかしら。
マーサに言った言葉は何も間違っていない。
情報交換のチャットで、新たな展開がなければ連絡する必要がない。
私の気持ちが、余分なだけ……
ジュリエットは通信機をサイドテーブルに戻し、考えるのを放棄した。
+++
暮月・一日の夕方。
ロミオはうなっていた。開いている画面はベンが作った木言葉の一覧表。
「難しすぎる」
「殿下、さすがに今日は姫君にチャットを送らないと」
「わかってる」
わかっていることと文章が書けることは別だ。
チャット欄はいまだ空白のまま。
「使う暗号から整理しましょうよ。今回伝えたい情報は?」
「極秘ファイルを閲覧できたこと、音が鳴らない理由に目星がついたこと、協力者を地下に逃がしたことだ」
「では、まず極秘ファイルから」
何とか3つの木や植物をピックアップした。果物や葉が混じっているのには目をつぶってほしい。
ポプラ『成功』
ゴレンシ(スターフルーツ)『解決』
アジアンタム『困難からの脱出・自由・解放 』
これらを使って、私はこれから「ラブレター」を書かなければならない。
報告書なら秒で書けるのに……
********
From : ベンヴォーリオ
To : マーサ
日付 : 暮月・一日
件名 : 久しぶり
マーサへ
長い間連絡できなくてごめん。
君を放っておいたわけじゃない。毎日、君のことを考えていた。
今日はムスト国立植物園に行く公務があって、殿下がこどもたちと一緒に、ポプラの若木の植樹をしたんだ。人知れず品種改良をしていたポプラらしく、成長が楽しみだ。
許可が下りなくても、こうして日の目を見るまでやり続けた担当官には、特別手当としてゴレンシ(スターフルーツ)を送るつもりだって、殿下が言ってた。
マーサはゴレンシを食べたことがある?甘酸っぱい果実の味が人気で、輪切りにすると綺麗な星型になるんだ。勲章みたいだろ?
あと、小さく可憐な薄紫色の花が咲くんだ。すごく見たい。
二人で見れたら、うれしいだろうな。
そうそう、その担当官だけど、異動になるらしい。アジアンタムの研究を始めるようだ。
異動先でも活躍が楽しみだ。地下もある立派な研究所なんだって。
苦労もあるだろうけど、そこでも頑張ってほしい。
帰りにアジアンタムの葉を少し分けてもらったんだ。殿下が俺にもくれたから、押し花みたいに栞にして、いつか君に渡したい。
花じゃなくて、葉っぱの栞なんかいらないかな。
それでも、君のためを思って作るよ。
ベンより
********
「殿下……」
「これで伝わるだろうか」
「どこからどう見てもラブレターです。殿下、偉大な文豪の霊に憑依とかされてません?手が自動で動いたりとかしませんでした?自動書記っていう超常現象の映画を観たことあるんですけど」
「憑依されてないし、手動でタイピングした」
「本物の殿下ですか……?」
「木だけじゃなく果物や葉が暗号になりそうだったから、不自然じゃない場所を視察先に設定した。あとはホルトの名前を出さなくても担当官を脱出させたとつながるように、置きたい言葉を配置してから、空白を埋めた」
「文章を読むとロマンチックなのに、作り方が理系すぎて驚きます」
「穴埋め問題は得意だ」
なぜかベンが渋面を作って、憐れむような目で見てくる。
解せない。目標を達成したというのに何が不満か?
「でもっ、ちゃんと恋人へ贈る言葉っぽいのも入ってますね!」
「ベンが作ってくれた恋愛小説・初級編一覧から、2~3作を読んで踏襲した」
「そこで踏襲っていうところで、本物の殿下だと確信しました。宇宙人に乗っ取られてなかった」
「お前、私を何だと……」
まぁ、よい。
ようやくジュリエットに、ベンお墨付きの、らっ、ラブレターとやらを送れる。
ロミオは宛先を確認してから、慎重に送信ボタンを押す。
小さく可憐な薄紫色の花を思い浮かべながら……
+++
通信機が鳴った。
就寝の支度を手伝ってくれているマーサと一緒に、恐る恐るチャット画面を開く。
息を大きく呑む。
…………え??
これ本当にロミオが書いた?
疑問に思ったのは私だけではないらしい。マーサが首をひねっている。
木の名前が入っているから暗号文に違いないんだけど、私の目は違う言葉を追いかける。
長い間連絡できなくてごめん。
君を放っておいたわけじゃない。毎日、君のことを考えていた。
顔が赤くなる。胸が高鳴る。
暗号文でしかないのに、愚かすぎる。でも、喜びの感情が湧き上がってきて、止められない。
マーサが何か言いたげな顔をして、私を見てくる。
お願い、マーサ。今の私を見ないで。
「ジュリエット様、今日はもう遅い時間ですので、暗号の解読は明日にしてお休みになりませんか?」
「……そうね、そうするわ」
マーサがそっと扉を閉めて部屋を下がる。
気遣いをうれしく思いながら、もう一度チャット画面にあるロミオからのラブレターを読む。
別のウインドウを立ち上げて、ゴレンシの花を画像検索する。アジアンタムも。
この小さく可愛らしい薄紫の花を、ロミオが「一緒に見れたらうれしい」と書いてくれた。
恋人を装うための言葉なのに、未来の予定を入れたような、くすぐったい気持ちになる。
少し不器用な一つ年上のいとこが、緑の美しい葉を使って私のために、一生懸命栞を作ってくれる。
今だけはそんな想像をすることを許してほしい。
「大事にするに決まってるじゃない。ロミオがくれるものなら、一生の宝ものにする」
禁止の国の継嗣だけど、この想いを禁じることは、もうできなかった。
恋模様が低空飛行ですみません。
ここから先は、ジュリエットが恋する乙女になっていきます。




