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清貧に生きる野良神官は魔物退治をしながらお金を稼ぐ夢を見る  作者: 兎野羽地郎
第一部 第四章

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西中の原北部からの脱出②

 低空飛行で木の上すれすれを飛ぶ。

 お椀の縁は回転させて前後左右を満遍なく使えば長持ちするが、底は替えが効かない。上昇にはあまり力を使えない。


「なんでオークが渓流を越えるんでしょうか?」

「分からんな。だが、ごくたまにそういう例はあるらしい」

「森の中で戦ったことないけど、やっぱり苦戦するの?」

「陣形が使えんから、一対一が多くなる。魔法も弓も広範囲には攻撃できん。同数なら、まず負けるだろう」


 ゴブリンの洞窟では、土塁で相手の攻撃をしのぎながら後退したと聞いた。森は広すぎるから同じ戦法は使えない。


「渓流を陣地に見立てて支えるしかない。先に渡ってしまえば、後から来る敵を上から狙える。向こうも分かっておるから、そうそうは攻めかからんと思うが」

「要は相手の数ね」

「そういうことじゃな」


 すぐにでも合流したいが、今の私達では戦力にならない。まずは身体を休めなければならない。山小屋があれば……。


 西の方向を見ると、山小屋の煙が見えなくなっていた。火が消えたのだろう。


 あれ? なんかいるぞ……。


「西の空になんかいますよ?」


 黒いものが空に浮かんでいる。


「あいつら、私達を追いかけてた奴らじゃないの?」




 本日、三回目の空中戦になった。

 ガーゴイルは十五匹くらい。まともに戦っては勝ち目が無い。


 ベアトリクスが上手い具合に雷の魔法一発で二匹同時に落としたが、このままでは勝ち目がない。


「左から来たわよ!」 

「しゃがめ!」


 パウルさんに言われるがままに二人してしゃがむ。いきなり真横にズレるように飛ぶ方向を変えた。


「きゃー!」

「ちょっと! ちょっと!」


 ガゴッ!  体当たりした。衝撃でお椀の中で転げまわる。危うくチュルリの籠を潰すところだった。


「ちょっと、大丈夫なの?」

「投石機が飛ばした石を弾くんだぞ! これくらいでは壊れはせん」


 ていうか、中にいる私達が壊れそうなんだけど。


「よし! 相手が遠ざかったぞ」


 恐る恐る立ち上がって首だけ縁から出すと、ガーゴイルが遠巻きになって飛んでいるのが見えた。


「二匹ほど首根っこをへし折ってやったわ!」


 カラカラと笑っている。


「最初からこうした方が良かったんじゃないの?」

「うむ。今度からは体当たりを基本にしようぞ」


 頭にブラッディ・パウルの異名が浮かんだ。




 ガーゴイルは一定の距離を置いて、ぴったりとつけてくる。


「いつまでついて来る気かしら?」

「魔法で飛んでおると見当をつけとるんだろう」

「こちらの魔力切れを狙ってるんですか?」

「恐らくな」


 随分と粘り強いことだ。勢いで攻撃してくる魔物らしくない。


「ガーゴイルは魔力で動く人形だ。自ら思考し動けるようだが、感情なんかない」

「それって、禁呪なの?」

「違うだろうな。人がガーゴイルを操る、というのは伝承にもない。いわば、ドールやチャームの魔物版だろう」

「サボーディネイションでも駄目なんですか?」

「サボーディネイションで操ることは出来ても、生み出すことは出来んだろう? 根本が違う」


 色々と難しいな。魔法は奥が深すぎて分からないことが多すぎる。


「さて、そろそろ渓流が見えてくるぞ。これからはどうするんじゃ? 飛び越えるか?」

「一旦渓流に沿って東の方へ進んで下さい。相手の出方を見ましょう」

「分かった。ならば水面すれすれに飛んで行くぞ」


 渓流は曲がりくねってはいるが、お椀が飛ぶだけの幅はあった。左右から断崖が迫ってきて、時々木の枝が覆い被さっているがなんとか飛べそうだ。

 ガーゴイルは見失わないように一列になって飛んでいる。


「諦めずにつけてくるわね」

「奴らは疲れを知らんからな」


 仕方ない。出来れば宴会の時に呼んであげたかった。

 私は指輪を眺めてみた。

 白銀の指輪に水色の石がついていて、石の中心では濃い青色が渦を巻いている。


「デューネ。貴女に会いたいの。姿を見せて」


 合言葉を唱える。


「随分甘いセリフね。寂しがり屋?」


 一七五の会で一番に寂しがり屋のあんたが言うかい?




 指輪が光り、水が迸ってきた。ドンドン溢れてきて、人の大きさになり、形になり、彼女の顔がハッキリと分かるようになった。


「お久しぶり。ジャンヌ。呼んでくれないから、忘れたのかと思っちゃったじゃない。でも、いきなり空の上にご招待なんて気が利いてるわね」


 いきなり抱きしめられる。

 が、途端に顔をしかめた。


「あら、お風呂入ってないの。お肌に良くないわよ」

「それどころじゃなかったのよ。ていうか、デューネ、いつもその恰好してるの」


 娼館で買った水色のヒラヒラを着ている。完全に透けてはいないのだが、見えそうで見えないところが、また妖艶だ。スタイルが良いだけに、町を歩けばオッサン達の鼻血の海ができるだろう。


「気に入っちゃった。二つ買ってくれたから毎日交代で着てるのよ」


 ウフフ、と笑っている。


 デザインの違うのを夜着用に買った。それを普段着にしている。


「デューネ。久しぶり」

「ベアトリクスも元気にしてた? あら、パウルさんもいたの?」

「久しぶりだの」


 娼館で勇名を馳せるシャイな魔法使いが顔を赤くしている。


 それにしても、一週間しか経っていないのだが、遠慮は無用だったようだ。


「ところで、どうしたの? なんか変なのがついてきてるわね。」

「追われてるのよ」

「じゃあ、あれは敵?」


 うん。と頷く。


「分かったわ。折角呼んでくれたんだから、約束通り守ってあげる」


 じっと、私の目を見てくる。

 用心棒代だな。分かってますよ。


「ありがとう。帰ったらお礼にご飯奢ってあげる。それと、今度私達の仲間が全員揃うからお祝いパーティーやるの。その時に主賓で招待する予定なのよ。その時に着る服も買ってあげるわね」

「ウフフ。分かってるじゃない。じゃあ、とっておきを見せたげるわね」


 デューネが渓流に向かって右手を差し出して、ついっ、と上に跳ね上げた。


 ドン!


 大きな音がしたかと思うと、渓流から水柱が上がった。


 ドン! ドン! ドン!


 そのまま、立て続けに水柱が上がる。

 水柱は生き物のようにガーゴイルに近づくと、一匹一匹撃ちぬいて粉砕し始めた。


「凄いわね……」


 ベアトリクスが目を見張っている。

 パウルさんも後ろを振り返ったまま、あんぐりと口を開けてって……危ないから前を見てください!


 生き残った三匹のガーゴイルが慌てて上空へ舞い上がる。


「甘いわね。石の塊では私から逃げるのは無理よ」


 腕を高く上げると、一際高い、とんでもなく高い水柱が三本上がり、あっという間に逃げるガーゴイルに追いつくと、飲み込むと同時に粉々に砕いてしまった。




 ガーゴイルに追われていた理由を話すと、運んであげるから寝てなさい、と言われた。

 水のベッドとでも言うのだろうか、いつぞやのフワフワよりも柔らかい、フヨンフヨンした水の塊を作ってくれた。それが川の流れ具合に関係なく、ゆっくりと渓流を流れて行く。


 バフン! とした感触が心地よい。


「助かったわ。ありがとう」

「ウフフ。いいのよ。よくここまで我慢したわね」

「渓流まで来たら、何とかしてくれると思ってたから」

「正解ね。ここの水たちは、いつも感謝の気持ちを忘れない人間の猟師が好きみたいよ。それに比べてさっきの連中は不愛想だから嫌いだ、って言っているわ」


 そう言えば、パウルさんも、アンガスさんも、渓流を渡るときにはお酒を流してお祈りしていたな。


「儂の方からも猟師達や町の連中に言っておくよ。今まで以上に山や森を流れる水に感謝しろとな」

「最近クッキーをお供え物にしてくれているのは、パウルさんね」

「いや、あれは、ほら、ロビンソンに頼んでだな……」


 真っ赤な顔で、しどろもどろになっている。

 デューネには頭が上がらないようだ。


「いいのよ。三人共ゆっくり寝てなさい。味方のいる場所が近くなったら起こしたげる」


 頭を撫でられているうちに眠くなってきた。

 おやすみなさい、の挨拶もそぞろに、そのまま眠ってしまった。




 目を覚ますと、水のベッドは河原に乗り上げていた。

 パウルさんが腰まで水に浸かって魚を獲っている。


「よ、はっ! ようし。よっしゃ、よっしゃ」


 気のせいか、異様に生き生きしている。


「デューネ、おはよう」

「もう、夕方近いけどね。良く休めた?」

「うん。ありがとう。なんか、凄いすっきりした気分よ。もしかして、なにかやってくれたの?」


 デューネは身体の悪い物を取り除いてくれる。


「少しだけね。疲れていたようだったからね」

「ありがとう!」


 抱き着いて行くと頭を撫でてくれた。


「それがね。ジャンヌとベアトリクスはいいのだけどね。パウルさんがね、だいぶ身体に悪いのが溜まっていたから、ちょっと気合い入れて手直ししたのよ。そしたら、ああなっちゃって……」


「おう、ジャンヌ。起きたか。いやー! 若返った気分だ。ほら、四匹獲ったから一人一匹あるぞ。早うベアトリクスを起こさんか。腹が減っては戦もできんでなあ。 ワハハハ。 いやー、健康とはいいもんだなあ」


 明るいのはいつものことだが、身体の動きが何か違う。キレがあると言うか、滑らかだ。口調まで微妙に変わっている。


「大丈夫かな? あんなんでいい?」


 デューネが随分と心配している。


「多分、町に戻って普段の生活送るようになったら元に戻るんじゃないかな」

「普段どんな生活送ってんの? あの人?」

「よく分かんないけど、ああいう元気な人がデューネに手直しされるまでのパウルさんになるような生活じゃないかな?」

「不摂生の賜物ね」

「元に戻ったら、日頃の不摂生のせいだ! って言ってやればいいのよ」

「あはは。そうするわ。ありがとう、ジャンヌ」


 キュッて、抱きしめてくれた。


「じゃあ、ベアトリクス起こそうか。ご飯食べましょ」

「そうね。そうしようか」


 二人してベアトリクスの方へ行くと、大口を開けて寝ている。


「ベアトリクスはほとんど何もしなくても良かったのよ。どういう生活送ってるの?」

「この娘は、ひたすら寝てるのよ。だからじゃないかな」

「ふーん。やっぱり、睡眠かあ」


 ペタペタと自分の肌を触っている。

 一番綺麗だと思うけどね。




 ベアトリクスをアウェイクの魔法で起こしたら朝食だ。

 街道クッキーも四つあるから丁度良い。

 デューネが街道クッキーをパクつく横で、塩を揉み込んだ魚を炙りながら作戦会議だ。


「これからどうするの?」

「うむ。ハンス達と合流して、オーク共が渓流を越えて来るのを阻止せんといかんな」

「そこは譲れないのね」

「そうじゃ。儂ら人間は普段は渓流の北へは行かん。魔物達も南には来ん。お互いに雌雄を決する日が来るまでは不干渉が基本だ。」

「今回はどうしたんでしょうか?」

「今回は人間が先に侵入したんだ。原因は儂らにあるだろう。連中は連中で護っておるものがあるんだろうな」


 一触即発の相互不干渉か。しかも今回の争いの原因は人間にある。


「じゃあ、渓流の北で戦って勝っても恨みを買うだけですよね」

「そうなるな」

「一旦渡らせて撃退すれば、双方痛み分けになりませんか。ここは喧嘩両成敗ということで」

「面白いことを言うの」


 そうなのだろうか? 両成敗は基本だと思っていたが……。

 何故かデューネが頭を撫ででくれた。


「作戦としてはどうなの?」

「やれんことはないだろう。情報収集と作戦能力なら魔物には負けん。ただし、川を越された後に防衛拠点がないといかん」

「作りましょう!」


 パウルさんがいる。堀と土塁なら東の原でも作った。加えて、お椀と魔法陣の罠とロビンソンさんの偵察能力があれば……。


「よし。ハンスに提案してみよう」


 方針が決まった。上手くいけば、しばらくは魔物が南に来ることはないだろう。


 中立のデューネとはここで別れた。私は逃げようと思えば逃げられるからだ。

 デューネが合言葉の「またね、ジャンヌ」を唱えると、抱き着いていた腕の中から、指輪の中に消えていった。


「あの娘変わったわね。なんか柔らくなったって言うか……」

「もう友達だからじゃろう。以前会った時は、精霊と人間だったからな。今はそういうのはもう関係ないじゃろう?」


 確かにそうだ。友達の一人だな。

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