第十七話 賊の末路
三日目になった。
ここからが本番だ。
今までは衛兵隊五十人が一緒だったから魔獣も近づいて来なかった。ここからは別行動になる。しかも私達も二手に分かれる。地上班と空中班だ。
朝早く衛兵隊四十五人を見送った後、居残り組で集まった。
マックバーンさん率いる護衛の衛兵隊が五人、マルセロ商会が六人だ。
「では、何かあった場合はジャンヌがライトで照らし、我々は火矢を上げる、ということで良いですか」
「うむ。そうしよう」
「念の為、小鳥を一羽預けておきましょうか。何かあったら、足にメッセージを結び付けて空に放って下さい。そうすれば、ここに飛んでくるようにしておきますよ」
ロビンソンさんが手近な小鳥を呼び寄せる。芋虫の入った小袋と一緒に、小鳥を一羽渡してくれた。手のひらにちょこんと乗ってきて、チュルリチュルリ、とよくさえずる。背中は薄緑が混じった茶色でお腹が白い。顔と胸がオレンジ色の可愛い鳥だ。首を左右に傾けながら、黒い小さな丸い目で私を見てくる。
「可愛い!」
芋虫を上げると、やや平べったい茶色い嘴で咥えたまま真上を向いて、一息に飲み込んでしまった。
チュルチュルと右の肩に乗ってくる。
「あんたって、ホントに色々なのに懐かれるわね」
「凄いなあ。羨ましいよねえ」
散々警戒された挙句、辛うじて芋虫を食べさせることができたベアトリクスとボニーが不思議そうにしている。
「ジャンヌが色々な生き物懐かれやすいのは、そういう資質があるからかも知れないよ」
ロビンソンさんにも言われてしまった。
「じゃあ、ジャンヌもサボーディネイションが使えるかも知れないの?」
「そこまでは分からないが、直ぐに動物が懐いてくるのは僕が子供の頃によく似ているね。もっとも、僕の場合は、特に餌をやらなくても良かったけどね」
お腹が空いている連中限定か。そう言えば狼もお腹を空かせて集まって来たんだったな。
「あんた、マドンナ・ランキングで入賞したけど、町のオッサン達に変な魔法でも使ったの?」
「使うわけないでしょうが! どういう魔法よ!」
「冗談よ、冗談。あんたに懐いてるのはお腹を空かせた動物だけじゃないわよ」
朝ご飯を食べる前に抱き着いてきても嬉しくないぞ。
ロビンソンさんが放った鳥の斥候が帰って来た。
「大丈夫だね。さっきまで衛兵隊が大勢いたせいか、魔獣もいないようだ」
ふむ。とパウルさんが頷いた。
「マックバーン。衛兵隊の今後の予定を教えてくれんか」
「いいだろう。今まで予定通りきている。つまり、変更はない。今日は夕方まで進み。夜半まで休む。その後、夜明けの襲撃に間に合うように進む予定だ」
「なるほど。朝駆けを選んだか」
腕を組んでひとしきり考える。
「どうだ、マルセロ。衛兵隊が襲撃する前に空中班が事前偵察をしておいた方が良いと思うが」
「退路はどうします?」
「昼間は空中班が、陽が落ちてからはロビンソンに任せよう」
「確かに戦闘の経過は人の目で見た方が良いですね」
マルセロさんがニコニコと頷いた。
「マックバーン。どうだ?」
「お任せするよ。あんた達の腕は良く知っているつもりだ」
「ならば決まりだな。空中班は早速出発するぞ。ボニー、お前は木に登っておけ」
「はい。分かりましたぁ」
その後、前の晩に泊まった場所まで三往復して、一旦休むことにした。私達が寝ている間は、ベイオウルフ達が護ってくれる。
「ベイオウルフ。よろしくね」
「ああ。ゆっくり休んでいてくれ。なにかあったら、たたき起こすから大丈夫だよ」
槍を手にぶっそうなことを言って笑っている。
「ねえねえ、ベアトリクス。最近、ベイオウルフが荒っぽくなってない」
「ほら、ヴィルがいるし。良く一緒に飲みに行ってるみたいよ」
なるほど。友達は選ばないといけないな。
夜半に出発だ。ロビンソンさんが呼び寄せた梟が、ホウホウ、と鳴くのを聞きながら、目が半開きの魔法使いをお椀に引きずっていく。
「ジャンヌ。時間があったから、これを作っといたよぉ」
ボニーが鳥籠を渡してくれた。
「ありがとう。相変わらず細工物が上手ね」
「ボニー。今度衛兵隊の工作所の二人を紹介してあげようか。細工物の上手な人、このネックガードを作った人がいるのよ」
「私は金属の加工よりも木の方が好きかなあ」
「あっそ」
ニヤついていると振られ魔法使いが睨んできた。目を逸らしておいて、出発の準備をする。
チュルリ……チュルリチュルリと鳴くから、チュルリと名付けた……を見ると、私の肩に止まって寝ていた。そおっと足を放して止まり木に掴まらせて、その止まり木ごと籠に引っ越す。
ロビンソンさんに芋虫の入った小袋を一つ貰った。お椀に乗り込み出発だ。
「ベアトリクス。ジャンヌ気を付けて」
「二人共頑張ってねぇ」
「ありがとう。行ってくるね」
「じゃあ、後はよろしくね」
木の上に上がると、月がないので真っ暗だ。
十一月の夜中ともなると、ハッキリ言って寒い。吐く息も白い。秋用緑マーブルを外套兼用にしておいて本当に良かった。
「方向分かるの?」
「星を見ろ、星を」
そうか。
右の空に一七五の会の星が見える。
「北極星を見ながら進むんですか?」
「そうじゃ。常に右に見えておれば真西に進んでおる証拠じゃ」
「そのまま飛んで行くの?」
「いや。一時間では着かんので途中で休む」
「休んでからが本番ね」
「そうじゃ。ジャンヌ。カモフラージュの巻物は忘れてはおらんの?」
「はい。三本持ってます」
物入袋にはマルセロさんに貰った巻物がある。カモフラージュが三本、ホーリー・ランスが一本、マルセロさんのヒールが一本、入っている。
「うん。衛兵隊が襲撃する前に上空から偵察しておくからな。少し寄り道するぞ」
そう言って、右の方へ方向転換して北西の方向へ進んで行く。
「ベアトリクス。魔物がおったら、とりあえずぶっ放せ」
「雷でいい?」
「上等じゃ」
夜空に星だけが輝く真っ暗闇の中を進んでいった。
少しだけ木の上で休み、東の空が白むのを待ってお椀に乗り込む。
「私の姿を隠しなさい!」
合言葉を唱えて姿を消すと、一旦北に向かい様子を伺う。目的地を飛び越えたらしい。魔物がいないことを確かめるためだ。北西から進まないと姿を消していても影が地上にいる敵の周囲にできる。よもやバレることはないだろうが、念の為だ。
東の空が赤紫色になり、陽が昇ってきた。
「見えたぞ」
パウルさんが指さす方向を見ると、森の中に開けた場所がある。平坦な荒れ地だ。日が昇るにつれ、荒れ地の東の端に大きな山小屋というか、小さな砦のようなものが見えてきた。周りを柵が囲んでいる。
なにやら人が動いているのが見える。
「もう始めてんの?」
「いや、夜が完全に開けるのを待つはずだ。そうしないと逃げられるかもしれんから、と言っておったが」
ゆっくりと近づくと、人が一人走ってくる。後ろを振り返りながらヨタヨタしている。追われているようだ。
「仲間割れでもあったのかしら?」
「だとすると、引っ捕えんといかんな」
「あっ、転んだ」
背中に矢が二本刺さっている。
「助けましょう!」
「うむ。ベアトリクス、詠唱しておけ」
「雷ね」
ベアトリクスが詠唱を終える頃、倒れた人の所へ着いた。一旦カモフラージュとお椀を解除する。
「大丈夫ですか?」
「あっ、ううう。み、水」
水筒を渡して水を飲ませると、パウルさんが手拭を渡す。
「噛んでおけ。矢を抜くぞ」
うつぶせに寝かせてナイフで服を切り裂いて傷口を見る。そう深くはない。命に別状はなさそうだ。これなら私のヒールで十分回復できる。
パウルさんが右足で踏んづけると、呻くのも構わず、一本、二本と矢を引き抜いた。
ヒールで回復し、水筒の水をぶっかける。
「すまん。助かった」
三十代だろうか、髭を剃っていないし髪もボサボサだ。服は洗っていたのか、そんなには汚くない。
「一体何があった?」
「ねぐらが、オークに襲われたんだ」
「!」
密入国者を名乗って誘導尋問した結果、何が起こったのかが分かった。
男はエングリオの脱走兵で、この先の山小屋に仲間と共に潜んでいたらしい。夕べ深夜に突然オークに襲われたのだそうだ。
「いきなりだったんだ。ちょうど俺は用を足しに外へ出てたんだが、矢を射かけられちまった。幸い深手ではなかった。そのまま死んだフリをしていて、隙を見て逃げ出したんだ」
よくも助かったものだ。オークはとかく残虐だという話を聞く。
「オークは今も山小屋におるのか?」
「居ると思う」
「何匹いた?」
「暗くてよく分からないが五十はいたと思う」
思わずベアトリクスと顔を見合わせた。山小屋とは言え防御施設にオークが五十なら、衛兵隊四十五人では敵わないだろう。早く知らせなければいけない。
「他に生きている者はおらんのか?」
「駄目だ。俺の他に十人いたんだが、皆やられちまった」
「男ばかりか?」
「そうだ。女が一人来る予定だったが、都合が悪くなったと言っていた」
来る予定か。良くも言ったものだ。娼館のお姉さんを攫ってくる予定だったのだろう。
「そうか。ところでな、悪く思うなよ」
パウルさんが目くばせすると、ベアトリクスが雷の魔法で気絶させた。手足を縛って猿轡をする。
「とりあえず衛兵隊に引き渡そう。それと、オークがおることを知らせんといかん」
お椀に捕虜を乗せ、カモフラージュの魔法をかけて、小屋の上空を飛んだ。
確かにオークが何匹もうろついている。
確認は出来た。
衛兵隊がいるはずの東に向けて飛んで行くと、山小屋からそう遠くない所まできていた。
慌ててハンスさんに行軍を止めて貰い、捕虜を引き渡して事情を説明する。
「オークが五十以上だと?」
「そういう話じゃ。ここはマルセロと合流した方が良いぞ」
「そうだな。一旦引こう」
「殿は儂らが引き受ける」
「あんた達にやらせるわけにはいかん」
「儂らは空の上におるんだぞ。適当に偵察してから後を追うよ」
「戦闘はしないと約束できるか」
「降りかかる火の粉を払う程度は認めて貰えるんだろうな?」
「積極的には戦うな。そうなる前に離脱しろ」
「分かっておるわ」
衛兵隊を見送った後、三人で相談する。
「偵察って言っても何をすればいいの?」
「衛兵隊がある程度離れるまで見張っておけばいいんじゃ」
「オークがこちらに移動してきたらどうするんですか?」
「空の上から挑発しておけば大丈夫じゃ。矢が届かんところにおったら、まず心配はいらん」
確かにそれはそうだ。
「それとロビンソンから預かった鳥を伝令に出さんといかんな」
チュルリを見ると目を覚ましていた。
私と目が合うと、チュルチュルと鳴き声を上げている。
待っててね、と声を掛け、簡単に用件を書いた羊皮紙の切れを足に括り付ける。芋虫を三つほど食べさせて空に放つと、鳴きながらくるりとひと回りした後で、東の空に飛んで行った。
「よし、じゃあ、偵察といこうか」
「はい!」




