第四話 二度目の氷の島②
副魔王が姿を現してくれたので、シャワーの魔法で火を消して、お椀を副魔王のいる洞窟の入り口へ寄せていく。こちらはこちらで手を振り、あちらはあちらで手を振ってくれるので、船の接岸風景の様になった。
「ジャンヌ。良く来たな」
「お久しぶりです。お元気でしたか?」
「お陰様でな。ところで隣におるのはアラクネではないか」
「はい。以前、お話した友人です」
ヴァイオレットが、私の袖を掴んだ。緊張しているのだろう。手を握ってあげた。キュッと握り返してきた。
「こういう時は、初めまして、の挨拶をするんじゃったな」
「人間風ではそうなります。面倒ならそちらの流儀で結構ですよ」
「そっちの判断に任せる」
訪問側の挨拶に任せるとは、なかなか心が広いじゃないか。
「初めまして、引退した魔王様の元片腕がいるって聞いてさ。ジャンヌがこの島に来るって言ったから連れて来て貰ったし」
「そうか。良き友人を得た様で何よりじゃ」
「うん!」
副魔王がヴァイオレットの肩を軽く叩くと、緊張が一気に解けた。
前回同様、表に出て宴会を始めた。
前回は、副魔王に人間側が対面する形になったが、今回は車座になった。副魔王の横に私、その横がヴァイオレットだ。反対の側にはヘンリー様とエレノア様が並び、ウィルソンさん、ロビンソンさん、ヴィルときて、ボニーがヴァイオレットの隣になった。
手土産と称してワインとフィニスのお酒で幾樽も持って来ている。私の作った蜂蜜酒も持って来た。つまみは無論、干し肉だ。他に鱈の塩漬けもある。司教様にお願いして売って貰った。
「済まんな。こういった強い酒は手に入らんのでな。有難い」
副魔王は、久しぶりだ、と言いながら、ヘンリー様と、差しつ差されつ、気分よく飲んでいる。氷の島に来てからは、果実酒を作っているらしいが、フィニスのお酒の様に強いのは作れないのだろう。
その内に、ヴァイオレットの日常やらについて、聞き始めた。
「普段はゴブリンの護衛だよ」
「護衛? 何から守っておるのだ?」
「元魔王軍のオーク。でも、最近はオーガが角無しになって大人しくなったし、護衛と言うよりは縄張りの巡回かな。何か変なのがいたら困るし」
「角無しとはなんじゃ」
「オーガだよ。角取れたら大人しくなって果物や木の実ばっかり食べるようになるんだ。最近はエルフと一緒に豚飼ってるし」
「何? 一体、何の話をしとるんだ? ちとゆっくり説明してくれんか?」
明らかに混乱しているが、無理も無いな。
これこれと説明したら大層驚かれた。無理も無い。人食いと呼ばれ、残虐の代名詞の様なオーガが、角を落としただけで兎や栗鼠に囲まれる果物好きになったのだ。
「ふーむ。オーガは人間の一番悪い所を全部集めた様な魔物で儂は好かんかったが、角を落とせば真逆になるのだな」
副魔王が言うには、オーガは、我儘をひたすら押し通し、強きにへつらい、弱きをいじめる。いじめる時は複数でいびり殺して喜ぶ様な連中で、しかもそう言った所業を周囲に自慢する鼻もちならない連中だそうな。魔族の間でも評判が良く無かったが、対人間にけしかければ良いと幹部連中は思っていたそうだ。
「オーガを含む人型の魔物が、人間の魂を使って呪術で合成された生き物だと言うのはご存じですか?」
エレノア様が聞く。
「知っておるよ。元は魔物に対抗しようと何人かの魔力の扱いに長けた人間が集まって作ったはずだ。今から一万年には届かんか。五千年よりは前じゃったと思うが、まあ、その位昔じゃな」
五千年より前で一万年に届かないなら、七千年か九千年前じゃなかろうか。二千年に一回の魔力のうねりとやらが関係しているとしか思えない。
「ジャンヌが討伐に参加したのは、悪霊でした」
「ほほお、ジャンヌはその様な事もやっておったのだな。大したもんだ。どうだった? ジャンヌ。その悪霊、元は人間だったろう?」
「はい。何でも、色々な生き物の魂を取り込んだらしく、強力になっていました」
「最初に悪霊になった者共が、どこでどうしておるのまでは儂も知らんが、戦場の幽霊を取り込んで仲間を増やしておると聞いた事はあるな」
やっぱりそうか。人口が増えるに従って、魔王軍も数が必要だ。あちこちで作り始めたに違いない。
「何故、その様な事になったのかご存じですか?」
エレノア様が更に聞く。てっきり自分で調べろと言うかと思ったが、副魔王はきちんと答えてくれた。
「作ったは良いが人間の手には負えんかった。人間の言う事を全く聞かんかったからな。その内に、女神の意に反するとか言いだした神官連中に殺されてしまった。言わば魔物を増やした責任を取らされたんじゃろう。それで悪霊になってしもうた。無理も無かろう。裏切られた訳じゃから。それで、魔王崇拝者になってな。我らに自分の技術を売り込んで来たのよ。魔王軍としては人間の忌まわしき技術を人間相手に使っておったわけだ。ある意味、人間の自業自得だ」
やっぱり、そうか。そんなとこだろうとは思ってはいたが、実際に証言されるとがっかりだ。
「儂や魔王はどうでも良かったんじゃが、幹部連中が戦力になると言って気に入ってな。それがきっかけで、魔王軍を本格的に組織したんではなかったかな。儂は使わんかったがな。多分、魔王も本音の所は嫌だったはずだ。しかし、あ奴らは、ある意味人間じゃ。核になる魂が人間じゃからな。人間同士戦わせておくには丁度良かった」
なんか、聞けば聞くほど人間の馬鹿さ加減が嫌になるな。自業自得と言われても仕方が無いような気もする。
ところでだ。さっきからヴァイオレットが袖を引っ張っている。理由は分る。
「あの、教えて貰えるのは有難いのですが……その、魔王軍に関する事を話せば魔王に呪い殺されるんじゃなかったでしたっけ? 大丈夫ですか?」
「ほほお。ジャンヌは人間の大敵であった儂の心配をしてくれるのか。優しいの。アラクネ……ヴァイオレットだったな。ヴァイオレットが懐くのも分るわい。しかし、心配はいらん。今まで話した事は、人間の伝承にも残っておったはずじゃからな。言った内に入らんわい。もっとも、最初にオーク共の合成を依頼したどこかの集団が、記録を抹消したやも知れんがな」
今まで聞いた範囲で考えると、神官の集団になる。もしかしたら、今の教会の元かも知れないな。闇の歴史と言う奴か。つくづく酷い話だ。
「ところで、この度は何をしに来た? 儂に用があって来たのではないのか?」
オークのなれそめを聞いた人間側が静まり返っていたら、気を使ってくれたのか話題を変えてきた。こちらとしても、その方が有難い。何せ、今回は私が交渉する様にとエレノア様に言われた。決闘したからだ。一応私が勝ったので、私が交渉したほうが有利に運ぶらしい。
こうこうこうだ、と説明する。
「ふむ。儂が餌用に飼っておるカエルかその卵を譲って欲しいと言うのだな」
「お願いできますか?」
「成体は難しいな。卵は構わんが、カエルは儂も増やさんといかんでな」
「では卵で。何か引き換えに出来る物があれば良いのですが。例えば、今飲んでいるお酒なんかどうですか?」
カエルの卵の価値が分らないし、地竜と違って金貨なんか要らないだろう。フィニスのお酒くらいしか思いつかない。エレノア様も、それを見越して買い込んだのを船に沢山載せている。
「ほほお。この酒か。それは有難いな」
エレノア様を見ると、何故か笑いながら頷いてくれた。
「では、お酒と交換で良いですか?」
何故か副魔王も笑っている。
「駄目ですか? 結構持って来ているのですが」
「儂はジャンヌとの決闘に負けたでな。言う事を聞かんといかん。しかし、くれるものは貰っておこうか。結構な量の酒を貰えるとは、誠に結構な話だな」
ニヤニヤ笑っている。
エレノア様も吹き出した。
「折角持って来たのですから、ジャンヌが言った様に全て差し上げましょう」
「済まんな。では有難く頂こうか」
やってしまった。確か五十樽くらいあったはずだ。
この辺は、まだまだ甘かったな。ベアトリクスがいれば良かった。
副魔王が言うには、カエルは大人になれば毎年の様に沢山の卵を産むらしい。ただし、野良のカエルの卵は魚や水鳥の良い餌でまともに孵ってオタマジャクシになるのは少なく、そこから十分な大きさの親ガエルになる間にもかなりの数が食べられてしまうそうだ。なので、副魔王の飼っているカエルは地底湖で飼っている。ただし、餌が不足すれば共食いをするからムシの飼育も大事なのだそうだ。
「やや少なめに餌を与えると良い。そうすれば弱いのが強いのに食われて淘汰されるからな。そういった環境を生き抜いた者こそ飼うに値するのだ」
熱心に演説しているのだが、どうせ二つ頭の餌用なんだから一緒じゃないのか。まあ、趣味に拘りがあるのだろう。ヴィオレットが熱心に聞いているのが面白いな。
つまり、卵は沢山あると言う事だ。
「丁度、つい先日一斉に産んだばかりだ。持っていくがいい。ただ、半分は残しておいてくれんか」
「半分て、どのくらいですか?」
「どうだろうな。数えた事は無いが、一万や二万ではきかんと思うぞ」
「万!」
そんなにはいらない。
「そうか? ジャンヌのお仲間はそうでもなさそうだぞ」
エレノア様がガッツポーズしていた手を慌てて下げる。
「ああ、念のために言っておくが、魔王の復活する洞窟の三層に孵ったカエルを放すのは止めておいた方が良いぞ。飼育したカエルなんか、どうせ食われてしまう」
「そうなのですか?」
エレノア様が愕然としている。なるほど、そういった狙いがあったのだな。
「あそこのカエル達は儂が手掛けた本当に強いカエルでな。若いカエルを相当食っとるカエルの中のカエルじゃ。新しいのを沢山放したとしても、良い餌になってしまうだけじゃな」
「そ、そうですか。残念です」
「まあ、魔王も幹部もそう馬鹿ではないからな。討伐した所で、洞窟そのものは簡単には制覇出来ん様にしてあるはずだ。頑張って挑戦すれば良いわ」
「はあ、分かりました」
がっかりしているな。きっと、卵をちょろまかす積りだったに違いない。
しかし、共食いに関して、エレノア様のネズミに関する考察とは違う。ネズミは共食いをしなかった。ただ、ゲジゲジの共食いを見た事がある。
「ほほお。詳しく研究しとるな。感心じゃないか」
「はい。少しは研究をしておりますので」
褒められたエレノア様も嬉しそうだ。
「他のは知らんが、ムシやカエル、トカゲ、ヘビについては、ちと詳しくてな」
そう言うと、副魔王は今まで自分が飼った魔物について解説を始めた。飼うのが趣味と言っているだけあって詳しいのなんの。エレノア様もネズミやナメクジの牧場をやっているだけに関心も深い。話が合うのか幾らでも喋る。もしこの場にリッチーがいたら、千年は話し込んだんじゃなかろうか。
遂にヴァイオレットが気を失いそうになり、そうと気付いた副魔王が話をまとめてくれた。
結論から言うと、魔獣でも、ヘビ、トカゲ、カエルと言った毛が生えていない無表情な連中は普通に共食いするらしい。ムシもそうだ。副魔王が言うには、毛が生えていて、卵では無く妊娠して子供を産むのは家族を中心とした群れを作る。その辺りから共食いが極端に少なくなるそうな。
「面白いじゃろう。そなた達は、様々な種族との共存共栄を図っておるのだろう? 研究すれば何かと分るかも知れんぞ」
「はい。精進したします。次回は、私よりも詳しい者を連れて来ましょう。きっと、お話が合いますよ」
「それは楽しみだな」
三回目はリッチーが来る事が確定だな。
翌朝、カエルの卵を取りに保管場所へ行った。
保管場所は、地底湖とは全然違う場所の森の中の池にある。折角おたまじゃくしになっても親ガエルに食われては意味がないのである程度大きくなるまでは、そこで育てるらしい。餌は何かと聞くと、川底の石とかにくっついている苔の親戚の様な奴、小魚を刻んだの、後は共食いだ、と返って来た。共食いさせると攻撃的なのが育って良いらしい。その辺は魔族だ。後ろ脚が生えて来た頃に地底湖の別の場所に移して小魚を与えつつ魔物化……巨大化の速度を速め、半年後にある程度の大きさになったら、地底湖デビューだ。その後、二つ頭の餌にならず、今の親ガエルから無事に逃げ延びた若ガエルが立派な親になるのだそうな。
エレノア様が聞いた事を羊皮紙の切れに描き写している。帰ったら、孵化させる場所とか、餌とかを用意しなければならない。
テレポートで一気に跳ばしてもらう。森の中の池には黒い目玉が無数に浮いている。
「お椀を水槽代わりにして船まで運びます。船には水槽をあつらえているので、白い島まで運べるはずです」
「そうか。クランプ・ウォーターで水と一緒に移動できるから、移せば良い」
ウィルソンさんが大型お椀を作り、教えて貰った通りにエレノア様が池の水諸共移す。
「ふむ。二、三千は入ったのではないか」
「十分ですね。ではこれだけ頂きます」
「うむ」
十分過ぎる様な気もするが、どこで飼うかも決まっていないし、飼っていると色々と食われるかも知れない。魔王の洞窟三層のムシを減らすのは無理っぽいが、ムシが沢山湧いている魔境はあちこちにあるし、多目に貰う分には問題無いだろう。




