第四話 二度目の氷の島
作戦そのものは成功裏に終わったので、一旦隔離病棟に帰って来た。レナータの分身に伝言をお願いして、中の原に行ったゴブリンのお母さん達も呼んで貰った。
感想を聞いた結果、自分達もああなりたい、と口を揃えて言った。生活している地域自体は、こちらは端の方とは言えドライアドの森に棲んでいる。にも関わらず、中の原ゴブリンの方が良い環境で暮らしていると思ったらしい。
違いは何か?
やはり清潔な生活環境だった。棲み処の掃除を始めとする様々な守り事は、面倒だが子供が病気になりにくくなるとの話だった。確か、中の原ゴブリンが生活習慣を変えたのも、衛生面を考慮したロビンソンさんの指導の結果だったと思う。始めはサボーディネーションを使って無理矢理やらせていたのが、途中から自分達でやり始めたと言っていた。
決定的だったのが、長老を含めたお母さん同士で情報交換した結果、中の原のお母さん達に、そんな汚い所に棲んでるくらいなら引っ越して来いと言われた事らしい。母親である以上、家族の健康を考え棲み処を清潔に保つのは当たり前だと。盛大に同情された挙句、綺麗な棲み処を自慢されてしまった。同族に憐みの目で見られてしまい、いたくプライドを傷つけられたお母さん達が奮起したらしい。鼻息も荒く、教えろと長老に迫ったそうだ。
しかし、そうかと言って簡単には変わらない。その点については既に長老が考えていた。長老と中の原ゴブリンのお母さん達が定期的にレナータの木を使って通勤すれば良いのだ。元より精霊に国境は無い。エオウィン様やサクスブルグも了承してくれた。
「後は、アンフィスバエナ退治ですね」
エレノア様だ。
この点についても、ロビンソンさんは問題無しだった。それどころか、稼ぎも良いし、ゴブリンとの事もあるので積極的だった。話し合いの結果、月に一回、ゴブリン達の教育も含めて、エオウィン様の依頼を受ける事になった。人間だから移動はヘンリー一行の超高速お椀だ。
後は、私だ。
「ベアトリクス、一七五の会としてはどう思いますか?」
何故か、私の予定をベアトリクスに聞く。
「そうね。基本線はそれでいいと思うわ。でも、ジャンヌも色々と忙しいし、代替え方法があってもいいかもね。来れない時や、来たとしても次まで間が空くからその間どうするかね。ノーザン・グラムの方で何かアイデア無いかな?」
そして、何故かベアトリクスが当たり前の様に答える。しかし、言ってる事は正しいな。
「なるほど。確かにそうですね。では、ジャンヌ様達がいらっしゃらない時に、こちらで作業を進める方法を検討しましょう」
結局、私が参加出来ない時は、ライトの魔法陣を描いてロビンソンさんに託す事になった。魔法陣の発動には発声が必要だ。付けるにしろ消すにしろ、接近して声を出さないといけない。ただ、毎回毎回丸一日ぶっ通しはきついので、一回発動して終了できる程度をやる事になった。
次いで、餌のカエルをどうやって集めるかが課題になった。
エオウィン様は、冬の間継続的に冬眠中のカエルの寝込みを襲っていた様で、報奨金を出して積極的に氷漬けを作っていたらしい。現時点で、三百匹は在庫があるそうな。しかし、相手は食い意地の張った二つ頭だ。二匹ずつ食われるとすれば百五十匹分にしかならない。それに、ロビンソンさんがいない時は、何匹か逃げるかも知れない。もっと集める必要がある。
「カエルの飼育でもすれば?」
ベアトリクスは簡単に言うのだが、カエルの牧場ともなれば、ムシが一杯いる広大な湿地が必要だろう。ヘビの類がいない事も条件になる。果たして、そう都合の良い場所が……そう言えばあったな。
「エレノア様、カエルを沢山飼っている人がいましたよね?」
「その様な酔狂人は、私の知り合いには……一人いましたね」
エレノア様も思い出した様だ。
「それは頼もしいですね。一体、どなたですか?」
「エオウィン様もご存じの方です」
「私がですか?」
「はい」
首を捻っているな。そろそろ、答えを教えてあげようか。
カエルを飼っているのは、氷の副魔王だ。自分が趣味で飼っている二つ頭のために、カエルとムシを飼っている。頼めば分けて貰えるかも知れない。
「今なら、教会が鱈漁をやっているはずです。プライスに聞いてみましょう」
エレノア様が、書簡送信用の魔法陣を取り出した。
プライス様からの返信では、自分達でやって欲しい、との事だった。
「氷の島に行っている神官には荷が重い様です。ジャンヌが直接行かないと駄目なのではないか、と言ってきました」
「流石はジャンヌ様ですね。では、我が国が船を出しましょう」
話しが早すぎます!
第一、そんなに急ぐ必要があるのだろうか? 確かに、子ヘビが親になったら面倒だ。しかし、強力な結界があるから封じ込めが出来ている。
「討伐以上に、急ぐ理由があると言えばあるのです」
「何ですか? それは?」
また、適当な事を言うわけではあるまいな?
と思ったら、あれ? エオウィン様や幕僚達が神妙な顔つきで私を見ている。一体、どうしたんだろう?
「アンフィスバエナの皮で作った防具は、魔法防御、物理防御共に非常に高く優秀な防具が作れます。皮の鎧兜だけではなく、チェーン・メイルの下にも着込めますから、どの兵科にも使えます」
それは素晴らしい事だと思う。戦争になった時に負傷者や死亡者が減るだろう。だからと言って、急ぐ理由には……。
まさか……。
「戦争が近いのですか?」
大陸の休戦状態が終わって再開されたのか? しかし、北西海岸条約国は、中立では?
「近いか遠いかは分かりません。ただ、備えは必要です。ノーザン・グラムは、戦場に近い海域に船を出しているのですから、猶更です。戦場では何かの間違いが良くあります。間違いで被害者が出る様な事は避けるべきです」
エレノア様の言葉に、エオウィン様や幕僚達がゆっくりと頷いた。
それもそうか。と思っていたのだが、後でベアトリクスに言われた。仮に大陸の情勢が不安でも、民間のロビンソンさんやベアトリクス、私がいるのに真相を言う訳が無いと。
「町の噂じゃね。なんか、西リーベルが、外交で巻き返してるみたいよ」
中の原は、エングリオとの交易の中間拠点になっている。つまり、大陸に近いエングリオの商人から聞いた噂が伝わって来る。毎晩のように飲み屋に出没しているベアトリクスは、斥候並みに噂を聞き込んでいる。
「撒き返してる?」
「そう。なんかね、東リーベルの東の端の部族が反乱を起こしたんだって。西リーベルにそそのかされたんじゃないかって言われてるそうよ。で、同時に、南の端の貴族も国王のやり方が気に食わないから退位しろって兵を挙げたみたいよ。出来過ぎよね。もしかしたら、西リーベルの方から戦争始めるかも知れないってさ」
西リーベルから?
「ゲルマニアに攻め込むの?」
「そこら辺は分らないわ。でも、東リーベル王を退位に追い込むんだったら、本国に近い方に行くんじゃないかなあ」
なるほど、それもそうだな。
白い島へは、フィニスの先っぽから船で行けば往復で十日は掛かる。現在は五月の下旬だから、今から行けば六月の頭には帰って来れるだろう。北東の森の回復には間に合う。交渉が上手く行けば、報酬として金貨五十枚貰えると言うので、中の原の魔物退治はベアトリクスに任せて、白い島に行く事にした。カエルを操らないといけないから、ロビンソンさんも一緒だ。レナータにお願いして、今回限りで木を通らせて貰う事にして、一旦中の原に帰った。
「氷の副魔王に会いに行くんだ?」
打ち上げの宴会を農場の裏庭でやっていたら、ヴァイオレットが聞いてきた。
「うん。カエル分けて貰いにいくの」
「カエル?」
こうだこうだと説明する。
「卵分けて貰えばいいし」
「卵?」
「うん。一杯取れるよ」
蛙の卵は見た事がある。透明のぐにゅぐにゅした黒い目玉が集まったような見た目の奴だ。一度リュドミラが手伝いに行っていた農家の沼から集めて盥で飼っていた。おたまじゃくしになったあたりで餌の算段がつかなくなってしまい、泣く泣く元の沼に放した。
「一回で凄いたくさん産むし。産みっぱなしだから、魚に食べられたりするんだけどさ、どこかの池で飼えば沢山のカエルになるんじゃないかな」
ヴァイオレットは魔王に誘われるまでは山奥に住んでいた。沼や川の淀みに産みつけられたのを何度も見たそうだ。一回食べようかと挑戦したが、臭いが生臭すぎてだめだったらしい。
蛙は今時分に卵を産む。カエルも同じだとしたら、丁度良い。
エレノア様を呼んで話してみる。
「では、育て方をリッチーに聞いてみましょう」
「卵はどうします?」
「卵も副魔王に分けて貰った方が早いでしょうね。もし駄目なら、エオウィン殿にお伝えして、湿地で探して貰うしかありません」
「ねえ、エレノア。副魔王に会いに行くの?」
「ええ、その予定です。ヴァイオレットも行きますか?」
「いいの?」
「片道五日は海路になります。潮風は大丈夫ですか?」
「大丈夫。海の近くに棲んだ事もあるし。でも、飲み水はあるよね?」
「ええ、私達が生きていくくらいは十分にあります。雨も良く降りますから、補給も出来ます。ご飯は干し肉中心ですから、問題はないですよね?」
「うん。大丈夫!」
一緒に行くのはいいが、何故行きたいのだろう。
「えーとね、副魔王に会ってみたい」
「会って、どうするのですか?」
エレノア様が聞く。
「うん。前、私が今みたいにジャンヌ達と一緒にいる事を、副魔王に話してくれてるんだよね? だからだし」
確かに話した。副魔王は喜んでくれた。
「今の貴女の状況を話すのですか?」
「うん。会ったことはないけどさ。魔王様の片腕って言われて様な凄い魔族なんでしょ。挨拶しときたいし、私は魔物だけど人間や精霊や幽霊と一緒にしょっちゅう宴会してるよって伝えたい」
エレノア様は、ヴァイオレットを優しく抱きしめた。
「分かりました。では一緒に行きましょう」
「うん。有難う」
頭を撫でで貰って、えへへ、と照れ笑いしているな。
二日後、超高速のお椀に乗って、フィニスの先っぽの港まで行き、ノーザン・グラムの船に乗った。軍船だが小さい奴だ。小型だがそのわりには櫂が多く足が速いらしい。今回、エオウィン様は不参加だ。船長さんが言うには、大陸の情勢が怪しいので、ノーザン・グラム国内にいないといけないらしい。なので、王族は全部待機しているそうだ。どこぞの王族とは大分違うな。
氷の島に着くと、いつぞやの船長さんが浜辺で出迎えてくれた。月に一回島に来て、出来上がった塩漬けを運んでいるらしい。
「良くぞおいで下さったな。教会長の司教は、今工場におります。間もなく来るはずですから、少々お待ち下さい」
ほほお。自ら工場の指揮を執っているとは勤労意欲の高い方だな。プライス様の人選だろう。
その司教様は、作業衣から白い神官衣に着替えて来た。やたらと手を嗅いでいるのは、魚の臭いを気にしているのだろう。
「ヘンリーご一行ですね。プライス様から聞いています。良くおいで下さいました。今しがたまで鱈をさばいておりましたので、手が匂うかと思います。挨拶は略式でお願いします」
言ってる傍から、ヘンリー様が片膝をついて司教様の手を取っている。
「司教。お気になさるな。働く事は尊いことじゃ。何の魚の臭いなんぞ……。これは確かになかなか匂うな。エレノアや、儂は腹が減ってきたぞ。昼飯は鱈を食おうか」
「ついさっきお昼ご飯を食べたばかりではないですか。もう忘れたのですか?」
「そうだったかの」
これには、船長さんが大笑いした。ついていけてない司教様がきょとんとしている。
「司教、この方達は特別です。あまり気にされなくとも良いようですよ」
特別な方達のどこまでが本当なのか分らないやり取りで場が和んだ後は、皆普通に司教様の手を取って挨拶し、祝福をしていただいた。無論私もだ。因みに、ヴィルは大陸出身で宗教が違うので普通に挨拶をし、ヴァイオレットも宗教が違うからと普通に挨拶をした。セルトリアで異教徒は珍しいのだが、特別な方達の連れだけに、司教様も特に気にしていなかった。
寄進として持って来た酒樽を幾つか渡し、要件に入る。
「ところで、ヘンリー様。プライス様から書簡が届いているのですが、島の奥に行くそうですね」
「はい。魔物の研究ですな」
「申し訳ありませんが、プライス様の指示で私は同行できません」
「構いませんぞ。この地への上陸を認めて下さっただけで結構です。ご迷惑をお掛けせんよう勝手に動きますわい。帰る時は、またこうして挨拶に来ますからな」
「よろしくお願いします」
ふうむ。教会は教会で徹底するんだな。
そのまま、お椀に乗って飛んで行く。いつぞやと同じように盆地に入り込み、途中森に立ち寄って切って来た灌木を中型お椀の端っこに積み上げ火を点けて狼煙を上げた。
半時間程たった頃、ヴァイオレットが反応して立ち上がった。
「来たし」
緊張しているのが分る。竜人四人に痰かを切ったヴァイオレットがだ。
ヴァイオレットが見ているのは、断崖の中腹に空いた穴だ。前回同様、同じ場所に出現した。念のためにサイトをかけておいたから、直ぐに分った。
「あっ、副魔王だ。おーい!」
両手を上げて思い切り手を振る。遠すぎて声は聞こえないだろうが、気持ちは通じるはずだ。
「あっ、ほら、手を振り返してくれたわよ」
ほら、通じた。
流石は天下の副魔王だ。前回もそうだったが、きちんとしている。
「ジャンヌって、本当に凄いし」
「えっ? そう?」
何故か、ヘンリー一行に笑われてしまったな。




