第十八話 戦いの始まり
その日の夜、私達は女性兵士専用の五人部屋に泊まることになった。衛兵隊全体では女性兵士は十人いて、二部屋があてがわれているらしいが、その内の一つだそうだ。
ベッドは二段ベッドが窓の反対側に二つと窓際に一人用が一つだ。
部屋の真ん中にはテーブルが一つ、椅子が六つに四人掛けの長椅子が一つあり、冬に備えて暖炉もある。トイレや浴場は共同だが、十分な広さがあり、孤児院生活しか知らない私にとっては、なかなか快適だ。
今夜は私達一七五の会の三人に、顔馴染みのブリジットさんとアンジェリカさんを加えた五人が一緒だ。
アンジェリカさんは、お兄さんのアルベルトさんの名誉が回復されたことで少しは元気になり、少しずつ笑顔を見せる様になった。
黒い石の指輪は外されていた。
嘘をついていてごめんなさい、と謝ってくるので何のことかと聞くと、上級魔法が使えることを黙っていたことらしい。
お兄さんの残した魔道具店を維持するために必要な中級魔法を残して封印したのだった。
特にマルセロさんは、上級神聖魔法が使えるのに、初級魔法のホーリーやヒールの事さえ黙っていた。アルベルトさんに向けて使った最後の魔法が神聖魔法だった。神聖魔法を使うことに対して精神的なダメージが残ってしまい、自発的に神聖魔法の全てを封印したらしい。
結果的に操られていたアルベルトさんの魂を神聖魔法で解放していた。それが分かったので、問題なく使うことにしたそうだ。
一七五の会の会員じゃないからいいです、と言うと首を傾げていたが、説明すると笑ってくれた。アンジェリカさんに笑顔が戻ってきたのは嬉しかった。
ベアトリクスは、黒い石の指輪が魔封じの指輪と知っていたようで、何かあるなと思っていたらしい。
解決して良かったじゃないの、と喜んでいた。
契約を取り交わした以上は、私の巻物作りは今まで通りで良いみたいだ。これからは上位魔法の巻物も作るそうだ。
ブリジットさんはもう五年目になる中堅で、本人が望めば王国軍に推薦するとの話があったようだ。現在交際中の彼氏を取るか、王国軍への推薦を取るかで悩んでいる。もっとも、王国軍へ編入されても、最初は中の原に駐屯している部隊に配属される事になっているので、そんなに深刻ではないのだろう。
消灯後にも関わらず、そんな話をしていたら、起きろ起きろと、突然部屋のドアが激しく叩かれた。
「うるっさいわね。女の起こし方も知らないの? そんなんじゃ、もてないよ!」
ブリジットさんが大声で毒づくが、もてない男は負けじとドアの向こうから大声で言い返して来た。
「冗談言っている場合じゃないぞ。敵襲だ! 敵襲だ!」
そのままバタバタと走り去っていった。
驚いたブリジットさんは血相を変えて枕元に置いてあった剣を片手に取り、寝そべっていたベッドから飛び出した。そして、テーブルの上のチェインメイルを頭から被った。ベイオウルフも同様だ。
二段目のベッドにいた私とベアトリクスは、慌ててベッドから降りると黒紫を着てネックガードを着けてはみたもののする事がなく、ただ部屋をウロウロとするだけだった。
五人の用意が済み、ブリジットさんに連れられてハンスさんのところに行くと、皆集まってきていた。教会と衛兵隊の鐘楼の鐘が鳴っている。
「レヴァナントの大軍が町に押し寄せて来たらしい。教会の裏庭と正門から町に入り込もうとしているようだ。教会の方は神官が食い止めるだろうがいかんせん数が少ない。五人応援に行ってくれ。残りの者は俺と一緒に正門前に来い。パウルさん、マルセロ、アンジェリカも一緒に来てくれ。一七五の会はここで待機。ベイオウルフもだ。お前達には伝令をやってもらう。まもなく、自警団がここに集まってくるから、手分けして王国軍の駐屯地へ町の人を誘導するように伝達しろ。それが終わったら俺のところに報告に来い。分かったか」
ハンスさんの指示に皆が返事をして動き出す中、私は頭が真っ白になった。
集まって来るはずの自警団を衛兵隊詰所の前で半ば呆然とした状態で待っていると、鳥の頭亭のご主人のオーウェンさんがチェインメイルを着てやってきた。右手には太い棒の先に肉切包丁がくっついた様な物騒な武器を持っている。
確か自警団の団長だ。自警団は町の防衛についてのみ無償で軍に協力する。災害時には軍が積極的に町の復興に協力してくれるから、その見返りという意味も含まれる。
団員は軍に所属していない成人した町民全てだ。もちろん、全ての者が武器を持って戦うわけではない。怪我人の救護や食料の分配などやることは沢山ある。
「敵襲だそうだな。どの国だ?」
いきなり聞かれて、頭がまわらないでいると、ベイオウルフが答えてくれた。
「攻めてきたのはレヴァナントです。数は不明。教会の裏庭の門では神官達が、正門では衛兵隊が食い止めています」
オーウェンさんは絶句した。恐怖したからではない。彼の武器では倒せない相手だと理解したからだろう。忌々しげに舌打ちをした。
「俺達は何をすればいい?」
「ハンス隊長代行が言うには、自警団は手分けして町の人達を王国軍駐屯地へと避難誘導して欲しいとのことです。よろしくお願いします」
「分かった。すぐに街区長が集まってくるだろう。任せてくれ」
ベイオウルフが説明しているうちに、わらわらと手に様々な武器を持った者達が集まってきた。皆思い思いの装備をしている。
「敵は南か?」
南とは三年前まで戦争をしていたエングリオ王国の事だろう。
聞いてきたのは風呂屋の主人だ。仕事柄水と火の属性魔法が使える。
「敵の数を教えろ。籠城するのか?」
いつも行く飲み屋の主人は槍を持ってきた。
「カタパルトは出さんでいいのか?」
誰だか知らない人が言ってきた。
「カタパルトを使うには敵の位置が近すぎます」
ベイオウルフが答えると、じゃあ白兵戦だな、と持ってきた剣と楯を打ち鳴らした。
皆戦う気満々である。
日頃の生活は平穏なのに、こんなにも違ってくるものなのか。
静まれ、静まれ、とオーウェンさんが、大声を張り上げてベイオウルフから聞いた内容を皆に説明する。驚いたのは、その後でいきなり細かい指示を始めたことだった。
「相手はレヴァナントだそうだ」
皆、驚いているが、余計な事は言わずに聞いている。
「俺達は町の連中を手分けして王国軍駐屯地に避難させなきゃならん。街区ごとに声掛けをやって連れていってくれ。水と食い物は駐屯地にあるから心配せんでいい。夏だから着替えは肌着だけだ。歩けない者がいたらベッドごと運んでやれ。治療所の先生にも来てもらうことを忘れるな。レヴァナントが相手だから俺達の仕事は町の警備だ。避難が終わり次第街区ごとに町の巡回をやってくれ。以上だ」
オーウェンさんの説明が終わると、集まっていた人達は、避難だ、避難だ、と大声をあげながら四方八方へ走っていった。
「相手が相手だから、今のところはあんまり力にはなれそうにない。しかし、町の皆の事は俺達に任せて 衛兵隊は門の防衛をやってくれ。侵入されて市街戦になるかも知れねえ。教会前の広場に荷馬車を並べて野戦陣地にしておく。ハンスにそう伝えてくれ」
私はただただびっくりして頷くだけだ。
「安心しな。軍隊じゃなくても、指令官が居なくても、戦える。俺達はそうやってこの町を護ってきたんだ。初代国王が作った中の原自警団の名に懸けて、この町はレヴァナント使いなんぞには渡しゃしないよ」
オーウェンさんはそう言うと私に向かってニッコリと笑った。




