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清貧に生きる野良神官は魔物退治をしながらお金を稼ぐ夢を見る  作者: 兎野羽地郎
第一部 第一章

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名誉の回復 

 教会に行くと、騎馬の衛兵に守られた馬車に神官達が乗り込んでいるところだった。元々五十人程度の神官しかいないのに、魔王討伐軍に半数近くが参加しているものだから、根本的に人数が足りていない。教会に五、六人程度残してレヴァナントの浄化に行くらしい。


 左手に白く輝く錫杖を持った女神官が白馬に乗っている。

 院長先生だ。

 見送りだろう。他の三人の先生方もいる。


 思わず駆け寄る。


「院長先生、出発されるのですか?」

「あら、あなた達。ネズミ退治は終わったの?」


 院長先生は私達が魔物退治屋をやっている事を知っている。


「いえ、今日は北の森の水源地に行って来ました」

「パウルには会った?」

「はい、お会いする事が出来ました」

「じゃあ、そりに乗った?」


 一瞬口ごもった私に代わって、乗りました、とベイオウルフが言うと、楽しかったでしょう? と満面の笑みで返してくる。

 そうですね、とやや引きつった笑顔で返事をした私は、院長先生の二つ名を思い出した。


 破戒と慈愛のカトリーヌ。


 魔王を討伐しただけでは無い。王国軍団長とお酒の飲み比べをして酔いつぶしたのを始めとして、逸話には事欠かない生ける伝説だ。


 そのカトリーヌ司教がレヴァナント退治に出発する。

 余程の被害が出ているのだろうか。


 聞くと教会には上級神聖魔法を使える者が出征してしまっていて残っていない。院長先生には、止むを得ずといった形で要請があったらしい。一度に多数を相手にしなければならなくなった場合に備えてだそうだ。


「じゃあ、ちょっと、行ってくるわね」


 まるで買い物にでも行ってくるかのような気軽さで出発した女傑は、他の神官が馬車に分乗しているなか、護衛の衛兵を指揮するかのように先頭に立って行ってしまった。


「さて、子供達のご飯でも準備しましょうか」


 いってらっしゃいませ、とカトリーヌ司教を送り出した他の三人の先生達も、なんの心配もしてないようだ。やれやれとばかりに孤児院に帰っていった。




 余りの軽さにあっけにとられていると、今度はアドルフさんが馬に乗ってやってきた。護衛の兵と併せて六騎だ。


「見送りか。感心だな」

「なるべく早く帰ってきてね」


 ベアトリクスが珍しく不安げにしている。


「明日の夕方には間に合うようにするよ」

「分かった」


 アドルフさんの青いローブの裾を掴む様は、本当の孫みたいだ。


 では行ってくる、と五騎を従え出発した。町の門を出て渡し船に乗って対岸の街道にたどり着くと、馬首を巡らし西へ向けて一気に加速する。見る見る間に遠ざかってしまった。




 私達は二組の出発を見送ると、公共浴場で汗を流した後で食事を済ませ、衛兵隊の詰所に向かった。

 今晩は衛兵隊の詰所に泊まるようにアドルフさんに言われたからだ。

 その間、ベアトリクスは何か考え事をしているようで口数が少なかったが、一七五の会の規約違反を持ち出して聞き出すのは止めておいた。


 衛兵隊の詰所に行くと会議室に通された。パウルさんとマルセロさん夫妻もいる。

 私達と同じで今夜はここで泊まるようにと言われているからだ。

 マルセロさん夫妻はずっとふさぎ込んでいる。

 気まずかったのだろう、パウルさんが直ぐに私達のほうへ寄ってきた。


 あらましの事情は聞いていたようなので、今日の収穫とか当たり障りのない話をしていると、ハンスさん、ブリジットさんと工作所のお弟子さんの三人が入って来た。


 ハンスさんに促されて皆がテーブルに着くと、ブリジットさんがワインを出してくれた。輸入物らしく普段私達が飲んでいるものとは全然違った。


「確認しておきたい事がある」


 ハンスさんが、アドルフ町長から聞いておくように言われた、と前置きして早々に要件を切り出た。




「例の魔法使いを倒した時の話だ。マルセロとアンジェリカにとっては辛いだろうが正直に話してくれ。最初にマルセロが魔封じの魔法を使ったと言ったな。間違いないか」


 重罪人は通常名前で呼ぶことをはばかられる存在なので、ずっと魔法使いと呼ばれている。

 ハンスさんの質問にマルセロさんは頷いた。


「魔法使いの魔法を封じたのだな?」

「そう思います。それまでは魔法を使っていたのが急に使わなくなりましたから」

「それで剣を抜いて斬りかかってきたと」

「はい」


 ハンスさんは次にアンジェロさんに向かって聞いた。


「アンジェリカが駆け付けた時は、どういう状況だった?」


 アンジェリカさんは、やや上の方に目線をあげて、その時の事を思い出しながら話しているようだった。


「はい。兄……魔法使いが、逃げ回るマルセロに向かって剣を振り回していました。マルセロは壁際に追い詰められてしまい、魔法使いが剣を大きく振りかぶった時、なにか光が見えました。でも、魔法使いがそのまま剣を振り下ろすように思えたので、フリーズを放ったのです」


 フリーズは水属性の応用で使用できる氷属性の初級魔法だ。対象を氷漬けにする。しかし、人間程度の大きさなら、上っ面を凍らせるだけだ。だが上級魔法使いともなると威力も凄まじく、人間一人を氷の塊にしてしまう。


「なにか光が見えたとは?」

「それは僕です。ホーリー・ランスを使ったのです。ご存じの通りホーリーは人間には全く無害です。ただ、強い光を目に当てるので目くらましにはなります。剣を振り下ろされない様に使いました」


 答えたのはマルセロさんだ。

 マルセロさんが使ったのはホーリーの中級魔法版だ。中級魔法のホーリーは、ホーリー・なんとか、と唱えることで様々に光の形をそのなんとかっぽいのに変えることが出来る。


 ホーリーは魔物には効果があるが、動物や人間には、それが例え極悪人でも全く効果がない。マルセロさんが言ったように一瞬光るだけだ。しかし、この一瞬が大切だ。緊急時にホーリーを唱え相手の動きを止めるのは神官の護身の技の一つとされているのだが……あれっ、何かおかしいよね。


 ハンスさんはふむ、と頷くと、なぜフリーズを使った、とアンジェリカさんに聞いた。


「フリーズは一瞬で人を氷漬けに出来ますが、即死することは無いと言われています。速やかに解凍すれば気絶させるだけで……生きていると……」


 アンジェリカさんは泣き崩れてしまい、言葉が続かなかった。マルセロさんが守るかのように肩を抱いた。




 アンジェリカさんが落ち着くのを待って、ハンスさんが今度は部屋にいる者に、何か分からないことはあるか、と聞いてきた。


 いいですか、とお弟子さんが手をあげる。


「確認したいのですが、マルセロさんとアンジェリカさんは上級魔法を複数種使えたのですね?」


 二人が頷く。

 過去形なのは、マルセロさんは事件後に還俗して上級神聖魔法が使えなくなったからだろう。女神様に仕える神官にしか上級神聖魔法は使えない。信仰の厚さの違いといえる。


「マルセロさんがホーリーを使った時です。剣を振りかぶった魔法使いは、そのまま剣を振り下ろそうとした。これもいいですね?」


 アンジェリカさんが頷いた。


「魔法使いが死んだことを確認したのは誰で、どういう方法ですか? 亡骸はその後どうしましたか?」

「僕が脈を確認しました。亡骸は……教会の施設を破壊した重罪人ですので、亡骸を燃やした後に灰を墓地に埋葬しました」


 マルセロさんが答えた。

 重罪人は死体のまま埋葬されない。区別するためだ。ただし、燃やされて灰になってしまうと全ての罪は許され埋葬することが出来る。


 お弟子さんは、ふんふんふん、と三度頷く。


「なにか分かったか?」


 ハンスさんがお弟子さんに聞くと、ある程度は、と返事をして立ち上がった。




 お弟子さんは、実験をしましょうか、と言うとハンスさんと私を交互に呼んで、小声でこそこそと指示を与えてきた。


「マルセロさん、アンジェリカさん。アンジェリカさんがフリーズを放つ前の状況を良く思い出して下さい。それからアンジェリカさんはここで、マルセロさんはここにしゃがんで下さい。ええ、そういう感じで」


 良く分からないけど、お弟子さんの指示通りに、ハンスさん、マルセロさん夫妻と私が配置につく。

 マルセロさんは部屋の奥にしゃがみ、ハンスさんがその前に立つ。私はマルセロさんの後ろにいて、アンジェリカさんは入口付近でこちら側を見ている。


「では、マルセロさんとアンジェリカさんはハンスさんを良く見ていて下さいね」


 お弟子さんはそう言うと手を叩いた。


 ハンスさんがいきなり腰の剣を抜いて振りかぶった。それを見た私は密かに詠唱しておいたホーリーをハンスさんの顔に向かって放つ。


 一瞬の光。


 うっ、とハンスさんが顔を背けたところで、お弟子さんが再度手を叩いた。そして、結構です、と大きな声で言った。


「分かりましたか?」


 つまりは、マルセロさんが魔法使いにホーリーを放った時の再現だ。

 ハンスさんは初級のホーリーでさえ顔を背けたが、魔法使いは中級ですら背けなかった。

 私が感じた違和感もそれだ。


 お弟子さんが言うには、人間は急に光を浴びると反射的に目を逸らすが、レヴァナントは逸らさないらしい。文字通り目が死んでいるからだろう。


 魔法使いはアンジェリカさんのフリーズによって死んだのではない。何者かによって殺害された挙句、レヴァナントとして操られて教会で暴れさせられた。そして、マルセロさんが放ったホーリー・ランスによって解放された。もしマルセロさんが放った魔法がピュリフィケーションであれば、その時点で土に還っただろう。ホーリーの場合はただの死体に戻るだけらしい。マルセロさんとアンジェリカさんはその事に気付かなかった。


 死体は燃えて灰になり、魂は女神様の元へ向かった。

 少なくともマルセロ夫妻は、魔法使いを殺したと言って気に病まなくても良い。


「あとは、誰が何を目的としてそんな回りくどいことをしたか、ですね」


 この場の皆が中の原地区で起きている異変の背後にいるであろう者が知っていると、確信したはずだ。


 ハンスさんが立ち上がる。


「今夜にでも分かるかも知れんな。マルセロ、アンジェリカ、指輪を外せ。もしそうなったら、アルベルトの仇を討つぞ」


 アルベルトとは魔法使いの名前だった。禁呪は教会によって禁止されているが、国法には違反していない。仮に、禁呪に関わり自らがレヴァナントになるのを望んでいたとしても、犯罪者ではない。それどころか被害者だった。名誉は回復されたのだ。


 後で聞いたのだが、アルベルトさんは戦争に従軍して足を負傷し除隊した後、魔道具店を開いた。それまではハンスさんの同僚の衛兵隊魔法兵として活躍していたのだそうだ。

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