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死の国に続く洞窟

 無味乾燥な鉄扉の出入り口が艦内をしめるなか、この部屋の扉は樫の板でできて、金のアラベスクなど豪華な意匠が施されていた。ドラッケンの私室の入り口である。


 グリフェは壁に耳をあてて、中の様子をうかがう。隙をみて、アンドレアを奪還し、地上へ連れ帰る心算だ。その前にドラッケンと対決せねばならないが……


 扉の鍵穴から中をうかがうと、アンドレア一人のようだ。針金を穴にさしこみ、開錠して中にもぐりこむ。彼女は突然はいってきたグリフェを虚ろな表情で見上げた。


「アンドレア……俺だ、グリフェだ……一緒に地上へ帰ろう……」

「……グリフェ?」


 アンドレアの瞳の焦点が定まってきた。しかし彼女は眉を寄せて苦悩の表情を見せる。


「気をしっかりもて……アンドレア……ミランが待っている……タートルも心配している……地上へ……プラグセンへ戻ろうぜ……」

「……ミラン……タートル……」


 侯爵令嬢が苦悶の表情をしてうつむく。


「アンドレアよ……あのような下賎な男の意見など聞くではない……」


 別室のドアから伯爵が現れた。双眸が赤く輝き、テレパシーで彼女の心に潜り込みはじめた。


「うううぅぅぅぅ……」


アンドレアが膝をついて倒れ伏した。魔力で操られた心のなかに、本来の自分の心を取り戻そうと葛藤がはじまる。


「下賎で悪かったなっ!」


 その瞬間、グリフェの拳銃が火を噴いて発射。銀の弾丸だ。突如、ドラッケン中将の皮膚が赤黒く変化した。弾丸が音をたてて弾かれる。グリフェは全弾撃ったがすべて無効。


「ふふふふ……『竜鱗りゅうりん』の法だ……初代クラウス・ドラグベルグ皇帝は、竜血を浴びて、甲羅のごとき頑丈な皮膚になり、不死身の肉体を手に入れた……皇帝の血をひく私は一時的に竜鱗をまとえる……」


 グリフェが不死者に走り寄り、聖銀の大剣を持ち上げ、怪物の左肩に渾身の一撃をあたえた。が、音をたてて弾かれ、刀剣が床に飛び、手が痺れる。


「くそっ……銀の武器を跳ね返すなんて……手詰まりだぜ……」

「ふふふふ……大人しく投降せよ…………なにっ!」


 グリフェの碧眼が瞳は黒く、白目が黄色く変形。背中から鷲の翼が生え、両手に猛禽の鉤爪、両足が獅子の脚に変形していった。


「おお……これが化合人間の力か……」

「グリフォンの力を舐めんなよ!」


 半人半鷲獅子になったグリフェが竜鱗の鎧でつつまれたドラッケンの胸に右肩を中心にタックル。伯爵が床に倒れ、うめき声がした。グリフェがドラッケンの柔らかそうな部位、咽喉笛めがけて獅子の脚で蹴りおろす。


 が、伯爵は横に転がって逃れた。そして、背中に蝙蝠の翼を伸ばして立ち上がり、宙を滑空してグリフェに右手の毒爪を突きだした。毒に触れれば灰の集積物になってしまう。左に避けたグリフェは痛恨のミスをした。鉄壁に激突して背中を強打し、体が痺れたのだ。


 ドラッケンは不死者の怪力でグリフェの横腹を鞭のように蹴り上げた。衝撃波が走り、グリフェは天井に叩きつけられた。床に落下し、うめくグリフェをドラッケン伯爵が首をつかんで持ち上げた。グリフェのパワーがつき、元の体に戻っていった。伯爵も竜鱗の法を解く。


「ふふふふ……このまま窒息死させてもいいが、貴様は殺さん。帝国の野望のため、その身を捧げるのだ――私はギャリオッツ帝国のため……若き皇帝のためにこれからも戦場で指揮をとらねばならぬ身なのだ。メルドキアのランドン将軍、ブレイズデル参謀長、アルヴェイクのランジュラン元帥、ゴダール将軍といった長年の宿敵との戦いが待っている。貴様ごとき身分低き者に、これ以上かまってやる時間はないのだ……」


「けっ……大層な口舌だが、お前等のような大国の国取りゲームで戦場に刈りだされる大勢の民の怒りと悲しみを考えたことがあるのかってんだ!」


「はんっ……愚かな民など私たちのような優れた指導者のためにその身を捧げるのが当たり前のことよ……チェスの駒は優れた指導者に盲従すればよいのだ」


「……気に食わねえ……人間をチェスの駒だと考えているテメエらみたいな奴らはとくになっ!」

「この私に生意気な口をきく無礼者め……身の程をしれ!」


 激高したドラッケン伯爵がグリフェを床に叩きつける。グリフェは背骨が折れたかのような衝撃を受けて苦鳴をあげた。床に転がるグリフェをドラッケン中将が蹴り上げた。不死者のパワーはグリフェを鉄板の壁にめりこませるほどだ。グリフェが鮮血を吐く。内蔵をやられたようだ。


「や……やめてください……伯爵さま……」


 アンドレアがドラッケン伯爵の腕にすがり懇願する。さすがに駐留軍司令官の気勢がそがれた。グリフェは床に転がり、激痛にうめく。致命傷であったようだ……顔色が青ざめ、脈が弱まっていく……


「くそぉぉぉ……いくら鍛えても……知識を磨いても……駄目なのか……」


 グリフェの脳裏にギャリオッツの大軍団に蹂躙される生まれ故郷の惨劇が映る。故郷を焼きつくし、家族や友人、大勢の民を虐殺した敵軍。そして、最愛の少女リディアの命を奪った戦争――すべては貪欲な領土欲と権力欲にまみれた大国の支配者と軍司令官たちの指図だ。


 苦悩と絶望、やりきれなさに包まれるグリフェ。これで己はお終いかと気が遠くなっていった。彼の精神が闇に呑みこまれていく――人は死ぬ直前、自分の人生が走馬灯のように脳裏にかけめぐるという。

 


 グリフェの薄れゆく意識のなかで、ゴツゴツした岩に包まれた洞窟のなかを歩くグリフェがいた。周囲には半透明の人影が先に歩いていく。老若男女の幽霊たちだ。ここは大陸の伝説にある死者の国へ続く洞窟のようである。


(だめよ……グリフェ……まだ……こちらに……来ちゃ……だめ……)


(……その声は……リディアなのか…………)


(……グリフェ……あなたはまだ……貴方の救いを……待っている人たちがいるのよ……)


(……リディア…………)


 グリフェはあの当時のままの……茶色の髪の素朴な少女に背中を押され……

 宙を飛んで、死の洞窟から逆戻りしていった。


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