悪魔の生体解剖
「そこをどくんだ……アンドレア……」
「……グリフェ……駄目よ……伯爵さまに逆らっては……」
アンドレアは虚ろな表情で、まるで催眠術にかかったようだ。依然としてドラッケン伯爵の前を動かない。蒼白な喉元にはピンで刺したような傷痕が二つ見えた。吸血鬼に血を吸われた者はテレパシーで操られ、しだいに忠実な〈使い魔〉吸血鬼となるのだ……
まだ一度目の吸血であり、パワーズフッド男爵や要塞の兵士たちのように大量に血を吸われ、魔力を多く注ぎ込まれたわけではないように見える。おそらく伯爵は、じっくりと彼女の血を楽しみながら少しずつ味わいながら吸飲する予定なのだろう。そこがグリフェの狙い目に思えた。
「大人しく投降せよ……グリフェくん……」
ドラッケン伯爵がアンドレアの背後から、身をかがめ、彼女の金髪をかきわけ、朱唇を寄せ、長い爪を喉元に突きつける。御執心の令嬢を手にかけるとは、普通は思えない。が、ドラッケンには得体のしれない冷酷残忍さがあった。名将とは時に冷血なこともやってのける判断力と実行力があるものだ。
「ちぇっ……手詰まりか……」
グリフェが鼻をならす。武器を下ろし、両手をあげる。そこへ、兵士たちが駆けつけてきて、彼を確保した。手錠をかけて営倉へ連行された。
「伯爵さま……グリフェの命だけは……奪わないで……」
「おお……麗しき令嬢の願いだ……グリフェには指一本触れないと、貴族の名誉にかけて約束しよう……彼は私の騎士として仕えるよう説得する……」
ドラッケン中将はまだ意識の残るアンドレアに驚き、右手の甲にキスをして、私室に連れていった――
「おいおい……俺に指一本触れないと、貴族の約束をしたんじゃなかったか?」
グリフェは営倉の椅子に座ったとたん、天井から麻酔ガスが発射され、気を失った。気がつくと医務室に連行され、上半身裸で手術台に横たわっていた。皮ベルトと鉄鎖で全身が拘束されている。台の周囲には白衣のフプカ少将と医療士官が並んでいた。
「ふふふふふ……グリフェくん、中将閣下が本気で約束したと思っているのかね?」
「……いや、小娘の歓心を得るためのその場かぎりの嘘だったんだろうな……」
「わかっているじゃないか……私はフプカ少将。ドラッケン様の副官を務めている。元は軍医出身でね、野戦病院では多くの兵士を診たものさ……科学省に送らずとも、体内を切り開き、サンプルをとれば大体のことは推察できる。本国へは半死状態で送ったほうがよかろうて……さてさて、化合人間の秘密を知るための術式を開始しようか……」
ガラガラヘビが得物を前にしたように陰険に笑うフプカ少将。助手から解剖刀を受けとり、ギラリと光る。
「三重アゴ少将……麻酔はどうした?」
「化合人間ならば、少々細胞を抉り取っても平気だろ?」
「このイカレドクターめ……」
解剖刀がグリフェの逞しい腹部に触れる寸前、グリフェの肉体が膨れあがり、革ベルトと鉄鎖が吹き飛んだ。皮ベルトの破片が顔に当たり、床に転がり、うめくフプカ少将。グリフェはライオンの体組織に変換して全身マッチョの超人戦士になった。白衣の医務士官たちが解剖刀やドリル、レンチ、回転ノコギリを持って一斉に襲いかかった。が、ライオンにたかる子犬の群れのように跳ね飛ばされ、天井や壁に激突した。
「おのれ、グリフェ……」
フプカ少将が巨大な発電機からケーブルでつながっている最新レーザー解剖刀の光線増幅装置の出力を最大にした。レーザーメスが光線砲となってグリフェを襲う。医務室内を逃げるグリフェを白熱光線が追いかける。医療器具が火をふき、鉄の箱が煙をあげて切断されていく。グリフェが床に伸びるケーブルの一つに足を取られて態勢を崩した。
「おっと、あぶねえ……」
「真っ二つにしてやる、グリフェ!」
殺人レーザーがグリフェの腹部を両断すべく迫る。が、グリフェは落ちていたメスを拾い、光線増幅装置のコントロールパネルに投げつけた。装置の接続プラグが火花をあげてショートする。
「なんだとっ!」
レーザー解剖刀出力部を持っていたフプカ少将は過剰放電された電気によって感電、黒焦げになって倒れ伏す。グリフェの体が縮んで元の体型に戻った。手近にあった衣服とロングコートを手早くまとい、武器を装着し医務室から出る。焦げ臭い煙が吹きだし、炎が広がり、隣室も火事となっていく。倒れている医務士官を叩き起こして、ドラッケンの私室を聞き出した。
「待ってろ、アンドレア……」




