闇の国に君臨せし者
相手の気配をさぐるが、何も生気が感じられない。ゴーレムか人造人間か……あるいは生ける死者か……グリフェは聖銀の大剣を鞘にしまい、ガンベルトから拳銃を取り出した。六連発の回転式ピストルには、すべて弾丸が装填されている。足音は15メートルに近づいた。
音から相手の位置をおおよそ測り、右手で銃口を定める。生臭い、嫌な臭いが鼻につく。そろそろ、星明りに目がなれるころだ……10メートル。朧気に相手のシルエットが見えた。ゴーレムほどではないが、大柄な人影だ……5メートル。グリフェの鼓動が早くなり、息が荒くなる。しかし、相手の呼吸音は聞こえない……
「てめえは何者だ……返事をしやがれ」
返事はなかった。が、カサカサと不快な音が聞こえる。大きな人影の頭部のあたりに赤い炭火が二つ点った。吸血鬼に違いない。心臓に照準を合わせる。が、心臓部のあたりにも赤い光が二つ点った。グリフェがギョッとする間に、怪影の全身に赤い光が点りだした。ギャイギャイと小動物のような不快な鳴き声が一斉に響き出した。モンスタースレイヤーの膨大な怪物知識にも該当しない、得体のしれない怪物に総毛立つ。
「言葉の通じない化物か……」
グリフェは深呼吸して落ち着かせ、当初の予定通り、心臓部に引き金を引いた。銃声。火薬の光が怪影を一瞬照らし出す。それは耐えずガサゴソと蠢く闇色の毛皮や皮膜に覆われた、吐き気を催す化物であった。心臓部に丸い貫通銃創ができたかと、思うと、絶えず蠢く怪物は幾つもの小影に分裂して、廊下内に飛んでいく。
怪影の正体は蝙蝠が人型にかたまった集合体だったのだ。ギイギイと鳴きざわめき、空中を乱舞する。何匹かがグリフェの肩や胸、腰、手足にまとわりついた。そして牙をたて、血を吸おうとする。南域や暗黒大陸に棲息する吸血蝙蝠だ!
グリフェは魔爪で血吸い蝙蝠どもを斬り裂いた。その瞬間、背中に怖ろしい殺気を感じた。グリフェは振り向いて攻撃者に六賊爪で薙ぎはらう。が、かすっただけだ。黒い毛が空中に舞う。反対側に飛んだ攻撃者は星明りの薄暗い廊下に、シルエットを見せた。モンスターは四つん這いで、ドーベルマン・ピンシェルという犬種に似ているが違うし、凶悪な姿形で、瞳が燃えているようだ。
「人間蝙蝠は前座……真打ちはヘルハウンドか……厄介な奴を召喚しやがって……」
ヘルハウンドとは、冥界に住む地獄の猟犬だ。生臭い息を吐き散らし、涎を垂らした口腔から煙がプスプスあがったかと思うと、ヘルハウンドが青い炎を吐き出した。グリフェは上半身をブリッジの態勢で後方にそらし、炎のブレスを回避した。火勢がやみ、起き上がった瞬間にピストルが冥界の黒犬を射撃する。
が、ヘルハウンドは横に飛び退き、銃弾を躱した。グルル……と押し殺した鳴き声を出していたが、急に甘えた声を出した。地獄の猟犬の頭を撫でている闇の手があった。見上げれば、闇が凝結して長身の人物となった。カーキ色の軍服を粋に着こなし、黒マントを肩に垂らしたダンディな軍人将校。ハンサムと言える風貌に男の色気が醸し出される。
が、隠花植物のごとき青白い肌、燃えあがる双眸、血色の朱唇――右口角があがり、白い牙が見えた。40代に見えるが、334歳になる〈不死者〉である。グリフェの脳裏にゼニュフラットの町で見た赤いディアボロ人形が浮かぶ。なるほど、似ているが、こちらのほうがハンサムだ。
「よしよし……ゾルタンよ……良い子だ……」
「……あんたはもしかして…………」
「お初にお目にかかるな――私はギャリオッツ帝国駐留軍司令官をつとめるギュンター・ドラッケン中将だ……伯爵の位を継いでいる」
ルパート大佐やシュブラック曹長とは比べものにならないほどの風格と妖気が漂い、威圧感が押し寄せてくる。生まれながらの支配者にしか持ちえないプレッシャーがグリフェを襲う。彼は臍下丹田に力を入れて、己の弱い心に打ち勝つ、強固な意志を持つ。
「……俺はグリフェ・ガルツァバルデス。モンスタースレイヤーを生業にしている……今はフリーで用心棒稼業だがな……」
「そうか、そうか……お互い争っていたが、ここらで手打ちとしないか?」
「手打ちだと?」
「そうだ……私は強い兵士や軍人が好きだ……どうだ、私の家臣とならないか? 騎士の爵位と財産、領地を与えようではないか……」
「おいおい……俺をスカウトしようって気かい、大将? いや……中将だったな」
「とことん、ふざけた男よ……だがまあ、いい……我が家臣にしようというのだ……厚遇でな……」
「はんっ! あいにくだが、御断りだ。甘い言葉で誘っておいて、科学省へ送り、化合人間の生体実験をしようって肚だろうが……アボイル子爵を灰の塊にしたようにな……」
「アボイルなどという小者とは違うぞ……」
「信用できんね、アンドレアを返しやがれ!」
グリフェがガンベルトから拳銃を抜き打ち、ドラッケン伯爵に連射する。伯爵は黒マントを翻し、弾道をさける。鉛玉なら当たっても平然としている〈不死者〉だが、グリフェが撃つのは銀の弾丸だと気づいていた。マントの左側の影から黒い猟犬が飛び出し、グリフェの喉笛を狙って、唸りをあげながら飛び込む。
が、牙をむいた赤い口腔内に銀の弾丸が吸い込まれた。ヘルハウンドは血塊を吐き、甲板に倒れ、のたうち回り、灰燼と化した。銀は冥界の魔物の弱点であったのだ。銃弾が尽きた瞬間、ドラッケン伯爵は右手からサーベルを閃かしてグリフェの胴に突き立てた。グリフェは半身で避ける。
ピストルに代り、鞘から〈聖銀の大剣〉を引き抜いた。銀の光に、吸血伯爵が目を剥いて、マントで顔を覆う。グリフェが「いけるっ!」と踏んで、大剣をドラッケン伯爵の心臓目がけて突きだしたその瞬間、グリフェは両足に急制動をかけた。大剣の切っ先が相手の胸前で止まる。
「ぐっ……まさか……まさか……卑怯だぞ……ドラッケン伯爵……」
「ふふふふふふふふ……」
ドラッケン伯爵の胸前に、白い花嫁衣装を着たアンドレア・ユルコヴァーが立っていた……その瞳は赤く輝いていた……




