決着
「……むうう……つい、いつになく頭に血がのぼってしまったようだ……グリフェめ、死によったか……」
ドラッケン伯爵は床に転がっていたグリフェの体を靴の先でつつく。まだ、息があった。
「さすがは化合人間であるな……血を吸って使い魔にすればよいが、男の血は吸いたくないのう……スヴェトラ!」
伯爵のテレパシーが近くに控えていたヴァンピール女騎士を呼び寄せた。霧の塊がやってきて、蝙蝠の翼をも吸血美女の姿に化身した。黒髪をかきあげ、片膝をつく。
「はっ……スヴェトラめはここに……」
「グリフェは瀕死状態じゃ、お主が血を吸って闇の眷属とせよ……」
「わかりました……」
スヴェトラの双眸が赤く輝き、犬歯が伸び、朱唇を舌なめずりして、グリフェに屈みこむ。
「うぐっ!」
「どうした、スヴェトラ!」
立ち上がったグリフェが女吸血鬼を拾い上げた〈聖銀の大剣〉で太腿に斬りつけたのだ。白煙をあげて苦しむスヴェトラ。
「死にぞこないが……」
大剣を構えたグリフェに、ドラッケン伯爵が〈竜鱗の法〉で甲羅鎧をまとって迫り、手を蹴り〈聖銀の大剣〉で叩き落した。スヴェトラが大剣を奪い取る。もう、彼女の傷口は再生しつつあった。だが、グリフェの右手には〈六賊爪〉を装着していた。魔爪がドラッケン中将に渾身の一撃を、魔爪を水平に薙ぐ。
「莫迦め……〈聖銀の大剣〉も通じぬ私に、そんなものが通じると……ぐはぁぁぁぁ!?」
六賊爪はドラッケンの甲羅甲冑に四筋の斬り筋を入れ、中の肉体にまで達し、赤い血潮が噴き出した。
「ぐふぅぅぅ……近代科学兵器も……どんな聖剣も通じないはずの〈竜鱗〉が斬られるとは……その武器は一体なんだ?」
「この爪は特殊な鍛え方をした刃物だ。だが、それだけじゃ竜の鱗は斬れねえ……東域の有名な武術師範にならった〈剣の技〉が斬ったんだ――」
剥がれ落ちた甲羅鎧の隙間から、吸血鬼の素肌が見える。苦鳴をあげ、腰を屈めるドラッケン中将。その間に近づいたグリフェが、ロングコートから木の杭を取り出した。
「吸血鬼退治の奥の手だっ!」
そしてドラッケンの厚い胸板に、木の杭を突きたてる。古来より樹木には神や聖霊が宿るという。ポプラやカエデ、サンザシなどの神聖とされる樹木は特に。グリフェは空中庭園でサンザシの枝を手に入れていた。不死身の再生細胞を持つ不死者――吸血鬼の最大の弱点は、陽光と木の杭と言われている。
「ぐぶぅぅ……ぐぬぬぬぬぬ…………おのれ……グリフェ……私は……まだ……まだまだ……皇帝陛下のおんために…………」
ドラッケン伯爵の口から血汐があふれ出た。伝説通り、再生細胞が機能しない。両手で木の杭を引き抜こうとしている。そうはさせじと、グリフェが全体重をかけて杭を伯爵の心臓へ押し込んだ。
ドラッケンはグリフェを道連れにせんと、両手の毒爪をグリフェに突きつける。毒が少しでも触れたらグリフェは灰燼と化す。が、伯爵の腕が突然、肘から切断され、灰となって崩れ落ちて行った。そして、ギュンター・ドラッケン伯爵の顔にも灰化現象の兆候が生じ始めた。
「莫迦な……この名将と呼ばれたドラッケンが……戦場でもない……こんなところで……」
「気づかなかったか? ここは戦場だ……スヴェトラ、トドメを刺せ!」
「グリフェよ……感謝する……地獄へ落ちろ、ドラッケン!」
ドラッケンの首に〈聖銀の大剣〉が食い込み、斬り落とした。生首が落下しながら灰になっていく。スヴェトラである。グリフェはスヴェトラが、マスターの死滅で正気を取り戻し、ドラッケンの毒爪の腕を切断したことに気がつき、花を持たせたのだ。
「……ドラッケンに一矢を報いることができた……リリアナ……ヴァルハラで会おう……」
闇の国に君臨せし者の全身は灰燼と化して甲板に崩壊していった。黒マントと軍服、憲章などの装飾品が落下していく。それに続くように、スヴェトラの体も灰燼となった。彼女が涙を浮かべ、満足な微笑みを浮かべてあの世に去ったのが、せめてもの報いだ……
「ああ……グリフェ…………」
アンドレアはよろめき、銀髪の男に寄りかかった。鉄の腕が抱きしめる。
「ふう……ついに……諸悪の根源は……消え去ったぜ……」
軍用武装飛行船『シュヴァルツ・ツェッペリン号』はあちこちから火を噴いた。蒸気機関部は爆発と炎上を繰り返し、手のつけようもない。夜空を我が物顔に闊歩していた巨人飛行船は、航行も浮上も不可能になり、引力の軛から逃れられず、墜落しつつあった。
飛行船搭乗員や北軍兵士が非常用パラシュートをつかって脱出していく――その中に鷲の翼をもったグリフェが夜空を滑空して舞い下りていく。その腕にはアンドレアが抱かれていた。
二人がロドニーン要塞の格納庫前にいたタートルとミランに合流し無事を祝った。アンドレアとミランが抱擁し、無事を確かめあった時、深い谷底から大地を揺るがす爆音と衝撃波があがる。
空中戦艦『シュヴァルツ・ツェッペリン号』は爆炎をあげて砕け散る、断末魔の音であった。




