青髪鬼
ミランは昼間、ゼニュフラッドの大通りの人形売りから買った姫様人形と白騎士人形を取り出した。
「え~~と、……そうですねえ……青髪鬼の民話はどうでしょう」
「よりによって、青髪鬼かえ……」
「悪い記憶を消すためです……実はあの赤いディアブロの人形を買っておきました……」
「……これを、か?」
ミランは悪魔人形をのっしのっしと歩かせた。アンドレアは反射的に姫様人形をもって操作をはじめた。幼少時からミランとマリオネット遊びをしていた条件反射だ。
その昔、青い色の髪をもつ大金持ちがいた。人は彼のあくどい商売の手口から〈青髪鬼〉と陰口を囁いている。その青髪鬼は借金の形に、美しい娘を何度も女房に娶っていた。何度もというのは、妻が次々と行方不明になっていたからだ。人々は夜逃げしたとも、自殺したとも、さまざまな噂をたてた。そして、美しいと評判のパン屋の娘も借金の形として、青髪鬼の妻となることになった。
娘は妻となってしばらくは平穏に過ぎ、青髪鬼は商用で遠出することになった。彼は妻に家の鍵束をあずけ、「鍵でどの部屋に入っても良いが、この黄金の鍵で、開かずの間の青銅の扉だけは開けてはいけない。絶対にな……」と、釘をさして馬車に乗り込んだ。
留守中の妻は鍵でさまざまな部屋を開けて退屈をまぎらわせていたが、とうとう最後の開かずの間の鍵だけが残った。彼女は部屋を開けたいという好奇心の虜となり、ついに黄金の鍵で青銅の扉を開けてしまった。その中には前の妻だった女の死体があった……
彼女は驚いて鍵束を血だまりに落してしまった。慌てて拾い上げたが、黄金の鍵についた血の痕は、布でふいても、水で洗っても取れなかった……
その夜、商用の旅から青髪鬼が戻ってきた。そして、鍵束の黄金の鍵に血痕がついていることを知り、妻を問い詰めた。彼女は開かずの間に連れていかれ、今まで行方不明になった妻たちと同じ運命を辿ろうとしていた。青髪鬼が鉞を持って、彼女を追い詰める。
彼女が悲鳴をあげたその瞬間、王城から派兵された騎士団が屋敷へ突入してきた。不審な行方不明が続く青髪鬼の屋敷は王城の騎士たちによってマークされていたのだ。
騎士団長の長槍が青髪鬼を成敗。青髪鬼の財産は国に没収され、娘は騎士団長と結ばれた――
ミランはディアボロ人形を屑箱に放り込み、白騎士人形を動かして、姫様人形と手を合わせた。
「……ふふふふふ……幼き頃を思い出すのう……」
「ええ……昔はよくこうやって、人形劇やオママゴトをしていましたね……」
「そうじゃのう……まあ、今思えば、男の子にママゴトなど苦痛であったろうに……」
「いえいえ……そんな……」
楽しい思い出に浸り、アンドレアの表情から暗い影が去っていた。いつのまにか、心の鬱屈が霧散してしまったようだ。一種のカタルシス効果であろう。この場合、青髪鬼は、見世物小屋の眠り男であり、ドラッケン中将でもある。
ミランが人形を持って部屋を去り、女主人はベッドに入った。窓のカーテンを引くのを忘れていて、外の夜闇が見える。星々が美しく瞬き、月の船が航海する青い海の夜空となっていた。
そこに、青い衣の死神がいた――三角帽子に過剰なまでのベルトと鉄輪のついたレザーコート。青白い肌に青い髪と瞳……マダム・カリガルチュアの舞台で見た眠り男レザーチェが窓の外にいた。
アンドレアは、これが現実とは思えなかった。悪夢のただなかにいる――そんな気がしていた。だが青髪の怪人は窓を開けて部屋にはいってきた。アンドレアは起き上がり、ミランを呼ぼうとした。が、恐怖で声が出ない。ただ、じっと眠り男レザーチェの青い瞳を見つめ合っていた。双眸は昏い湖となり、アンドレアの意識がその水底に引きずりこまれていく……
白い寝間着姿の侯爵令嬢は喪神して倒れ込む。それを世にも美しい怪人が背中から抱え込む。月光の降り注ぐ部屋で、美人令嬢を支える妖美なる侵入者――その光景は一幅の耽美的な絵画であった。
山葡萄亭の二階の窓から青衣の怪人は侯爵令嬢を両手で抱きかかえて外へ飛び出す。そして、隣の家の屋根へ飛び移る。軽業師のごとき跳躍力を見せて怪人はバルコニー、炭焼き小屋の屋根を兎のように飛び移り、一階へ降り立った。
「うふふふふふ……首尾は上々のようだね、レザーチェ……」
そこには二頭仕立ての馬車があり、御者台にドミノマスクをつけ、フード付き黒外套を羽織ったマダム・カリガルチュアがいた。彼女が催眠術で眠り男レザーチェを操り、アンドレアを誘拐したのである。
「こんな夜中に見世物の出張ショーかい? 催眠術師の小母はんに青髪鬼!」
カリガルチュアが見上げた先には、屋根の上に立ち、月光を背負ったロングコートの男がいた。白髪にも見える銀髪が夜風になびいている。
「貴様は……魔爪のグリフェ……」
ひさびさに再開します




